劫火の螺旋 06

34.魔性

 プグナ王宮の一室から、ラウルフィカは「侵略」を開始した。
 この国で一番権力を持っているのは王であるファラエナ。ならばラウルフィカが王宮を好き勝手に動き回るには、ファラエナの許可をとるのが確実だ。
 そしてファラエナに許可を求めるには、ファラエナの機嫌を取るのが確実だった。
「今日も大人しくしておったようだな」
 ファラエナはラウルフィカとは政治的な話を一切する気がないらしく、ラウルフィカに与えた部屋を訪れるのは、捕虜として捕らえた少年を抱く時だけだった。
 ファラエナが来る前には、部屋に先触れが来る。そうして侍女たちが多数寄越され、王の閨の内に入るのに相応しいように格好を整えられる。
 否、厳密に言えば“相応しい“というのは少し違う。侍女たちはファラエナの求めに応じてラウルフィカの身支度を整えるのだ。彼がラウルフィカに求めるのは、愛人・奴隷として彼の自由になる玩具としての装い。ラウルフィカの格好は、男の欲望を楽しませるような格好をさせられる。
 着衣と言えるような着衣ではなく、腰に透けるような頼りない薄布を飾り、金と宝玉の飾りで留める。首飾りとして華奢な金鎖を五連程下げ、足首にも飾りをつける。腕には外せない腕環がすでに留まっている。
 顔立ちを更に引き立てるために薄らと化粧を施され、裸の胸の上、乳首には金粉を塗られた。更に侍女たちは、王を受け入れる個所だからと後ろに薬を塗る。そうして娼館の娼婦並に徹底的に身支度を整えられた頃、ファラエナが部屋を訪れる。
 彼はラウルフィカを気にいっているようで、王宮に連れてこられてから毎日ラウルフィカのもとにやってくる。しかも過ごす時間は、日に日に長くなっている。
「城の中での行動範囲をもう少し広げてほしい?」
 ラウルフィカはファラエナに懇願した。敵国の捕虜として捕らえられたラウルフィカには、他の愛人のように後宮の中なら全て行き来できるような権限は与えられていない。しかしこれまで少年は従順過ぎるほど従順にファラエナの求めに応えて来た。愛人としての扱いでいいから、王宮内を歩き回らせてほしいと言ったのだ。
「ふむ……それは今日のそなたの頑張りしだいかな」
 ファラエナの膝に抱え上げられ中を抉られると、ラウルフィカはたまらず嬌声を上げた。
「ふふふ。愛い奴じゃ。一見そんな風には見えぬのに、余の手で快楽を与えられると簡単にイくのだな」
「あ……だってっ、んっ、陛下ぁ……!」
 五年間ゾルタたちに犯され続けたラウルフィカの体は、快楽に敏感だ。それはこの場面においては役に立った。女は例え感じていなくても達したフリができるが、男にはまず無理だ。何をされても快感に変換する身は、そのためには重要だった。
「んっ、そ、そこ……や、指、入れないでぇ……」
 理知的な王妃を嫌っているとの情報を踏まえて、ラウルフィカはファラエナ王との同衾の際には理性の箍を外した。黙っていれば清楚と見られる容貌を快楽に歪め、行為に没頭する。ぽろぽろと涙を零しながら男のモノが欲しいと哀願すれば、ファラエナ王はますます機嫌を良くした。
「ああ、お前は……本当に可愛いな。パピヨンに婿としてくれてやるのがもったいないわい。いや、婿としての立場につけてしまった方が愛人として処分されることもなく確実か?」
 ファラエナは段々とラウルフィカにのめりこんでいった。愛人として扱う方が好きなように着飾らせることができるが、娘婿にしてしまった方が公務を理由に傍に置いておけるなどと、算段を巡らせ始める。
 最中にラウルフィカは、王宮内の一部なら自由に歩いていいとの許可を得た。その代わり、逃げ出さないよう見張りをつけるとも。
