荊の墓標 13

069*

 夢を見る。
 夢を見る。夢の中で、過去の出来事を反芻する。
 私の四肢を封じて覆いかぶさる男の姿。白い髪、紅い瞳。こんなに顔立ちだって似ている。
 父上。
 私の首を絞めるその手。
『……何故だ』
 そんなこと私が聞きたい。
『何故……何故、お前は――ではない!』
 悲鳴のようなその叫びを、私は遠ざかる意識の中で聞いていた。私を抱きしめて泣き続けるローゼンティア国王。
『何故だ……』
 夜毎私を招いては傷つけるその手指。鞭を振るう腕。服を脱がせて見えない場所に痣をつけ、それもすぐに消えるのだからよいのだろうと何度も同じ場所を踏みにじる。
 意識を失いそうな激痛に耐えて涙でぼやける視界が反転し、気持ちの悪い愛撫の末に身体を引き裂かれる。
『クローディア。この裏切り者。何故、こんな……』
『あなたが悪いのよ! あなたが……私を愛してはくださらないから!』
 私をさんざん踏みにじった後はいつものように母上を罵り。それは彼女に直接言う事もあれば、陰口を叩くだけの時もあった。
『王子殿下』
 優しい手。
 悲しくなるほど温かいそのぬくもり。
 だから私はあの女を遠ざけた。ローゼンティア正妃クローディア付きの侍女にしてロゼウスの乳母となったあの女を。
『何故なんだ』
 寝台の上で無理矢理犯されながら、頬に感じる父上の涙。ローゼンティア国王ともあろうものが、みっともなく泣きじゃくって。
 けれどそれも最初の頃だけだ。
 後になればなるほど、彼の決意は固くなっていった。私を捨てる決意を固めていった。
 父上。
 この世界の誰よりもあなたが憎い。いや憎かった。私の手で殺した、もうこの世にいない人。
『……お前なのか』
 エヴェルシードが侵略してきたあの日、彼に止めを刺したのは私だ。いかなヴァンピルでも二度と復活できないよう死体に細工をした。
『お前なのか、ドラクル――!』
 歓喜の表情が一転して悲憤に変わる。
『ええ、私ですよ』
 躊躇うことなく心臓に銀の刃を刺し、死体から抉り出した。その時の父上の表情。私が貴方を助けるわけなどないのに。一体何度裏切られたら懲りるのだろう、あの人は。あなたを救うものなど、いない。
 怒りと悲しみに彩られた父上の顔が、彼とよく似た若い少年へと移り変わる。
『兄様――』
 ロゼウス。私の薔薇の下の虜囚。ローゼンティア国王ブラムス亡き今、私の最も憎い相手。
 父上。私はあなたからされた全てのことをロゼウスにした。今のこの状況は、元はと言えばあなたが引き起こしたことなのですよ。
 ……あなたが私を捨てたりするから。
 そこで夢が弾けた。
「ドラクル王子?」
 眼の前に愛らしいエヴェルシード人の少女の顔がある。濃紫の髪に黄金の瞳を持つ、エヴェルシード王妹カミラ殿下だ。
 ドラクルは頭を振って、自らの置かれた状況を思い返す。ここはイスカリオット伯爵ジュダの居城。ハデスと通じたドラクルはローゼンティアを出てジュダを計画に抱き込み、眼の前の少女をも仲間にして。
「……ああ、姫」
「うなされていましたわ。大丈夫ですか?」
「ええ。少し昔の夢を見ていただけですよ。大丈夫です。それより状況は?」
 ドラクルをどうもロゼウスと重ねている節のあるこの少女は、ドラクルのこともロゼウスを気遣うように気遣う。そもそもドラクルがこの少女と出会った切っ掛けは、ドラクルを見た彼女の一言だ。
『ロゼウス様……っ!』
 彼女がエヴェルシードの姫だということは情報を照会中だったのだけれど。その言葉が決定打になった。
 可愛いカミラ姫。可愛くて御しやすい、愚かな姫。
 あなたはエヴェルシード国王シェリダン陛下を揺さぶり、一度はかの国に渡したローゼンティアを改めて返してもらうための切り札。
「王城にはイスカリオット伯、ハデス卿が滞在しています。けれど、ユージーン侯爵とバートリ公爵もいるので直接攻め込むことはできませんわ」
「直接戦いを仕掛ける必要などありませんよ。何せこちらには、あなたがいる。あなたのそのご尊顔を見せ付けるだけで、エヴェルシード王を揺さぶるなど容易い」
