僕の愛しい勇者様 01
1.勇者兄弟
僕の兄さんは世界一素晴らしい。
なんていったって勇者だからね。大陸連合の国王全てに認められた、魔王を倒すために選ばれたたった一人の男。並みいる強敵たちを打ち倒し、この世で最も過酷な役目に自ら志願した人。
兄さんは戦士としての力だけでなく、精神的にも素晴らしい人だ。そんな大変なことに、自分から挑むなんて。明るい笑顔、たくましいけれど整った体つき、高潔な精神、魔物と渡り合う気迫、どこをとっても兄さんは素晴らしい。
僕は、そんな兄さんを近くで支えることが生きがいだ。
魔術師の才能がある僕は、魔力がとても強いせいで子どもの頃から魔物たちに狙われていた。強い魔術師の体液は魔物たちの力を強化するから、あらゆる魔物たちが僕を殺して血を絞り取ろうと近付いてくるのだ。
兄さんは魔物に襲われる僕をいつも助けてくれた。僕に群がる魔物を斬って斬って斬りまくり、いつの間にか国一番の剣士と呼ばれる腕になった。
そして兄さんはついに「勇者」の称号を得て、僕と幼馴染の仲間連中を連れて旅に出た。
魔王を倒して、平和な世界を作るために。
◆◆◆◆◆
「ライア! 結界を!」
「了解、兄さん!」
長衣を纏った銀髪の少年が呪文を唱えると、勇者一行の周囲が金色の光に包まれた。鎧を身につけ剣を掲げた黒髪の少年を中心に円を描いた光の中にいた魔物たちは、一瞬にしてその中から弾きだされる。
「今だみんな!」
格闘家のオルクスと僧侶のローズベリーは、結界から零れた小さな魔物たちを掃討するのが自分たちの役割と心得る。二人が雑魚を駆逐している間に、魔法使いライアは勇者ソールに身体能力を強化する魔法を幾重にもかけた。
「悪しき者よ地底へと去れ! 光の剣を受けよ!」
光の勇者と名高いソールの一撃を受けて、その日潜った地下迷宮の最下層にいた首長格の魔物は断末魔を響かせながら地に倒れ伏した。ドゥと大きな音が響き砂埃が立つ。それが収まると、今まで魔物が塞いでいた壁の向こうに道が現れた。
幸いにも皆軽傷ですぐさま治療を必要とするような大怪我はない。迷宮の主との決戦のすぐ後とはいっても彼らには大分余裕があり、魔物が隠していた扉の向こうを興味津々と覗き込んだ。
「ソール! 見てよあれ!」
背の低い通路の奥に金属の輝きを見つけて、ローズベリーが歓声を上げた。勇者である幼馴染の青年の肩を押して、頭を下げなければ通れない通路をくぐる。ライアとオルクスも後から続いた。
「これが勇者の伝説の鎧……」
金ぴかの鎧を見ながら、オルクスがほぅと溜息をついた。その頭の中には感動が二割と、残り八割の「こんな派手なもん勇者くらいしか着れねーよ」という思いがある。
「兄さん、やったね!」
兄の命を守るために防具の強化を提案して一同をここへ向かわせた張本人。勇者の弟であるライアが兄に飛び付いた。
銀の髪に翠の瞳。色の白い肌に華奢な体つき。どこからどう見ても美少年といった容貌の魔術師である。
「ああ。ありがとうライア。お前のおかげだよ」
俺たちは? というオルクスのツッコミを完全に無視して弟の頭を優しく撫でた少年の名はソール。この一行のリーダーであり、そして世界を救う勇者でもある。
黒髪に琥珀の瞳。精悍な顔立ちと、まだ成長途中の細さを残しているとはいえ、しっかりとたくましく鍛え上げられた体。人好きのする顔立ちだが、美少年然としている弟とはあまり似ていない。
四人は、世界に選ばれた勇者の一行だった。四人とも同じ村で育った幼馴染だ。
両親が冒険者だったという格闘家の青年オルクスに、教会で育ち僧侶となった少女ローズベリー。そして孤児の兄弟ソールとライア。
彼らは人々の期待を背負い、この大陸に突如として現れた魔王を倒すために旅をしている。
今はまだ、状況としては冒険の途中と言ったところか。獰猛な魔物たちと渡り合うために、勇者のために特別に作られたという鎧を探しにきたところである。
ライアは真っ先に鎧に近付き、それを兄に手渡すために指を伸ばした。背後からオルクスの警告が飛ぶ。
「気をつけろ! 本当に重要な宝だったらどんな罠があるかわかんねぇぞ!」
「僕にそんなぬかりがあると思う?」
