荊の墓標 07

035*

「本音を言えば、お前はともかく、ローラとエチエンヌの二人をかの地に連れていきたくはないな。あの場所は二人にとって、まだ生々しい地獄だ……私にもわかる」
 渡された封筒を口元に当てつつ、シェリダンが眉根を寄せながら言った。
「だが、この誘いを断るわけにもいかない。クルスの……ユージーン侯爵の名誉に関わる。私がいつまでもあの二人の側についていてやるわけにもいかないし……どうしたものかな」
 シェリダンはシアンスレイト城において、国王の部屋を使わない。彼の部屋が国王の部屋であることは変わりないのだが、この部屋はもともと彼の王子時代の寝室で、普通はもっと条件のいい部屋に即位後移るのだと言う。しかしシェリダンはそれをせず、昔自分の父親が使っていた部屋をそのまま放置しているらしい。
 嫌な思い出があるのだと、彼と同じように眉根を寄せながら教えてくれたのはローラだった。

 ◆◆◆◆◆

 薄暗い部屋の扉を開き、中にいた兄の姿に表情を緩めかけ、彼以外の人の姿にハッと緊張した。
『兄上』
『来たね、ロゼウス』
 客人のいる前で、兄はいつもと変わらずにロゼウスを柔らかく抱きしめた。これは十二歳頃の記憶か。あの日、兄に呼び出されて部屋に行くと、先客はドラクルと一緒の寝台に腰掛けて、面白そうにロゼウスを眺めていた。
『カラーシュ伯爵?』
『そうですよ。ロゼウス殿下』
 王都からさほど遠くない領地を治める、フォレット=カラーシュ伯爵だ。年の頃は三十半ばといったところで、その見かけは線の細い者の多いローゼントには珍しく、たくましい。典型的な武人なのだとドラクルに聞いたことがある。
『どうして、カラーシュ伯爵が……』
『私が彼を呼んだんだよ、ロゼ』
 襟元を直しながら、ドラクルは言った。見れば明け方の薄闇の中でも、彼の着衣が乱れている事はわかる。そして隣に腰掛けるカラーシュ伯爵の方も、貴族の布の多い服をあらかた脱ぎ、簡易な部屋着だけになっている。
 部屋に篭もったむせるような香りを嗅げば、二人がこれまで何をしていたかは一目瞭然だ。
 ロゼウスは少し悲しくなり、ドラクルに抱きつきながらその胸に顔を埋めた。ロゼウスの背中を優しく撫でながら、ドラクルは幼児に言い聞かせるように、羽毛のように柔らかに言葉を紡ぐ。だがその内容は何よりも残酷で、ロゼウスは思わず耳を疑った。
『え? 兄様、今、なんて』
『だからね、伯がお前を抱きたいんだってさ。ロゼ』
 ドラクルは事も無げに告げると、ロゼウスを自分の膝から突き飛ばした、体勢を崩して寝台から落ちかけたロゼウスを、力強い腕が抱きとめる。いつの間にか背後にいたカラーシュ伯爵だ。見上げると、彼は口の端を吊り上げて、笑った。その不吉な笑みに肌を粟立たせるロゼウスに、ドラクルの追い討ちが跳ぶ。
『お前もいつも私相手だけでは飽きるだろう? せいぜい楽しみなよ』
『そんなっ、兄上!』
 ドラクルはさっさと寝台から腰を上げ、カラーシュ伯爵に場所を空け渡した。伯爵はロゼウスをベッドの上に抱き上げると、押し倒していきなり足を開かせた。
『ちょっ、やめろ、嫌だ! 兄様!』
『本当にいいんですか? 殿下』
 カラーシュ伯爵が言った今度の殿下はドラクルのことだ。ドラクルは無情にも首を縦に振り、涙目で暴れるロゼウスを押さえ込む伯爵に頷いてみせる。
『ただし、やりすぎては駄目だよ。この子は私の大事な――なのだから』
『ええ。わかっていますよ』
 暴れるあまり、ドラクルが途中で何と言ったのかわからなかった。抵抗し続けるロゼウスを大人しくさせようと奮闘するカラーシュ伯爵に対する手助けか、ドラクルが近付いてきてロゼウスの唇に触れる、それを感じた途端、ロゼウスは暴れるのをやめた。前にうっかりドラクルの指先を傷つけて、酷い目に遭ったのを思い出したからだ。だからロゼウスはいつも、彼に抱かれる時は彼の背中に腕を伸ばさない。必死でシーツを掴んで挿入の苦痛を殺す。
『いい子だ、ロゼウス』
