090*
両目を布で塞がれる。
両手を手錠で繋がれる。
足だけは自由に動くようにと解放されたままだが、視覚と腕を封じられた状態では、身動きも出来ない。
それ以前に、ロゼウスの身体は複数の人々に押さえ込まれていた。
『に、い、さま……』
その複数の中に必ずいるはずの兄の名を呼ぶと、楽しげな声が返る。
『ここにいるよ。何? ロゼウス』
目隠しのせいで視界のきかないロゼウスの頬に触れた手の感触は確かにドラクルのもの。けれど、彼のほかにも三人か四人か、彼らが入ってくる直前に目を塞がれてしまったので正確な人数はわからないが、ロゼウス以外に四、五人のヴァンピルがこの部屋にいる。
『これは……』
『カラーシュのせいで奴だけを厚遇したことがバレてね。ここにいる彼らも、お前を抱きたいんだと』
優しい声で、兄は残酷なことを告げる。
カラーシュ伯爵フォレット卿は、ドラクルの一の臣下を名乗って憚らない。けれど、彼とドラクルの行いはいつも悪巧みばかりだと誰かが……アンリが言っていた。
『兄様!』
『お前にはここにいる彼らの相手をしてもらおうと思ってね』
『兄様! やだ、俺はそんなの……!』
『断れると思っているのかい? ロゼウス』
拒否の言葉をドラクルの口づけで封じられると同時に、見えない身体へと無数の手が伸びてきた。三人、四人、ドラクルを入れて、これで最低でも五人程。
誰かが足を開かせ、別の腕は前をよく開けるようにと手錠で繋がれた腕を無理矢理上げさせた。布地を引き裂く音と共に、肌が外気に触れる。
ロゼウスの言葉はドラクルの執拗な口づけに封じられていて、悲鳴も拒絶も何一つ口に出せない。
兄の接吻はいつになく濃厚なものだった。お決まりのように舌を差し込み、口腔の内部をまさぐり唾液を啜る。歯列をなぞり、逃げた舌を無理矢理引っ張り出す。
『うっ……んんっ……んむぅ……』
息苦しくて逃げ出そうとしても離れず、ロゼウスは彼の胸の辺りを叩いてようやく解放してもらう。生理的な涙は目隠しに吸い取られ、零れた唾液が口の端を伝うのが感触でわかる。
その零れた液も、ドラクルが舌で舐め取って言った。
『ああ、いいよロゼウス。口元をべとべとにして赤く熟れた唇を無防備に開いて、最高にいやらしい感じだ』
『酷いお人だよな、竜王子殿下も』
誰かが言った。いや、誰かじゃない。この声は。
『ラセム=ソルト=ゾディア男爵!』
『っ!』
背中で息を飲む気配がした。正面で舌打ちの気配がする。
『だから黙っていろと言ったのに。ラセム』
『へいへい。申し訳ありやせんでしたよ、第一王子殿下。まさか第四王子殿下がここまでお耳がいいとは……というか、そもそも俺みたいな末端貴族の名を知っていただいているとはね。光栄ですよ、ロゼウス王子』
その言葉と共に、右の首筋をきつく吸われた。
『あっ……!』
『じゃあ、仕方がないですね。知らなければそう酷いこともされなかったのに、ここまで来たらうっかりと俺の名前を口になんて出せないぐらい、この身体に教え込んであげませんとね。いいでしょう? ドラクル様』
『好きにしろ、ラセム』
『兄、上……っ!』
酷薄に笑う気配がして、首筋を甘噛みしていたゾディア男爵ラセム卿が、ロゼウスの身体を撫で回した。どこにいるのかわかれば、大体どの腕が彼のものなのかはわかる。
その腕とはまた別の腕が、ロゼウスの胸元を這って乳首を抓った。
『いっ!』
痛い。悲鳴をあげたロゼウスの耳に、艶やかな女性の声が届いた。
『あらごめんなさい。ちょっと意地悪しすぎちゃったかしら』
そう言いながらも、両の手で引きちぎるように強く乳首を捏ね回すこの滑らかな指の主には心当たりがない。