 ドラクルは寝台から身を起こし、愛らしい姫君の頬を両手で包んだ。恥ずかしそうに頬を赤らめたカミラ姫の耳元で、そっと囁く。
「ちょうどいい舞台があるでしょう? そろそろこのエヴェルシードで」
「ちょうどいい舞台?」
「ええ。あなたがシェリダン王にも勝る優れた人間であることを示す、いい機会が」
「それは……もしかして、あれを言っていますの? 今月の半ばにある」
「そうですよ。それを利用してあなたが王家に返り咲く機会を作り出しましょう。そのための準備は私とイスカリオット伯で整えておきます」
 カミラは少し首を傾げ、けれどまだ何か心配事があるかのように視線を彷徨わせた。
「どうかしましたか?」
「あ、あの……言いにくいことなのですが」
「かまいませんよ。今更私に何らかの衝撃を与えることなど、あるはずもない」
「今……王城では、ヴァンピルに関する問題が起こっているのだとか」
「ヴァンピル? ロゼウスが引き起こしているのですか?」
「いいえ……その、シェリダンがバートリ領から帰る際に、なんでも奴隷を一人買ったのだとか。その奴隷がヴァンピルだという話なのですけど……奴隷市場に確認したところ、どうもローゼンティアの王子という触れ込みで売られていた奴隷らしいのです」
「おやおや。ちなみに、労働奴隷?」
「いえ……何でも玩具奴隷だとか」
 ドラクルはここにいるし、ロゼウスは王城。ミカエラもバートリ領から王城に移され、ヘンリーはカルデールが抑えている。アンリは所在が掴めていないけど、労働奴隷ならまだしも玩具奴隷として売られるくらいなら自ら舌を噛むだろう、あの弟なら。ウィルはそのアンリが面倒を見ているはずだし……。
「ジャスパーか」
「お心当たりが?」
「ええ。ちなみにその奴隷の外見的特徴は?」
「十四、五歳の……髪に何か宝石のようなものをつけていたそうですけど」
「決まりですね。ジャスパーだ」
 第六王子である彼の異名は宝石王子。髪を飾る紅玉がその由来だ。あれはロゼウスがつけてやったもので、ジャスパーは酷く気にいっていた。
 ジャスパーか。兄妹の中では一番大人しい性格だが、あの弟が密にロゼウスのことを想っているのはわかっていた。特に口に出すこともなかったようだが……ここ最近は、どこか調子がおかしかったようでもあるし。
「ジャスパーならば特に問題を起こすということは考えづらいのですが……」
「でも、地下牢に閉じ込めていたのを逃げ出したって」
「あのジャスパーが?」
 陰からそっとロゼウスの様子を窺うことしかできなかった内気な人形が、そんな積極的な行動をとるとは意外だ。王家でぬくぬくと育った子どもだから、突発的事態には弱いと思ったのだが。
「……意外だな」
「王城は今その騒ぎで……あの、シェリダンがどうやらその王子と激しく敵対しているらしく、噂になっているのですが」
「へぇ……では、少し様子を見ることにしますか。まあ、彼一人の行動でエヴェルシードのカレンダーが変わることもないと思いますが」
 行動的なジャスパーなど予想外だが、計画を邪魔するほどのこともないだろう。
「私も、シェリダンは自らがどのような状況であろうとも、外面を整えるのには余念がないと思います」
「ならば。計画通りに行きましょう」
 さあ、反撃の開始だよシェリダン王。
 ローゼンティア侵略と言うあなたの役目は終わった。この国とその玉座をこの方に明け渡し、ローゼンティアと私の大切な……愛しくて憎いロゼウスを返してもらおうか。
「さぁ、カミラ姫。あなたの出番ですよ」

 ◆◆◆◆◆

 シェリダンがジャスパーを抱えて連れて行ったのは、ロゼウスを監禁している部屋だった。
「ジャスパー!?」
 ジャスパーの姿に気づき、ロゼウスは驚いた声をあげた。ジャスパーは声こそまだ封じられていて出せないが、そのロゼウスの姿に目を瞠った。
 頬からは血の気が引き、肌にはまだ薄っすらと紅い痕が残っている。服は破かれ、裂け目から傷口が覗いていた。短いスカートにガーターという格好で、どれも酷い有様だ。口の端にも痣が残っている。
