僕の愛しい勇者様 01

4.最初の強敵?

 幾つかの古代遺跡を回って魔道具を集めると共に力をあげ、勇者と呼ばれる一行は最初の強敵と言っていいだろう、周辺の村々を脅かす魔物が住むというイェデンの洞窟に向かった。
 魔王の城は世界の西にあり、その直属の配下である強敵は魔王を守るためにその近くに集中している。つまり東から西へ旅をするごとに魔王の配下たちの実力も上がっていくのだ。
 大陸の東端に近いこの場所に送られてきた配下は、魔王直属の部隊の隊長格としては最も弱いのだろう。けれど一般人からすれば村人二十人がかりでもかすり傷一つ負わせることができないような強さで、勇者たちの出番だった。
 ソールたちは勇者一行としては世界初めてではない。どころか十組目だ。先に大陸の東、旅の始まりの国から出発してこのイェデンの洞窟の敵を倒した勇者がいないわけではないが、この程度の実力を持つ魔物ならば魔王側でも次々に供給できるらしく、倒しても倒しても被害が後を絶たないのである。倒した後一、二年は平和が戻ってもまた新しい魔物がここまで派遣されてくるのだという。その地に真の平和を取り戻すためには、魔王を倒して根源から断つしかない。
 迷宮の主は魔王のいる西に向かうほど強くなるから、一つ二つの地域の魔物は倒せても、それ以降となると手も足も出なくなる勇者パーティもいるという。旅の途中の噂で聞いたところによると、魔王の居城一つ手前の地域の首長まではこれまでの勇者たちも目にしたことがあるらしい。
 けれど魔王を守る最後の砦に棲む魔物に関しては、これまで誰も姿を見た事がない。ある意味魔王よりも謎の存在だ。そして勇者たちはこれまで最大でもその手前の地域の主しか遭遇したことがない。最後の砦の首長どころかその手前の魔物にすら勝てていないと言う事実を示す。
 ソールたちにとっては最後の砦やその直前地域の首長というのはまだ遠い先の話だった。今はとにかく、最初の強敵を倒さねばならない。
 一行は深い洞窟の中を進み、ようやく迷宮の主の部屋の前まで来た。洞窟の構造を把握するための地図と羅針盤探しから始まり、迷宮主の部屋の鍵を得るために他の部屋の鍵を探し、それを敵が持っていた場合は倒し、と地道な探索の果てにようやく辿り着いたのである。戦闘という面で言えばこれからが本番だ。死力を出しつくして首長格の魔物を倒さねばならない。
「兄さん、勇者の鎧を」
「ああ」
 これまでは雑魚を蹴散らすために俊敏性を高める装備を身につけていたソールに、弟のライアが先日手に入れた勇者の鎧を差し出す。特化防具と比べれば多少敏捷性は落ちても他の装備と組み合わせると、総合的には飛躍的に能力値が上がる神の祝福を受けた金色の鎧だ。
かさばる所持品は薬草や気付けなどのように持ち歩くものもあるが、鎧や剣に籠手など、一度戦闘に入れば簡単に出し入れする必要も余裕もない装備品はライアが魔術で別の空間に仕舞っている。
 別の空間とはどこだろう、とオルクスなどはライアに聞くのだが、そのたびに恐ろしいものを見てもいいなら入れてあげるなどというまさに恐ろしい言葉が返ってくるので、結局装備が魔術でいつもどこに仕舞われているのか術師であるライアたち以外正確なことはわかっていない。
「みんなも装備換えるよ」
「ライア、さっき手に入れた魔力を上げるあのローブ。私とあなたのどっちが着る?」
「確かこの先の敵はミノタウルスと呼ばれる人身牛面の化け物だったな。槌を持って襲いかかってくるという話だから、全員打撃耐性を上げた方がいい」
 ああでもないこうでもないと言い合ったあげく、全員が装備を整える。
「よし、行こう!」
 ソールが号令と共にボスの部屋の扉を開き、戦闘が始まった。

