荊の墓標 13

071*

「……剣術大会?」
「ああ」
 ロゼウスの白銀の髪を撫でながら、シェリダンは頷いた。
 地下からそっくりそのまま中身を移動してきた拷問部屋の一種。窓には鉄格子を嵌め、寝台の上の虜囚には首輪と手枷を嵌め、鎖で繋ぎ逃げられないようにする。何代か前の王が趣味である拷問のために作らせた部屋だが、今のシェリダンの思惑にも相応しい。
 華麗な鳥籠に捕らえたところですぐに逃げ出してしまうような鳥は、こうして厳重に閉じ込めておくに限る。
 手に触れるロゼウスの髪は絹の如き輝きで手触りもよい。監禁しても食事や生活習慣はさほど変えていないから、やつれてしまって見る影もないということはないはずだ。
 それでも多少疲れたような顔でシェリダンの胸にもたれかかっていたロゼウスが、仕掛けた話に虚ろな様子で反応する。
「……それに、俺が何の関係があるの?」
 もう何かを考えるのも億劫だという様子で、ぼんやりとシェリダンの胸に頬を合わせる。裸の肌に触れる感触は心地よいが、つまらなそうに視線をそむける様は、少なからずシェリダンの苛立ちを刺激した。
「あっ」
 肩を押さえ込み、寝台の真ん中に押し倒す。両足で彼の体をまたぎ、抵抗を封じ込めた。
「ん……シェリダン」
「人の話はちゃんと聞くものだ」
 自分でもよく言う、とシェリダンは内心で自嘲しながら、ロゼウスにそう告げた。血の気のない、病んだような白い面の眉間に軽く皺が寄るのを見て、こちらもそろそろ疲れた気持ちになる。
 何故だ。手に入らないのならば壊してしまえばいいと思ったのも確かに自分であるのに、いざ彼がこうして外界から興味をなくし、人形のように一日中無抵抗で抱かれ続けているのにいざ直面すると、言葉にならない苛立ちが胸の中に溢れかえる。
 強いてそれを封じ込め、シェリダンは身体の下のロゼウスに話の続きを聞かせた。
「エヴェルシードでは今月、国中から猛者を募って、剣の腕を競う行事がある」
「……ふぅん」
「クルスにジュダ、それにエルジェーベトとリチャードがそれに出る。出場者は貴族が中心だが、それだけではつまらないと、平民の参加も許可される、この勝敗が軍役の階級を多少左右するからエヴェルシード人が主となる行事だが、他国人の参加も許可される」
「……だから?」
「大会は国王の御前試合でもあるわけだ。私はそれを観戦する。お前も観るのだぞ」
「俺が? ……ああ、王妃ってそういうのも義務なんだっけ」
「ああ、そうだ」
「……わかった」
 ロゼウスは頷き、シェリダンの腕に自らの腕を絡め、肩をつかんだ。ぼんやりと夢うつつのような瞳でシェリダンを見つめたまま、ふと思い出したように尋ねる。
「あんたは、戦わないの?」
「私か? 私は基本的には戦わない」
「基本的……」
「王子時代は戦ったのだがな。王子はあくまでも王の臣下の一人だから。国王になってからは、基本的には戦わないはずだ。ただし、優勝者が望めば戦うこともある。大会の優勝者が国王との試合を望み、王に勝った場合、その者には玉座が与えられるという慣わしだ」
「……え?」
 ぼんやりとした瞳に微かな困惑を宿し、ロゼウスが瞬いた。
「だって、そしたら挑戦者に負けたらあんたは……」
「国王の資格を奪われるな。だが、実際にそうして王位を剥奪された王など数えるほどしかいない。だいたいが国王の威光を示すために、わざと負けるご機嫌取りだ。その慣習で本気で玉座を引き摺り下ろされた王もいるにはいるが、それは兄弟から継承権を奪うために直系の王族などがしかけるそうだ。つまり、その試合で弟が勝てば、そいつが兄の代わりに玉座についたりする。まあ、私にはそんな相手はいないが」
 それでも、本当に負けてしまったら大事だ。そもそもが軍事国家であるエヴェルシードは武勇の国。臣下に警護される王とは言え、弱くていい理由はない。
