荊の墓標 13

第5章 黄金の復讐姫(1)

067*

 コツコツと廊下を歩く音が聞こえる。
 ああ、また今日もそんな時間になったのか。
 現在は急ぎの仕事もないというから、夜になって執務が終わったのだろう。この部屋から出してもらえない身には、今が何時であるのかもわからない。
 そしてそんなもの知る必要はないと彼は言った。
 キィイ、と少し錆び付いた嫌な音を立てて扉が開けられる。
 僅かな明かりに照らされた室内は重く、息苦しい。部屋中に拷問器具が所狭しと置かれ、清潔にはされているのに、そんな感じが全然しない。
 洗ってもおちない血の染みや飛び散った脳髄の痕が床に壁に幾つも残されている。何代か前の、特に残虐と言われた王の趣味なのだそうだ。
 いかにも地下室なんかに誂えてありそうな拷問部屋だけど、その位置は城の地下ではなく、王の寝室からさほど離れていない場所にある。
 その部屋がもともとそこにあったというより、もとの部屋の中身を、それこそ絨毯までごっそりこの部屋へと移してきたのだ。鎖で相手を繋ぐことのできる寝台と、閉じ込めた相手の心理を磨り減らすような拷問器具の山と、鉄格子のはまった窓と。
 本当に地下牢などにロゼウスを移してしまえば、彼が通うのが面倒になる。そんな理由から部屋を移動させたのだ。
「待たせたな」
 かけられた声に、ロゼウスはゆっくりと相手を振り返った。
「シェリダン……」
 薄ら寒いほどの優しく微笑んで、彼が寝台の上のロゼウスに歩み寄ってくる。そっと頬に触れて、瞳を覗き込む。
「お前は、今日も美しい」
 言いざま、彼はロゼウスの首に嵌められた鎖を引いた。思わず体勢を崩したところに、乗りかかられる。
 金属の擦れる嫌な音がした。
「ぐっ……」
「いい子にしていたか? まあ、この状態では何ができるわけもないが」
 身支度は綺麗に整えられている。世話係に任命されてしまったローラが、シェリダンが来る前にはいつもちゃんと用意するのだ。
 今のロゼウスは首と両手足をヴァンピルの力を封じる銀の枷で戒められ、寝台に鎖で繋がれている。この枷は外そうと思えば簡単に外せるし、実際にローラに身体を現れて着せ替えさせられる際には、枷からは一時的に解放される。
 でも本当の意味で、ロゼウスがこの枷から解放されることはない。
 この枷の一つ一つが、シェリダンの想い。この鎖の一つ一つが、シェリダンの狂気だから……。
 たとえ枷を外したところで、銀の鎖からは逃れられても、シェリダンからは逃れられない。
 寝台に伏したロゼウスの右腕をとり、シェリダンは自分の方へと向けさせた。ロゼウスは腕一本で自分の体を支える不自由な体勢のまま、彼の口づけを受け入れる。
「ん……ふ……んんっ」
 舌先から口腔内を隅々まであますところなく堪能するような濃厚な口づけに、頭がとろける。
 気持ちよさと、ほんの少しの息苦しさは今の気分にも似ていた。どこにも行けない苦さは、どこにも行かなくていいのだというほんの微かな安堵と同じ香りをしていた。
「はぁ……シェリダン……」
 彼の唇は鎖骨にまで落ちて、もともと少なかった陽にあたることすらなくなった肌を啄ばむ。ちくんちくんと痛みを与えながら、赤い小さな痣を残していく。
 身じろぎしようと動いた瞬間、手枷に取り付けられた鎖がしゃらんとなって、ロゼウスの恍惚に水をさした。
 けれど逆に、シェリダンはくすりと口元を歪める。
「うあっ、あああああ!」
 無理矢理寝台に縫い付けられて、ロゼウスは色気も何もない悲鳴をあげる。覆いかぶさってくるシェリダンの足が股間を擦り、走った痛みになおさら苦鳴をあげた。
 シェリダンの手にドレスのスカートを捲り上げられて、ガーターの合い間から、男の性器を束縛する貞操帯が露になる。
「うっ、うっ……っ」
 脂汗をかくロゼウスの様子をぼんやりと眺めて、シェリダンが懐から鍵を取り出す。
「仕方がないな。我慢を覚えてきたようだし、そろそろこれも外してやろう」
 カチリと音がして、鍵穴に差し込まれた鍵がロゼウスを解放する。それだけで今日一日耐え忍んできたロゼウスはぐったりとしてしまって、シェリダンの腕の中で力を抜く。
 用済みの貞操帯を寝台の下に落としたシェリダンは、ロゼウスの耳元で囁きつつ、自由になったロゼウスのものに触れた。
