036*
「本日は我が城までようこそおいでくださいました、皆様」
エチエンヌとローラの様子がおかしかったからどんな男かと思っていたら、イスカリオト伯ジュダ卿とやらは、案外普通の人だった。普通、と言ってもどういうわけだか顔は美形だ。この世界は顔の美形度と貴族の価値が比例でもしているのだろうか? それとも単にシェリダンの趣味? クルスも言ってしまえば可愛い系美青年だし。
ロザリーはロゼウスにくっついてエチエンヌの護衛役としてこの城についてきた。事情が事情だからと、普段から話をする顔見知りは全てこちらへと出かけるのだ。ロザリー一人城に残されても仕方がない。……別に、エチエンヌのことを心配してついてきたわけではないのだと。
「ご招待に感謝する、イスカリオット伯爵」
「堅苦しい挨拶は抜きにいたしませんか? 陛下。古馴染みの方々もそうですが、何よりもそこのご婦人方がお疲れになるでしょう。できれば私としましては、いつも通りに接していただきたいのですが」
ご婦人方。ご婦人方。ご婦人方。
……ご婦人方、って、誰?
一人はロザリー、もう一人はロゼウスのことだ。この国ではロゼウスは第四王子ではなくて、ローゼンティア何番目かの王女、ロゼ姫なのだ。この何番目と言うのは、細かく考えなくていいのだろうか。
「なら、ありがたくそうさせていただく。こちらも格式ばったのは好まない。特にこの二人は、女とも思えぬ、まるで男のようながさつの結晶だからな」
「……なんですって?」
無礼なエヴェルシード王の言葉に、ロザリーが頬を引きつらせながらそう言った。普通ならここはロゼウスのことが疑われないように牽制したととるところなのだろうが、それにしてはシェリダンの言いようはロザリーに向けてのものとしか思えない。だいたいロゼウスのことを言いたいなら、妻とでも妃とでも言えばいいのだ。いちいちロザリーまで引き合いに出す必要はない。
「言葉通りだろうが」
「だぁああれが、がさつ、なのよ!」
「お、落ち着けロザリー!」
ロゼウスは一応ロザリーを止めようとする。ここで暴れられても困る。
「そういうところだ」
「きいいぃっ!」
いきなり喧嘩を始めたロザリーとシェリダンを、クルスが呆気に取られて見ている。イスカリオット伯爵も、興味津々というかんじでその様子を見ていた。
「珍しいですね、陛下が同世代の女性とこんな風に対等にお話なさるなんて」
エヴェルシード唯一の王子は、あろうことか女嫌いの男好き、つまりは同性愛者だった。だからこそロゼウスに女装などさせて、女だと偽ってそのまま華燭の典を挙げたりもしたわけではあるが。
「珍しくなくていい。やかましい。いい加減黙れ。吸血娘」
「何よ! このホモ国王!」
「うるさいわブラコン」
「な、何よこのっ……んむ」
さらにアレな言葉をかけようとしたロザリーの口を、ロゼウスは手を伸ばしそっと塞ぐ。
「もうやめておけ、ロザリー」
「……はぁい」
売り言葉に買い言葉でうっかりロザリーは今凄いことを言おうとしていた。シェリダンと張り合って下品な言葉を吐くより、楚々とした淑女の振る舞いをしてほしい。
スカートの乱れを直したロザリーに、シェリダンがまたもや余計な一言を告げる。
「いや、手遅れだろうもう」
本性バレてんだから今からレディの振りをするなって? 余計なお世話よ!
