僕の愛しい勇者様 02

11.裏切りの発覚*

「相談があるんだ」
「わかった、とりあえず寝ろ」
「人の話を聞いてくれる気があるのか? オルクス」
「お前が俺たちに改まって相談なんて持ちかけるとしたら、ライアのことに決まってるだろ。どうにもならんから、さっさと寝ちまえ」
「そうよ。ソール」
 すったもんだの末にシェスト遺跡の主を倒した勇者一行は、現在セドゥムと呼ばれる地域を牛耳る魔物を倒すための旅をしていた。敵のアジト近い村の宿で一泊した際の会話がこれである。
「なんでわかるんだ?!」
「なんでってそりゃあねぇ」
 ソールは先日から極端に兄を避けている弟のことを相談するため、幼馴染のオルクスとローズベリーを宿の食堂に呼んでいた。ライア、ウォルフ、ティルの三人はすでに部屋に引きあげている。
 先日戦ったシェストの山羊魔物の術により、ソールは公衆の面前でライアへの愛情をぶちまけた。オルクスやローズベリーにとってはもはや慣れっこのブラコンであるが、ウォルフやティルという部外者の前で堂々とそれを口にしたために、ライアの方が照れまくってここ数日兄を避けているのである。
「心配いらないわよ。ライアちゃん、ちょっと照れてるだけだから。もう少ししたら、いつも通りに相手してくれるようになるわよ」
「だけど、でもそれまで俺はこのまま……?」
「仕方ないわよ。もともとあんたがアレしたんだし」
「俺が一体何をしたっていうんだー!!」
 魔術で日頃理性に押さえつけられている本心をぶちまけていた間の記憶を、清々しいほどあっさりとソールは忘れ去っている。だからこそ尚更ライアはきまり悪げにし、ソールにとって今の状況は意味不明なのだ。
「ライアが俺の顔をまともに見てくれない人生なんて!」
「人生とまで言うか……?」
 ソールの懊悩は深いらしい。その余人から見た時の深刻さはともかく。

 ◆◆◆◆◆

 ライアは兄と顔を合わせるのが気まずくて、早々に部屋で寝入っていた。
 実の兄弟でなくともかまわずに兄が自分を愛してくれていると知れたのは嬉しいが、やはりあそこまで大暴れされるのは、少しばかり照れくさい。
 宿の部屋割はいつも通り、ソールとオルクス、ライアとローズベリー、ウォルフとティルの三部屋だった。この街では部屋が余っていたらしく、きっちり二人部屋を三つも借りられた。
 同室のローズベリーは出ているが、それも宿の一階の食堂にである。仲間たちがすぐ近くにいるからと安心して旅装を解いて眠りに入ったライアに、近付く黒い影があった。
「……」
 全身黒尽くめの刺客のような出で立ちの男、ウォルフである。
 影のような身のこなしの男は、室内に銀髪の少年の姿以外ないのを確認すると、寝台へと歩み寄った。成長期ではあるがまだ稚い様子を残すライアの寝顔を覗き込む。
 駆け布をそっとはぎとると、男の手は大胆にも、少年の服の中へと潜り込んだ。
「んっ――」
 身体に触れてくるものの違和感に眉根を寄せてライアが呻いた時、ウォルフは懐から小壜をとりだしてその中身を少年に嗅がせた。眠り薬であるそれは、すぐにライアを先程までよりも深い眠りの中へと突き落とす。
 のけぞった白い喉を晒すライアの肌にウォルフが触れる。上着を肌蹴、胸元に手を差し入れた。胸の突起に手を触れ、刺激する。
「んん――」
 ウォルフはふと思いついたように、寝台の枕元に置いてあったカンテラに火を入れた。ほんのりと橙の光がともり、近くのものが見えやすくなる。その光を頼りに、ウォルフはライアの肌を見ていた。肩から背中にかけて布をどけて、染みのない白い肌を目視する。
「はっ……」
 熟れた果実のように赤い突起を優しく撫でると、ライアの肌がほんのりと色づく。男はそれでもまだ足りないと、少年の体を抱え直し、下穿きの中にまで手を入れた。
「ん、んんっ―」
 敏感な箇所に触れる手の動きに、子どもがむずがるような声をライアはあげる。熱を持ち始めた身体に、自然と唇から熱い吐息が漏れた。
「は、ぁ……」
 意識もないのにどこか色っぽいその様子に、ウォルフは知らず生唾を呑み込んでいた。こちらも鼓動を速めながら、次第に遠慮を忘れてその肌をまさぐってくる。
 執拗な指先に擦りあげられて、ついにライアが目を覚ます――。
「……はっ。え? ええっ?! っちょ――」
 自分が黒尽くめの男にあられもない格好で抱きしめられていることに気づき、ライアは思わず叫んだ。
「に、兄さん! 助けて! 兄さん!」

 ◆◆◆◆◆

 ライアの悲鳴を聞き驚いて彼の部屋に駆け付けたソールたちが見たものは、部屋の扉の外に今まさに駆けつけた様子のティル。そして衣服を半ばはぎとられた銀髪の少年と、その背後に表情を読ませずに立つ黒い男の姿だった。
 部屋が荒らされた様子はなく、ライアが目元を真っ赤にしているのを覗けば、何も変わったところはない。だが何かがあったからこそライアは兄に助けを求めたわけで、ティルの驚いた様子を見れば、彼がこの件とは無関係であることがわかる。
 だとしたら残る可能性は――。
「ライア! 無事か!」
「兄さん!」
 兄の呼びかけに反応し、弟はその腕の中に飛び込んだ。オルクスとローズベリーは、厳しい顔つきで部屋に残ったもう一人の男を睨んでいる。
「何かの、間違いだろう?」
 尋ねかけながらも、オルクスの言葉は答を確信している口調だった。
「ウォルフ、あなたまさか、ライアに――」
 黒い影のような男――暗殺者のウォルフはゆらりと動いた。それまで力を入れていなかった体に、ピンと張りつめた一本の芯を通す。――臨戦態勢だ。
「勇者殿御一行。もう少しあなた方と旅をしていたかったが、仕方がない」
「それは、お前がやったことを認めるという意味か?」
 オルクスの問いに静かに頷き、ウォルフはちらりと視線をライアに向ける。この騒動の渦中にいながら何一つ言葉を吐き出せないで、ライアは大きな緑の瞳を見開いて兄の背の後ろからウォルフを凝視している。
「――主より命じられた我が目的はすでに達した。私はここで手を引かせてもらう」
「ま、待ちなさいよ!」
 ライアが咄嗟に動けない状態なので、ローズベリーが慌てて杖を向け捕縛の魔術をウォルフにかけようとする。しかし身軽な暗殺者はするりとその術を避けて、窓枠を飛び越えた。
「ウォルフ!」
 彼らが慌てて部屋の中に駆けこみ窓の外を眺める頃には、黒尽くめのその姿は闇に溶けていた。