 一目で陵辱の痕だとわかる。
「……っ」
 名を呼びたいのに、声が出ない。ロゼウスへと手を伸ばそうとしたジャスパーを、シェリダンが阻止する。ジャスパーへと駆け寄ろうとしたロゼウスの動きは、その四肢を封じる銀の枷に奪われた。
「……っ、シェリダン、ジャスパーをどうするつもりだ」
「どうもしない」
 ジャスパーを部屋の隅の拷問具の手前まで連れて行って、シェリダンは無造作にその身を放り出した。不意打ちの痛みに蹲る手足をとられて、壁際の拘束具に拘束される。ロゼウスが顔色を変える。
「何をっ……」
「どうもしないと言っただろう。ただ動きを封じるだけだ。私がいる間は、こいつをお前と同じ寝台にはあげぬ」
 ジャスパーの体を壁の拘束具に、四肢を磔にするような形で拘束してしまうと、シェリダンは興味を失ったかのようにさっさとジャスパーから離れて寝台へと向かった。……ロゼウスのいる寝台に。
 シェリダンがロゼウスの顎を手で持ち上げ、自分と目を合わせさせる。
「シェリダン……朝方まで、やったばっかりじゃ」
「執務が早めに終わったからな。今日は十分に時間がある」
 見詰め合うだけで恍惚とした声をあげながら、彼は寝台に腰掛け、ロゼウスの白銀の髪を手で撫でるように梳いた。
「いつもよりずっと長く、遊んでやれる」
 彼の言葉に怯えるように、ロゼウスが狭い寝台の上で後ずさろうとした。けれど、銀色の鎖に阻まれる。その途中がシェリダンの手に握られているため、それ以上動けないのだ。
 銀色の瀟洒な細工が施された細工は美しく立てる音も涼やかだが、今はその涼やかさが何よりも絶望を煽る。僕の、兄様の。
「シェリダン……っ! だって、ジャスパーが見てるのに……っ!」
「だからだ」
 彼は構わずにロゼウスの耳に唇を寄せ、その内側を舐め始める。
「弟の眼の前ともなれば、燃えるだろう」
「なっ……!」
 ロゼウスは羞恥のために、ジャスパーは怒りのために真っ赤になった。暴れて何とか拘束を振り切れないかともがくが、一見錆びついているように見える拘束具は、思いのほか頑丈でびくともしない。
 ジャスパーの存在などないかのように、シェリダンはロゼウスだけに話しかけ続ける。一方ロゼウスの方は、しきりにジャスパーの方を気にしている。
「ロゼウス。お前が言ったんだ。奴隷であるこの弟王子を助ける代わりに、自分がこの部屋に入ると」
 びくん、とロゼウスの肩が揺れる。シェリダンの手を思わず振り払った。
 彼は構わずにロゼウスの手をとり、その指先を舐め始めた。
「ああっ……」
 紅い舌先に指先と言わずその股といわず甲と言わず舐められて、ロゼウスが抗議とは違う声をあげる。
「私に触れられただけで、もうこんな声をあげるくせに」
 シェリダンはやけに優しい仕草でロゼウスに口づけをすると、その朱金の瞳に酷薄な光を湛えて言った。
「私はお前の弟には、何もしないさ。ロゼウス。その分の代償は、お前が受けるのだろう」
「ん……」
 ロゼウスがジャスパーの方をちらりと見て、すぐに視線を背けた。
 兄様。僕のせいで、兄様が……
 死ねるものなら、今すぐこの場で舌を噛んで死にたいくらいだ。でもヴァンピルはそれくらいでは死なない、他の方法は四肢を封じられているこの状態では行えない。
 けれど。
「シェリダン、お願い、お願いだからそれだけはやめて。ジャスパーの……家族の目の前でなんて、そんなの嫌だ……!」 
 ロゼウスがシェリダンに押さえ込まれながら、必死で抵抗した。ジャスパーだって嫌だ。目の前でロゼウスが犯されるなんて。自分の目の前で、このエヴェルシード王のものになるところを見せつけられるなんて。
「断る。なんでもすると言っただろう。それとも、お前を解放する代わりにあの弟を兵士たちの慰みものにしてやろうか? 若くて美しくその割には頑丈な王子。男色をさほど禁忌としない軍事国家では、引く手数多の人気だろうな」
「……っ!」
