荊の墓標 10

052*

「シェ、シェリダン?」
 ルースとのやりとりの後、シェリダンは自室に戻った。心を落ち着けるためとでも言われたのか、ローラに勧められるままに茶を飲んでいたらしきロゼウスをさっさと寝台に引きずりあげる。
「陛下!」
「出て行け、ローラ。朝まで誰も入れるな。夕食はいらん」
「か、かしこまりました」
 今日の自分はおかしいと、シェリダンは自分でわかる。自覚があるくらいなのだから、周囲の人間にはもっとはっきりとその様子が目に見えているだろう。
 だが全ては後回しだ。
 とりあえずは、この胸の中の何とも言えない苛立ちを吐き出したかった。
「シェリダン……」
「そんな顔をすると、本当に女のようだな」
 戻ってくるなり問答無用で寝台に引きずられ、嫌がるのを無理矢理縛り上げられ暴れた際には頬をはたかれたせいかロゼウスのシェリダンを見る瞳に、小さな怯えが走っている。
 もちろん、本気で彼がシェリダンなどに怯えるわけはない。かなり強めに平手打ちしたにも関わらず、ロゼウスの雪のように白い頬にはすでに何の痕もない。すっかり治って、消えてしまっている。
 ヴァンピルだから。
 吸血鬼は、人間などよりよっぽど強いから。
 策略を練り、弱点をこれでもかと突きまわすようにして攻め入らなければ、到底勝てなかっただろう隣国。
 穏やかな顔と、その下に隠された凶暴な本性。気弱に見えて、案外にその性格はしたたかでいつもどこか余裕が見える、植民地奴隷にしたはずの国民たち。
 けれど、何よりもシェリダンを苛立たせるのは。
「お前が悪いんだ、この馬鹿」
「な、なんだよ突然」
「黙ってろ」
 言葉を失くした唇を、シェリダンはその肩を無理矢理引き寄せて奪う。両手を封じられて上手く身動きの取れないロゼウスはシェリダンのされるがままに、口づけを受け入れた。
「……ん、う……ふ……」
 脳に酸素が回らなくなるような濃密な接吻を交わし、零れた唾液が唇同士に一瞬橋を架けるのを見送ってようやくその体を離す。
 寝台の柔らかなシーツに受けとめられた体に覆いかぶさり、服を脱ぐのももどかしいと、隙間から手を差し入れる。
「あ、や……やめっ」
 ドレスの胸元を引き裂いて、鎖骨に赤い花を散らした。胸の上の尖りを口に含んで転がすと、ロゼウスが甘い声をあげる。
「ひあっ! ……ああ、シェ、シェリダン……!」
 滑らかな肌に手を這わせると、しっとりと汗ばんでいた。執拗な愛撫のせいで、まだ上半身しか手をつけていないというのに、すでに彼のものが勃ちあがりかけている。
「はしたない体だな」
 女物の下穿きまでも引き裂き、先走りを垂らすそれを露にする。
「もうこんなに濡らしている」
 指先でツウッ……と軽く撫でるだけで、ロゼウスが微妙な刺激に体を震わせた。顔はすでに泣きそうだ。
「そ、それは、あんたが……」
「私が? 何だと言う」
「あ、あんたが、俺をこんなに……っ」
焦らすようにただ見つめるだけの時間をおく間に、ロゼウスが白い頬を羞恥で真っ赤に染める。苦し紛れに言葉を並べる内に失言に気づいて、さらにその眉が悔しげ恥ずかしげに歪んだ。
 シェリダンの口元に自然と笑みが浮かぶ。指で撫でられるだけでは足りないとヒクついて震えるものに、今度は舌を這わせる。
「ヒア! ……あ、ああ、あっ」
「私がお前をこんな風にした? ああ、そうだな。その通りだ。今お前を抱いているのは私なのだから」
 喋る合間にはまた指を使い、いっそもどかしくなるぐらいの優しさで扱いてやる。
「お前は、私の奴隷だ。私のことだけ考えていればいい。ただ、私のことだけを」
 限界にまで追い詰めたそれを、一際強くすりあげてやると、あっけなく達した。手のひらに飛び散った白濁を見て、薄く笑う。
「シェリダン……?」