ロザリーの無言の叫びを、ロゼウスは聞かなかったことにする。
「……本当に、珍しいですね」
シェリダンとロザリーがそんな馬鹿なやりとりをしているところ、ジュダの瞳が微かに剣呑な光を宿したのが見えた。
ガタッとそれまで静かだった部屋で思わずのように音を立てて、エチエンヌが腰を上げようとしたのが見えた。ジュダの射るような視線はロザリーに向いている。エチエンヌは一応彼女の夫ということになっているから。
「す、すいません」
助けようとしたのだろうか。それとも条件反射で動いただけ? 周りの注目を集めてしまっていることに気づいて、彼はすぐにそう言って席に座りなおした。椅子の音が虚しく響く。
奴隷と言う身分には普通ありえないことだが、今回はジュダ自身の意向でローラとエチエンヌを招いたのだから客人扱いだろうと、椅子を用意したらしい。それが仇になったのかもしれない。
「……ところでイスカリオット伯爵」
仕切りなおしのようにロゼウスは口を開いた。
「ええと、その……シェリダン。あのことを……」
本当は馴染みの相手にぱきぱき物を言うのは得意なロゼウスが、今はわざとはにかみ屋の淑女ぶって、シェリダンに言わせようとする。
「……ああ、そうだな。――ジュダ」
「なんです? シェリダン陛下」
「この二人を客人として招くというお前の意向だが、今回は遠慮させてもらう。ヴァンピルの姫君の世話をし慣れた侍女たちが他にいなくてな。この二人には、それぞれ我妻とその妹の世話をさせることにした」
「へぇ? ですが陛下。それならこの城に女性を増やした方が良かったのではありませんか?」
「いや、それでも慣れていない人間には代わりないからな。とりあえずロゼにローラ、ロザリー姫にはエチエンヌをつける。寝室も一緒にしてやってくれ」
「寝室も、ですか? ですが陛下は王妃様と共にではないのですか? それにそちらの妹姫様に子どもとはいえ、小姓をつけるのは問題ないのですか?」
「この二人は夫婦だ」
ロザリーとエチエンヌを示して、シェリダンが告げる。ジュダが鼻白む。
「……へぇえ」
「私も普段からこれと共寝だしな。たまには違ってもいいだろう」
「わかりました。そのようにさせます」
ジュダが頷いて、とりあえずその場は落ち着いた。寝室問題もロゼウスとロザリーが双子のそれぞれにくっついて、解決した……ように見えたのだが。
◆◆◆◆◆
やっぱりロザリーについてきてもらえばよかったのかな。
イスカリオット伯爵に犯されながら、エチエンヌはそう考えていた。五年前は伯爵なんて大層な呼び名ではなく、ただ単にジュダ様、もしくはご主人様と呼んでいた相手だ。
エヴェルシード人に特有の蒼い髪と橙色の瞳。切れ長の眼差しは涼やかで、鼻は高いが唇が薄く、整った面差しだがどうにも爬虫類めいた冷たい印象を与える人だと初めて会ったときから思っていた。
今は、この人を爬虫類に例えるなんて、むしろ爬虫類の方がいい迷惑なんだとエチエンヌの方では思っている。
「うあっ!」
急に突き上げが激しくなり、エチエンヌは思わず四つんばいになって体を支えていた腕を折った。
「何を考えている? エチエンヌ」
背後からエチエンヌにのしかかって後を犯していた伯爵が、その耳へと舌を差し入れながら、そう問う。低く、少し掠れたような甘い声。女性ならうっとりするようないい声なのだが、エチエンヌにとってはどんな悪魔の囁きよりも苦く聞こえる。
「な、にも……!」
「嘘をつけ。そんな顔をしていなかったぞ」
「だ、ったら……っ、あなたへの、恨み、言を……」
魅惑的な声で伯爵が笑う。
「正直な子だ」
「あっ……かはっ!」
内臓を圧迫するような衝撃が強まり、そのまま息をつめて耐えているエチエンヌの中で、伯爵が放つ。どろどろとした感触が腹の中に残され、逆流して気持ち悪い。
伯爵は果ててもまだ身体を繋げたまま。
「この五年間で、どこもかしこも磨かれたな、エチエンヌ。見違えた」
