荊の墓標 03

015*

 結論から先に言うと、父は見つかった。
 ただし、それは生きているとも言いがたい、実に無残な姿で。
「父上……?」
 カミラは愕然とする。苔むし埃のたまった石床にへたり込んだ。
 父は、間違いなくこの国の先代の王であった方は、壁際に繋がれていた。牢の中に閉じ込められるなどと言うものではなく。手枷足枷に加えて首輪を嵌められ、四肢はやせ衰え骸骨のように頬がこけている。無数の鎖がその身を幾重にも這って、逃げられないよう厳重に拘束している。
 そして両手は太い釘で貫かれ、石壁に縫い付けられていた。ひゅうひゅうと頼りない息が漏れ、目は病んだ者のように虚ろで何の光も映してはいなかった。ぼろぼろになった衣服の裂け目から、幾つもの産んだ傷がのぞいている。
 床の血溜まりは乾き、蛆と蝿がたかっている。胃の中身を全て吐き出してしまいそうな、強烈な腐臭。
 信じられない。何故これで生きていられるのか。彼女は吐き気を堪えながら、必死で父に呼びかける。
「父上! ジョナス王! 私です! あなたの娘のカミラです!!」
 繰り返された幾度目かの呼びかけに応え、父はのろのろと顔を上げる。濁った瞳が夢現を彷徨いながら一瞬だけ活力を取り戻し、カミラの顔を見る。
「シェ……ダ……」
 零れ落ちた名前にカミラの胸は凍る。
「お父さま……違い、ます。私……カミラです……」
 彼女とシェリダンは、少しだけ似ている。意識が半ば混濁し現実と夢の区別もつかなくなった父には、カミラがシェリダンに、兄に見えているらしい。
 耳障りなほどの酷くしゃがれた声で、父は続ける。シェリダンへの言葉を。
「すま……な、か……た。すまな……た」
「何を、謝っていらっしゃるの……シェリダンに何をしたの?」
 父はカミラを構ってくれることなどなかった。いつもシェリダンのことばかり気にしていて、カミラなど視界に入ってもいないようだった。王位継承問題も、男児がどうとか長子がどうとかなくたって、きっとシェリダンを王にしただろう。
 カミラはシェリダンが父に愛されていると思っていたし、この幽閉はあの男の残酷な本性が理性的な父親を遠ざけて好き勝手やるためのものだと考えていた。けれど、それは違うのだと今ここで知る。
 シェリダンは父を憎んでいる。でなければ、こんなに酷いことをするはずがない。できるはずがない。
 そしてこんなにされておきながら、父はシェリダンに謝り続けている。
「すまなかった……」
「もう止めてください! 父上!」
 悪臭、埃、苔でぬめる床、蝋燭の明かりも頼りない暗闇、蛆が這いまわり蝿が飛び交う気配。
 気が狂いそうになる。
 私は何のためにここまで来たのかしら。
 こんなことで何ができると言うのかしら。
「……て……れ」
「……お父さま?」
「ころ、し……て……くれ…………」
 ドクン、と心臓が跳ねた。鼓動が波打つ。
 殺してくれ。
 全てが紗幕の向こうのような世界で、その言葉だけが鮮やかに意味を持つ。
 今の父の様子は、どう見ても安楽とは言いがたかった。治療もされない傷が口を開け虫が這う。薄汚れ腐臭にまみれ目は濁り。
 殺してくれ。――殺してやれ。
 カミラの頭の中で誰かが囁く。それが誰なのかわからない。自分自身すらわからない。
 そしてカミラの懐には、いざと言うときの護身用の懐剣がある。あの庭園での襲撃の日以来、肌身離さず持っているものだ。せめて自分の身だけでも守れるようになりたいと。