 悦楽から一度解放されて気だるい脱力感の中にあるロゼウスが戸惑った顔をしている。今までどんなに乱暴に扱っても反射的な、即物的な反応しか返さなかったのに、今日はシェリダンの顔色を伺うようだ。
 いや……わかっている。おかしいのは自分の方なのだろう。
 濡れた指をロゼウスの唇をこじ開けるようにして突っ込んだ。自らの出したものを舐めさせられて一瞬不快を示したロゼウスの顔が、次の瞬間驚きに染まる。
「はぁ……はっ……ふあ」
 口腔内を荒し舌を絡ませる口づけの中で、唾液も白濁も混ざっては快楽に緩んだ口の端からひっきりなしに零れていく。
「はっ……シェリダン……姉、上と何が、あった……」
 何となく事態を察したロゼウスの、二度目の口づけの後で息も絶え絶えな問いかけ。
 シェリダンの脳裏に目の前の少年と似た美しい女の面差しが蘇り、不快なその影を彼は意識して脳内から振り払う。
 今だけはそれが簡単だった。何故なら、シェリダンの前にはロゼウスがいるから。
 この禁忌の薔薇に溺れていれば、何も見ずにすむ。
「むぐ」
「さあ、今度はお前が奉仕する番だろう?」
 縛り上げた腕を掴んで、シェリダンは身動きならないロゼウスの頭を無理矢理自分のものに近づけさせる。半裸ですらない、わずかに乱しただけの服の隙間から取り出したそれに、彼は文句も言わず唇を寄せ、口腔内の粘膜に受け入れた。
 人の体の中でも体温が高く濡れたその部位に、包まれたものが歓喜を訴える。シェリダンの欲望に従順に忠実に奉仕する薔薇の王子の横顔を見下ろして、下腹に何ともいえない感覚が走る。
「う……あっ」
 どろりとしたものをそのまま彼の口に吐き出して、一瞬だけ白い闇の中で恍惚となる。咳き込む声に我に帰り、口の端から白濁液を零すロゼウスの顔を捉える。
 下肢を疼かせる、その暗い愉悦。
 おそらく世界で最も美しい王子の白い顔を、自分のもので汚してやったというこの快感。
 逆に言えばそれは、こうでもしなければ永遠に彼を手に入れられないと言う、歪な痛み。切れ味悪い刃物で斬られた後のように、ぎざぎざになった傷口がいつまでも癒えない、生々しい感触。
 ――俺はあんたを愛したりしない。一生、好きにはならない。
 血の味がするほど、唇を噛んだ。
 腕の縄を外さず、汚れてしまった口元も拭わせず、その体勢を四つん這いの状態にさせる。また新たにドレスを引き裂いて引き締まってはいるが滑らかな尻をあらわにし、そこへ指を這わす。
「あ……や、やぁ! シェリダン……!」
 窄まりに指を当てると、ロゼウスがむず痒いような甘い声をあげた。触れてもいない彼のものがまた勃ちあがってくるのを微笑みながら見つめ、逆にその期待を裏切るかのように、いきなり自分を押し込んだ。
「ひっ――――っ!?」
 痛いほどに締め付けるだけで、シェリダン自身にも快楽などないに等しい、この行為。無茶。
 傷つけるためにロゼウスを抱いた。ただ、そうしたかった。ぎりぎりまで快楽を与えて酔わせて、そこから一気に突き落とすために。
「ひっ、あ、い、痛っ……ああああああああああ!」
 声を出すことで痛みを逃がそうとするように、ロゼウスが叫ぶ。その、濡れた絶望に満ちた声を聞いて、ようやく落ち着いてきた。
 四つん這いの体勢を崩して前のめりになった彼の、白い背中に頬をつける。空いた手でロゼウスの前を弄ってやる。快楽に勝る痛みに反応しなかったものがようやく勃ちあがる頃になって、締め付けも緩まってきた。
「ひっ、あ、ああ……」
 ロゼウスがぼろぼろと涙を零しているのがわかる。泣きながら、ようやく痛みにも慣れ、戻って来た快楽に溺れていく。シェリダンは自分自身も痛みを忘れるために動き始め、室内に卑猥な音を響かせた。
「こんなに、淫乱なくせに」
「ひあっ……ふあ、あ、うあ」
 意味をなさない言葉を連ねて零される喘ぎにどこか翳りのある満足を感じながら、ひたすらロゼウスの感じるところを刺激する。