 ドラクルがロゼウスに口づける。生暖かく濡れた兄の舌に、口腔を犯される。ドラクルの接吻はそれだけで相手をとろかすほどに巧みで、唇が離れていった頃にはもう、ロゼウスの意識はぼんやりとしていた。
『お前はいつものようにすればいいんだよ。いつも、私にやってくれているように、カラーシュにしてあげなさい』
 ドラクルが穏やかに微笑む。
『……はい、兄様』
 ロゼウスは目の前に差し出された伯爵のモノを、大人しく口に咥えた。じゅぷじゅぷと音を立ててしゃぶり、根元の方に添えた指で刺激を加え、いつも兄にしているように奉仕した。
『凄い調教具合ですな、ドラクル様』
『そうだろう』
 白濁した液を口の中へと吐き出されて、ロゼウスは思わずむせこんだ。喉を押さえ、男の出した液をまだ顔に残したまま涙目で見上げれば、伯爵の顔がぐっと息を詰めるような感じになる。なんだろう。口元を押さえて、忙しなく部屋中に視線を走らせながら、彼は再びドラクルに確認を取った。
『いいんですね? 本当にやってしまいますよ?』
『だから、いいと言っているじゃないか。何度も言わせるなよ。お前の好きにしな、フォレット=カラーシュ。……ロゼウスは可愛いだろう。私の弟は。だから、お前も存分に可愛がってやればいい』
『ええ。たっぷりと』
 口での奉仕のために身体を起こしたロゼウスを再び寝台に仰向けにさせ、カラーシュ伯爵はその上にのしかかってきた。ドラクルより大分体格のよい彼が自分の視界を塞ぐ様子は恐怖でしかない。
 伯爵はロゼウスの顔についた自身のものを指先ですくいとり、ロゼウスの後に塗りこめた。武人であり戦いになれた男の荒れた太い指が内壁をこすり、ロゼウスは思わず甘い声をあげてしまう。いつものドラクルの細く滑らかな指先にかき回されるのもたまらないが、これはこれで強烈な感覚だ。
『……本当に、よく調教されたことだ』
 伯爵の呟きに対し、犯されるロゼウスを見ながらドラクルが哄笑をあげる。何がそんなに楽しいのだろうか、追い上げられて必死のロゼウスには考える余裕はなかった。
 伯爵の手に自分のモノを優しく、時に激しく愛撫され、たまらなくなる。先走りの液が後に塗りこめられ、入れられた指の本数が増えると、背筋に何とも言えない痺れが走った。
『あっ、あ、あっ……・ああっ!』
『……そろそろいきますよ、薔薇王子殿下』
 薔薇の王子というのは、ロゼウスの異称だ。ドラクルならば竜の王子。薔薇の王国と言われるローゼンティアで、薔薇の名を持つ。それは特別な祝福だという。
 伯爵がぐっと身を乗り出し、狭い場所に、圧倒的な熱と質量を持ったモノが押し入ってくる。まだ子どもの身体であったロゼウスは、慣れない相手に内臓を圧迫される苦痛に小さく悲鳴をあげた。
『あっ……い、いやぁ! 痛っ、兄様ぁ!』
 カラーシュ伯爵が先ほどの精液で汚れるのも厭わずにロゼウスの唇を吸ったが、そんなことでは苦痛は和らがない。ロゼウスは額に脂汗を浮かべ、仕方がないと言った表情でドラクルが歩み寄ってくる。カラーシュ伯爵の腹の下にある、ロゼウスのモノに指を這わせ、扱き始めた。与えられた刺激に快感の火がつけられ、ゆっくりと痛みが散らされていく。
 伯爵がロゼウスのよいところを見つけるまで、ずっとドラクルはロゼウスのモノを弄っていた。
 どろりとした白濁液を溢れさせながら、やがて伯爵がロゼウスの中から自身を引き抜く。内股を濡らすその感覚に耐えるロゼウスの耳に、一部潜められたやりとりが入ってくる。
『ねぇ、気持ちよかっただろう? ――――を犯すのは』
『ええ、ドラクル殿下……とても……』
 ロゼウスの中に欲望をぶちまけた伯爵が、恍惚とした表情で言う。
 これ以来、ロゼウスは兄だけではなく、この伯爵にも抱かれる事が役目となった。伯爵に抱かれるロゼウスの様子か、ロゼウスを抱く伯爵の様子か、あるいはどちらをも、ドラクルはいつも側で見ている。ロゼウスは本当は嫌なのに、伯爵を拒むことでそれを命じた兄に嫌われたくなくて、大人しく伯爵の腕に抱かれる。

