031*
華奢な肩を押さえつける。きつく掴んで爪痕を残す。
ロゼウスは歯を食いしばって耐えていた。それが義務だとでも言うように。
「いい度胸だな」
ヴァンピル特有の尖った耳を甘噛みしながら、低く囁く。
「つまりお前は、私をその兄上とやらの身代わりにしたわけか」
ドレスのスカートの裾から手を居れ、太腿を撫で上げる。そのまま指を滑らし、肛門へと向かう。
「ふ、あ」
窄まりを探り当て、ぎりりと第一関節ほどまで指を捻じ込んだ。ロゼウスが何とも言えない様子で喘ぐ。
シェリダンはそうして指を入れたまま、それ以上進めることも引き抜くこともしない状態のままで、話を続ける。苦痛と悦楽の狭間で揺れている状態で止められているロゼウスが、恨めしげな顔をする。
「そんなに、私とお前の兄は似ているのか? そやつへのあてつけに私と寝るのなど容易いと?」
ロゼウスのしている事は、要は、フラレた腹いせだ。そのドラクルとやらが何を考えていたのかまではシェリダンにもわからないが、とにかくその男に彼は捨てられた。だからその寂しさや苛立ちを紛らわせたくて、よく似たシェリダンに抱かれているわけか。そうすればまた兄の心を取り戻せるとでも、刺激できるとでも思っているのだろうか。それとも。
「誰でもよかったわけか、要は」
ドラクル相手でなければ誰だって一緒だと?
代理で手を打つと、そういうわけか。兄を愛しているからこそ、しかもその愛が潔癖なものではなく肉欲の生々しさと穢れを多分に含んだものだからこそ、似た相手と身体を繋げる悦楽に溺れるのだと。
シェリダンはぐっと指を進め、ロゼウスの中をかき回してほぐす。
「あ、ああ……・ん、シェリダン」
「今更名を呼ばれてもな」
密着させた肌の下、腹の下で彼のものが硬くなるのがわかる。だがシェリダンは放っておいた。ただ後だけをしつこく、丹念に解す。
「あっ!」
爪の先が彼のよい部分を捉えたらしく、ロゼウスの顔色が変わる。集中してその部分を弄ると、頬の上気と、喘ぎ声が一層強くなった。
「シェリダン」
前戯ばかりで本題に入ろうとしないシェリダンに焦れて、ロゼウスが名を呼んでくる。シェリダンはその情欲に濡れた顔を見つめながら。
「え?」
ふいにその身体から離れた。
「ちょ、ちょっと」
「私はもう寝る。お前も勝手にしろ」
さんざん昂らせるだけ昂らせておいて、中途で放り出す。燻った熱を吐き出すことができないロゼウスが、慌ててシェリダンに縋る。
「な! ま、待って」
「どうした? 別にいいのだぞ、今日はもう寝ようが、何をしていようが。好きでもない相手に抱かれて苦痛を堪える必要もなくて楽だろう? 早く横になれ」
時刻はまだようやく夕暮れを迎える頃だが、普段が夜遅いのだから今から寝て、それでもまだ釣りがくるくらいだ。
「そんな!」
一人でやるという経験はないのか、そんなこと考え付きもしないのか、ロゼウスは火照り濡れた顔でシェリダンの腕に両腕で抱きつく。自らの股間を片足立てて寝台に座ったシェリダンの足に擦り付けるようにして、欲望を訴える。
「最後まで……」
「嫌だ。今日は気分が乗らない」
「でも」
「嫌だと言ったら嫌だ。やりたいなら一人でやれ」
「……」
ロゼウスは途端に眉を八の字に歪め、唇を尖らせる。
「だったら」
シェリダンをその気にさせようとでも言うのか、無理矢理肩をつかんで口づけようとする。その胸を遠慮会釈のない力で突き飛ばして、寝台の下へと落とした。
「痛ってぇ!」
およそ王妃らしからぬ言葉が漏れる。ドレスが思い切り乱れて、それだけでは男とも女とも判断つけられない中性的だが艶かしい手足が覗く。が、今はそれも忌々しいばかりだ。
「私は誰かの身代わりに抱かれるなどごめんだ」
かつて、自分を抱きながら母の名を呼んでいた父。
「シェリダン?」
ロゼウスが訝しげにシェリダンを見つめる。シェリダンは無表情のまま。
「どうしてもしたいなら、私をまずその気にさせろ」
床に膝を突いて起き上がろうとしたロゼウスの顔を、寝台の端に腰掛けた足の間に髪を引っ張って持ってくる。痛みに眉をしかめた彼は一点を凝視し、そのままシェリダンの股間に手を伸ばす。ズボンを下げ、ものを取り出すと口に含んだ。
「は……はぁ……ん」
ぴちゃぴちゃと舌でそれを舐める卑猥な音が響く。口いっぱいに頬張らせ、ロゼウスが涙を流すのを見てようやく心が静まっていく。
「服従しろ」
頬に一筋二筋と涙の筋を流したまま、夢中になってしゃぶり続けるロゼウスの髪を掴み、上体を折り曲げ耳元に顔を寄せて告げる。
