荊の墓標 07

034*

 その日は、シェリダンの臣下、というより友人のような関係である侯爵、クルス=クラーク=ユージーン卿がシアンスレイト城に訪ねてきた。どうやらシェリダンに用事があるらしい。しかしシェリダンの方はまだ国王としての政務が残っているとのことで、待つ間クルスはロゼウスたちとお茶を飲みながら昔話に興じていた。
「へぇ。じゃあ、侯爵の方がローラやエチエンヌよりシェリダンとの付き合いが古いんだね」
「ええ。そうなります。僕が陛下、その頃は殿下であらせられましたシェリダン様にお会いしたのは七年前。まあ、八年前から陛下のお側に仕えるリチャードには敵いませんけどね」
 白銀の髪に紅い瞳の少年、ロゼウス=ノスフェル=ローゼンティア。ここ、隣国エヴェルシードによって滅ぼされたローゼンティアの第四王子であり、二ヶ月前、民の命と引き換えにエヴェルシード王シェリダンに攫われてきた。王子という事実を隠蔽し、女物の衣装を身に纏い、表向きはローゼンティアの王女ということにして、エヴェルシード王の妃の座に納まっている。初めこそ屈辱でしかなかった立場だが、今ではもう、慣れた。エヴェルシードでの生活にも適応してきている。
 ロゼウスのエヴェルシードでの立場はおよそ微妙なものだったが、周囲の目は数日前を境に変わった。ロゼウスの妹であるローゼンティア第四王女ロザリーが、たまたま下町に出かけたシェリダンと鉢合わせして、大騒動となったのだ。エヴェルシード王であるシェリダンの外出はお忍びだったのだが、さすがに下町の酒場一軒を(ロザリーが)大破壊して、王の命が狙われたとなれば噂も広まる。
 その噂の中に、どうやらロゼウスがシェリダンを救ったという逸話が盛り込まれているらしい。
 ロザリーは祖国を滅ぼされ親兄妹を殺された恨みでシェリダンの命を狙ったのだが、ロゼウスはその現場に乗り込んで、ついそれを止めてしまった。ロゼウスだって本当ならシェリダンを憎んでも良かったはずなのに。あの時、ロザリーを止めてしまったのは何故なのか。その前に現世界皇帝の弟だと名乗るハデスに、シェリダンの命を救うよう言われていたとはいえ、本当ならあそこで彼を見殺しにして、復讐を果たすのが正しかったのではないか……それでもロゼウスはその時、約束のことなど欠片も思い出せないまま、それでもロザリーに向かっていってその体を押さえ込んでいた。可愛い妹が人を殺すところを見たくないとか、そういう気持ちとは違う。
 自分はここでどう生きていけばいいのだろう。祖国を滅ぼした敵地。信頼できる人間などいない。今回のことでロザリーも一緒に囚われの身となったけれど、妹である少女に負担などかけたくない。それなのに。
 ロゼウスは誰も信用しない。目の前で、裏表のない人の良さそうな笑顔で話すクルスも、そっとお茶を注ぐローラも、その弟でありロゼウスに常に敵意を向けるエチエンヌも、王の侍従として鑑のような姿を見せるリチャードも、民の命を取引とし、ロゼウスを女装させ妃の地位に置いたシェリダンその人も。誰も。エヴェルシードで出会った人間など誰も信用してはいけないのだ。
 もともと信じたい相手はただの一人だったけれど、その人には裏切られた。ドラクル王子……自分の愛する長兄には。
 兄妹とはどんな関係にあるべきものなのだろう。ロゼウスとロザリーはとりあえず仲がいいけれど、彼女とは母親が違う。ロゼウスはこれまでの人生の全てを支えていた同腹の実兄ドラクルに裏切られた。だからこそ、絵のように中の良い兄妹などそんなにこの世にいるものか、と思ってしまう。
 例えば今目の前にいる二人はどうだろう。ローラとエチエンヌ。《双子人形》と称され、その通りに双子の人形にしか見えない。二人とも中性的な美形で、同じ服を着ればきっと誰にも区別などつかないに違いない。見た目には仲が良い。とてつもなく。何しろシアンスレイト城で唯一のシルヴァーニ人たちだ。けれどそもそも、この双子が何故遠いシルヴァーニからエヴェルシードに来たのかも不明だ。そういえば聞いた事はない。もとは奴隷だったところをシェリダンに召抱えられたとは言っていたけれど。
