劫火の螺旋 06

35.求婚

 ラウルフィカはファラエナ王に抱かれ、兵士たちに抱かれながらもその中で着々と自分の時間を作り、プグナを打ち倒す計画を進めていた。その傍ら、以前後宮の中庭で顔を合わせたアラーネア王妃との時間をも持っていた。
 理知的だがそれを振りかざすようなことをしないアラーネアは、知識量は真の賢者に及ばないが浅く広く学問を修め、どんな話題でも機転の利くラウルフィカとは話が合った。
 一日の間の僅かな時間、しかしそれも積み重なれば長い時間こうして過ごしたような親しみを生む。
 二人はある意味似た者同士と言えた。国王でありながらあまりに幼くして玉座に着いたため宰相たちの傀儡となるしかなかったラウルフィカと、女であるために自らが玉座に着くことは叶わなかったアラーネア。どちらも自分の境遇に悔しい思いを抱いて、今の国の現状を憂えている。
更にアラーネアはベラルーダとの領土争いも反対だったという。ベラルーダの王位が先王からラウルフィカに移った時点で和睦を申し込むようファラエナ王に進言したが、受け入れられなかったのだと。
「申し訳ありません。ラウルフィカ陛下。わたくしはこの国で、何もできない……」
「いいえ。妃殿下。あなたのような方がいてくださればこそ、私は一ベラルーダ人としてプグナが我が国と同じ砂漠地域の同胞の国であることを信じていられる」
 ラウルフィカとアラーネアがそうして語り合う様子は、まるで少しだけ年の離れた恋人同士のように他者には見えただろう。
 少なくともラウルフィカの中には、アラーネアに対し恋とは少し違うが、好意と呼べるだけのものはあった。
 そしてそれだけではない、彼女をどう使えば一番この件の収まりがいいのかという思惑も。

 ◆◆◆◆◆

 ファラエナは日に日にラウルフィカに溺れていった。
「ふふふ。そうだ、そこだ」
 少年の白い双丘の間に自らの赤黒い肉塊を埋め、華奢な身体をガクガクと揺さぶりながらプグナの王は恍惚とする。四つん這いで彼のモノを受け入れているラウルフィカは、そろそろ意識が飛びそうだった。
「へ、いか! もう……!」
「イきたいか?」
「は、い」
「ならば約束するんだ。もう二度と、下男なぞに色目を使わないと」
「も、もちろんです」
 この場合においてはファラエナの言う下男にラウルフィカは色目を使った覚えはなかったが、とりあえず頷いておいた。
「良かろう」
 そう言ってファラエナは、ようやくラウルフィカのモノの根元を戒めていた紐を解く。これまで精を放つことを許されなかった性器は彼本来の色よりも赤黒く、もう少しで紫と見えそうなほど危険な色に染まっている。
 ラウルフィカの状態には構わず、彼の中に白濁を放ったファラエナはヒクヒクと震える穴から男根を取り出してラウルフィカに命じた。
「奴隷のやることはわかっているな? お前のふしだらな身で穢したものを清めよ。犬のように這いつくばって舐めるんだ」
「は……はい」
 屈辱的な命令に半ば涙目になりながらも、ラウルフィカは大人しく、自身の快楽は後回しにして先程まで彼の中に埋め込まれていたファラエナのモノを舐め清め始めた。プグナの王はラウルフィカの身体を傷つけるようなことはしなかったが、先程のように射精を制限されて苦しめられることはある。
 それが終わるとファラエナに顎を掴まれて顔を上げさせられ、はっきりと宣告された。
「いいか、ラウルフィカ。お前は余のものだ。誰にも渡さぬ」
 はじめこそ隣国の美しい少年王を手篭めにすれば先王に対する溜飲も下がると考えていたファラエナは、いつしか本気になっていた。それまでの愛妾たちには目もくれず、時間がある限りひたすらラウルフィカを抱いた。そろそろ壮年と呼ばれる年頃の男にしては、毎日のように激務で鍛えられたファラエナは体力もあり、精力的な活動ができた。
「いっそお前に首輪をつけてこの部屋に閉じ込めてしまいたいくらいだ。だが、この美しい肌に痕が残るようなことは好かない」
 ファラエナはそう言うものの、彼の目は今にもラウルフィカに首輪をつけんばかりの様相だ。
「せいぜい余の機嫌を損ねぬことだ。ラウルフィカ、お前が余程のことをしなければ、余はお前を殺そうとは思わない。だがお前が余を裏切るようなことがあれば――」
 褐色の瞳が鈍く輝く。
「手足を斬り落とし、首輪をつけて牢獄で飼ってやる」
 ぞくりと寒気を感じるような威圧と共に放たれた言葉は、間違いなく彼の本気だった。

