僕の愛しい勇者様 02

16.囚われの魔法使い*

 禍々しい笑みを浮かべて突如城に現れた銀髪の少年の姿に、黒髪の美青年はこちらも含むもののある笑みで返した。
「ただいま戻りました。魔王陛下」
「おかえり、シュピーゲル。その様子だと、どうやら上手くいったようだな」
 黒いローブに身を包んだ少年の姿を上から下まで眺めまわし、魔王クラントルは目を細める。
「だが以前の体も気にいっていたのだろう。本当に良いのかい?」
「ええ。ティルの肉体は僕がまとうに相応しいものでしたが、それよりもこちらの方がもっと相応しい」
 薄い桃色をした可憐な唇に毒々しい笑みを刷き、シュピーゲルは見せびらかすようにライアの身体でくるりとその場で一回転してみせる。
「この容姿、それに何よりこの魔力。それも我らに親しみやすい闇の魔術師。魔王様の片腕として私がまとうに、まさにふさわしい肉体でしょう」
 魔王と呼ばれた黒髪の青年は、思案げな顔でライアの顔を見た。
「中身の方はどうだ?」
「お話をされたいのですか? でしたら――」
 シュピーゲルは三度笑って口を閉ざした。
 一瞬後、ハッと突然目が覚めた様子で少年はきょろきょろと辺りを見回す。
「え? ちょ、こ、ここは――?」
 事情がまったくわかっていないその顔はシュピーゲルのものではなく、ライア本来の人格を宿している。彼は辺りの部屋の様子が気を失う前に見たものと違うことに気づいたあと、目の前にいる人物からの視線を感じて顔を正面に戻した。
「お、お前は……」
 視界に入った途端に、黒髪の青年はその存在自体にありったけの威圧感を込めて見つめてくる。否、むしろ彼を視界に入れた瞬間から、その者が彼を意識せずにはいられないと言った方が正しいのだろう。それは圧倒的な力だった。
 ただ目の前にいるだけで威圧される。黒髪の青年の強大な力に、ライアは自然と彼の正体を悟った。
 そうだよ、と体の内側から声がする。入り込んだシュピーゲルの意識が、ライアに“あのお方こそが我らの魔王”と囁きかけてくる。
「我が名はクラントル。この大陸を統治するべき魔の王」
 青年はすいと指を伸ばすと、あまりのことに硬直して動けないライアのおとがいを指で軽く持ちあげた。
「懐かしい目だ。我が真っ先に滅ぼしたセレジェイル王家の者と同じ目」
「セレジェイル……」
 すでに魔王に滅ぼされてこの地上から消えたと言われる国の名を出し、魔王はライアにはわからないことを続ける。
「なるほど、狩り残しがいたとはな。だがその肉体はいまやシュピーゲルのもの。勇者一行にとって何の役にも立たぬ」
「!」
 その言葉にライアはようやく現状を思い出した。デヴィエトの城で思いがけずティルと遭遇したこと。彼が自らは魔王軍の将・シュピーゲルだと名乗ったこと。そのシュピーゲルを倒した後から記憶がないこと。そして……。
「あ、ああ。僕は……!」
 シュピーゲルがライアの目を使って見ていた光景をライアに伝えてくる。
 彼はライアの体とそこに秘められた魔力を使い、ソールたちを攻撃したのだ。自らの力が大事な人たちを傷付けたのだという事実に、ライアは愕然とする。
「嘆くことはない」
 端麗な顔立ちの魔王は、絶望を瞳に浮かべた少年に告げた。
「お前はこれから永遠に我らに飼われるのだから。今のお前はシュピーゲルそのもの」
「違う、違う僕は」
「お前の肉体は、シュピーゲルのものだ」
 拒むライアの意志を無視し、内側に巣食ったシュピーゲルの命令により少年の体は勝手に動き出す。
 彼は魔王の足元に跪いた。
 全力で抵抗するライアの拒絶虚しく、身体が磨きこまれた靴に口づける。それは誰が見ても十二分な忠誠の証だ。
「お前の命も、もはや我ら魔族のものだ」

