劫火の螺旋 05

29.捕虜

「あんたは何を考えているんだ?」
「いろいろと事情があんだよ。乗るのか、乗らないのか?」
 プグナの男たちの不審と警戒の眼差しに、赤毛のベラルーダ軍人ミレアスは答えた。彼の腕の中には、ベラルーダ人である彼が本来守るべき存在、国王ラウルフィカがいる。
 首筋に手刀を叩きこまれて気絶したラウルフィカは、ミレアスに運ばれている最中に目を覚ました。手首足首を縄で縛られ、身動きがとれないまま粗末な木の小屋の中で跪かされている。口には猿轡を噛まされていて、声も出せない。
 気がついた時にはすでに抵抗を封じられていて、見知らぬ場所まで運ばれてきていた。目の前に三人ほどいる兵士たちは、プグナの兵士に見える。ラウルフィカは彼らとミレアスとの会話から、この状況を悟った。
 ミレアスはどうやら、自国の王であるラウルフィカをプグナに売り渡すつもりらしい。
 恨みをかっていることは知っていたがまさかここまで大胆な行動に出るなど予想外で、今のラウルフィカとしては成す術もない。
「だいたい、これがベラルーダ国王だという証拠がどこにある」
 プグナの男の一人が言った。ラウルフィカに視線を向けるものの、国王本人だとは判断つかないと言ってミレアスに詰め寄る。
 普通に考えて、敵国に自国の王を売り渡す兵士などいない。それは相手に刃を突きつけられて自分の命か忠誠かと秤に乗せられた場合などに行う苦渋の決断、あるいは権力者の勢力争いの一環として時には国王すら売り物にすることがあるのであって、まだ戦争の勝敗が決する段階ではないこんな時に自国の王を敵国に売りに来る将など基本的にはありえない。
 だがその非常識も、ミレアスにとっては理由ある行動らしい。その辺りが噛みあわなくて、ミレアスとプグナ兵のやりとりにはなかなか決着がつかない。
「別に証拠なんていらねぇだろ? こいつがお前らの国の者でないのは確かだ。国王だったらそっちで好きに使えばいいし。お前らにとって王だと信じられないならそのまま斬り殺せばいい。俺はどっちでも構わねぇからよ」
 ミレアスはラウルフィカを連れて来たものの、金や地位目当ての売り込みではないので言葉に熱はない。襟を掴んで無理矢理ラウルフィカの身体を中腰で立たせるようにする。
「それともいっそ、慰み者にでもするか? 女の代わりにくらいはなるぜ」
 下卑た欲望を口にしてミレアスが笑えば、そこまでする彼の行動自体が薄気味悪そうに警戒しながら、プグナ兵は話の先を続けた。
「それで、あんたはどうするんだ? 国王を売ったなんてなれば、ベラルーダにとっては裏切り者だろう? プグナに寝返りたいってか?」
「いいや。俺は陣地に戻る。今なら誰も気づいてないだろうしな」
 ラウルフィカの気になったことはプグナの男が聞いていた。ミレアスらしい思考回路にラウルフィカは納得したが、プグナの兵士たちはますます唖然としていた。ミレアスの言動は普段の彼を知っている者からすればそういう人間なのだで済むが、普通の人間からしてみれば非常に共感しづらい。
「信じられねぇ。一体何が目的なんだ?」
「強いて言えば、俺はその小僧に恨みがある。そいつが死んで別の奴が王として収まってくれりゃあ万々歳だ」
 また、ミレアスにはラウルフィカよりどうせなら自分の協力相手であるゾルタの方を王に仕立てあげたいという欲もあるようだった。ゾルタにその気はない上ラウルフィカという後ろ盾を失えば彼の方も話がややこしくなるのだが、ミレアスはそこまで思いいたっていない。
 第一、ゾルタは自分が王として権力の全てを握るのならば、ミレアスのようにいざという時どういう行動に出るかわからない相手は切り捨てるだろうとラウルフィカは思った。
「俺たちとしては、そんなことを言われたらこの坊やはあんたたちの間諜か何かじゃないかと疑いたくもなるもんなんだがな」
「間諜だったらもっと上手く売り込むぜ。こんなあからさまなことしねぇよ。それで、受け取るのか受け取らねぇのか?」
 プグナの男たちは迷った末にラウルフィカを捕虜として受け取ることを決めたようだった。もしも王でなかったり不審な動きをしたら殺せばいいということだろう。本来なら不審な人物としてミレアスの方も留めておきたいところだろうが、彼の強さはプグナの兵士たちも知っているし、置いていった少年が本物のラウルフィカ王ならば、この戦もさっさと終わるので放っておいて問題はないだろう。