 ◆◆◆◆◆

 あれは虐待と言うのだと、知ったのは後のこと。ロゼウスを抱きしめて泣いた姉、第二王女ルース。だが彼女も、結局はドラクルのロゼウスに対する仕打ちをやめさせることはできなかった。
 それに何より、ロゼウスはドラクル兄上を愛してた。好きだった。だから、嫌われたくなかった。なのに。
 ――お前が愛しいよ、ロゼウス。
 ――そして大嫌いだ、我が弟よ
 ――そうだよ、ロゼウス。私はお前を愛しているけれど、それ以上にお前が憎い。お前の腹をそのままナイフで裂いて内臓をかき回しながらその中で射精できたら、どれだけ気分がすっきりするだろうかと思うくらいに。
 ――さよならだ、第四王子ロゼウス。私の愛しい、秘密の囚人。
 ロゼウスは結局、ただのドラクルの慰み者にしかすぎなかったのか。性的虐待。自分の欲望を満たすためだけに、ロゼウスを人形にしたのか。

 嫌な夢を見てしまった。

 その朝、朝食の席でロゼウスはシェリダンに告げた。
「イスカリオット領に行く間、ローラとエチエンヌを俺に、もしくは俺とロザリーにつけてよ」
「ロゼウス?」
「王妃様?」
 シェリダンもローラもエチエンヌも、周りの人々が驚いた顔をする。
「シェリダンについていくって名目だったら、伯爵に顔を見せなきゃならないだろうし、逆にシェリダンを引き離されることもある。けど、一応隣国の王女で王妃っていう名目の俺の側なら、そうそう離れないでも不自然じゃないだろうし、俺の側には向こうもろくに近づけないんじゃないか? だから」
「お前の手を借りるなんて御免だ!!」
 せっかくの提案なのに、エチエンヌが凄い勢いで拒絶した。
「あっそう。じゃあ、ローラだけでもいいよ。実際、俺の侍女はローラしかいないんだし、ローラを俺の手元から離すわけにはいかないということで」
「お前がローラを守る、と言うことか」
 訝しげなシェリダンに向けて、ロゼウスは肩を竦める。
「言っておくけど、シェリダン。俺たちローゼンティア側があんたたちエヴェルシードに負けたのは、時間帯とか弱点とか、そういう諸々の弱いところをあんたたちに衝かれたからだ。それさえなければ、例え素手と剣の戦いだって、俺は大抵の人間には負けない。非常事態が起きたら、ぶっ飛ばしていいんだろう? 俺はあんたの妃になることは承諾したけど、その他の男と寝ろなんて言われてない。一介の侍女ならともかく、王妃なら伯爵の無体に抵抗する権利ぐらい、あるだろ?」
「……わかった。では、ロゼウス。お前にローラの警護を命じる。それとなく手元に置いて気を配れ」
「陛下。ロゼ様」
 不安そうな顔をしたローラに、にこりと笑いかける。
「大丈夫」
 傷口をえぐられる痛みなら、ロゼウスも知りすぎるほどに知っている。