 それがこんな時に役に立とうなんて。
 カミラは、父の心臓を貫いた。
 人殺しの技術など持ち合わせていない。それどころか武芸の技術さえ。それでも知識はある。彼女は、人間の心臓がどこにあるか知っている。やせ衰えてみる影もない体の、左胸を狙い違わず刺し貫いた。
 懐剣を抜いた傷口から血が溢れ、カミラは返り血で濡れる。全身から力が抜けてその場に崩落れた。力を失った手から懐剣が零れ、石床に落ちて乾いた音を立てる。
「お父さま……お父さま…………」
 壊れたオルゴールのように、カミラは歪な声音で繰り返す。私、何をしたの? 殺した? 実の父親をこの手で。
 だってこの方は私を愛してはくれなくて、シェリダンばかり贔屓にして、でもあの兄とは何かあったようで、こんな拷問されてて酷い、でももう助かるはずもないし、助けてもこの場合どうなるわけもないし、いっそ殺して楽にしてあげた方がいいと。
 でもこれも、所詮は私の独りよがりな。
「あーあ」
 気の抜けた声に振り返ると、入り口に立つ二人の人影が見えた。一人は黒いローブを纏った怪しげな人影で、もう一人はシェリダンだった。
「やってしまいましたねぇ、殿下。父親殺しは大罪ですよぉ? それも一国の王女が先代の王を」
 怪しい魔術師風のその男の言葉は常なら不愉快に感じるはずだったろうが、今のカミラの耳には何も届かなかった。彼女はただシェリダンを見ていた。彼女の兄を。
「カミラ=ウェスト=エヴェルシード」
 感情の読めない硝子玉の瞳。そういえばこの人は、ロゼウスの側についていたはずなのに何故。
 それを問う余裕もない。
「お前の王族としての資格を剥奪し、実父かつ先王であるジョナス王殺害容疑で拘束する」
 カミラは血塗られた自らの手のひらに目を落とす。暗い地下牢、蝋燭の明かりでもわかるほど真っ赤に染められたこの手。
 自分は父を殺した。
 逃れる道はなかった。どこにも。

 ◆◆◆◆◆

「カミラ?! ……どうし……」
 ロゼウスがまだ見たことのない黒いローブの男がシェリダンを呼びに来た。どうやら三日以上眠り続けていたらしいロゼウスは、目覚めてからローラやエチエンヌ、リチャードに世話をされていた。エチエンヌは素知らぬ顔で、リチャードはどこか悔いるような、ローラは安堵するような顔でロゼウスに食事やら着替えやらを用意した。ひとしきり寛いだ後にシェリダンが戻ってきたかと思えば、その腕には彼の妹であるカミラが抱きかかえられていた。
「ロゼ……様……?」
 こちらへと目を向けたカミラの頬が濡れている。ロゼウスは駆け寄って驚愕した。その腕と腹部を濡らす紅い血。
「怪我をしてるのか!?」
「返り血だ」
 答えたのはカミラ本人ではなく、彼女を抱きかかえたシェリダンだった。黒いローブの男は扉の外で立ち止まり、そこから指で誰かを差し招く仕草を見せる。エチエンヌとリチャードが嫌な顔をし、部屋を出る。ローラはカミラの手元だけ清めて、彼らと同じくシェリダンの私室を後にした。
 ロゼウスとシェリダンと彼に抱きかかえられたカミラだけが部屋に残される。そういえば、とロゼウスはカミラを抱くシェリダンを見て、不思議な気持ちを感じた。兄妹でありながらこの二人が一緒にいるところを見たのはこれが初めてだ。そしてシェリダンはどうだか知らないが、カミラはシェリダンを憎んでいるのではなかったか?
