劫火の螺旋 04

24.伽

「愛していると言ってくれ」
 いきなりの懇願に、ラウルフィカは目を丸くした。突然現れて人をいつものように女装させたかと思えばこの台詞。
「な……ナブラ?」
「私を愛していると……」
 着替えさせられたラウルフィカは、今ナブラに両手首を掴まれ壁際に追い詰められていた。顔の横に持ちあげられた手首で、ゾルタにつけられた金の腕輪が揺れる。
「いきなり何を……ん、んんっ」
 ラウルフィカの口からすんなりと望む言葉が得られそうにないと知ったナブラは、腕の檻で閉じ込めた少年に無理矢理口付けた。紅を刷かずとも艶めく唇の僅かに空いた隙間から舌を差し込む。ラウルフィカのはかない抵抗をものともせず、閉じられない唇の端から唾液が零れるまで長く長く口内を蹂躙する。
「あ……ナ、ナブラ! 何をするっ!」
 いつもはほとんど抵抗を見せないラウルフィカも、今宵ばかりは違った。そもそも今日はナブラが部屋に来る番ではないはずだ。
 口元を袖で拭うラウルフィカの姿に、ナブラはまるで裏切られたような衝撃を覚えた。これがいつもの「少年王」姿であればまだマシだったろうが、少女の顔をした彼に拒絶されるのは自分でその格好を強制したくせに、酷く堪えるのだ。カッとなって彼は叫んだ。
「お前は私のものだ!」
「おっと、そうなのか?」
 その時、場違いに穏やかな美声が部屋の入口の方から届いた。はっと二人して振り返れば、鮮やかに人目を引く金髪の美青年の姿がある。
「へ、陛下。申し訳ありません。皇帝陛下が……」
 非常にすまなそうな顔をして、スワドの背後につき従ったカシムがラウルフィカに頭を下げた。権力や身分に弱すぎる彼には、皇帝を押しとどめることなどできるはずがない。
 侍女たちも下がりあとは眠るだけ。このような時間帯にも関わらず皇帝は案内役のカシムの他は、共の一人も連れていなかった。
 部屋に焚かれた香りを心地よさげに嗅ぐ仕草をして、皇帝はちらりと意味深な目を壁際で言い争うラウルフィカとナブラに向けた。
「ラウルフィカ殿に用があってやってきたのだがな。どうやらお邪魔だったようだ」
「いいえ。そのようなことはありません、皇帝陛下。どうぞこちらへ。私は隣で着替えて参りますから。カシム、侍女を起こして御茶を用意するようにと。ナブラ、お前は出ていけ」
「その必要はない」
 接客されるべき皇帝自身がラウルフィカの出した指示を無視し、咄嗟にナブラを振り払った彼のもとへと歩み寄る。
「あなたはいつも美しいが、今日は格別だな。この衣装は、彼が?」
 ラウルフィカの頭を飾る深紅のヴェールを手に取りながら、スワドはナブラへと視線を向けた。何の抵抗もなくラウルフィカの肌に触れた皇帝に、ナブラは瞬間的に殺意を抱く。
「ええ……っあ、皇帝陛下!」
「スワドと呼んでくれて構わないぞ。私はもっとあなたと親しくなりたいのだ。ふうん、こんな格好をしているから実は女という愉快な話も考えたのだが、身体は間違いなく男だな」
 無遠慮にも堂々とラウルフィカの服の胸元に手を入れて素肌をまさぐった皇帝は、楽しそうに笑う。彼はその手を今度は下衣の隙間から差し入れた。
「こちらの方はどうかな」
「ああっ!」
 びくんと大きく体を震わせたラウルフィカの様子に、衣装で大事な部分は見えないながらも同じ室内にいたカシムとナブラはぎょっとした。
「カシム、ナブラ! 二人ともさっさと出ていけ!」
「し、失礼いたします!」
 紅く染まった目元でラウルフィカが睨みつけると、カシムはこの場にいることが耐えられないとばかりにさっさと部屋を出ていった。しかし、ナブラの歩みはどうにも鈍い。ようやく振り返ろうとしたところで、皇帝が彼を引きとめた。
「待て」
「皇帝陛下、一体何を――」