 ミレアスはラウルフィカを置いて、本当に陣地に帰ったようだ。彼の後のことは、カシムとザッハールに任せればいい。
 ラウルフィカは、猿轡を外した男と向かい合った。足首の縄までは外されるが、手首の縄は念のためにと結ばれたままだ。
「よぉ、お坊ちゃん。あんな荷物のような運ばれ方してきたが、あんたは本当にベラルーダの王様なのかい?」
「触れるな。下賤」
 いきなりの言葉に、男たちはにやにやとした笑みを崩さないまでも瞳を動かして反応した。見定めるような目でラウルフィカを見下ろす。
「あの屑が何を考えてこのようなことをしたのかは知らんが、私はベラルーダの王。貴様ら如き平民が触れていいような身分ではない」
「へぇ……今まさに自分の民に裏切られたってのに、随分自信たっぷりだなぁ、王様よ」
 ラウルフィカは男の一人に床へと崩れるように突き飛ばされた。肩に地面がぶつかり痛い。それでも首を捻るようにして相手を睨みつけたままでいる。
「とりあえず俺たちとしては、あんたがまず国王だってことから確認したいんだがね」
「私はそう名乗った」
「口で王様ですと言って王様になれるなら、誰だって苦労しねぇなぁ。それに、いくらベラルーダで王様だったからって、プグナでそれが通じるとは思うなよ」
 髭面の男がラウルフィカに迫りながら言った。ゾルタのような手入れされた髯ではなく、伸び放題の武骨な髭だ。
「あんたが本当にベラルーダの王様だってんなら、俺たちにとっちゃ宿敵中の宿敵だな。この国にはあんたを殺したくてたまらないって奴らがうじゃうじゃいるんだぜ?」
「……私をどうするつもりだ」
 ラウルフィカが動揺を見せるように少し先程より弱気な表情で尋ねて見せれば、髭面の男は多少満足したように頷いた。
「まずは確認だな。あんたが本当に国王かどうか」
 おい、と髭面の男が声をかけると、後の二人ともラウルフィカの方へ近寄ってきた。
「黒髪に青い瞳。年齢は十七、八。白い肌。特徴としてはあってるが、そんな奴だけならごまんといるしな」
「しかし……いくら若いってもすげー滑らかな肌してんぜ。どこもかしこも身綺麗にしてるし、仮に国王じゃなくても貴族以上の立場であることは確実なんじゃないか?」
 男たちはラウルフィカの黒髪を引っ張ったり、服の布地をまくってみたりと忙しない。日に焼けたその肌と比べれば、いっそうラウルフィカの肌の白さが目に映える。
「おい、こいつ本当に男かよ」
「信じらんねぇ。どこもかしこも芸術品みたいじゃねぇか。これがベラルーダの王様だと?」
 プグナ兵士たちの武骨な指が、無遠慮に少年王の肌をまさぐった。
「綺麗な男なんてその辺の男娼窟にでもいるだろ?」
「そんなのと比べ物にならねぇよ」
 男たちの一人は特に男色の気が強いのか、ラウルフィカの頬や服の裾から覗く鎖骨や首筋に触れてはうっとりとしている。砦内にいたところを無理矢理ミレアスに攫われてきたため、服は簡単な部屋着で、靴は途中で落としてしまったらしく裸足。足首を撫でられて咄嗟に身を引きたくなるが、小屋の壁にぶつかりそれ以上は動けなかった。
「たまんねぇ……」
「いっそやっちまえばいいんじゃねぇか? 本物の国王だったらあんま派手な拷問とかできねぇし、見た目に怪我を負わせずに苦しめるならそれしかねぇだろ」
「そうだな」
 立場があるからこそ簡単には殺されないのだが、逆に言えばそれは簡単には死ねないということ。
「や、やめろ……!」
 ラウルフィカは引きつった顔を作る。彼の容姿は、例え男色家でなくとも僅かなりとその気があれば手をだしてみたいと男たちに思わせるような中性的な美貌だ。青ざめて怯える様は、むしろ嗜虐心を煽る結果となった。
 男たちの手が伸びてくる。
 今のラウルフィカの立場は彼らの捕虜だ。まだ両手首も縛られたままで、自分より体格のいい男三人相手に抵抗などできそうもない。
 中途半端に剥ぎ取られた服の内側に手が滑り込み、口には滾る男の欲望をそのまま突き入れられた。
 武骨な男たちの指が肌をまさぐり、穴という穴をさぐり、彼自身のものを玩具に興味をしめす子どものように嬉々として弄りだす。
 敵国の王であり捕虜。そんな言葉をただの言い訳にする、異様な興奮が小屋の中を包んでいた。