僕の愛しい勇者様 01

7.生贄の少年*

 洞窟の中、青い苔や土の匂いとはまた別の湿り気が広がる。
「ふ……うあ、や、やぁあ……」
 白い裸身を晒した華奢な体躯の少年が、屈強な魔物に襲われていた。岩でできた巨人の剛直が肉づきの薄い尻を割って、その奥の小さな穴を引き裂く勢いで犯し続けている。
「いや、いやぁ……」
 可愛らしい顔立ちには涙の筋がいくつも残り、目元は赤く腫れあがっていた。四つん這いで冷たい石床に跪き、腰をゴーレムに抱え込まれたまま、少年は苦しげに喘ぎ続ける。
「ひっ……!」
 硬くも滑らかな石の塊が、ゴリゴリと少年の中を抉る。腹を破りそうな突きあげに、少年は快感と苦痛の入り交じった声を上げる。
「もうやだぁ……!! やめてぇ……!!」
 無慈悲な岩の魔物は少年の懇願を聞くはずもなく、自身が飽きるまで少年の腰を抱いている。望まぬ絶頂に追いやられ、少年は泣き叫びながらも、腹や地面を自身の吐きだしたもので白く染める。
『……ぞ、その……』
 ゴーレムは何か囁いたが、少年の耳にはもはやその言葉は届かなかった。
 意識が黒い闇へと落ちていく。

 ◆◆◆◆◆

「なにはともあれ、お前が無事で良かったよ、ライア」
「ごめんなさい、兄さん。心配をかけました」
 追跡に優れたウォルフの手によってはぐれた仲間が一か所に集まり、勇者兄弟も無事に顔を合わせていた。もちろん兄は弟の身に起きた出来事など知らず、ライアもそのことを口にはしなかった。
 そして彼らは、今回の目的地である洞窟の前に辿り着く。
「今回の敵は前回よりも強敵のはずだ。気を引き締めていくぞ」
 ソールの号令により、一行は洞窟の中に足を踏み入れた。
 湿った苔と土の匂いがする陰気な空間。これまで冒険してきた洞窟とはどこか違う空気。
「……なんだ? これは」
「兄さん、これって……」
 洞窟の中に足を踏み入れた瞬間から、彼らはこの洞窟に何か異質なものを感じ取っていた。造り自体は単純で、出てくる魔物の様子にも何もおかしなところはない。だがこの洞窟には、何か違う力が漂っている。
 その不穏な空気は恐らくこの洞窟の主である魔物の部屋だろう、最奥部から流れ出していた。
「おかしいわ……」
 生温くぬかるんだ気味の悪い地面を踏みながら、ローズベリーが不安を湛えた顔で言う。
「この洞窟に流れる威圧感は、この程度の迷宮の主如きが出せるような力ではないわ」
「実は俺たちが弱すぎて、まだここのボスに立ち向かえる実力じゃないってことか?」
 オルクスの問いに、ローズベリーは首を横に振る。
「いいえ。そうじゃない。辺りの魔物たちの力は今までとそう変わりないもの。でも何か……凄く嫌な感じがするの」
「うん、僕も」
 僧侶のローズベリーと魔術師のライアには、第六感と呼ばれる「勘」がある。その二人が口ぐちに不安を訴えた。
「でも……今更引き返すわけにはいかない」
「兄さん」
「そうだな。この洞窟から出没する魔物の被害で近隣の村や町が被害に遭っている。放ってはおけない」
「ああもう! わかったわよ!」
 自棄のように叫んで杖を構えなおしたローズベリーの掛け声とともに、一行は各々気合を入れ直した。
 仮にも勇者一行の辞書に、自分たちの保身のための敵前逃亡などという言葉はない。
 最後の部屋の前に辿り着き、ソールが扉を開け放つ。
「!」
 まず彼らの目に入ったのは、全裸で肌にいくつもの鬱血痕を作った少年が横たわる姿だった。その奥に、この洞窟のボスらしき岩の魔物、ゴーレムの姿が見える。
「ローズ!」
「わかったわ!」
 僧侶のローズベリーと、格闘家のオルクスが少年を助けに走る。戦いの巻き添えにならない部屋の隅までオルクスが少年の身体を運ぶと、ローズベリーが癒しの術をかけ始めた。
 ソール、ライア、ウォルフの三人はゴーレムの目を引き付ける役目を負っていた。
 岩の魔物は硬く、そのままでは剣が通らない。ライアが魔術でゴーレムを凍らせる。
 一発目の氷の術は外れたが、二発目の氷弾は見事命中した。指の先から魔物が凍りついていく。
「はぁああああああ!」
 気合一閃、ソールの振るった剣がゴーレムを粉々に砕いた。
「あれ……?」
「何故? 弱すぎる」
 呆気ない勝負の幕切れに、三人は目を瞠った。
 洞窟の中を歩きながら感じていた威圧感を思えば、この程度で魔物が倒れてしまうことが意外だった。ソール一行は勇者としてはかなりの実力を秘めているのでこの程度なら確かに造作もなく倒せるだろうが、ならばあの嫌な空気は何だったのだろう。
 ただの杞憂だったのか?
 ソールたちのそんな物思いを遮ったのは、ローズベリーの手当てにより意識を取り戻した少年の呻き声だった。彼らは我に帰ると、心配そうな顔で少年を取り囲んだ。
 魔物に襲われた少年の体は清めてあり、すでにオルクスの服を肩にかけてある。
「う、うう……あ、あなた方は?」
「俺は勇者のソール、こっちは仲間たちだ。君が無事で良かった。近くの町まで送ろう」
 気になることは多々あるが、今は目の前の一般人の救助が優先だ。
 だが少年は悲しそうな顔で首を横に振った。
「町には……帰れません。僕は、町の人たちにここに生贄に差し出されたんです」
「なんだって?」
 少年はティルと名乗った。
 彼は自分が孤児で帰る家もなく、だから適任だろうと町の人々にこの洞窟の主へと生贄に差し出されたことを伝えた。どうやら近くの町の人間は、彼を差し出すことで自分たちだけは身の安全を図ろうとしたらしい。
「それなら町には戻れないな……」
「どうする? 兄さん」
 ティル少年は華奢で儚げで、このまま一人で放っておくことはできそうになかった。戦力にならない相手を連れ歩くことは負担だが、とにかくこの洞窟からは連れ出してやらなければならない。
「俺たちと一緒に来るかい? どこか別の町まででもよければ、送るよ」
「あ、ありがとうございます」
 こうして、勇者一行に一人の少年が加わった。だがしかし――。

 ◆◆◆◆◆

「上手くいったようだな。シュピーゲル」
「ええ。魔王陛下。僕はこのまま、勇者一行の動向を見張ることにします」
 美しい顔の少年が、黒髪の青年の前で胸に手をあてて跪く。
 少年の方は、ソールたち一行の前でティルと名乗った人物だった。彼の本名はシュピーゲル。魔王の配下の一人。
 彼が生贄の洞窟に潜んでいた理由は、これから来る勇者たちの中に不自然でなく入り込むためだ。
 そしてシュピーゲルが頭を垂れる相手、この黒髪の青年こそが、世界を支配する魔王クラントル。
「期待しているぞ、シュピーゲル」
「勿体ない御言葉」
 シュピーゲルが顔を上げてクラントルに向けて笑みを見せる。
「魔王陛下の御心を煩わせる輩を、この僕がのさばらせておくわけがありません」