「一応そのために、私もそろそろ剣の訓練をせねばと思っているところだ」
「……そう」
「ロゼウス、お前もするか?」
 シェリダンの下で、紅い瞳が瞬いた。
「……俺を、ここから出していいの?」
「ああ」
「シェリダン、何を考えている……?」
「別に、国内で私と匹敵する能力者で、かつ暇なのがお前しかいないだけだ。クルスやジュダを毎度領地から呼び出すわけにもいかぬしな」
 ロゼウスは訝るような眼差しをしていたが、すぐに興味を失ったように、目を閉じた。
「うん……わかった。稽古する」
「そうか」
 シェリダンはその唇に口づけ、吐息を奪う。
「ん……」
 明日から剣の訓練だというのにこんなところで、腰を痛めている場合ではないと思うが、湧き上がる欲求を今更止めることもできない。
「ロゼウス……」
 接吻から逃れ、唇が火傷するかのような熱さで名を呼べば、美しい吸血鬼は薄目を開く。
度重なる陵辱を受けてきた彼はもはや抵抗も僅かな理性を残すことも諦め、大人しくシェリダンにされるがままになっていた。
「ん……っ、んんっ、あ、……う、ふぅ」
 薄い胸を飾るような紅い尖りを口に含むと、敏感な身体からは官能の吐息が漏れた。開いた手で彼自身のものを扱いてやれば、甘い鳴き声が零れる。
「んぁ……シェリダン……もっと」
 先端を少々乱暴に擦ってやれば、多少苦しげだが艶のある嬌声があがる。理性を捨てかけ、快楽の虜となったロゼウスの肢体は艶かしく、その全身でシェリダンを誘う。
「あ……ひぁ……やぁ」
 震える彼のものを口に含み、舌を使って存分に愛してやる。快楽に弱いシェリダンの花嫁は、あっさりと口の中で達した。
「はぁ……ふぁ……」
 満足げなその脱力した身体を見遣って、シェリダンは身体を起こした。横たわる少年の体位を無理矢理変えさせて、こちらに滑らかな双丘を向けさせるような格好をとらせる。
 傷一つない尻を掴み、窄まった後の莟に舌を差し込む。
「ひぁっ」
 一際高く、驚いたような声をあげるのにも構わず、柔肉を掻き分けるように舌で愛撫した。
「あっ……ちょっ、やぁ、やめ……」
「……その割には、気持ち良さそうだがな」
 一度達したものからぽたぽたと先走りを滴らせるその様子を確認し、適度なところで舌を抜く。
「あんっ」
 物足りなさそうな声をあげたその顔を向けさせて唇にシェリダンのものを押し当てると、あっさりと口に含んで奉仕し始める。聞きわけのよい子どものように無邪気に、無垢とはかけはなれた淫蕩な行為にこうして耽るその姿は、思わず息を飲むほどに危うい。
 子どもにかえったような稚いその風情を見ていると、封じ込めたはずの苛立ちがまた押し寄せてくるのを感じる。
 幼い頃に、愛する兄にもそうやって奉仕したのか? 問いかけて、苛めてやりたい気分にもなったが、今日はそれよりもさっさと終わらせることを優先させることにした。十分潤ったものを引き出し、ひくついていた後ろに押し当てると、たまらないというようにまた高い声があがった。
「ああっ……もっと……!」
 口の端から淫らな様子で涎を垂らし、涙目で懇願する。
「おとなしくしていろ、今くれてやる」
 何度犯しても相変わらず狭い場所にずぷずぷと押し入りながら、後ろ向きで四つん這いになったロゼウスの様子を窺う。
悦楽に溺れて自我を手放そうとする姿に、こちらの意図通りではあるのに、満足よりも、微かな胸の痛みを覚えた。

 ◆◆◆◆◆

「おい、陛下だぞ」
「本当だ。陛下! 見回りですか!」
 練兵場に足を踏み入れたシェリダンに四方八方からお声がかかる。当然だ。シェリダンの人気は内政より軍部が支えている。権謀術数渦巻く政治の世界はよくわからないが、歳若くて反抗的で血気盛んな兵士たちには、国王にも関わらず先陣をきって敵に突っ込むシェリダンは人気が高い。
「おい、あれ、王妃様じゃないのか?」