「きゃあ!」
 状況のわからないロゼウスを置き去りにつかつかと寝台へ歩み寄ったシェリダンが多少乱暴にカミラをその上に放り出し、ロゼウスはそちらへと駆け寄る。
「カミラ、一体どうした? 何があったの?」
 ロゼウスは彼女の手をとりエヴェルシードの王妹殿下に尋ねるが、カミラは悲痛に顔を歪めて視線を逸らした。様子がおかしい。訝りに眉を顰めると、またもやシェリダンが答える。
「その女はもはや王族としての資格を失った」
「……え?」
「先王陛下殺し、父親殺しの罪でな」
「……何だって?」
 ロゼウスは今聞いたことが信じられない。何故、カミラがその父親を殺さねばならない。
 言うべきことも見つからないまま口を開きかけるロゼウスより早く、双眸に涙を溜めたカミラが叫ぶ。これまでの強張った顔つきとは打って変わって、張り詰めたものが切れたように、狂ったように叫ぶ。
「あなたのせいよ!!」
 シェリダンを睨み付ける瞳には怒り、恨み、殺意が込められている。
「あなたが、お父様をあんな目に! 返してよ! この悪魔! あたしのお父様を返してよ――!!」
「カミラ! 落ち着け!」
 シェリダンに掴みかかろうとしたカミラを、ロゼウスは思わず羽交い絞めにして止める。
「離して! この男を殺させて!」
 泣き叫んで暴れくるうカミラを無理に押さえつけ、ロゼウスはシェリダンの方へと視線を向ける。 
 その秀麗な面差しに浮かぶ酷薄な微笑。
「カミラ、あんたがシェリダンに敵うわけないだろ。余計な怪我をするだけだ」
「……ロゼウス、様」
 ロゼウスの言葉に少し冷静になったらしいカミラが抵抗をやめて、その体から力が抜ける。崩れ落ちる彼女をロゼウスは支え、シェリダンの瞳を捕らえる。
「――あんた、この子に何をした?」
 ロゼウスの質問には答えず、シェリダンが口の端を吊り上げて言う。
「人の知らない内に、大層仲が良くなったようだな、お前たちは」
 上着を床に放り投げ、シェリダンが寝台に上がる。ロゼウスが背後から体を支える形となったカミラの顎を捕らえて、無理矢理自分の方へとその瞳を向けさせた。
「理由はどうあれ、父親殺しは大罪だぞ。妹殿。……いや、もう妹ではないか。お前は王族としても、王妹としての立場をも失ったのだから」
 潤んで赤く腫れた両目を拭いもせず、カミラはシェリダンを睨み付ける。何が起こったのかわからないロゼウスはなす術もなくカミラの肩を支えながら、二人のやり取りを見守るしかない。
「お前がこれまで得た力、権力も財力も、諸侯の忠誠もこれで全ては水の泡だ」
「まだよ、まだ私は負けてはいないわ! あなたが父上にしたことを全部公表してやる! そうすれば」
「本当にできると思っているのか? そんなことが。知らないなら教えておいてやろう。イスカリオットとユージーンは私の間諜だ。知らないのはお前くらいのものだろうよ」
 出された名前の人物についてロゼウスは知らないが、多分カミラにとっては馴染みの、この国の貴族か誰かの名前なのだろう。カミラの顔色が変わる。
「私が何も考えずにただ父上を拷問しただけで満足すると思うか?」
 使えるものはなんでも、何にでも使う男、それがシェリダン=ヴラド。エヴェルシード国王。
「……罠、だったというのね! 私を嵌めるための。いいわ、それにはまった私をせいせい嘲笑えばいいでしょう! 殺すなりなんなりしたらどうなのよ!!」
 悔しげに唇を噛みながらいきり立つ彼女の耳元に口を近づけて、シェリダンが囁いた。
「取引をしよう、殿下」
「……なんでございましょう、陛下」
 嫌味たらしく敬称で呼び合い、兄妹は視線を合わせる。シェリダンが先程よりさらに低い声で、こんなに側にいるロゼウスでさえ、聴覚の優れたヴァンピルでなかったら聞き取れなかっただろうというような囁きで告げる。