「余興だよ、ラウルフィカ。この方が楽しいだろう? 人目がある方が興奮できる」
「な……」
「さぁ、遊びを始めようじゃないか。それとも、逆らうか? それでもいいぞ。あなたが私に従わない分は、この国から別のもので返していただくことにしよう。さぞや莫大な額になることだろうな」
「わ……たしの、からだ、など、そんな大層なものでは……ぁ……」
 いまだ衣装の隙間から入り込んだ手に下半身を蹂躙されているラウルフィカは、切れ切れにそう答えた。
「そうかな。この美貌、この真珠のような肌。誰もが惑わされずにはいられない」
 言いながらラウルフィカの襟ぐりから覗く鎖骨に舌を這わせたスワドは、そのまま視線を壁際に所在なく立ちつくすナブラへと向けた。
「男を惑わす魔性の美貌。あなたの存在自体が罪深い」
 自分の見ている前で、ラウルフィカが男の手に好き勝手に弄ばれながら頬を赤く染めて喘ぐ姿はナブラの自尊心に傷をつけた。スワド帝はそうしたナブラの心の動きを熟知し、嫉妬に表情を歪めるナブラの様子まで含めてこの状況を楽しんでいる。
「ラウルフィカ」
「は……い」
 決して皇帝には逆らうことなかれ。砂漠地域の小国の王としては、それは絶対の不文律だった。名誉の問題として行為自体を拒否するならまだしも、一度了承してしまえば後は何をしてもいいと承諾したも同じ。他の男たちの前では耐えて見せる快感への反応も、こらえずにそのまま表に出す。
「あなたの方から私に口付けてはくれないか? 我らの友好の証にな」
「はい……」
 ラウルフィカはスワドの背に腕を回すと、自分より頭一つ分背の高い皇帝のために背伸びするようにして口付けた。
 応えるスワドはねっとりと舌を絡ませ、時折零れる吐息も艶めかしい濃厚な接吻を交わす。壁際でその様を見ていたナブラがぎりぎりと歯噛みする。
「……いい子だ」
 自分から仕掛けたはいいが最終的にはスワドの舌技に負ける形で腰砕けになったラウルフィカが、皇帝の着衣に縋りながらずるずると床にへたりこむ。
 スワドは底知れない笑みを浮かべたまま、ラウルフィカを軽々と抱き上げて寝台へと運んだ。華奢な身体をたくましい腕で組み敷くと、ラウルフィカの胸元を肌蹴させ、傷一つない白い胸に吸いついた。
「あ、んくぅっ」
 貴人の繊細さと軍人の武骨さの両方を兼ね備えた大きな掌が、ラウルフィカの下腹部を弄ぶ。下を攻めながら、同時に乳首をかり、と甘く噛む。
「ふっ、んん、ん、ひぁ、あっ」
「ふふ、もうこんなに濡らして、清純な見た目とは裏腹の、随分いやらしい身体だな」
 とろとろと蜜を零すラウルフィカ自身を指してのスワドの台詞に、ラウルフィカが白い肌をカッと紅く染める。
「こちらの具合はどうかな」
「あぅっ……、」
 スワドが衣装のひだをかきわけ、白い尻の奥まった部分にいきなり指を入れようとする。これまで五人の男に何度も抱かれてきたとはいえ、自然に濡れない部分は急な挿入に苦痛を訴えた。
「……ああ、すまない。やはり女と違っていきなりは無理だな。さて、恐れ多くもベラルーダの国王陛下に無理をさせるわけにはいかぬし」
 どうしたものか、と言いながらスワドはラウルフィカの腰を大きく抱え上げた。足を折り曲げさせ、局部を彼の眼前に露わにさせる。
「な、何をなさいまっ、ひぁ!」
 ラウルフィカの裏返った悲鳴に、それまで心持ち視線をそらすようにしていたナブラが思わず寝台の上を振り向いた。
「あ、だ、駄目、です! 陛下、皇帝陛下が、そ、そんなことっ! やっ、ん、んん……!」
 露わにされたラウルフィカの尻に、スワドが顔を埋めている。ひとりでに濡れることのない場所を濡らそうと、紅い舌が小さな穴を舐めていた。大きな手のひらは肉付きの薄い尻を強引にかきわけて穴を広げている。軟体動物のような舌がちゅぷちゅぷと音を立てて出し入れされる感覚は、ラウルフィカにも慣れぬものだった。