「本当だ。ローゼンティア人だ。エチエンヌはともかく、なんで今日は王妃様までいるんだ」
 練兵場の兵士たちの注目がシェリダンからその背後をふらふらと危なっかしい足取りでついていくロゼウスへと向けられる。相変わらずの女装姿だが今日は動きやすい格好をしていて、けれどここ数日の扱いのせいで、顔色は死人のように悪い。
 エチエンヌはシェリダンとロゼウスの分の剣を抱えて、二人の後についていく。
「シェリダン陛下! 今日はどのような用事で?」
「私も剣術大会に向けて、剣の稽古だ。国王の座を奪われてはたまらないからな! どうだお前たち、大会で優勝して、私から玉座を奪ってはみないか!」
「とんでもない! 俺たちの主はあなただけですよ!」
 若い兵士の一人が、笑顔でシェリダンに答えた。軍部のシェリダンへの信頼、特に若い兵士の国王シェリダンへの信頼は厚い。セワード将軍はまだローゼンティアから戻らないけれど、シェリダンがかの国へ向けた戦力のほとんどはもう国内へ戻ってきている。そして数ヶ月ほど休んだら、また別の国と戦争を始めるのだろう。
 エヴェルシードは炎の国。戦いと破壊の国だという。
 荒涼として何もなく、争う気力もない死人ばかりの住むシルヴァーニからやってきたエチエンヌにはいまいち馴染みがたいが、この国はとにかく、いつもどこかと戦争をしていることで有名だ。その軍事力は皇帝陛下にも高く買われていて、有事の際にはエヴェルシードの軍を動かすこともざららしい。
 二人の後につき従って歩いていると、広い練兵場の様子にもさほどの興味を示すことなく、どこか夢うつつと言った様子でシェリダンのあとをついていくロゼウスが途中で転びかけた。腕をとって引き起こすと、その全身が小刻みに震えている。
「……ロゼウス?」
「ああ……ごめん、エチエンヌ。なんでもない」
 小声で話しかけたが、返事は素っ気なかった。顔色も蒼白で、余程具合が悪いらしい。
「お前、本当に大丈夫なのか?」
「……うん、大丈夫」
 そうは答えるものの、そんな様子には見えなかった。
 むしろ彼はエチエンヌの相手など面倒で、早く会話を終わらせるためにそう答えたように思えた。感情のない瞳が無言で責めてくる。
 どうせお前らは、俺が大丈夫であろうとなかろうと、関係ないじゃないか。
 何を答えたって同じなら、最初から構わなければいいのに。
 普段ならなんだよその態度と怒るところだが、今日はエチエンヌも、ロゼウスに喧嘩を売る事ができなかった。彼の眼は何も見ていない。華奢な身体にまとう女衣装のせいで、双子人形と呼ばれるエチエンヌよりずっと人形めいて見えた。
 空虚で足取りの危なっかしい、朧な人形。
「シェリダン様」
「どうした、エチエンヌ」
「……ロゼウスを本当にこんなところへ連れて来ていいのですか? 今日のあいつ、変ですよ」
「……ああ、そうだな」
 シェリダンはそう頷きながらも、ロゼウスを部屋に返そうとはしなかった。よろめく彼の腕を引いて、試合ができる一角に足を運んだ。
「あの、陛下」
 勇気ある兵士の一人が、練兵場に女(本当は男だが)連れで来たシェリダンに疑問を抱き、ちらちらと背後のロゼウスの様子を気にしながらシェリダンに尋ねる。
「あの……今日はどうして、王妃様を? 見学ですか?」
 彼の背後では別の兵士がこっそり皮肉を言う。本人はこっそりのつもりかそれとも彼らに聞かせたいのか知らないが、しっかりばっちり聞こえている。
 シェリダンは確かに軍部に人気があるけれど、これだけの人数がいれば自然と不満分子も出てくるのは仕方がない。この練兵場にだって、どことも戦争をしていない今でさえ千人が訓練をしているのだ。
「俺たちが命懸けで戦うための訓練を、遊びか何かと勘違いしてんのさ。相手させた兵士にわざと負けさせて、余興にでもするんだろうよ」
「おいおい。お前、自分が見学してくれるような女がいないからって僻むなよ」
