僕の愛しい勇者様 01

3.平和な旅路

 黄金色の「勇者の鎧」を手に入れた勇者一行は、ただいまとある街にいた。
 魔王を倒すまでの道のりを局面で分けたら、今はまだ第一段階、一面とでも言おうか。鎧を見つけたことによって、一つ有利になった。これからいわゆる一面こと、イェデンの洞窟のボスを倒しに向かうところである。
 と、その前に、勇者一行が立ち寄ったのは祭りで賑わう街だった。魔王の支配に怯えてはいても、人々は神々に豊穣を感謝する祭りはまだ止めない。もちろん魔王が現れる以前より規模はぐっと縮小されているらしいが、この祭りも開けないような状態にはまだなってはいないということだ。
 もっとも、それはこの街の地理的な状況にもよる。突如として現れ大陸の支配を表明し、魔物たちの軍勢を使って侵略を開始した魔王。その居城は大陸の最も西の国にある。
 魔王は西の王国の一つを乗っ取り、その王城を自らの居城とした。魔物たちの侵略はその国から始められているから、今勇者たちがいる大陸の東側はまだ比較的平和なのだ。
 ソールたち勇者一行が大陸の東にいるのは、勇者を選定する例の大会が大陸最東端の国で開かれたからだった。魔王の居城近くでそんなことをすれば下手をすれば魔物たちに大会を潰されてしまうし、被害も大きいだろう。なるべく魔物たちの手が届かず、やって来る魔物も弱いものばかりの大陸の東側で世界連合は勇者を選んだのだ。そして選ばれた勇者たちは、東から西に向かうにつれて徐々に強くなる魔物たちと戦いながら自身も強くなり、魔王を倒すのである。
 ソールたちも故郷の村周辺で戦ってはいたが、勇者として始まりの場所は東の国だと言っていいだろう。ソール、ライア、オルクス、ローズベリー四人の故郷は大陸の中央やや南寄りの地域だ。その辺りの魔物は強すぎることもないが弱くもなく、修行をするには適度な強さだった。
 勇者として認められるためにわざわざ魔王城とは反対の東に向かうのは一見無駄のようだが、こうしてその近くで鎧も見つかったのだからよしとしよう。かつての英雄が使った、特別な力の込められた武器や防具というのは、普通の店では売っていない。特別な装備を求めるには、やはり自分たちで探すしかない。
魔物側でもどうやら勇者が聖なる武器を持つことを嫌っているらしく、そういった貴重な装備の眠る洞窟、迷宮には魔王の配下が大勢先回りしている。勇者たちはそれらを倒し、貴重な装備を手に入れることで強くなるのだ。
 とはいっても、冒険を始めたばかりの今はまだ、それほどの苦労もしていなければそれに見合った装備もまだほとんど手に入れていないわけだが。
 ソールの意見により、彼らの次の目的地はこの地方の支配を目論見、近隣の村々を部下に襲わせているという魔物の居場所だった。その前に祭りの開かれているこの街で休んで、英気を養おうというのである。
「兄さーん」
 人ごみで四人全員が動くのはかなり面倒なため、四人は二手に別れていた。ソールとオルクスは武器屋に、ライアとローズベリーはそれ以外の買い出しが担当だ。
 集合場所の街中央広場の噴水に座っていたソールとオルクスに声がかけられる。いや、正確にはソールだけに声がかけられる。言うまでもなくライアだ。
「おかえり。目的のものは全部揃った?」
「うん。まだこの街では物資の不足に悩まされることはないみたい」
 旅の食料や、治療用の傷薬。探検に必要な道具等々、様々なものがライアとローズベリーの抱えた袋の中から覗く。
「そっちはどう?」
「全然だな。単純な武器や防具は手に入るが、追加効果のあるものが少ない」
 ローズベリーの問いにはオルクスが答えた。彼とソールは武器屋巡りをしていたが、彼らの目に適うような武具はほとんどなかった。もう少し西に近づけば、ただの物理攻撃のみでは倒せない魔物用に魔力の込められた武器も普通の店で売っているが、いちばん平和な東地域でそれらを得るのは難しいようだ。
「イェデンの洞窟で魔物を倒したら、また周辺の遺跡を探索する必要があるだろうな」
 ソールも頷く。現在特別な装備と言えば彼が着ている「勇者の鎧」くらいで、仲間たちはほとんど村を出た時の格好そのままなのだ。普通の皮鎧やローブや僧侶の格好で魔王と戦えるとは思えない。それにソール自身も、鎧は手に入ったが武器はまだ普通の長剣だ。