「兄ではなく、この私に服従しろ。望みどおりのものが欲しくば、跪いて哀願してみろ。許しを請え。私に服従し、私の機嫌だけをとれ。私を」
私だけを愛せ。……それだけは言葉が続かなかった。
「……っ、ごほっ、う」
白濁を飲み下せず、珍しくロゼウスがむせた。顔に飛び散った白い雫がシェリダンの熱を煽る。咳き込む彼を無理矢理寝台に引き上げ、押し倒す。肌蹴た胸の赤い飾りを口に含んで転がす。鎖骨の辺りに口づけ、幾つも痣を残す。
荒い息を継がせる間もなく、先程十分すぎるほどに解した場所へと挿入した。
「ふあ! ああっ」
鼻にかかった甘い声でロゼウスが鳴く。シェリダンはその細い肢体を思う存分蹂躙し、陵辱する。
「はっ……ああ、シェリダン」
きつく手を絡め、深紅の瞳を覗き込む。赤く充血し涙で潤む瞳。冷めない熱はその目に宿り、シェリダンはその瞳に移っているのが自分であることを確認する。今ロゼウスが確かに見ているのは藍色の髪に朱金の瞳のエヴェルシード人で、彼自身にそっくりな彼の兄ではない。
「お前は私だけを見ていればいい」
「――――っ!」
しなやかな身体をのけぞらせ、ロゼウスが達する。シェリダンはその中にどろりとした濁りを吐き出しながら、汗ばむ彼の首筋に手を添えて支えた。瞳だけを動かしてロゼウスがシェリダンを見る。
「シェリダン…………」
その掠れ声が間違いなくシェリダンの名を呼ぶことに安堵する。シェリダンは瞳を閉じ、ロゼウスの中に自身を埋めたままシーツの波に突っ伏す。
何故か。
どうしようもなく泣きたくなった。行為の後だから興奮状態にあるのだろうか。
ロゼウスがふと身じろぎするとシェリダンを受け入れたまま、下から横へともがき出る。
そして醜い傷痕が忌々しいほどに残っている、この背中に口づけた。ロゼウスのように滑らかでも美しくもない背中。
温かい雫が幾つも降ってくるのを感じる。
「ごめん」
「……何を」
「ごめん……本当に」
傷痕に口づけながらロゼウスが泣いた。シェリダンの頬までをいつの間にか熱を持った雫が濡らしていた。
跪き服従し許しを請え。哀願して私に奉仕しろ。
それでも、薔薇の下の虜囚は決してシェリダンのものにはならない。降ろされたままの鉄格子が阻む。
お互いに泣きながら、ただ唇を合わせた。
◆◆◆◆◆
硝子の柩が置かれている。
豪奢だけど薄暗い部屋。
その中央に、透明な氷のような硝子の柩が置かれている。
中には人が横たわっていた。
……シェリダン?
ロゼウスはその顔を見て驚く。
夜空のように濃い藍色の髪に、女性顔負けの整った容貌。白く滑らかな肌、体型は細身だがしっかりとしていて、優れた体つきと言うのは服の上から見てもわかる。赤い唇は柔らかに閉じられていて。
その顔は微かに笑みを湛えている。
ロゼウスが今まで一度も見たことのない表情だ。初夏の木陰に小さく落ちる木漏れ日のように。それとも春宵にひっそりと咲く花のように?
なんて穏やかな顔をしているのか。彼の表情と言えば嫣然と意地の悪い笑みを浮かべているか、無表情で真剣な目をしているか、それとも何かに怒っていて眉根を寄せているか、そんなものばかり見ていて、こんな顔、自分は知らない。
けれどその朱金の瞳は閉じられている。
燃え立つ炎のように激しくも熱いあの瞳。エヴェルシードは炎の国と呼ばれる。髪の色は冷たそうな蒼なのにどうしてそう呼ばれるのかと初めは思っていたが、彼の瞳を見ているうちにわかった。シェリダンの瞳は、熱く燃え立つ炎そのもの。
その瞳を、硝子の柩の中に横たわる少年は閉じていた。まるで眠ってでもいるように。極自然に閉じられた瞼は優雅な曲線を描き、柳眉は穏やかに孤を描いている。小さな子どもが寝ている合間に嬉しい夢でも見たかのように、小さな笑顔を浮かべながら。
ああ、こんな表情もするのか。信じられないけれど、それでも柩の中の少年の顔は間違いもなくシェリダンだ。ロゼウスが知っている彼の顔だ。
そしてロゼウスはようやく、柩が死者のための寝床だと思い出す。
じゃあ、このシェリダンは死んでいるのか?
ロゼウスには信じられない。だってこんなに綺麗に、まるで眠ってでもいるように。思わずその滑らかな頬に触れて肌の暖かさを確かめたくなるくらいなのに、それでも生きていないなんて。
思わず手を伸ばした。
どうしようもなく彼に触れたかった。
触れて、抱きついて、その唇に口づけたいと灼けつく程に願いながら、ロゼウスはその手が届かないのを感じる。
どうして!