「さぁ、余はそなたの願いを叶えてやった。こういうときにはどうやって礼をするかはわかるな」
「はい、陛下。ありがとうございます……」
 ラウルフィカは着々と、プグナの王の心を捕らえていく。

 ◆◆◆◆◆

 翌日からラウルフィカにつけられた見張りは男が二人。
 いくら寝所で甘えた顔を見せるといっても、ラウルフィカは間違いなくベラルーダの王。そして性別は男だ。侍女をつけて間違って逃げられては困るという目算があるのだろう。
 屈強な兵士たちは、ラウルフィカの格好を見て一瞬目を逸らした。ファラエナ王が気にいった薄布だけの格好を今日は日中からさせられているので、足を組んで窓枠に腰掛けていたところ、室内に入ってきた兵士たちからはちょうど下着をつけていないその奥が見えそうで見えない絶妙にいやらしい雰囲気となっていたのだ。
 これであからさまに嫌悪を示すような男なら話は違ったのだろうが、兵士二人が自分の身体に興味を示したのをラウルフィカは見過ごさなかった。
 散策を許された人気の少ない一角の廊下で、ふいに兵士に話しかける。
「あの……」
「どうかしましたか」
「すまない。その……ちょっとここが……痒くて」
 ラウルフィカは自らの乳首に手を伸ばしながら言う。真正面からそれを見てしまった兵士二人は、ごくりと生唾を飲み込んだ。
 ラウルフィカが自身の指ですでに多少弄った乳首は尖って硬くなっている。いかにも恥ずかしそうに頬を赤らめて言えば、兵士たちは食いついてきた。
「その……いろいろ塗られているせいで痒みが……とれなくて」
「そ、それは大変ですね。ああ、こんな、娼婦みたいに金粉など塗られて。そりゃ、痒いでしょうな」
「我らがかいて差し上げましょうか」
「いやお前それは」
 調子に乗って実際に手を出そうとした男をもう一人が止めるが、ラウルフィカは頷いた。
「……頼めるか?」
「え?!」
「もちろん」
 一人は仰天したが、一人はにやにやと笑顔で承諾した。もう一人も「王様がそう言うなら……」などともごもご呟いたあげく、同僚より早くラウルフィカの胸に手を伸ばそうとする。
 しかし廊下の途中ではまずいだろうと止められ、三人は場所を変えることにした。人気のない一角の、更に人気のない物置のような部屋に踏み込む。物置と言っても王宮内なのでそれほど乱雑してはおらず、多少家具が多いくらいで綺麗だ。ラウルフィカは適当なスツールの上に座らせられた。
「痒いのはどうですか。ここ?」
「んっ」
 兵士の指が容赦なく乳首をつねり上げると、ラウルフィカは甘い声をあげる。
「こ、こちらはどうです?」
 もう一人の男も、息を荒げながらラウルフィカの胸の突起を弄り倒した。つねり、指で挟んで揉み、爪でひっかき、引っぱり、指の腹でぐりぐりと押しつぶす。
「あ、そ……そこ、うん……もっと……」
「いくら敵国の捕虜とは言え、仮にも王様の言うことに俺たち下っ端兵士は逆らえませんからね」
「そ、そうだよな」
 一人は調子よく、一人は後ろめたさを覚えながらもやはりラウルフィカの身体に興味を隠しきれない様子で、あれはこれはと弄り倒す。
「ところで王様、こうやってかくだけで本当に痒いの収まります? やっぱりここは、べったり塗られてるものを洗い流さないと痒みがとれないと思うんですよ」
「そう……だな」
「ですよね、だから、お手伝いして差し上げます」
 言うと男は、ラウルフィカの乳首に吸いついた。
「あん!」
 舌で転がされ、ラウルフィカは咄嗟に先程より激しい声を零してしまう。同僚のやることを見ていたもう一人もまた、もう片方の乳首を舐め上げた。
「ヒァ……! あ、う、も、もう、そっちは十分」
「そっちは、てことは他にまだどこか痒い場所があるんですよねぇ、王様」