「数、ヶ月、ごとに……王城で、会っているでしょう」
「ああ。だがその時のお前は余計なほどにカッチリと着込んでいて、身体の線はわからないからな……陛下のおかげか。いい身体になったものだ」
腰を高く上げたままのエチエンヌの背を撫で、脇腹をなぞりながらジュダは告げる。
「だが、後ろの方はご無沙汰だったようだな」
「なっ……!」
「違うのか? ほら」
いきなり後ろを引き抜かれて、エチエンヌは急に腹の中が軽くなったように感じる。内股を白濁が濡らし、ずり下ろしただけで脱いでいなかったお仕着せのズボンを濡らす。
「あ……」
「物欲しそうにヒクついて。そんなに男のものが欲しかったのか?」
「ち、ちがっ……」
だけど、ジュダが自身を抜いたとき、物足りなさを感じたのも事実だった。
今日、エチエンヌはシェリダンとクルスについて、ジュダの城へと再び足を踏み入れた。数日は滞在するとの予定だが、いつ帰るのか、予定などあってなきようなもの。故郷のシルヴァーニの下級貴族からエチエンヌとローラを買って、一年の間我が物顔で蹂躙した男は、今ではシェリダンの腹心だ。けれどエチエンヌたちのことがあって、シェリダンがそれまで懇意になど全くしていなかったこの伯爵と繋がりを持ったのだから、もう運命を呪うしかない。
今回、ジュダはわざわざ主君であるシェリダンだけでなく、エチエンヌとローラも城に来るようにわざわざ指定してきた。こうなることがわかっていたからシェリダンも他のみんなもローラとエチエンヌに気を遣いすぎるくらい気を遣っていたのだが、エチエンヌはそれを振り切ってしまった。
自分たちは人形。
この男によって双子人形と名づけられた、人間と言う名の奴隷。
世の中のあらゆる贅沢に慣れた人間は、妙なものに手を出したがるものだ。遠国の子どもをわざわざ買って念入りに躾けて性奴にした青年の闇は深く、彼に貫かれるたびエチエンヌは自分の中の絶望が大きくなるのを感じていた。
こうなるとわかっていたのだから、やっぱりあの時、一緒に行ってくれると言ったロザリーの手を借りるべきだったのかもしれない。だけど、何となく嫌だった。無理矢理とはいえ名目上妻に当る女性に守ってもらうなんて、いくらエチエンヌでも矜持が許さない。
そして、彼女の兄であるロゼウスに庇ってもらうなんて、もっと御免だった。あの男にだけは、何があっても手を借りたくない。あの男にだけは。
思考することで、今この惨めな状況から現実逃避しようとするエチエンヌを追い詰めるかのように、イスカリオット伯爵は少年の前を握った。
「ああっ」
先端を指でさすって先ほど放った白濁を手に取り、躊躇いもなく舌で舐めとる。
「前の方は、一回出したけどまだ味が濃い……こっちもそれなりにご無沙汰ってことか」
「くっ……ふぅ、あ、あああ」
玩具でも扱うように適当に、弄ぶようにしてジュダはエチエンヌのモノをいじる。こんなにおざなりな愛撫なのに、先ほど達したばかりだというのに、また、欲望が頭をもたげてくる。
快楽と羞恥と屈辱の狭間で、脳が揺さぶられる。壁に手をついて、けれど腰だけはジュダに向けるように突き出される。
廊下で鉢合わせして、いきなり犯されたのだ。無体なことをする人物だとは知っていたが、まさかここまでだなんて。けれどそもそもここは彼の城であるのだし、これまでの関係から考えれば、部屋に入れと言ったところでエチエンヌもローラも逃げ出すだろう事は伯にはわかっていたはずだ。だからこその行為か。
服も満足に脱がず、ズボンを下ろしただけですぐ、本番に入ってきた。エチエンヌの口に指を突っ込んで唾液で濡らして、それでもってエチエンヌの後ろを慣らした。実際には慣らすなんて言えるほどのことはしていない。濡らした指で適当に中をかき回してすぐに挿入されて、慣れているからこそ裂傷など負わないものの、かなり痛くて苦しい事は確かだ。
エチエンヌのモノを強く弱く弄りながら、ジュダが言う。
