15.屋外
――人間は、身分というものに夢を見る。
それはどんなに優れた人間でも、愚劣で低俗な輩でも関係ない。
子どもたちが「お姫様」や「騎士」に憧れること、大人たちが「王」や「貴族」といった身分にひれふすこと。更には、その身分の中にいる者たちでさえ夢を見る。
それには心が純粋であるかどうかなど関係がない。野心があり自惚れの強い傲慢な貴族や有能な庶民が、愚図な王侯貴族を見下して「自分ならもっと上手くやれる」と思うことだって、結局は子どもたちの憧れと変わらない。どちらも「国王様」「貴族様」と言った「身分」が素晴らしいと思っていることには変わらないからだ。例えその身分を持っている人間がどれほど下らない人物でも、悪いのは身分ではなくその人間だと考える。
国王という、一つの国家の中で頂点に立つ身分に昇ることによってラウルフィカはそれを知った。
身分はこの国一偉い人間でも、実際のラウルフィカの権力はそうではない。そして、だからこそ、ラウルフィカは身分のくだらなさを思う。どうせ国一番優れた人間でもないと見下すくらいならば、国王という身分ごと自分から奪っていけばいいのだ。国王としての彼の立場からすれば、身の丈に似合わぬ権力で他者と区別されるよりも、いっそ貴族制度など排して国民全員が平等になればいいと思うくらいだ。
中には身分と言う言葉に左右されない者もいる。彼らの一部は、身分によるしがらみや義務などという煩わしいものを嫌い、かといって既得権益を全て捨てるのでもなく、何かあった場合自分だけは守られる一番安全で美味しい立ち位置を保持しようとする。
ラウルフィカを支配して傀儡の国王に仕立てあげた宰相ゾルタがこの手合いだった。彼は自らが国王となり簒奪者と呼ばれる危険を冒すのではなく、何かあれば全てをラウルフィカに押し付けられる位置で自分の立場以上の利益を得た狡猾な男だ。
だから人が身分にこだわり見る夢には二通りの意味がある。人が身分にこだわらないと言う時にもよい意味と悪い意味があるように。
身分にこだわらないという言葉も、その立場と状況によっては酷く図々しい言葉であり、身分に夢を見過ぎている人間は、ある意味純真で御しやすい。
ラウルフィカが考えるところの前者は現在の上級大将ミレアスのことであり、後者は大将カシムのことである。
ミレアスはラウルフィカを陰で貶め弄ぶ五人の中で、最も性質の悪い男と言えた。表向きは有能な軍人として職務に熱心に勤め、仕事にも手を抜くような男ではない。国王であるラウルフィカと言葉を交わすこともそうはなく、余人が彼らの関係を知る由もない。
しかし、その一方で、ミレアスはラウルフィカを売春婦以下の存在と扱うのだった。暴力的な行為の中でしか性欲処理できないというミレアスにとって、ラウルフィカの存在は奴隷以外の何者でもない。金を払って穏やかに抱いている分だけ、まだ娼婦相手の方が優しいだろう。
レネシャのことがなければ、ラウルフィカはパルシャよりも先に、真っ先にミレアスを屈服させるつもりだった。ミレアスの乱暴さには、五年間付き合わされても決して慣れるものではない。むしろあの男をこのまま放置しておいたら、こちらがそのうち殺されてしまう。
そして彼を崩落させる鍵を握るのは、貴人の護衛という立場に夢を見る青年・カシムの存在だった。
◆◆◆◆◆
「……こんなところに呼び出して何の用だ」
ミレアスは常に気まぐれだ。ラウルフィカのことを欠片も気遣うことのない男だった。
ゾルタもナブラもパルシャも、そして本来敵でありながらラウルフィカに寝返ったザッハールも少なからず、ラウルフィカの国王という立場に夢を見ている。ゾルタはラウルフィカに対し、王族らしい誇りと気高さを持った純粋な少年像を、ナブラはただ美しく自分に逆らわない理想の恋人像を、パルシャはこの国の権力の象徴でありながら見た目はいたいけな少年という落差を、それぞれ求めている。
しかしミレアスには、そういった欲望がない。彼はただ自分の肉欲と肉体的な征服欲を満たしたいだけで、その過程で相手が何を思うのかなど考えもしないのだ。だから彼はラウルフィカの身分などどうでもいい。
ミレアスが重視するのはそこに自分が好き勝手に犯してよい身体の持ち主がいることだけで、相手の美貌も立場も身分もどうでもいいのだ。そこが彼と、ラウルフィカを身体的にはさほど傷つかないようにしながら、数々の淫靡な手管で精神的に屈服させようとする他の男たちとの違いだった。