 男の一人が言って、ラウルフィカの腰に巻かれている薄布に指を突っ込んだ。下腹を意味ありげな指遣いで撫でられるとラウルフィカは身体を震わせた。
「この中って、下着どうなってんです?」
「つけてない……」
「じゃあ、ちょっとまくりあげればそれですみますね」
「あっ」
 男たちは大胆にもラウルフィカの衣装に手をかけた。
「ああー、でもこれじゃ先走りで、うちの陛下が用意した大事な衣装が汚れてしまいますね。いっそ完全に脱いじゃいましょうか」
 下半身を隠していたものを剥がれて、まったくの無防備になる。中途半端に勃ち上がりかけた欲望が男たちの目前に晒された。
「こっちも痒いんですよね」
「あっ、だめ、触らないで!」
 自身をやわやわと握られたラウルフィカは、顔を真っ赤にして説得力のない拒絶の言葉を吐いた。男たちの興奮がますます強くなる。
「でもここで出したら、その、いろいろとしてたことがバレちまうんじゃあ……」
「そうだなぁ。じゃ、飲むか」
「の、飲むのか?」
「まぁそんな顔するなって。言いだしっぺなんだから俺がやるよ」
「いや、俺にやらせてくれ! 俺がやりたい」
「そ、そう……じゃあ俺は、ここもべったり薬塗られてかゆ~い後ろの穴をかいて差し上げようかね」
「ひァ!」
 男の一人が中に指を入れる。塗られた潤滑油の効果もあってするりと奥まで入ってきたそれに、ラウルフィカは悲鳴じみた声をあげた。
「じゃ、お前は前で王様の出すものを受け止めてやんなよ」
「お、おう」
 二人の男がラウルフィカを間に挟む。一人がラウルフィカの片足を曲げその間に腕を通す形で後ろから抱きあげた。体勢を整えると、中に指を突っ込んで刺激しはじめる。もう一人は前で先走りを滴らせる肉棒の先端を口に含み、舌を絡ませた。
 奥を突いたり、内壁を擦ったり、中を弄る指の動きは激しい。更に足の間にあるモノに吸いつかれ、舐められ、身体がこれまで以上に熱くなっていく。
「や、もう、……だめっ!」
 前と後ろ同時に刺激され、ラウルフィカはあっという間に達した。力の抜けた身体を背後の男に抱きとめられたところで、目の前の男がラウルフィカの顔に、先程彼がしたように奉仕しろと欲望を近付ける。
「俺たちも、証拠隠滅しなけりゃいけませんから……なぁ?」
「そうそう。こいつの次は俺もお願いしますよ。ねぇ王様?」
「……ああ、わかった」
 ラウルフィカは大人しく男のモノを口に含んだ。裸体に宝飾品だけをつけた艶めかしい格好で奉仕する姿に男たちの欲望は止まらず、その後何度も口を使われる。白濁の液で腹が膨れるんじゃないかと言うくらい、放たれた精を飲みこんだ。
「ハァ、ハァ……そんなやらしい格好されたら、いつまでも終わんないよ」
 それでも男二人が満足した頃に、ラウルフィカは少し休みたいからちょっとだけ離れていてくれと話を持ちかけた。
 男の一人がにやりと笑い、そういうことならとラウルフィカを部屋に残してもう一人と共にその場を去る。
「……やりすぎじゃないんですか? 何もあんなにまでしてやんなくても」
「普段から人には親切にしておくものだ。そうするとこのようにいざという時、頼みごとを聞いてもらいやすいからな」
「あれが、親切、ねぇ……」
 窓際に降り立った小鳥が当然のように喋り、ラウルフィカもまた当然と答えた。ベラルーダの魔術師長はプグナの王宮内部まで移動する力はないが、媒介を送るだけなら十分だという。
「それでは報告を聞いて、またこちらの指示を伝えようか。ザッハール」
 体を起こして窓辺の小鳥に向き直った少年は、すでに美しいだけの王の愛人ではない。自らもまた人の上に立つ王の目となって、ひそやかな企みを進行させていた。