 過去の魔物との戦いの英雄や、戦時中に英雄と呼ばれたような人物たちは、未来にまた世界が苦難に遭うことを予期して、自らの持つ特別な武器屋防具を各地に封印することにした。
 英雄の使った道具と言うと今回のようにそれを奪うために魔物側や、または金目のものを楽して手に入れようとする盗賊などにも狙われるため、多くは罠だらけの遺跡や迷宮に設置されている。中には罠をくぐりぬけ魔物を倒してまで伝説のお宝を狙うガッツのあり過ぎる盗賊などもいて勇者たちを困らせるが、その多くは小手先の罠より戦闘力を重視した罠にはまって命を落とすことになる。
「ま、そういう難しい話は後にして、とりあえず今は祭りを楽しもうぜ」
 オルクスが言った。武器の問題は一朝一夕で片付くものでもなく、これまで何度か話題にもなった。そのたびに「店で買い求めるより過去の英雄が封じた道具を探す方がいいだろう」という結論になるのだ。今頭を悩ませても仕方がない。
 四人は宿に戻った。街の賑やかな喧騒が窓の外から絶え間なく聞こえてくる。
 祭りのおかげで人出が多く宿はどこも込んでいるが、なんとか一部屋だけとれたのだ。ベッドは二つ。人数は四人。一人は女性。いろいろ問題はある気がするが、オルクスとローズベリーにとってはその辺りはさしたる問題ではない。
 買ってきた荷物を開けながら、ライアがそうそう、とソールに声をかける。
「兄さん、街でこれもらったの」
 ライアは兄に小さな包みを差し出した。ピンクの袋に赤いリボンのかかった包みだ。中からは焼き菓子の甘い匂いがしている。
「今日はお祭りだから、街の中心部に行ったらこれを配ってたのよ。主に子ども相手に配るものらしいけどね」
 ローズベリーが補足した。ライアは十四歳だが、体格的には大人というよりやはり子どもだ。配っていた街のおばさんは、見慣れない顔の少年に記念も兼ねてくれたのだろう。
「よかったな。ライア」
 ソールが笑って弟の頭を撫でた。ライアも笑顔で応じる。
「えへ。兄さんにあげる」
「いや、お前がもらったものだろう?」
「じゃあ半分こね」
 残り二人の存在を端から無視した会話をし、兄弟は焼き菓子を分けあった。
「オルクス、一応私たちの分もあるわよ」
「……俺は別にいいよ。なんかもう、この雰囲気だけで甘い」
 ライアと同じ包みを取り出したローズベリーに、巨漢の格闘家は溜息をつきながら答えた。目の前でいちゃいちゃとする兄弟を見ていると、甘いものは当分要りません、という気分になるのだ。
 ソールが弟の顔を見ながら微笑んで指摘した。
「ん、ライア。口元」
「ふぇ?」
「くずがついてるよ、ほら」
 ん、とソールは弟の口元についた菓子のくずを自分の唇でとる。兄さん! とライアが真っ赤になって声をあげた。
 そこから先のやりとりを見る元気はオルクスにもローズベリーにもなく、二人は夕食をとるために宿の食堂へと向かった。
 弟に甘い兄と、兄命でどう見ても兄弟愛の域を越えている弟。あの二人の作る雰囲気は、これまで色恋沙汰にとんと縁もなければ興味ない格闘家と、清廉潔白を旨とする僧侶が直視するにはきつすぎる。
オルクスとローズベリーとしては、自分たちがそういう性格で、更にあの二人がそういう性格であることが良いのか悪いのかさっぱりわからない。あの二人は村にいた頃からあれは兄弟という雰囲気じゃないと評判だった。
「とりあえず今日のベッドはやっぱり、私とソールであなたとライアなのかしら」
「そうだろうな。表向きは体の大きさってことにしてな」
 仲が良すぎる兄弟は一緒のベッドに眠りたいかもしれないが、それはそれで同じ部屋で休まねばならない他人的にきついのだ。そのくらいならばソールとローズベリー、オルクスとライアで寝た方がマシだった。ソールがローズベリーに何かするはずもなければ、オルクスとライアは男同士である。そもそもソールとライアが男同士の兄弟だということには、もはやツッコミ不可だ。
「世界って平和よね」
 この世を救うはずの勇者一行の僧侶の口から、その役割と目的とは最も程遠い台詞が溜息と共に零れたのだった。