ミレアスとの行為はいつもどこか危険や痛みや苦しみを伴った。ラウルフィカは彼の相手をするたびに、いつか加減を間違って自分が死ぬのではないかと戦々恐々となる。
今日は屋外という気分らしく、ミレアスはラウルフィカを、深夜の練兵場に呼び出していた。こんな場所、夜中に誰か訓練をするわけでもなし、当たり前のように人気はない。護衛の兵士だってこんな場所にいるはずはないのだ。彼らが守るのは宮殿の本館や神殿であって、すぐ近くに主に貧しい兵士たちが寝泊まりするための兵舎がある練兵場など、物盗りだって暗殺者だって好き好んで忍び込むはずもない。
逆に言えばそこが警護としては盲点なのかもしれない。こんな場所に国王がいるはずはないという思いが心理的な穴となる。近くの兵舎にこそ人はおれど誰もやってきたりする様子がなく、確かにここは深夜に密会するにはよい場所だ。
だが、人気のない場所というのは恐怖を煽る。ここでならどんな酷いことをされても、誰にも気づいてもらえないのだ。
ラウルフィカからそう遅れることもなく、ミレアスが練兵場に姿を現した。兵士として行動する気はないからか、一見して武器になりそうなものは持っていない。そのことに少しだけラウルフィカは安心する。否、ミレアスがその気になれば彼の重たい拳はそれだけで十分な凶器となるのだが……。
「今日はこっちって気分だったんだよ」
ラウルフィカのもとへ近寄ると、ミレアスは有無を言わさずさっさとラウルフィカを地面へ押し倒した。念のため小石や肌を痛めそうなものの極力少ない場所を選んで立っていたのは正解だ。
更にラウルフィカは、厚手の布を一枚羽織っていて、それが背の下に敷かれるようにした。こういったものがあるのとないのとでは全然違う。この五年でそんなろくでもない知識ばかり溜まっていったのが虚しい。
ミレアスはいつものごとく、ラウルフィカの服を破くような勢いで脱がせる。運よく布が破れずとも飾りピンのフィブラは針がひしゃげて使い物にならなくなった。
愛撫とも言えない乱暴な手つきで、内股を撫であげラウルフィカのものを握る。顔を胸に落とし、赤い尖りを口に含んだ。
「ん……」
ぴちゃぴちゃと獣が水を舐め飲むような音がし、刺激を受けた身体はやがて反応しはじめる。抗っても苦痛が長引くだけだとこの五年で学んだラウルフィカの身体は、多少乱暴な扱いにもすぐに反応するようになっていた。
「は、ぁ……ああ、あっ」
頭をもたげかけた欲望を擦られれば、すぐに先走りが滲む。その滴を掬い取って、ミレアスのごつごつとした荒い指先が後ろの蕾へと押し込まれた。
「――んくぅ!」
いくら滑りの助けを借りているとはいえ、ミレアスの指づかいは荒い。潤滑油となるには先走りの量も少なく、ラウルフィカは苦痛の声をあげた。
「チッ! 我儘な王様だぜ」
ミレアスが忌々しげに舌打ちし、一度指を抜いた。淫らな液で中途半端に濡れた指先を、ラウルフィカの口へと突っ込む。
「ふぐっ」
「舐めろよ。お前のためなんだぜ?」
武骨な指先が、口腔を蹂躙する。閉じられない口からたらりと唾液が零れた。
ラウルフィカが呼吸を間違えてむせるのと同時に、ミレアスは歯で指が傷つかないようにと口から手を引き抜いた。抜いた指をそのまままた後ろへと滑り込ませる。
「ああっ」
今度はするりと入り込んだ指が、ラウルフィカに嬌声を上げさせた。
ミレアスの身体中、指先まで例外なく鍛えこまれている。硬い皮膚が内壁をがつがつと擦る感覚に、ラウルフィカはたまらず吐息をもらす。
「ん、んぅ、んん……!」
「そろそろだな」
ラウルフィカの媚態に舌舐めずりしたミレアスが、指を引き抜いた。そそり立った己のものを解れた入口にあてがうと、一気に押し込む。
「うあああ!」
狭い内部をかきわけるように強引にミレアスは腰を押し進める。突きあたりで一度止まるが、それだけでは物足りないとすぐに腰を動かし始めた。
「んっ、ん、んん、んぅ、んっ」
ラウルフィカは喘ぎ声をあげる。ミレアス相手に声を我慢しても意味はないし、ここには人も来ない。
敷布の下で砂がじゃりじゃりと音を立てる。散々舐め尽されて放り出された胸元が夜気に触れて中途半端に乾いていく。
結合部はぐちゅぐちゅと音を立て、肉同士がぶつかる乾いた音も止まらない。ミレアスは飽くこともせず獣のようにラウルフィカを犯し続ける。