ライアは振り返りフッとニヒルに微笑んで見せた。
彼は確かに顔は美少年であったが、その性格上お決まりやお約束の罠に素直に引っかかってやるような可愛げなどは持っていない。
「別にいいじゃない。オルクス。ライアちゃんが罠にかかれば私たちはその間に逃げることができるもの」
僧侶とは名ばかり、ライアとは似たり寄ったりの腹黒さでローズベリーが幼馴染の格闘家をそう宥めた。
そんな二人のやりとりを余所に、ライアの兄であるソールは弟の背中に再びの注意を飛ばす。
「でも本当に気をつけるんだぞ、ライア。お前の実力は信用してるけど、万が一ってこともあるから」
鎧に手をかけようとしたライアに、ソールは憂いの眼差しを向ける。ライアが凄い勢いで振り返り兄に対して満面の笑みと共に感謝の言葉を口にした。
「うん! 兄さん! わかりました! 気をつけるよ! 心配してくれてありがとう!」
「俺の時と態度違うじゃないか」
オルクスがぼそりと口にした。ライアのブラコンっぷりは周知だったが、ここまで露骨な態度だと怒る気も失せて疲れて来る。もっとも、これは彼らにとってはお馴染みのやりとりである。
それはともかく、ライアは金ぴかの鎧に手をかけた。
この地下迷宮の主はこれまで彼らが相手にしてきた魔物よりは何段階も強い相手だった。敵の中での比較であって彼ら自身に比べれば苦戦を強いられるほどではなかったけれど、これだけ周囲の森や川辺などと魔物の力が違うのなら、迷宮に封じられたお宝はそれなりの値打ち物だと期待をしてもおかしくはない。
ライアはまず鎧に手をかざして探索系の魔法を展開し、罠がないか確認した。敵がそれほどの強さではなかったこともあり、この宝にもそれほど複雑な罠は仕掛けられていない。そのことを確認するとさっさと台座から鎧を持ちあげた。
金ぴかの鎧はそのいかにも重金属ですといった仰々しい見た目とは裏腹に、羽毛のように軽かった。こういった曰くつきの装備の場合、物によっては正当な持ち主以外は持つことができなかったりするのだが、その鎧は決して肉体派ではないライアにも軽々と持てた。
いくら身を守るためとはいっても、重い鎧を来て動き回るのは負担だ。戦場の兵士ではなくあくまでも勇者である彼らにいたっては、戦いの時だけそれを着ていればいいというわけではなく、非常時に備えて日中は常に鎧や防具を着込んでいなければならないのだ。できる限り軽くて動きやすくかつ防御力の高い鎧は勇者たちの生命線だった。
「兄さん! 勇者の鎧ゲットしたよ!」
「ありがとう、ライア」
犬が投げられたボールをとってきたよ程度のことで兄弟は大袈裟なリアクションを見せる。戻ってきたライアの髪をソールは優しく撫ぜた。
「はい」
鎧を受け取ったソールは早速その場で今まで身につけていた鎧と装備を取り替えてみた。別に衣服を全部脱ぐのではないので、女性であるローズベリーの前でもおかまいなしだ。
「凄いなこれ……力が溢れてくる。それに羽根のように軽い」
ソールは試しに剣を振りながら鎧の状態を試していた。これまで着込んでいた鎖帷子と革の鎧も決して安いものではなかったのだが、断然着心地が違う。硬そうな見た目に反して動きを邪魔せず、むしろ奥底から力が溢れて来るような気がする。
「やったわね。ソール」
「ああ。似合ってて良かったな」
ローズベリーとオルクスの二人もほっと胸を撫で下ろした。遺跡や迷宮に潜っても、必ずお宝があるとは限らない。戦闘で大きな怪我を負うことはなくとも罠ばかり多くて苦労させられた割に、ほとんどろくな物が手に入らなかったこともある。
「序盤の迷宮にしては上出来ね」
「じゃあ、もうこの地に留まる理由はねぇな」
ローズベリーが、オルクスが次々に言い、勇者ソールは仲間たちと顔を見合わせた。最後に弟のライアに顔を向けると、魔術師はにっこりと笑って頷く。
「兄さんの思う通りにすればいいよ」
ソールは宣言した。
「この洞窟から出てくる魔物たちは一掃したし、当分付近の町や村が魔物に困らされることもなくなるだろう。――次の町へ行こう、みんな! 俺たちはこれでまた少し、魔王に近づいたんだ」
「「「おう!」」」
勇者たちは旅を続ける。