 そんなこんなで、考え事をしながら話を聞いていると、執務を終えたシェリダンが戻って来た。
「クルスか」
「はい。陛下。本日もご機嫌麗しゅう……」
「そういう挨拶はいらんと言ってる。お前の用事なら面倒なことは抜きにして、さっさと本題に入れ」
「はい。かしこまりました」
 クルスはにこりと笑った。本当にロゼウスより二つ年上なのか疑わしい、無邪気な子どものような笑顔だ。
 対して、その主であるシェリダンは渋い顔をしている。退屈したロザリーがローラたちを巻き込んで始めたゲームの名残で、テーブルの上が荒れているのが気になるらしい。しかしどうせここにはそんなことを気にするものもいないだろうと、さっさと空いている席に自分でついた。普通は侍従や小姓が何もかもやるところなのだが、彼はそういうことを自分でする。王族は情けないくらい本来自分ですべきことをできない人間が多いのだが、軍事国家であるエヴェルシードはそうではないらしい。軍人は常に自分のことを自分でしなくてはならないから。
 エヴェルシード王、シェリダン=ヴラド=エヴェルシード。ロゼウスと同じ十七歳でありながら、先代王の父に代わって即位し、その後まもなく父親を幽閉し、さらには異母妹に父を殺させて玉座を奪った男。
 夜空のごとき藍色の髪に、燃える炎を思わせる朱金の瞳。この世で最も美しい王と言われる、エヴェルシードの若き君主。彼こそがロゼウスたちの国ローゼンティアを滅ぼし、ロゼウスをこの国へと連れてきた張本人だ。
 彼の言うとおりにロゼウスは今現在女装をさせられて女の振りをし、王妃の地位に納まっている。そのことを知っているのは極少ない身内のものだけだ。妹であるロザリーはそもそもロゼウスが女装をしていることに驚いたのだし、ローラ、エチエンヌ、リチャードの三人はシェリダンに最も近い臣下として、その秘密を守るべく忠実に動いている。
例えば本当は男であるロゼウスの世話は、侍女であるローラが一手に引き受けている。本来は十数人の侍女をつけるところだが、それほど信用がおける者もそういないらしい。
客人であるクルスは知らないが、宰相としてこの国の内政を支えるバイロン閣下も知っている。王妃であるロゼウスが男だということは、現在この国の最重要機密である。
 そんなことは微塵も感じさせずに、仕事から戻ったシェリダンはロゼウスの隣に座り、クルスへと向き直った。
「それで、今日は何の用事だ?」
「これを」
 クルスが差し出したのは、丁寧に封を開けられた手紙だった。その蝋に埋め込まれた紋章に、シェリダンが眉を顰める。
「イスカリオット伯……ジュダか。何の用だ。そして何故これをお前が私に見せる?」
「実はこれ、イスカリオット伯からの預かりものなんです。宛名が僕……ユージーン侯爵となっておりましたので中を読みましたが、その内容が……」
 手紙に目を通して、シェリダンが険しい顔をした。
「イスカリオット領への誘い……それも、お前を通して、私とロゼ、それにローラとエチエンヌを連れて来い、と?」
「はい」
 名を呼ばれてロゼウスは視線を手紙に落としたが、それ以上に反応したのはシェリダンの臣下である三人だった。
「あの人が……!」
 エチエンヌが唇を噛み、ローラが俯いた。その肩を支えようとしたリチャードが手を払われる。
 何だ? イスカリオット伯爵と言う名は、ユージーン侯爵と同じくシェリダンの部下と言うことで聞いた事がある。けれど、クルスへの友好的な雰囲気に比べて、この反応はあまりにも殺伐としている。
「お前を通して、ここにいる全員で、か……向こうも考えたものだな。お前を通している以上、私が断れば侯爵家と伯爵家との不和。私が頷かざるをえない以上、お前もその申し出を拒む事はできない、と」
「はい、そういうことだと思います」