「は……ッ」
白い喉をさらしてラウルフィカがのけぞる。開いた瞳に、世界が逆さまに映った。
その先で、たまたま――そう、途中でたまたま宮廷魔術師長ザッハールに用を言いつけられてたまたまこの場を訪れたカシムの、驚愕に満ちた顔が目に入る。
カシムはあまりの驚きに声も出ないようだ。衣装こそ普段より地味なものだが、ラウルフィカの容貌自体がこの国では珍しい。ミレアスの赤毛も目立つ。今宵は月が明るく、さほどの距離でもなければ相手の顔がわかるくらいだ。
目論見通りにこの場に鉢合わせたカシムに気を取られていたラウルフィカは、突然喉を塞がれて目を白黒させた。
「ぐ!」
「聞いたことがあるか? ヤってる最中にここを締めるといいんだってさ」
ラウルフィカの中に自身を突き立てたまま、ミレアスは腕を伸ばしてラウルフィカの首を絞めてくる。片腕だし力もそれほど入っていないようだが、苦しいことには変わりない。
ミレアス程の男が本気でやれば、ラウルフィカの首などすぐ折れるだろう。だから本気ではないことはわかるのだ。しかし気道は確実に塞がれて、窒息の危険が襲う。
目の前が紅く青く点滅する。小刻みに動くのすら苦しい状況で、それでも酸素を求めないわけにはいかずパクパクと水際の魚のように口を開けた。
「……、……!」
「……くっ」
声を出せないまま喘ぐラウルフィカの中で、ミレアスが達した。
「――何をしている?!」
さすがに目の前で自国の王らしき人物が首を絞められている状況に呆けてはいられなかったらしく、カシムが練兵場入口の庇の下から飛び出してきた。
「ああっ?」
「げほっ、ごほっ!」
彼の登場に気づいていなかったらしいミレアスが驚きで手を離すと共に、ラウルフィカは盛大に咳き込んだ。また危害を加えられないように遠くへ逃げたかったのだが、そうするにはまだ中に突きいれられているミレアスのものが邪魔だ。
「何を……、何なんだこの状況は?! そちらは、まさか本当に陛下なのかッ?!」
生真面目なカシムが声を震わせる。顔色も蒼白なのだが薄闇の中では見えないし、ラウルフィカにそれを確認する余裕もなかった。とにかく身体を横に向け、呼吸を整える。
舌打ちと共に、ミレアスがラウルフィカの中から己のものを引き抜く。もともと下衣しか脱いでいなかった彼は、さっさと服を着直した。
「面倒な奴に見られちまったぜ」
そうして自分だけ体勢を整えると、ミレアスは一人、さっさと出口へ向けて歩きだす。
「ま、待て! ミレアス将軍! この状況を説明しろ!」
「どう説明するんだよ。俺と国王陛下がヤってました。それでいいのか?」
「貴様という者は、騎士でありながら自らの仕えるべき主君になんていうことを……!」
戦闘さえこなせばそれでいいと考えるミレアスは、カシムのように生真面目で規律にうるさい軍人の鑑のような男が苦手だった。
「ぐちゃぐちゃと煩い男だ。言っとくが、今の行為は完全に合意の上だぞ。それともお前は、国王の寝所の中にまで口を出すのか?」
せせら笑うと、ミレアスはこれ以上カシムの説教を聞く気はないと、さっさと踵を返した。後には、衣服を剥ぎ取られ下半身を白濁液で汚し、首を手形に赤く染めた惨憺たる状況のラウルフィカと、その国王にどう声をかけていいのかわからない様子のカシムが残される。
――しかしこの状況こそ、ラウルフィカの目論見通りだった。
本来ならここはカシムに脅迫でも懐柔でもなんでも試みて口止めをしなければならない場面なのだが、ミレアスは面倒だとばかりにそれを放置した。ラウルフィカが適当な説明をするとでも思ったのだろう。国王であるラウルフィカにとっても、一兵士に強姦されているなど醜聞以外の何でもないのだから。
そう考えるところが、ミレアスの単純さだというのだ。それをわかっていたからこそ、ラウルフィカも仕掛けた。
こほ、と小さく咳き込んで見せると、彼が首を絞められていたのだと思いだしたカシムが我に帰った。ラウルフィカの傍へと寄ってきて、心配そうに声をかける。
「大丈夫ですか?」
「……、ああ……っ、こほっ」
演技ではなくもう一つ咳をすると、ラウルフィカはカシムに話しかけた。
「上着か……できればマントを貸してくれないか……とりあえず、部屋に戻りたいんだ……」
弱弱しく微笑んだラウルフィカに、カシムが息を飲んだ。