「あ、ああっ! シェリダン……!」
 シェリダンの名を呼ぶ声は、痛みよりも快楽が強まってきたことを示す。
「あ、あっ――――!」
「くっ…………」
 後でどうなっても知るものかとしっかり中で出し、繋げた体を離すこともせず、ほぼ動じに達してもしばらくそのままでいた。
「お前が、第三王位継承者だと……?」
 掠れ声で言ったそれに、それまで悦楽に流されていたロゼウスがようやく耳を留めた。
「な、なんで知って……ルース姉様?」
「そうだ。ロザリーは第十二位だそうだな。十三に兄妹の下から二番目か。あれだけ数が多い上に、制度がややこしい」
「……俺は一応、ヘンリー兄上に継承順位の譲渡をしてる」
「平和な頃の話だろうが。有事の際には通用しない」
 体を繋げたまま白銀の髪を梳きながら、シェリダンは昼間のやりとりを思い返す。脳裏に蘇った光景を握り潰すように、その髪に口づけて顔を埋める。

 ロゼウスとロザリーを室内から追い出した後。
『ローゼンティアの王位継承制度を知っていますか? エヴェルシード王』
『いや、だが第一王位継承者が第一王子ドラクルであることは知っている。次は第二王子だろう』
『ええ。そこまでは合っています。その次は?』
『……第三王子か?』
『いいえ。第四王子、すなわちロゼウスです。正式にはね』
『何?』
『ローゼンティアの王位継承権はエヴェルシードの男子の長子継承が普通ではなく、母方の血筋によって決められるのですよ。つまり、正妃の血筋ですわね。もちろん男子である事は女子であることよりも重要ですし、原則的には年齢が上になるほど継承順位が高くなります。さらには特例で第二王妃の第一子が男子であった場合にはその男子が第二王位継承者になる、という制度もあります。この考えでいくと、さて第四王位継承者は誰でしょう?』
『ま、待て。話がさっぱりわからない。第四王位継承者とは、どういう意味だ?』
『私なのですよ、陛下』
 シェリダンはもちろん、その場に唯一残っていたリチャードまでもが絶句した。
『ローゼンティア王家、第四王位継承者は、正妃の唯一の王女である、このルース=ノスフェルです。つまり……戦時下のこの状況では、私でも十分玉座を狙える位置にいるのです』
 見た目はおっとり系の美女の口からこんな言葉が出るなど、誰が想像できるだろうか。
『陛下、うちの弟、ロゼウスは差し上げます。ぜひもらってください』
『貴様、何を考えている?』
『私よりロゼウスの方が継承権が上なのですよ? 首尾よく第一王子、第二王子を出し抜いても、ロゼウスがいてはどうしようもありません。その際には私は彼をも殺さねばならなくなります。でも、それは私にとっても本意ではありません。穏便に済むなら、それに越したことはないわ。例えばロゼウスが、どこかの王族の配偶者となってローゼンティアとは無縁になるとかでないと』
『……従わなければ、ロゼウスを始末する気か』
『……お好きなように受け取りください』
 底の読めない笑みで、ルースは笑った。
『一つ、教えておいてやる。ローゼンティア第二王女ルース』
『なんでしょう?』
『貴様が言うまでもなく、あれはもう私のものだ。お前の弟のロゼウス王子などもうどこにもいない。ここにいるのは、ただの私の奴隷』
『……取引は完了したと見ていいのでしょうね』
 そうして、ルースは胸元から一つの封筒を差し出した。
『最初の情報はこれに書いてあります。いっぺんに多くのことをやろうとしてもうまく行きませんから、とりあえずひとつずつ解決しましょう。まずは、これを読んでください。それでは私は、お暇させていただきます』

 貪るように犯し、抱いた。互いの内股が白濁でどうしようもなくどろどろになるまで。
 この肌、この髪、この瞳、この粘膜、声、流れる涙も何もかも全て。
 私のものだ。
 誰にも渡しはしない。