 手紙を折りたたんでしまい、シェリダンが考え事をするように腕を組む。ローラとエチエンヌの顔は強張ったままだ。
「どうしたものかな……」
 その横で、ロザリーがこっそりとロゼウスに話しかけてきた。
「なんか、私たちノケモノじゃない?」
「……俺もそう思う」
 何のやりとりなのか、さっぱりわからない。

 ◆◆◆◆◆

 イスカリオット伯爵ジュダ卿の城は華美。元はこんな様子ではなかったと言うのだが、現在の当主であるジュダ=キュルテン卿になってからは一族同士の不和による失態から爵位を公爵から伯爵に下げられても、その領地の一部をとりあげられても、まだ有り余る莫大な財を上手く運用してそれまで以上の収入を上げている。それまでよりもずっと税を下げて領民への公的扶助を掲げて人を集め、経済を活発化させた。必然的に下げたはずの税収は領民が増え、その収入が増えたことで何倍にもなって帰ってくる。現イスカリオット伯ジュダ卿は政治の天才とも言われている。
 彼の代になってから、明らかにその領地は華やかに栄えた都市となった。領民は生き生きとしているし、集まってくる兵士は意気揚々と軍務に参加する。城をそれまでより豪奢に飾り立てて、その威勢を対外的に誇示するかのような態度ではあるが、各方面への貢物もばっちりであらゆる場所に顔が利く。
 そして誰よりも、そのパトロンは国王。
「シェリダン様に先日お会いいたしましたよ」
「そう」
 客室の一室をカミラに貸し与えた男は、今、目の前の椅子に座ってこちらの様子を窺うように、笑顔の奥でその瞳を細めている。獰猛だけれど賢い鷹のような視線を持つジュダ=イスカリオット伯は、何を考えているのか、一ヶ月前、行くあてもなく彷徨っていた彼女を拾った。
 カミラはこの一月、彼に匿われてこの城で過ごした。けれど王侯貴族は頻繁に領地を離れ登城するものだから、ジュダ自身は何度も王都シアンスレイトに建つシアンスレイト城へと赴いている。エヴェルシード王国の要である街のその城は、国王の居城でもある。
 この男は当代陛下シェリダンと顔を合わせながら、その妹を自らの領地に匿っていることなどおくびにも出さず平然と会話ができるのだ。
 油断ならない。信用ができない。
 カミラとシェリダンと、この男がより強く仕え、力量を認めているのはどちらなのか。カミラとシェリダンと、どちらがよりこの男のことを信用した挙句に騙され、手痛い裏切りの憂き目を見るのか。
 今までは、その勝負に負けたのは自分の方だと思っていたが。
「それで、あなたは何を企んでいるの? イスカリオット伯」
「企むとは人聞きが悪い。私は、あの日道で野垂れ死にしそうだったあなたをお助けして、この誠意を御覧に入れたつもりでしたが」
「ええ、そうよ。でもその前に、私を裏切ったのもあなたですわね」
 カミラの言葉に、目の前の男は朗らかに笑って見せた。
 腹黒い思惑など何一つない様子で爽やかに。だが、その笑顔こそがクセモノだ。
「裏切ったとは人聞きの悪い。私は別に、あなたをシェリダン王に売り渡そうなどとは思ってはいませんよ」
「嘘をおっしゃい」
「嘘ではございません。それでしたら、何故今、貴女様をこうしてお助けしているのです?」
 その通りだ。しかしやはり、あの時のこの男の行動は疑わしい。シェリダンが挑戦的にカミラに言ったとおり、この男はシェリダンのためにカミラを罠に嵌める気なのではないのか。そんな疑いが常にある。
「これでもまだ、私を信じてはいただけないと?」
「ええ」
「つれないお方だ。そちらこそ、この私の怒りを買ってこの城を追い出されてはお困りになるでしょうに」
「そんなこともないわ」
 あのような目に遭った。あのような目に遭わされた。一ヶ月前のあの悪夢。あれに比べれば、もうどんな出来事も怖くはない。
「覚えていなさい。ジュダ=キュルテン=イスカリオット。あなたは私を簡単に自分の御する相手だとお考えのようだけど、私にだって、あなたの弱味を掴む手段くらいありますのよ?」