 ◆◆◆◆◆

 やめて、やめろ、と訴えるのに、腕はまったく言うことを聞かずにクラントルと名乗った男に自ら抱きついていく。
「ふふふ。愛い奴だ」
 魔王に頬を撫でられ、ライアの肉体を奪ったシュピーゲルは口の端を吊り上げて笑った。先程と状況が違うのは、この様子が全てシュピーゲルに封じこまれているライアにも伝わっているということだった。ライアは自由にならない身体の内側で、自らの肉体が積極的に魔王に服従を示し、その寵愛を乞うように蠢くのを絶望的なまでに感じていた。
 ぐいっと乱暴に首を掴まれ、そのまま顔を引き寄せられて無理矢理口付けられる。ライアにとっては身の毛もよだつような行為なのに、彼を操るシュピーゲルはうっとりとしてそれを受けるのだ。
「ん……ふ……」
 美しい魔王は整った形良い爪の先で、白い肌を晒すライアの胸元を焦らすようになぞる。ぷっくりと硬くたちあがった赤い突起を玩具のように弄りまわした。
 ライアの肌の上を魔王の赤い舌が這う。
 クラントルの姿は、頭から伸びた二本の山羊のような角を除けば普通の人間と言ってもよいような姿だった。完全に異形である魔物たちと違い、あまりにも人間に酷似したその姿が背徳感をライアにもたらす。
 シュピーゲルによって勝手に動かされている身体と睦みあう美しい青年。兄を、仲間を、人類を裏切る気などないのに、ライアはまるで自分が魔王と甘い情事の時間を過ごしているように感じてしまう。
「い……や……」
 全身全霊の精神力をかき集めるが、漏れ出た言葉はそれだけだった。内部でライアの抵抗とシュピーゲルの意識が戦い、少年の顔立ちがどこか苦しげに歪む。
 そんなライアの様子に、クラントルは目を細めた。子猫を褒めるかのように、優しく髪を撫でる。
「シュピーゲルに器を使われながら、まだ抵抗するか」
 抱きしめる腕は力強く、暖かい。彼が魔王だなどと、言われなければ忘れそうになるくらいに。
「いい子だ。私はそういう子は好きだよ」
 耳元で囁く低い声に、ライアは自分の耳元にぞくりとした痺れが走るのを感じた。この声を聞いていてはいけない。強い魔力を持つ魔王の力はその声一つにも宿り、ライアの人間としての弱い意識を魅了しようとしてくる。
 だがライアが強情を張る一方では、シュピーゲルが積極的に魔王にすり寄ろうとしているのだ。二人は短い綱を引き合うように、精神を行ったり来たりさせる。
「魔王陛下……ぁあん!」
 膝の上に乗っているのがライアでもシュピーゲルでもどちらでも構わないというように、魔王は少年と配下の内なる戦いに頓着せず、欲望のままに行為を先に進める。
「なかなか使いこまれた身体だな。指二本、すんなりと入るとは」
「や……抜い……」
「ふふふ。それはどちらの願いだ? シュピーゲルとライア、どちらの望みだ」
 どちらにせよ聞く気はないと言わんばかりに、クラントルはライアの中に入れた指を絶妙な力加減でかき回す。
 口の端から透明な滴を零しながら、ライアは背徳的な快感を堪えた。魔王に犯される勇者なんて聞いたこともない。ライアは勇者本人ではなくその仲間の一人だが、この行為が背徳だということは理解している。
(兄さん――)
 胸中のライアの叫びとは裏腹に、シュピーゲルがライアの身体で恍惚とした表情を作る。
「ああ……陛下……」
 少年の細い腰はすっかりと魔王の腕の中に抱え込まれ、ライアは彼の手でされるがままに快感を享受していた。いっそ乱暴に取り扱ってくれた方がまだマシだと思うくらいに、クラントルの愛撫は優しく、ライアを堕落させようとする。
「そろそろこれの出番かな」
 後ろをかき回していた指が抜かれ、カチャとベルトを外す音にライアはようやく安堵した。少なくともそれが出てくれば、この行為の終わりをも予感させるものだからだ。
 だが実際に突きつけられたクラントルのものの立派さに、ライアの腰は思わず逃げ出そうとする。
「往生際が悪いぞ」
「う……ぁあああ、ああっ――!!」
 一際太くがっしりとしたものが、容赦なくライアの華奢な身体を貫いた。
ぎちぎちと音を立てる入口が限界を訴えてくるが、クラントルは動きを止めない。一番太い先端の部分を無理矢理呑み込ませると、後はライア自身の体を落としこむようにして肉棒を埋めた。
 赤い血が一筋、白く柔らかな内股を伝う。
 圧倒的な質量に満足に息もできず、ライアは酸欠で苦しむ金魚のように口をぱくぱくと開いては閉じる。しかしライアが苦しむ一方でシュピーゲルは魔王を受け止めたことを喜び、引き裂かれた部分が痛むのも構わずに自ら腰を動かし始めた。内心のライアの絶叫など気にも留めない。
「そうだ。踊れ踊れ。自ら腰を振って、悦楽を手にせよ。それが我ら魔物たちの本分」
 少年の体と精神を蹂躙しながら、魔王は高らかな笑い声をあげた。