「やっ……ぁあ、あん、んっ」
 抵抗をしてもいけないのだがこの状態で無抵抗というわけにはいかずラウルフィカは口では拒絶の言葉を吐く。しかしスワドの舌で犯される事に対して、言葉よりも雄弁に彼の分身が快感を主張していた。そそり立ったものは腰を高く上げられた不自然な体勢のせいで、ラウルフィカ自身の腹の辺りにぽたぽたと先走りの滴を零す。
「あ、駄目……や、やめっ、おやめくださいませっ」
 懇願を聞き入れてか、スワドはようやくラウルフィカの尻から舌を離した。しかし彼は流れるような動作で、これまで自分が舐めていた場所に指を埋め込む。十分な潤いを与えられた場所は、長い指を難なく呑みこんだ。
「うぁっ」
「先程より随分と楽そうだな。これならば私のものを受け入れても大丈夫か?」
 奥を探られ、内壁を擦られてラウルフィカがびくびくと胸を震わせる。
「いいか、ラウルフィカ」
「……は、い。ください。陛下のもの……」
 ナブラが見ている前で、ラウルフィカは頬を上気させ瞳を潤ませて、皇帝のモノが欲しいとねだる。
「ふふふ。いい子だ」
 スワドはラウルフィカを四つん這いにさせて後ろから貫いた。抱くと言うよりも犯すというのが相応しい体勢で、
 たくましい体躯に見合った立派なモノが、優雅でありながら暴力的な匂いを漂わせ、翻弄するように強引に中へと侵入する。良い部分を探り当てると、もったいぶらずにガツガツとその場所を攻め立ててラウルフィカに嬌声を上げさせた。
「あん、ん、んっ、陛下……!」
「はは、素晴らしい締めつけだな。見た目だけでなく、中身まで極上の身体だ。とろとろに熱くて、ぎゅうぎゅうと吸いついて来る」
 細い腰を乱暴に抱いて、肉のぶつかる音がするほど激しく中を突く。壁際でその様子を目を逸らすこともできず見ていたナブラは、悔しげに唇を噛んだ。
「ああ……!」
 二人分の白濁で、ナブラがラウルフィカに着せた衣装も見事に汚れてしまっている。
 欲望を吐きだして力の抜け切った様子のラウルフィカを腕に抱いたまま、スワドは更に彼にあることを言うように強要した。
「なぁ、ラウルフィカ。私を愛していると言ってみて御覧」
 その言葉に反応したのは、ラウルフィカ自身よりも壁際で痛い程に拳を握りしめていたナブラだった。
「私が好きだと、誰よりも愛していると」
 額がつくほどの至近距離で見つめ合いながら囁くスワドの求めるままに、熱の名残で赤い顔をしたラウルフィカはその言葉を口にした。
「愛しております、皇帝陛下……いえ、スワド様。誰よりも、お慕いしております」
 潤んだ瞳で告げたラウルフィカを腕に抱き、スワドはその唇に口付けを落とす。しかし彼は完全にラウルフィカと二人きりの世界に入っているわけではなく、口付けを終えて離れる寸前、瞳だけをナブラに向けて勝ち誇った顔をした。
 カッと、ナブラの頭に血が昇る。何も考えられず、その手は懐に触れたものを手にしていた。部屋に焚かれたきつい香のかおりに頭がくらくらする。
 彼が望んでも望んでも得られなかった言葉を、その権力であっさりと手にした皇帝。美しい容姿に恵まれた環境、他者が羨む能力、人を従わせる気品、何もかもを持って、誰かの前で跪いて苦労したことなどない。その男が、今ラウルフィカまで自由にしている。――それはナブラにとって許しがたいことだ。
「ふざけるな……勝手にこの国をかきまわし、何もかもを奪おうなどと」
 ぶるぶると怒りで震える、その手が握りしめているのは短剣だ。
「私のものを貴様などに奪わせてなるものか!」
 憎悪と怒りが理性に勝ち、その切っ先が皇帝へと振りおろされる。
「――!!」
 室内に鮮血が飛び散った。