 ◆◆◆◆◆

 結果的に言えば、楽勝だった。
 ……この迷宮の主である魔物に関しては。
 なのに何故か今、彼らは黒尽くめの謎の青年に襲われている。
「ちょっと待ってくれ!」
 ソールが襲撃者に向けて叫んだ。青年は一体どこに潜んでいたのか、ミノタウルスを倒した勇者一行の前に現れると、突然彼らに襲いかかったのだ。
「兄さん!」
 兄を呼ぶと共にライアはその場所に魔術の火を放った。心得たソールが地を蹴って飛びのいた瞬間、襲撃者を炎が襲う。ライアお得意の闇属性の魔術を使わなかったのは、黒尽くめの青年の姿が暗殺者じみて見えたからだ。暗殺者は対人間に有効な闇属性の能力や武器を持っていることが多いので、威力が半減する。
 ライアの放った炎を襲撃者は剣の一振りでかき消す。どうやら魔法のかかった剣らしい。この事態を見てとった僧侶のローズベリーが、ならばと神聖魔法で襲撃者を攻撃する。僧侶の主な仕事は治癒や能力上昇など補助系統だが、相手が闇族の魔物やゾンビなどの不死者だった場合に関しては浄化の魔法でダメージを与えることもできるのだ。襲撃者の男は魔物でもゾンビでもないようだが、闇属性ならば神聖魔法が通る。
 襲撃者もこれは危険だと見てとったのか、魔法を受け流さずにかわした。その隙を見てオルクスとソールが襲撃者を囲む。
「そのまま剣を下ろしてくれ。何が目的でこんなことをしたのか聞きたい」
 ソールが剣を突きつけると、襲撃者の青年は大人しく武器を下ろした。両手を上げて降参の姿勢を見せる。口元を覆い隠していた布を下げ、声を出す。
「失礼した。勇者ソール殿一行とお見受けする。俺はウォルフ。勝手ながらあなた方の実力を試させてもらった」
「試す?」
 ライアが不機嫌な声をあげた。試すなどという言葉で、大事な兄を侮辱されたように感じたのだ。大陸の王国連合に認められた勇者である兄を試すとは一体何事だ。
「ああ。そしてあなた方が十分な実力者だと知った。魔王を倒すために、どうか俺も仲間に入れてほしい」
「え?」
 ソール一人では決めかねる事柄に、彼は眉根を寄せた。信頼できる仲間が増えることはもちろん嬉しいが、目の前の青年が信頼できるかどうかはわからない。
「ライア、お前はどう思う?」
「僕は反対。兄さんに剣を向けるような奴はこのパーティにはいらない」
「じゃあ却下で」
「って待て待てオイ!」
 弟の言葉にあっさりと従って青年の申し出を跳ねのけようとしたソールに、オルクスがチョップと共に突っ込みを入れた。ウォルフと名乗った青年の挙動に関しては頼まずともライアが地獄の番犬のように見張っているので、ソールのいる側へと回ってきたのだ。
「あー、ウォルフとか言ったか。あんた何が得意なんだ? それに何の目的で俺たちとつるもうとしてる? 他にも勇者はいるだろ?」
「俺は元隠密で、諜報と暗殺が得意だ。しかし魔王のせいで王国の財政が傾いて仕事がなくなった。魔王を倒して世界を一刻も早く、元のように同じ国内で権力者と権力者が秘密を探りあい殺し合うような平和な状態に戻したい」
 平和?
 この時ばかりは勇者一行四人の心の呟きが一つになった。目の前の男の正直すぎる告白に、こいつ本当に大丈夫なのだろうかという気持ちがオルクスとローズベリーの中にも広がる。
「そういうわけだ。仲間に入れてくれ」
「……」
 ソールは判断に迷った。
「オルクス、どうする?」
「あー、俺たちは全員庶民で魔王の城に乗り込もうにも構造を知らない奴の方が多いし、間諜稼業の人間は役に立つとは思うがなぁ」
「わかった、よしウォルフさん、仲間になってくれ。ただし君の面倒はこの格闘家のオルクスが全般的に見るので常に彼の指示に従うように」
「ちょ、お前俺に押し付け」
「わかった。ありがとう、勇者殿。よろしく、先輩」
 ソールとウォルフはこんな時だけ結託してオルクスの意見を無視し、話をまとめる。
 こうして、元隠密のウォルフが勇者一行の仲間になった。