 そしてその内容は……。
 これまでどれほど怒り狂っても最後の最後で自分を手放さなかったカミラが、先程までの威勢とは打って変わって血の気を引かせる。
「嫌!……そんなことは絶対に嫌!! 嫌よ! 近寄らないで! この悪魔!!」
 本能的な恐怖に駆られ、腰の後ろについた手でカミラが後退さろうとする。背後にいたロゼウスの胸にぶつかり、彼女ははっと振り向いた。今までとは違った種類の恐怖と嫌悪で蒼白となった顔でロゼウスを見上げた彼女は、何か言いたげに口を開いては閉じる。
 だけどロゼウスは何も言う事ができず。
「そのままその娘を抑えていろ、ロゼウス」
「……嫌だ」
 断りの言葉が口をついて出ると、シェリダンの眉が不快げに顰められる。ロゼウスとシェリダンの間に挟まれる形となっているカミラは、動くに動けない。もしもここから逃げたとしても、どうせ一国の最高権力者であるシェリダンが一度命じれば、非力な十六歳の少女に逃げ場など無くなる。頼れる相手もろくにはおらず、国王に逆らってまで反逆者で父親殺しの元王女を庇う人間はいない。もっとも、その殺人はシェリダンに仕組まれたものらしいというのが、二人の会話からわかったが。
 エヴェルシードの法典に、安楽死という言葉はないそうだ。
「ほう。先日のような目に合って、まだ懲りないというのか」
「それでも、嫌だ。こればっかりは、あんたに協力なんかできない」
 ロゼウスはカミラの敵には回りたくない。だからと言って、シェリダンに逆らうことができないのも知っている。それでも、今からシェリダンがやろうとしている内容にすぐさま首を縦に振ることなどできようはずもない。
「ならば、前の裏切りも含めて、この贖いはローゼンティア人の命で払ってもらうか」
「民は関係ないだろ!」
「関係ある。国民の命は王の所有だ。それを生かすも殺すも支配者しだい。国の政治は綺麗ごとだけじゃ務まらない。誰よりもお前が知っているはずだろう、ロゼウス」
 そう、知っている。だからシェリダンの取引を飲んで、この国へと来た。父王が亡くなり、兄たちもまだ完全には復活できていない今、自分がこの男の機嫌を損ねて民の命を危険に晒すわけにはいかないから。
「民の命を救うことに比べたら、女一人犯すことなど簡単だろう? ロゼウス王子」
 そのためなら少女一人傷つけることなどわけもないことだろうと。
 今までならそうだったかもしれない。だが、カミラはロゼウスを慕ってくれているという。そして自分も、この少女が愛しい。
 それでも彼は、ローゼンティアの王子なのだ。
「ロゼウス、様……」
 痛々しいほどに傷ついた瞳でカミラがロゼウスを見る。彼女は彼の言葉を聞く前から、その答を知っている。
「……わかりました。エヴェルシード王シェリダン陛下」
 シェリダンが朱金の瞳に、澱んだ喜びを浮かべて口の端を吊り上げた。
「――っ」
 少女の声なき悲鳴を合図に、地獄の宴の幕が上がる。

 ◆◆◆◆◆

 ロゼウスはシェリダンに言われたとおり、カミラを押し倒しその頭上で両手を押さえつけるようにして拘束した。弱弱しい抵抗を繰り返す少女が暴れるたびに、寝台が嫌な音を立てて軋む。
 あの黒いローブの男が何か言ったらしく、部屋には誰も入らないしいつの間にか厳重に鍵までされていた。ローラもエチエンヌもリチャードも、誰も来ない。来ても彼らがシェリダンに逆らえるわけがない。
 薄いシャツ一枚になったシェリダンは、ロゼウスに押さえつけさせた妹姫の胸の辺りにそっと手を這わせる。年頃の少女の柔らかな膨らみを服の上から軽く撫でて揉み、乳首を抓った。カミラは硬く瞳を閉じてその光景から目を背け、与えられる感覚から意識を逸らしている。