 ◆◆◆◆◆

「ラウルフィカ陛下」
「妃殿下」
 ラウルフィカとアラーネアの逢引きは中庭が恒例になっていた。昼日中であればファラエナには仕事があり、まずこちらにやってくることはない。
 王に嫌われているが彼女の存在がファラエナの王位を安定させるのに必要である以上、アラーネアの行動を見張って、落ち度があれば王に報告しようなどという者もいない。おかげで二人は、ファラエナが来ないとわかっている時間だけでもゆっくりできた。
「最近はどうですか? わたくしの周りの者はこういうことをわたくしの耳に入れたくないようでして」
「それはそうでしょうね。私の方は元気でやっております」
 本来なら二人は王の正妻と愛人という立場だ。異性なのでまだお互いの立場に複雑な同情も抱けるが、同性同士だったらむしろ血を見る争いになっておかしくない間柄。夫の愛人の動向など、そのような話題を好みそうにもないアラーネアにわざわざ話をしようと思う侍女もいるはずがなかった。
 ラウルフィカがこの王宮に来てから半月以上の時間が立っていた。そろそろ潮時だな、と彼は考える。
「妃殿下」
 初日に早々と告白した時のように、ラウルフィカはアラーネアの手にそっと自分の手を重ね、真剣な眼差しで彼女の瞳を覗き込んだ。
「ここから逃げるおつもりはありませんか? ……私と一緒に」
「そんな……こと」
「私はベラルーダの王です。いずれは何を差し置いても、私の王国へ帰らなければなりません。その時に、あなたに私の隣にいてほしい」
 若い娘ならばベラルーダの王でもあるラウルフィカに言われればすぐにも舞いあがってしまいそうな言葉にも、王の妃として二十年以上務めた貴婦人は慎重だった。
「ラウルフィカ陛下が逃げることをお望みならば、わたくしに引きとめる術はありません。こちらでできることでしたら、なんでも手助けいたします。けれど、わたくしは……」
 アラーネアは語尾を濁した。ラウルフィカは彼女の迷いを明かすように畳みかける。
「妃殿下、それはあなたが私をお嫌いだということですか?」
「何を仰います?!」
「私には、この王宮でのあなたの暮らしが幸福とは思えない。ファラエナ王と同じ王という立場でも、私なら、あなたを幸福にできると考えるのは私の自惚れですか」
「そんな……そんなことは……」
 アラーネアは頬を染めながら首を横に振った。咄嗟に離れようとするその体を、ラウルフィカは抱きしめる。
「ラウルフィカ様……そんなこと、どうか仰らないでくださいませ。私はあなたの母と言ってもおかしくない年齢の女ですよ」
「年齢など関係ありません。私はただ、あなたが欲しい」
 そしてついにラウルフィカは決定的な言葉を口にした。
「私の妻に――プグナではなく、ベラルーダの王妃となってください。アラーネア様」
「ラウルフィカ様!」
 咎めるようにアラーネアはラウルフィカの名前を呼んだ。今まさに戦争をしている敵国の王妃を口説く王など聞いたことがない。それにラウルフィカとアラーネアでは年齢が離れ過ぎている。アラーネアにはラウルフィカと同い年の娘がいるのだ。
 二人は中庭での逢引きを重ねるくらいで、人目を忍んで肌を重ねるようなことはしたことがなかった。特にアラーネアの方はいくらラウルフィカに惹かれていても、娘と同い年の少年にそういった意味で触れようなどと、思ったこともなかったに違いない。
「あなたがもしも承諾してくださらないなら、それでも構いません。その時は、私は強引にでもあなたを攫って行くのみ」
「ラウルフィカ様……」
 あとひと押し、そうラウルフィカは感じた。アラーネアの気持ちはラウルフィカの方にある。彼女と吊り合うには若干幼いとすら言え、王妃を蔑ろにする醜い中年の王に比べれば、若くて美しいラウルフィカはそれだけで有利。女心にとっては勝負にならないとすら言えた。そこを引きとどめていたのがアラーネアの王妃としての責任感だが、王族としての立場も今は戦時中という事情が、境界を曖昧にしている。
「アラーネア様、私は――」
 台詞の途中でアラーネアの表情が凍りついたことに気づき、ラウルフィカは背後を振りかえった。中庭の庭園は風に草木の揺れる音がささやかながら入り乱れていて、すぐそこに人がいるのに気づくのが遅れた。
 彼の背後には、プグナ王ファラエナが立っていた。