 カミラは毒のように笑って見せた。あの悪夢を乗り越えたのだから、もう何も恐れるものはないし、どんな汚いことだってできる。
全ては、この世で最も憎いあの男に復讐するため。
 この炎の国エヴェルシードの王たる、シェリダン=ヴラド=エヴェルシードに復讐せんがために。
「今の私に逆らえば、怖いわよ。イスカリオット」
 カミラはドレスの内側に隠した刃の重みを意識する。あの日から一日たりとも、護身用の武器を手放したことはない。それこそ、眠る時も湯を使うときも、肌身離さず剣を抱いている。
 非力な女がどんなことをしたって、力で敵わない相手がいるからそれは無駄な努力だと、笑われるのも承知だ。けれどそれでも、首を斬り命を絶てるのは、何も相手だけに限ったことではないのよ。いざとなったら、私は私の手で、自分自身を―――。
 もう二度と、あんな目には遭わない。遭いたくない。
「……どうやら、そのようですね」
 イスカリオット伯の顔から笑みが消えた。
「これまでは王女、正妃の娘とは言っても所詮、この、男が軍事で一花咲かせるエヴェルシードにおいては侮られていたお方。蝶よ花よと甘やかされて自分では何一つなさることもできなかった貴女様が、それだけご立派になられたことに敬意を表して、私も本音を現しましょう」
 誰が、甘やかされて自分では何一つできない人間ですって? イスカリオット伯の失礼な言葉を聞きつつ、それでもようやく彼に認められたと言う事でカミラは気を引き締める。
「殿下、私には叶えたい願い、があります」
「へぇ」
「そしてそれは、この今の王国で、あの方が玉座についている限り決して叶わない願いなのです……シェリダン様が、国王として玉座に収まる限り」
 男の眼は本気だった。カミラを騙すための小賢しい演技ではなく、本当に真摯な光を帯びて、狂おしいまでの切なさで自らの願いを叶える障害となる者の名を挙げた。団結を重んじ、軍事によって人を動かす必要のある国で、それは許される事はない言葉だ。国王が玉座にあることを疎ましく思うなど。
「お前の願いは何?」
 だからカミラは聞いた。ジュダが、表向きは従順に仕えるシェリダンの名を、全てを燃やし尽くす業火の熱さで呼ぶ訳を。
 他には誰もいない部屋でただ二人きり、彼はカミラの耳元にそっと囁いた。
「ああ、そう」
 彼女の口元に歪な笑みが込み上げる。
「そうなの。それが、あなたの願いなの。だからあの時……ふふふ、なるほど、それは傑作ね」
「私はこの願いをどうしても叶えたいのです。そのために、幾つもの策を弄します。この願いの叶う日まで、針の道でも怯まずに進みましょう」
 そしてその目的は、カミラの野望と綺麗に一致している。
「……信じてもいいのでしょうね。その言葉」
「ええ」
 そうして彼は椅子から腰を上げ、カミラの目の前まで歩いて来ると、恭しく跪いて頭を垂れた。
「その御手に口づけてもよろしいでしょうか、我が女王よ」
「……許します」
 ジュダはその唇を、手袋に包まれたカミラの指先にそっと押しあてる。
「では、私は彼らをこの土地へと呼びましょう。反逆の剣聖クルス=ユージーン、堕ちた貴公子リチャード=リヒベルク、シルヴァーニの双子人形に、薔薇の国の姫君」
 最後の一人の異称を口にされたときだけ、カミラの胸は甘く疼いた。愛しくて慕わしいあの少年は今もまだ、カミラの憎んでやまない男の元にいる。
「そして我らが、吸血の堕天使の王、シェリダン=エヴェルシード陛下を」
 カミラはジュダが触れていった場所を撫でながら、忠誠と共謀を誓うその言葉を聞く。
「全ては私の野望と、そして何よりもあなた様の御心のままに。―――カミラ=ウェスト=エヴェルシード殿下」

 ◆◆◆◆◆

 夜毎の行為はその日、いつもと違う様相を呈していた。
「性的虐待?」
「ああ」
 いつもならさっさと服を脱ぎ始めるが、今日は相手をただ膝の上に乗せて抱きしめたまま、シェリダンは昼間の話に意識を向ける。胸に寄りかかったロゼウスが、ローラたちの態度について説明をねだったからだ。