 ドレスのスカートをまくり足の間へと手を差し入れ、下着の上から刺激を加え。しばらく妹姫の体を弄っていたシェリダンは、きつく唇を噛んだカミラの表情を見て短く舌打ちした。痺れを切らした彼がドレスを無理矢理力任せに引き裂くと、そこで初めてカミラが目を開ける。
「何するのよ!」
 もはや衣服の役割をなさない布切れと下着だけの姿にされた彼女は、顔を真っ赤にして怒る。触られるのもそうだが、衣服を奪われて肌を晒されるのも良家の子女としては非常に恥ずかしいことらしい。
「なかなか濡れないな、お前」
「う……」
 それにも構わず、シェリダンはただ無表情で下着の中に指を突っ込み、カミラの体を弄ぶ。男の指に体中をまさぐられて、虫がはいずるおぞましい光景を我慢するかのように歯を食いしばり明後日の方角を睨んで耐える彼女に業を煮やして、シェリダンが体を起こすとロゼウスのほうに視線を向けた。
「交替しろ、ロゼウス」
「え?」
「お前がやれ。好きな男に触られればカミラだって濡れるだろう」
「な……」
「っ!?」
 瞬時に頬を紅く染めたカミラとロゼウスを順番に眺めて、シェリダンが無表情に顎をしゃくる。
「ロゼウス様……まさか」
 カミラが怯えの色を宿した瞳で心細そうに自分の腕を押さえ込むロゼウスを見上げる。真正面から視線を合わせて彼女を見たロゼウスは、すぐにその視線を逸らした。
「……カミラ、ごめん」
「ロゼウス様!?」
 シェリダンと場所を入れ替わり、ロゼウスは身に纏っていたドレスを脱いで床に落とした。下には薄いシャツと七分丈のズボンだけを穿いている。
 膝を割るようにして少女の体をまたぎ、震える瞳で見つめてくるカミラに、ロゼウスはゆっくりと口づける。先刻目覚めた時にシェリダンと交わした軽いようなものではなく、舌を絡め歯の隙間を舐め尽し粘膜を犯して情欲を煽るような、婬売の接吻だ。
 十分に少女の口腔を犯しようやく唇を離すと、唇の端から涎を垂らし苦しい呼吸に喘ぐカミラの顔は、先程の怒りとは違う熱に火照っていた。
「ロゼ、ウス……様……」
「カミラ」
 ロゼウスは少女の首筋に赤い痣を作るように口づけを降らし、それはだんだんと鎖骨から胸元へと下降する。わき腹に口づけながら太ももの辺りを汗ばんだ手のひらで撫で上げれば、弱弱しい拒絶の言葉が返る。
「いや……やめてロゼウス様」
 涙目で哀願する少女は愛らしく、逆に嗜虐心をそそられる。理性を上回る欲求が身体を支配し始める。ロゼウスは下着すら取り払われて、露となったカミラの胸に顔を埋め、その先端の赤い飾りを口に含んだ。
「ひっ!」
 思い切り目を閉じたカミラの瞳から透明な雫が幾つも幾つも、筋となって零れる。彼は片方の乳首を口に含みもう片方を手で弄りながら、残った片手を少女の秘所へと伸ばす。
「あ、や、やめ……」
 足を閉じて庇おうとするカミラの動きも無駄だとばかりに無理矢理手のひらを滑り込ませ、奥へと指を差し入れた。熱く柔らかい場所に指を突っ込み、丁寧に中をかき回す。
「ひっ、あ、いやぁ! あ、ああああ」
 ロゼウスは自分でもしかと意識する前に少女のしなやかな身体に溺れ、カミラの内股を濡らす液体に目を留めたシェリダンに止められる。
「――代われ、ロゼウス」
「……え? あ、ああ」
 カミラの身体の上から退いて、ロゼウスは再びシェリダンと位置を入れ替わる。兄の意図に気づいたカミラが、それだけは嫌だと身を捩り激しく抵抗する。それでも先程まで悦楽に溺れさせられていた身体は、心許ない拒絶しかできない。
「やめて! 離して! 嫌! それだけは絶対にいやぁあああああ!!」