「可哀想に、エチエンヌ。まだこんなに若くて美しいお前が、もう相手にされていないなんて。あの可愛らしい奥方ともろくにしていないんだね。陛下にお払い箱にされたのが、そんなにショックかい?」
「……」
エチエンヌは無言で唇を噛み締めた。陛下。誰よりも大切な主人。このエヴェルシードの王。愛しいシェリダン様。
エチエンヌが彼の色小姓を努めていたのは事実だ。実際、シェリダンに出会って引き取られて数ヶ月もしないうちに、エチエンヌは寝台へと引き上げられた。女性を寄せ付けないシェリダンはローラには手を出さず、同じ顔でもひたすら男であるエチエンヌだけを抱いた。
僕はあの方が愛しい。
ジュダに買い取られて調教されていた一年間は本当に地獄だった。今だからそう言える。あの時はわけもわからず泣くしかできなかったけれど、今ならこの憎悪を言葉にできる。
この男はエチエンヌたちを薬漬けにして、昼となく夜となく玩具にした。まさしく玩具奴隷。彼以外の命令は聞かず、彼の命令ならどんなことにでも応え。
それは奴隷や使用人というより、もはや犬の域に近かった。従順な飼い犬のように、二人は伯爵の欲望の相手を努めた。
その状況から救い出してくれたシェリダンに感謝している。薬を抜くために多少手荒なことをしたし、あの頃すっかり人間不信になっていたエチエンヌたちを大人しくさせるためにだいぶ無茶なこともされた。暗殺の技術を身につけるために想像を絶する訓練も施された。その何もかもが二人のためだと今なら気づく。
エチエンヌはシェリダンの寝台に侍れることが嬉しかった。そしてだからこそ、今この状況は少しだけ憎い。
彼は今、あれほど愛しい主君の側に上がれない。――ロゼウスがいるから。
ロザリーとは最初の一晩しか寝ていない。好きでもらったのでもない妻に、そんなに強いるほどエチエンヌは欲求不満というわけではない。
けれどシェリダンが、エチエンヌのことなど知らぬげにロゼウスを側に置いていると、胸が小さく疼く。本当ならあそこは自分の場所だったのに。
「あっ」
「そろそろ、終わりにしてやろうか」
ジュダに抱えあげられ、エチエンヌは体勢を変えさせられた。壁に背をついて彼の正面を向かせられたエチエンヌの股間にジュダは顔を埋め、ものを口に含んだ。生暖かい口内が官能を刺激する。
「ふぁ……・あ、ああっ、ああ!」
伯の口の中に吐き出して、エチエンヌは背を壁につけたままその場をずるずると滑り落ちてへたり込んだ。口の端から飲み込みきれなかったものを一筋垂らしながらも、伯が小鳥を飲み込んだ猫のような顔で告げる。とても満足そうな表情で。
「……濃いな。前に王城でしたときは、もっと薄かったがな」
もうこの男の玩具奴隷ではなくなったはずなのに、ジュダは暇さえあればエチエンヌたちにちょっかいを出してくる。
二年ほど前、王城でも無理矢理一度犯された。その頃はまだ、エチエンヌは毎晩のようにシェリダンに抱かれていて、だからそれほどアレが濃いということはなかったけれど。
ロゼウスが来てから、エチエンヌのその役目はなくなってしまったから。
「お前のものを味わうのは久しぶりだ。ローラは半年ほど前に少しここにいたが」
「……え?」
今、なんと言ったこの男?
「知らなかったんだな。まあ、別にいいだろう」
ローラがいた? 半年前に、この城に。確かに一時期、ローラはみんなの前から姿をくらましたことがあるけれど。
追及する暇はなかった。
「何をしていらっしゃるのです! イスカリオット伯爵!」
ジュダが人払いをして誰にも立ち入らないよう命じていただろう廊下の向こうから、人がやってきた。リチャード。姉の夫である義兄の名前を小さく呼んで、エチエンヌはその場に崩れる。
駆け寄ってきたリチャードはジュダを睨むが、彼は笑うばかり。それは先ほどの言葉と関係しているのだろう。
リチャードはローラの夫だが、ローラが行方不明になった時この城にいただなんて、知りもしなかったのだから。