 その言葉に触発されて、シェリダンは思い出す。五年前、まだあの双子は十歳で、シェリダンも十二、リチャードと、同い年のイスカリオット伯爵ジュダは二十二だったはず。
「ローラとエチエンヌの二人がシルヴァーニ人だと言う事は知っているだろう。二人が、玩具奴隷と言う貴族たちの慰み者だったことも知っているか?」
「……多少は」
 エチエンヌはともかく、ローラは新参者でしかも敵国の王子であったロゼウスにも優しくしている。少なくともシェリダンの眼にはそう見える。頷くロゼウスを寝台に押し倒し、シェリダンはその上にのしかかったまま説明を続けた。
「玩具奴隷とは、所謂性奴隷の一種だ。玩具の名の通り、持ち主に言いように甚振られる。ただの性奴隷ならまだ良かったのかも知れないが、貴族など倒錯した趣味の変態ばかりだからな。表立っては言えないようなことを、奴隷にさせる者も珍しくはない」
「いい身分で倒錯した趣味って……その筆頭のあんたが何を言ってんだよ」
 両手を押さえて組み敷いたロゼウスが、不満げにシェリダンを見上げて口を尖らせる。確かにそのとおりだ。もしもこの国で最も倒錯した趣味をしている者と言われたら、それは自分なのだろう。
 だがこの少年は美しい。
 春の雨のような白銀糸の髪も、血のような真紅の瞳も、新雪のごとく青白い肌も、どこか甘く低すぎない、女性とも男性ともつかぬ声も、何もかもが美しい。
 れっきとした男ではあるが、どう見ても少女然とした容貌のロゼウスには、華やかなドレスが良く似合う。
「ローラとエチエンヌを買ってこの国に連れてきたのは、ジュダだ」
「ジュダ?」
「伯のことだ。ジュダ=キュルテン=イスカリオット伯爵。イスカリオット家は元々公爵家だったのだが、六、七年前か。その頃に嫡男が父母を初めとして一族のほとんどの者を惨殺して爵位を奪うという不祥事を起こした」
「……え?」
「その不祥事を起こしたどら息子が、私の部下のイスカリオット伯本人だ。ローラとエチエンヌをシルヴァーニの下級貴族から買って、陰惨な虐待を加えたのもな。私は五年ほど前、ある事件を元にイスカリオット伯爵領に乗り込み、その際にローラとエチエンヌを貢物として差し出すよう命じた。平たい話が、賄賂だな」
 シェリダンの説明に、ロゼウスが混乱した様子を見せる。寝台の上に組み伏せて向かい合っているというのに、艶めいた空気はなく、シェリダンの言ったことを消化しようと眉間に皺を寄せて頭を悩ませる。
「ちょっと待ってくれ。あんたが親殺しの貴族を手駒にするような性悪だってことはいい。物品の代わりに賄賂として奴隷を差し出させたのも。それより、どうしてそもそも嫡男が爵位を奪う必要があるんだ? 普通の親子ならそのまま受け継ぐはずだろ?」
「ああ、そうだ。だが何故かジュダ=キュルテン卿は血のつながった父母を殺した。爵位を奪うためというのは、周囲の勝手な推測だ。いずれ手に入るはずのものを、奪うも何もない。奴が何故そんなことをしたのかは、奴自身しか知らぬことだという」
 シェリダンでさえ、いまだその理由を知らない。だが生き残ったイスカリオット家のごくごく遠い分家筋の者は、何か感づいている様子だった。伯爵へと降格された公爵家にどんな闇があったのかは、シェリダンの知る由ではない。
「私にとってはどうでもいい話だ。先代イスカリオット公爵、使えない奴だったしな。父上が嘆いていた。ジュダを降格し伯爵にしたものの、その功績は先代イスカリオット公爵以上のものだ。国に迷惑をかけないならそれで構わぬ。自らの領地内にしか関わらないような問題なら、いくらだって揉めて構わない」
「国王ってそういうものなのか?」
「ああ。……父や、私はな」
「ふうん」
 一応は区切りをつけたいという気持ちか、ロゼウスが中途半端な応答をする。シェリダンはその身体の上から退き、低い声で命じた。
