僕の愛しい勇者様 01

2.選ばれた一行

 勇者とは何か? 誰がそう呼び、何をなす者なのか?
 勇者の定義は国や時代によって異なるだろう。その目的や立場も。偉業をなした者を比喩的に勇者と呼ぶこともある。
 光の勇者ことソールにいたっては、その立場も目的もある程度明確なものであった。彼の立場はいたって単純な、「魔王を倒すために選ばれた正義の勇者」だ。
 選ばれたとは言うが、誰によって選ばれたのか? この大陸の各国の国王たちである。
この時代において勇者の称号は、大陸連合の国王たちの目の前で開かれた大会の優勝者に与えられるものだった。
 事の始まりは、十年ほど前、この大陸に「魔王」を名乗る者が現れたことから始まった。魔王は魔物たちの大群を引きつれて、この大陸を侵略しようとしている。
 それまで友好的ともいえないが、少なくとも非友好的でもなかった魔族と人間の関係は魔王の登場によって一変した。
 人間は魔族や魔物たちにとって、最高の餌であり玩具であるらしい。人間と同じように富や美食や色を好む魔物たちだが、彼らは自分たちでそれらを作り手に入れる社会を形成するのではなく、人間たちが作り上げたものをまるごと奪おうとしているのである。一時的な略奪ではあらゆる物の恒久的な供給にはならない云々といった議論は魔物たちに対しては無駄である。
 そして魔物たちの目的がどうであれ、人間側も彼らに蹂躙されるのをこのままよしとするわけにはいかなかった。
 こんなことでもなければ一つにまとまるはずもない各国が力を合わせ、魔王に対抗するためのいくつかの手段を講じた。普通の戦争と違うのは、魔物たちは人と同じように戦争する気がなく、兵法も何も通じないことだ。更に魔物たちを倒すには限られた特殊な力である魔法や、魔力の込められた武器でなければ厳しいこと、これらの理由から魔王の軍勢に対抗する軍隊の数を確保することが難しいこと、などがあげられる。
 国の兵士たちは街や村を守るので精一杯。敵が表だって大群で攻めて来ないために一か所に兵を集中することもできない。それに魔物の軍勢を倒しても、彼らを率いる魔王がいる。魔王の強さは、その辺の魔物とは桁違いらしい。
 しかし、だからこそ魔王を倒して魔物たちから指導者を奪えば、人間の兵士でも対抗できる。
 王国連合は、魔物たちを駆逐するのにはまず魔王を倒すことが先決と考えた。しかし数で対抗できるものでもない。そこで、少数精鋭の部隊に魔王を倒させることにした。その少数精鋭の部隊こそ、勇者率いる一行である。
 現在「勇者」を名乗るソールは、特に高名な騎士でもなくただの小国の孤児である。一部の国から武術や魔法に優れた者たちをそれぞれ送りこみ力を合わせて魔王を倒す、とならないのは、表面上は団結を謳っても所詮国同士の利害関係があるからだ。
 ○○国の騎士団長と△△国の宮廷魔術師などを集めた部隊を作ると、どの国が魔王を倒すのに最も貢献したかで争いになる、ということだ。それを回避するために、世界の王たちは各国から身分年齢性別問わず猛者と呼べる者たちを集めて戦わせた。
 十年目のその大会で勝ち残ったのが、勇者ソールである。