 泣き叫ぶ彼女の唇をロゼウスは口づけで封じ、いったんは大人しくなったカミラの頬にまた新たに大粒の涙が零れだす。その隙に彼女の足を割らせたシェリダンが、自分のもので細い少女の体を貫く。
「いっ……痛っ……いた、痛いっ!!」
 妹の身体を無理矢理犯したシェリダンは、そちらも僅かに辛そうな顔をする。
「きつ……」
 だが構わずに腰を使い始めると、いよいよカミラの悲鳴が高くなる。ロゼウスは逃げそうになる彼女の腕を抑えながら、その顔が涙でぼろぼろに暮れていくのを見た。
 これ以上は耐え切れないと目を逸らそうとして、正面に位置するシェリダンの表情に気づいた。その朱金の瞳に、今までにない色が浮かんでいる。
 ああ、そうか。あんたは……
「はっ……」
 絶頂に達したのか、僅かに頬を上気させたシェリダンがカミラの中から自分を引き抜くと、どろりとした白濁液と共に破瓜の紅い血が零れた。
 泣き疲れたカミラが放心状態でシーツの上に横たわっている。しどけないその姿を汚す血と精液。
「あ、ああ……」
 実の兄に処女を奪われて今にも壊れそうな精神を、必死に心を無にすることで耐えようとする。
「ロゼウス」
 ふいに、シェリダンがロゼウスの名を呼んだ。
「……何?」
 妹を強姦するのを手伝わせておいて、今更自分に何の用があるというのか。そして彼が口にしたのは、思いもかけない言葉だった。
「舐めろ」
 自らのものを示して彼は言う。
「は? ……えっ?」
 ここで? 今、放心状態とは言えカミラが見ている目の前で?
 ロゼウスが返事もできずにいると、シェリダンはさらに追い討ちをかける。
「しろ。こちらを綺麗にして、カミラの方もお前の口で清めたなら、二回目はお前にさせてやる」
 それが何を指しているかを気づいてロゼウスは愕然とする。さらにシェリダンは呆然とするカミラに澱んだ笑みを向け。
「お前の愛した男は、我が妻にして我が奴隷。これは私の言う事を何でも聞く玩具。その様を存分に眺めていればいい」
 追い詰める。
 前髪を掴まれて無理矢理顔をシェリダンの元へと近付かされたロゼウスは、仕方なく舌を伸ばしてそれを舐め始めた。覚えがあるのはシェリダンのそれの味で、舌を刺激するのはカミラの血。痺れるほどに、甘く切ない……。
「嘘よ」
 魂の入らない、人形のようなカミラの声。
「……っそんなの嘘よ!!」
 ロゼウスはシェリダンに奉仕させ続けられ、口の中で放たれた彼のものを飲み下す。飲みきれず溢れた雫が口の端を伝って汚す。
 そして僅かに瞳を動かし、自分が犯された時よりももっと傷ついた、裏切られたような表情でいるカミラを見る。
 最後の一線が脆く崩れ、彼女の表情が歪む。
「あ、あ、あああああああああああああああああああっ!!」
 その後も、シェリダンはカミラを抱き、ロゼウスにも彼女を抱かせた。処女を気遣いもせず、彼女が失神しない程度に手加減して、意識のある苦痛を味あわせながら犯した。ロゼウスはシェリダンに命じられるがままその肌を貪り、前となく後となく挿入した。
 そして最後に、シェリダンがロゼウスを抱いた。
 その一部始終をカミラに無理矢理見せ付けて、ありあわせの服だけ押し付けて人の少なくなる夜明け頃には部屋から追い出した。
 これは終わりのない悪夢。永遠に明けぬ夜。
 シェリダンに強要されたことだとは言え、ロゼウスはカミラを犯して喜んでいた。永遠に触れられないと思っていた、憎からず想っていた少女を抱く歓喜。そして彼女が実の兄に犯されるのを眺めるという倒錯した背徳。罪悪感。そして何もかも手遅れ。

 その日は丸一日姿を見かけなかったカミラの、王妹殿下の自殺の報がもたらされたのは、日付が変わりきらぬ夜のことだった。