「下着を脱ぎ、四つんばいになって足を開け。ああ、服は脱がなくて良いぞ。その方がそそる」
「な……」
 一瞬嫌そうな顔をしながらも、ロゼウスは大人しくシェリダンの命令に従った。下着を脱いだとは言っても、実際はドレスの長いスカート地が下りてきて肌など見えない。その身体がびくりと震えたのは、シェリダンが局部を露にしようと、布地に手をかけたときだ。
 目の前の白い尻の柔肉を割り、いきなり後へと指を伸ばす。濡らしてもいない指を二本、一気に第二関節まで突っ込むと、さすがにロゼウスが悲鳴をあげた。
「い、痛っ……痛い、っあああ」
 ロゼウスの声は心地よい。その唇が紡ぐものは、媚びこそ滅多に聞かないものの、ぼんやりとした反応も、はきはきとした喋り方も、祈りの歌も、こうした悲鳴でさえ、何もかも。
 たぶんこういう姿形の人間が自分の好みなのだろうなと考える。容赦なく中をかき回すと、ロゼウスの口からは忙しなく苦鳴が漏れた。
 ヴァンピル王国の王子は、国民を人質に取られてシェリダンの意に従うよう強制されている。でなければ今すぐにでもこんなところ逃げ出したいと思っているのだろう。男だから触れられれば反応はするが、シェリダンに触れられることが悦しみと呼ぶには程遠いのだろうということもわかっている。
 それでも抱きたくなるのは、無理矢理犯して泣かせたくなるのはどうしようもない自分のさがなのだろうと。
「嫌っ、痛い……おねがっ、指、抜いて……」
 涙声で訴えるロゼウスの言葉を聞いて、シェリダンはようやくその莟から指を抜く。
「はっ、……はぁ……」
 何度も抱かれて男に慣れた身体だとはいえ、どうやら余程痛かったらしくロゼウスが脂汗を浮かべている。
「シェリダン……今日のあんた、おかしくないか?」
「ああ、そうかもな」
 そんなことはない。
 私はいつだって狂っている。
 指を抜いたばかりの莟に、顔を近づける。尻の肉に頬が触れた辺りでロゼウスの身体がぎこちなく反応したのがわかったが、構わずそのまま、先ほど存分に弄った場所へと舌を伸ばした。
「ひあっ!」
 驚きのあまり素っ頓狂な声をあげるロゼウスに構わず、後肛を舐めた。べちゃべちゃといやらしい音を立てて中へと唾液を塗り込めば、ロゼウスが四つんばいの姿勢を維持できずに腕を折り、尻だけを高く突き上げるような姿勢になった。ドレスを脱いでいないだけにその姿ははしたない淑女のようで、残酷な愉悦に満たされる。
「あ、ああっ、や、やめて……」
「やめていいのか?」
 舌を抜き、唇を舐めながらそう告げる。
「あっ……」
「物欲しそうな顔をしているな」
 わざわざ顔を覗き込んで告げてやれば、ロゼウスの顔がさっと羞恥と屈辱に歪む。気分屋で、時には積極的に相手をすることもあるこの男は、今日の行為にはひたすら不愉快な快楽を感じているらしい。
「正直に言え。私が欲しいのだろう?」
 一度も触れていない前から、先走りの雫を垂らしているのを見つけて、それもついでに後に塗りこめてやる。先ほど濡らしたせいで滑りよくなった内部を擦ると、ロゼウスの敏感な身体が跳ねた。
「ほ、ほしい……」
「お望みどおりに。お姫様」
 シェリダンは自分のモノを取り出して、一気にロゼウスの中へと突き刺した。
 性的虐待。その言葉を聞いて思い出すのは、在りし日の父の姿だ。自室に呼び出したシェリダンを無理矢理組み敷いて犯した男。初めの頃はあまりにも幼すぎて何をしているかわからなかった。後にその行為の意味を知って愕然とした。
 虐待されて育った子どもは、長じると自らも虐待することになるという。もちろんそんな人間ばかりではないが、間違いなく自分はその類なのだろう。今、ロゼウスにしていることがそのいい証拠だ。痛めつければ痛めつけるほどに彼の中で、暗い喜びが育っていく。それはシェリダンの傷でもあり、また罪でもある。
 だから知っている。
 一度傷ついた魂は、傷つけられる側ではなく、傷つける側に回る快感から逃れにくいと。