 ロゼウスが、観念したように瞳を閉じる。シェリダンが、ふと射殺すような眼差しをジャスパーに向ける。そっくり同じものをジャスパーも彼に返す。
 それ以上彼は答えずに、ジャスパーを無視して行為に及び始めた。銀の首輪は嵌められたままだし、手足を封じられて身動きが出来ない上に首も固定されている。ジャスパーに残る手段は目を瞑ることだけだが。
「そこで見ているがいい。第六王子殿下。ロゼウスが私のものとなるところをな」
「――――っ!」
 シェリダンの声に、思わず目を開いた。
「だ、駄目だジャスパー見るな……うあっ!」
「!」
 正反対のことを言ったロゼウスの頬を、派手な音をさせてシェリダンが叩く。
「第六王子が目を瞑るなら、目を開きたくなるくらい、お前に派手な声をあげさせるだけだがな、ロゼウス」
 ロゼウスの白い肌が、瞬時に腫れて赤く染まるのがわかる。
 ジャスパーは唇を噛み、悔し涙を浮かべながら、シェリダンに組み敷かれるロゼウスを見つめた。
「いやだ、いやだいやだやめ、シェリダン……お願い、お願いだから」
「断る、と言っている」
 シェリダンがロゼウスの唇を、濃厚な口づけで塞ぐ。破れてぼろぼろだった服を、さらに破いて肌を露にした。
 しゃらしゃらと、ロゼウスの四肢を戒める銀の鎖が鳴っている。その音がか細い悲鳴と嬌声にかぶさって、ジャスパーの脳髄をかき乱す。
 兄様。僕の兄様がこんな奴に。
 エヴェルシード王、お前だけは絶対に許さない。
 あられもなくスカートをまくりあげ、無残に破かれたガーターの奥のロゼウスのものを、シェリダン王が舐める。
「ん……く、ふぁ、あ……っ」
「何をしている、弟の前だからと遠慮する事はない。さっさと達してしまえ」
 わざとジャスパーの存在を言葉に出して煽り、シェリダンがロゼウスを追い詰める。
「あ、あああああっ、あ……っ」
 びくびくと痙攣して、ロゼウスが達する。出されたものを喉を鳴らして飲み込んで、シェリダンが満足げな顔を見せたのも一瞬のことだった。彼はいきり立った自らのものを、油断していたロゼウスの口に突っ込む。
「んっ……んん、っ……」
「お前が粗相をするごとに、弟を鞭で打つことにしようか……ヴァンピルの雪のような白い肌に、鮮血の赤はよく映える」
 ロゼウスに口で奉仕させながら、片手で首輪に繋がる鎖を持ちもう片手でその背を撫でる少年王は病んだ空想に耽っている。
「お前の身体で証明した」
「……ごほっ」
 口の端から飲みきれない白濁を零して、ロゼウスが彼の股間から顔を上げる。
 もはや呆然としているロゼウスを抱き上げ、自らの方に尻を向けさせ、シェリダン王は軽く舐めていた指先をその秘部に当てた。
「あっ、ああ、あ――っ!」
 ジャスパーの真正面で、すでに声を殺す気力もなくなっているロゼウスの中を好き勝手にかき混ぜて荒らす。ぐちゅぐちゅと結合部から卑猥な水音が響き、勃ちあがったロゼウスのものからはひっきりなしに先走りの滴りが零れ落ちている。
 乱れる肢体の扇情的な光景に目を奪われる。シェリダンに後ろから犯されながら薄っすらと汗をかくロゼウスの肌は艶かしくて眩しくて。
ロゼウスの声は悲鳴よりも嬌声が勝ち、ジャスパーの存在など忘れかけているようだ。
「あ、ああっ。シェリダン……っ!」
 ロゼウスが彼の名前を呼んだとき、ちくりと胸が痛むのを感じた。
 達する瞬間、一際甲高く四肢を拘束する鎖が音を立てた。
「っ……」
 荒く息をつくロゼウスから一度自分のものを取り出して、シェリダンがそれをまたロゼウスの口元へ近づけた。
「綺麗にするんだ。わかっているな」
「ん……」
 意識が朦朧としているのだろうロゼウスは、さしたる抵抗もせずにそれを受け入れ、彼のものへと紅い舌を伸ばす。その手馴れた淫猥な仕草。
 兄様――……。
「これでわかっただろう?」
 勝ち誇ったようなシェリダンの声。行為が激しさを増すほど、ロゼウスの中でジャスパーの存在は忘れ去られていく。
「ロゼウスは私のものだ。お前などが入る隙間はない」
 その貴様だって、どうせドラクルには敵わないくせに。