 ◆◆◆◆◆

 それは数カ月前のこと。
 大陸中の各国から腕に覚えのある者たちを集め、勇者を選ぶ大会が開かれていた。
 人々は勇者候補として、様々な目的を持ってその大会に集まっていた。魔王を倒したという名声を求める貴族騎士、莫大な褒章に目が眩んだ冒険者、魔物に家族を殺されて復讐に燃える農民、英雄物語に魅せられた子ども、人々を救うためと名乗りを上げた聖職者。
 勇者一行は勇者とその複数の仲間たちから成る。大会は勇者だけでなく、そのパーティを選ぶための催しでもあった。
 様々な想いを胸に秘めて人々が集まる中、ソールとライアの兄弟も会場に集まっていた。
「兄さん、本当に行くの?」
「ああ」
 ソールが勇者になると弟に告げたのは、大会が始まるつい数週間前のことだった。それまで兄の口からそのような決意をしていることを聞いたことのないライアは大層驚き、慌てて自分もついていくことを決めた。
「ライア、怖いなら家に戻ってもいいんだぞ。お前まで危険な目に遭わせるわけには……」
「大丈夫だよ。僕だって魔術師のはしくれだ。それに、僕の場合魔力が強いせいで何をどうやったって魔物たちに狙われるんだから、どうせなら僕の方も魔物たちにやり返してる方がマシだよ」
 にっこりと笑う弟に、ソールは憂いの眼差しを向ける。魔物たちは自らの力を高めるために、魔力の強い人間を狙うのだ。ライアは小さい頃から魔力が強く、いつも魔物たちの標的とされてきた。
「ならいいけど、無理するなよ? 魔術師ではなく癒し手としてでも冒険には参加できるんだ。もしも無理そうだったら怪我をしないうちに試合から降りるんだぞ」
 ライアのような見るからに黒魔術師然とした人間に癒されるのはソールくらいのものだとここにオルクスかローズベリーがいたら突っ込んでくれただろうが、生憎と二人とも申し込み手続きの途中でいなかった。
過保護な兄は弟に言い聞かせる。
「うん、大丈夫だよ。兄さん」
 ライアはライアで、この会場にいるぐらいの使い手だったらどいつもこいつも瞬殺できるななどと物騒な考えはおくびにも出さず、ソールの言葉に笑顔で頷いた。
 会場は人でごった返していた。勇者志望の人々が各地から集まっているのだから当然だ。
 魔物たちがこの世界に現れてから十年、中には地元で人々を守るために戦い続けている人間などもいて、そういった人々は正規の訓練を受けた兵士たちに勝るとも劣らない実力を誇る。魔物たちがはびこる迷宮でお宝を探す盗賊などもそうだ。だからこれだけ多くの人が世界各国から名乗りを上げるのだ。
 ソールは一般人だが、ライアの魔力が強いせいで群がって来る魔物たちを相手に戦い続けて強くなった。ライア自身も生まれつきの魔力を今は制御できるようになり、多種多様な魔法の使える魔術師となった。
 同じ村で育ったオルクスとローズベリーも彼ら兄弟と同じだ。なんだかんだでいつも戦いに巻き込まれていた彼らは小さな村の一般人でありながらめきめきと腕をあげていった。オルクスは両親が冒険者だが、ローズベリーは教会の僧侶だ。普通ならば戦闘向きの人間ではない。
 大部分をふるい分ける予選を終えた後、剣士は剣士、格闘家は格闘家、僧侶は僧侶、魔術師は魔術師同士での戦いとなった。それぞれ同じ分野の人間と戦い、その中で上位の実力であることを示すのである。
 勇者ソール、僧侶ローズベリー、格闘家オルクス、そして魔術師ライアの四人は見事にそれぞれの戦いに勝ち残った。
 職業に優劣があるのかどうかはともかく、少なくともかつてこの世界が同じように魔王の侵略による危機に晒された時、魔王を倒した勇者は剣士だったらしい。そのため、ソールが一行のリーダーに定められた。
 もとより四人の間ではソールがリーダー格となっていたので否やがあろうはずもない。お伽噺でも大概勇者には伝説の剣が与えられるとの通り、魔王を倒すのに必要なアイテム・伝説の聖剣を扱えるのは剣士なのである。
「貴殿を『勇者』に認定する」
 ソールは世界連合の各国の王たちからお墨付きを得て、晴れて勇者となった。
 勇者は一定の成果を報告する義務と引き換えに、どこの街へ行ってもある程度優遇される。国王の名が通じる大きな街に限るが、それなりの便宜を図ってもらえるのだ。
 過去に九度、今年で十度目の大会が開かれたので、この世界には十組の勇者一行が存在することになる。しかしその誰もがまだ、魔王を倒すにはいたっていない。
 それは魔王を倒すということが、いかに難業かを物語っていた。世界中から集められた猛者たちの頂点に立つ勇者たちでさえ、魔王を倒すどころか魔王の城にさえ辿りつけていないのだ。
「行こう、みんな」
 ソールは仲間三人に声をかけた。
「魔王を倒すのは、俺たちだ」
 ――ここまでが、後の世界に語られる話。

 ◆◆◆◆◆

「あ、あいつら……」
「世の中にはいるもんだな。化け物ってのが」
「で、でもあれだけ強くて黒いと魔王にも勝てそうな気が」
「寝返ったりしたらどうする?」
「う」
 大会の会場はぼろぼろだった。敗者が死屍累々と積み重なり、あちらこちらに破壊の爪痕が残されている。
僧侶はここまで派手な攻撃魔法は放たないであろうし、格闘家だからと言って誰も彼もが素手で岩を砕いたりはできない。ならばこの惨状は主に誰と誰の仕業によるものか、推して知るべしである。
「まぁ……とにかく、どんな奴だろうと、魔王を倒してくれりゃそれでいいな」
「そうだな……報酬に無茶なことでも要求しない限りは」
 ソールたちの勇者一行に関して、それだけは心配いらない。腹黒魔術師のライアでさえ望みは「兄さんが平和に暮らせる世界」であって、国を牛耳ろうとか世界中の富を集めようとか美女を侍らせてハーレムを作ろうなどとは微塵も考えてはいない。
「勇者なんてもんは、強ければいいんだ。強ければ」
 所詮勇者なんてそんなもんである。