 同僚の兵士がその男をからかい混じりに嗜めて、その場は終わる。兵士の一部は同じ事を考えたようで不満げな様子をしているが、シェリダンの一言がその場に一石を投じた。
「いや、これが私の稽古相手だ」
 周囲にどよめきが沸き起こり、ある者はシェリダンに、ある者はロゼウスに、ある者はその両方に失笑を送る。シェリダンの言う事を誰も本気にはせず、やはりこれは余興なのだとそういう結論に兵士たちは達するらしい。
「え? はあ、その……王妃陛下が、ですか?」
「そうだ。文句があるのか?」
「いいえ、滅相もありません! ただ、その……」
 外見は美しい人形のように華奢で、今現在は顔色も悪いロゼウスが剣を振るうところなど彼らは想像できないらしい。シェリダンを崇拝する側の兵士たちも、狐につままれたような顔をしている。
「場所を借りるぞ。良いな」
「あ、はい、どうぞ!」
 シェリダンは強引にロゼウスの手を引き、舞台の中央へと踊りでる。距離をとって開始位置につき、エチエンヌへと視線を向ける。
「エチエンヌ、剣を」
「あ、はい、陛下」
 エチエンヌは二本の剣を、同時に投げた。シェリダンはもともとそのつもりでこちらへ視線を向けて腕を伸ばしていたから難なく受け取るけれど、ロゼウスはエチエンヌの方を身もせず、剣が自分の身体に触れる寸前でその様子を見もせずにいつの間にか手のひらに柄を収めていた。この時点で周囲で観戦する兵士たちは度肝を抜かれる。
 練兵場はいまや静まり返り、周囲で各々の訓練に励んでいた兵士たちが一斉に注目する中、シェリダンとロゼウスの試合が始まろうとしている。シェリダンは刃を構えるが、ロゼウスは相変わらずぼんやりと剣を握ったままだ。
「あの……陛下、本当にいいのですか?」
 ロゼウスの様子はどう見てもこれから剣を振るう者の態度でではないし、膝丈のスカートはいつものドレスよりは幾分動きやすいとは言え、運動用の服ではない。
「ああ、さっさと始めろ」
「そ、それでは……はじめっ!」
 こんな試合の審判をさせられることになった哀れな若い兵士の声を合図に、二人の戦いが始まる。
 先攻はシェリダンの方で、素早い動作で間合いを詰め、ロゼウスに斬りかかった。ロゼウスの方は上段でそれを受け、ぎりぎりと嫌な音をさせて刀身を擦り合わせた後、一度離れて今度は彼の方から繰り出す。突きをかわしたシェリダンが鳩尾を狙う刃をロゼウスが受けとめ、際どい拮抗の末にまた剣を放し、後に飛びのいた。
 シェリダンが斬りかかればロゼウスがかわし、ロゼウスが反撃に出ればシェリダンが受けとめる。しかもこのやりとりは目まぐるしく、踊るように軽やかな足裁きでお互いの位置をくるりくるりと入れ替える。
 回転をかけて斜めから繰り出したロゼウスの刃をシェリダンは身を屈めてかわし、足元を狙う反撃をロゼウスは跳んで避けた。素早く腰を上げ逆方向からの重さを乗せた一撃をロゼウスは受けとめ、剣の持ち方を工夫して力の方向をそらしたことでシェリダンは体勢を崩す。
 無防備な肩口を狙った一撃を辛くもシェリダンは受けとめ、先程ロゼウスがやったように力の方向をそらせてなんとか体勢を整える。一度足を泳がせたロゼウスはすぐに立ち直り、シェリダンの攻撃を、刃を片手で支えることで盾のようにして受けとめ、力押しでせめぎあいに打ち勝つと、一気に攻勢に出た。
 上段から斬り付けて止められれば脇腹を突きで狙う。それをかわされれば腰を屈めて足を薙ぐように刀身を回転させる。横にした刃で受けとめられれば、下から切り上げるように剣を振るい、シェリダンの前髪が幾本かぱらぱらと宙を舞うのが見えた。
 目まぐるしい速さの超高度なやりとりに、観戦する兵士たちは呆気にとられている。シェリダンの剣の師匠はあのリチャードで、そのシェリダンの上をロゼウスはいくように思える。
 ガキィイイイン!
 弾かれた刃が、宙を舞って陽光を反射した。