透明な檻に手をつきながら叫ぶけれど届かない。
柩の中のシェリダンは相変わらず穏やかな笑みで横たわっている。
そしてどこからか足音が聞こえてきた。
ロゼウスは部屋の様子を見ていた。まるで透明人間にでもなったかのように部屋中どこへでも移動できるのに、ものには触れられないし、何の味もにおいもしない。
新しく入ってきた人物に注目する。その人にはロゼウスは見えてはいないようだった。
だがロゼウスをまたしても驚かせたのはそんなことではない。
ドラクル?
新たに部屋に入ってきた人物は、ロゼウスの愛する長兄に似ていた。だが、違う。ドラクルではない。
白銀の髪は腰に届くほど長く、結い上げていて、瞳は血を凝らせたかのような深紅だ。長兄に似ているということは妹のロザリーにも似ているということなのだが……顔立ちの繊細さはともかく、この体つきは男だろう。
誰だ? ロゼウスは身内でこの人物に似ている人間がいなかったかと、必死で記憶を手繰り寄せる。だってこんなにもドラクルに似ているのに他人だなんてことはないだろう。だが思いつかない。いや、一人だけ思いついたけれど。
ドラクルに似ているということは、すなわちこの自分、ロゼウス自身に似ているということ。でも、ロゼウスはこんな姿はしていない。見た目は確かに少年らしいが、纏う雰囲気は段違いだ。長命種のロゼウスがこの姿に達するにはあと百年ぐらいは最低でも必要だろう。ヴァンピルはだいたい力の最も強まる若い時期が一番長く続く。個人差は多少あるが、みな大体そんなものだ。
そして、この状況であるならこの男がロゼウスであることはありえない。何故ならロゼウスは、シェリダンの死の道連れになると決めたのだから。
彼が硝子の柩に横たわって永遠に眠り続けているのに、ロゼウスが何百年ものらりくらりと生きて歳をとり続けるなんてことありえない。だって、誓ったのだから。あの日、カミラの葬儀の日。
『堕ちていこう、一緒に』
あの言葉に嘘はない。違える気など毛頭ない。なのに何故。
やはり、これは別人か。
だが、エヴェルシードに侵略されたはずのローゼンティアの民でこれほど熱心にシェリダンを見つめる相手がいるとも考えにくい。
その男はやはりロゼウスに全く気づかないまま、曇り一つないその硝子へと手をかける。男が手をかけると、硝子はまるで存在していなかのように男の手を通した。一瞬氷かと見紛えたが、やはり硝子だ。氷なら溶けて出るはずの水がないし、硝子の表面に異変は見られない。ただ男の存在はまるで当然のように硝子の板を通過したのだ。
男の唇が動く。柩に横たわる少年の名を呼ぶ。
『シェリダン』
ああ、やはりそうなのだ。眠るように横たわるこの少年はシェリダンだ。よく似た他人などではない。
男はさらに顔を近づけて、少年の亡骸に口づけた。硝子板は彼の存在を透過し、硝子に顔を埋めた男は亡骸とそっと触れるだけの口づけを交わす。
そして顔を上げるとシェリダンの頬を両手で優しく挟み、切なげな様子で言った。
『どうして、お前は目覚めない。どうして、永遠に俺を拒む』
これは自分だという気がした。その頬に触れることも口づけることも他人だったら絶対許さないのに、ロゼウスはこの男がシェリダンに触れることを取り乱しもせず眺めていた。取り乱してもどうせ伝わらないのだろうが、それでもこの反応こそが何よりの証明だと思えた。
男の嘆きはあまりにも深い。
ロゼウスは胸が締め付けられるような気がする。
『俺が欲しいのはお前だけだ。そのためなら幾つの国を滅ぼしても構わない。そのためなら幾億の人の命だってお前のために捧げてやる。だから、だからっ……』
そんなことをしても無駄なのに。
『俺を置いて逝くなよ!』
悲痛な叫び。ああ、これは俺だ。
大人の姿をしたロゼウスが、シェリダンを失って泣いている。終わりない永劫の慟哭。
だが変だ。何かがおかしい。これは一体どういうことなのだろう。
だってロゼウスが一番愛しているのはドラクル兄上だ。その次はカミラだ。シェリダンに全てを捧げる気になんて今のロゼウスはならない。第一、おかしいだろう? ロゼウスは死ぬならきっと彼と共に逝くだろうに。それに幾つもの国を滅ぼす力も幾億の人々の命を捧げる権力もロゼウスは持っていない。
これは一体なんだろう。
夢だ。悪い夢だ。
そう認識したとたん、どこかで誰かが囁く。
『―――……陛下』
陛下って誰だよ。
『それは全て、ただ、貴方の見た夢なのです』
◆◆◆◆◆
ロゼウスは目を覚ました。
寝台の隣には眠る前と同じように、シェリダンが横たわっている。こちらに顔を向けた彼の体は温かく、ロゼウスはその胸に顔を寄せて頬に触れた。聞こえるのは心臓の鼓動。手のひらに伝わるのは確かな熱。
先ほどの事は夢だとわかっているのに、ロゼウスはわけもなく安堵する。
眠るシェリダンを起こさないようにそっと、掠めるように唇に触れた。