「ひあっ!」
「まだだぞ、ロゼウス……」
 通りよい声が、うっとりさせるような響で残酷なことを言う。その綺麗な指先で、シェリダンは一日中戒められていたせいで腫れたものを軽く扱く。
「ひぃ、あ、痛っ……あ、ああ」
 痛みと共にぞくりと背筋に快感が走り、ロゼウスは自分を翻弄する感覚に戸惑う。
「お前は私のものだ。だから、私を楽しませるためにいるんだ」
「ああっ……!」
 手で擦られただけで達したロゼウスを酷薄な笑みで見下ろしながら、ふとシェリダンは涙の浮かんだその目元を舐めた。
「う、うう、ふ……」
「泣いているのか、ロゼウス」
 熱い舌先で涙を拭われるたび、逆に雫が溢れて止まらなくなる。
「すぐにもっと気持ちよくしてやる」
 涙を拭いきることを諦めて、シェリダンが頬に垂れてきた藍色の髪をかきあげながら身を起こした。朱金の瞳を猫のように細めて、ロゼウスの前に指を差し出す。
いつものやりとりに要領を得ているから、ロゼウスは何の躊躇いもなくその指を唇に含んで舐め始めた。紅い唇を歪めながら、シェリダンはその様子を楽しそうに見ている。
十分に指先に唾液を絡めたところで、もういいと声をかけられた。大人しく指を離すと、シェリダンはそれを焦らすことなく、ロゼウスの後ろに差し入れる。
「ああっ……」
 待ち望んでいた快感に、歓喜の声が漏れた。つぷんと中にもぐりこみ内壁をかき回す指の感触に、ぞくぞくとした悦楽が全身を駆け抜ける。
「そんなにいいのか? ローラに持たせたあの薬は効いたようだな」
 今日の昼頃、ロゼウスは侍女のローラに言われて怪しげな紫の小瓶に入った液体を飲まされた。変な味のそれを飲んで以来、身体が疼いて止まらなかった。
「媚薬の一種だ。飲んだ方がお前も気が休まるだろう」
 それまではなんとか耐えてきたけれど、行為に入った途端意識が急速にぼんやりとしてきた。慣れ親しんだ疼きを感じるのに貞操帯のせいで自分で処理することもできなくて、本当に苦しかった。
 指で中をかき回しながら、シェリダンはロゼウスの胸元に唇を寄せる。すでに硬くなった赤い尖りの先を口に含んで、刺激する。それがまた新たな快感の波を生んで、声が止まらない。
「うぁ……ああ、ん。ん……シェリダ、ン……」
「もっと溺れろ、ロゼウス」
 唾液の糸を滴らせながら、シェリダンが顔を上げる。胸元への刺激が止んで、ロゼウスは思わず物足りないような声をあげてしまう。
「もっと。理性なんか失くすくらい。お前に心などいらない」
「あ……」
 後からも指が引き抜かれて、じれったさに顔が歪む。
 シェリダンは一度ロゼウスに口づけてから、十分に慣らした場所へ自分のものを挿入した。
「あ、ああっ、ああああ!」
「ふ……」
 待ち望んでいた感覚に、喘ぎが抑えられない。足を抱えあげられて、より深く貫かれる。
 ぐちゃぐちゃと濡れた粘膜をかき回す卑猥な音と共に、理性が蒸発する。
「ああ……、シェリダン……っ」
 ぽろぽろと涙を零しながら名前を呼べば、直前の苦しげな表情の中で、シェリダンが僅かに頬を緩める。
 濁った精を吐き出してお互いに寄りかかるような形で浅ましい欲望から解放されても、なかなか肌の熱は冷めなかった。ロゼウスを腕の中に抱きしめながらシェリダンが。
「そうだ……それでいい。ロゼウス。お前は私だけを見ていれば……」
 前髪をかきあげ、汗をかいたこめかみに口づける。
「ね、ぇ……」
「ん?」
「いつ、まで……こんなこと続けるの?」
 ロゼウスとしては当然の疑問だと思うが、シェリダンは逆上したようだ。
「ぐっ」
 首輪につながれていないむき出しの部分の首を絞められる。
「お前は……っ、まだそんなことっ」
「く、ぅ……」
 体中を蝕む倦怠感と銀の手枷のせいで力が出ない。このままじゃ本気で絞め殺される。
意識を失う直前でようやくシェリダンが手を離す。
 駄目だ。もう、どうやっても自分には彼を止められない。このままじゃいつか自分は、シェリダンに殺される。いや……。
 死ぬことすら容易くできないぐらい、彼に壊されてしまうだろう。
 解放されて咳き込むロゼウスに、シェリダンが低く告げる。
「愛している、ロゼウス。誰よりも」
 その愛はあまりに深くて、暗い。