『だ、誰』
『私はあなたとお会いした事はないわ。ロゼウス王子。お初にお目にかかりますとは言えず、残念だわ』
『ひっ!』
そう言いながらも、彼女はロゼウスの胸元を弄ることをやめない。滑らかな指先で押しつぶすように乱暴に弄り回し甚振られた箇所はじんじんと痺れてくる。この目で見る事はできないが、そろそろ腫れてきているに違いない。
『ダリア。そろそろその手を離せよ。俺にも第四王子の可愛い身体を触らせろ』
『何よラセム。あんたは近くで首吸ってるからいいじゃない』
『全然ちがうだろうが。乳首なんてお前にもあるんだからそれでも弄ってろよ』
『あんたにだってあるでしょうが』
ゾディア男爵と、そのダリアと呼ばれた女性が言い争う。ダリア……確かどこかで、聞いた覚えが……。
『カルデール公爵配下の、ダリア・ラナ子爵』
『そうよ王子』
細い指先がロゼウスの顎を捕らえ、身を引いたらしきドラクルに代わって口づけを始める。上唇と下唇を順番に啄ばむように彼女の唇で挟まれた。
甘い、花のような女の人の唇。だけれどそれは、すぐに消え去った。
『邪魔だ、ダリア』
『ああん、もう』
ゾディア男爵の声がすると同時に、ロゼウスの口に青臭い精液の味がする肉の塊が突き入れられた。
『あーあ、ラセムってばずるーい』
無理矢理口淫を強制されて苦しむロゼウスの様子は構わずに、他の人々の手も次々に、身体の至る場所を撫でさすり弄ぶ。
『いいわ。じゃあ私はあんたたちが用のないこっちを貰うから』
ラナ子爵の言葉と同時に、それまで無骨な手で弄ばれていた下肢の熱が、生暖かい粘膜に包まれた。ロゼウスはゾディア男爵のものに奉仕させられながら、同時にラナ子爵に自身を慰められていた。
自分の熱を刺激するあまりにも直接的な快感と、逆に口の中を犯す怒張にどうしていいかわからなくなる。
でも、ここで逆らえば、またドラクルに……今度は、鞭打たれる程度じゃすまないかもしれない。
抵抗を諦めて、おとなしくゾディア男爵のものに舌を這わせてしゃぶり始めた。
『そうだ。それでいいんだよ、ロゼウス』
人の絡みからさっさと距離をとったらしく、少し離れた場所からドラクルの声が聞こえた。ロゼウスは目隠しされ手錠で繋がれ、四人の男女の手によって不自然な体勢にさせられながら、快楽を与えられると同時に奉仕を強要される。
『ん、……ぐっ!』
視界がきかないから、相手の様子を見ることもできないしそもそもそんなもの見たくもない。達した男爵の出したものを吐き出すと、悲鳴が上がった。
『ちょっとっ! 何するのよラセム!』
『ああ、わりぃわりぃ』
ロゼウスが男爵のものを咥えている間ロゼウス自身を口に含んでいたラナ子爵に、ちょうど吐き出した精液がかかったらしい。また二人が言い争う気配がする。
声は出さずに笑う気配だけをさせながら、名前もどこの誰ともわからないもう二人の人々が争う二人の手が離れた隙にと、今までの愛撫よりよりいっそう執拗な責めを仕掛けてきた。
『ひあっ!』
一人がロゼウスの尻を浮かせて、唇を当てた。後の穴を解きほぐすように、舌を差し込んで内部を抉り始める。もう一人は先程ラナ子爵にさんざん弄られて腫れ上がった敏感な乳首に手を伸ばしてきた。
『い、痛……』
『あ、ずるいぞお前ら!』
『ちょっと! 下の方は私が貰うんだからね!』
再び誰かのものが口に突っ込まれる。ロゼウス自身のものが、口とは違う粘膜に包み込まれてこれまでとは比べ物にならない快感を味わう。
『どう、王子。ああ、可愛らしい顔をしてる割には、それなりのものを持ってるのねぇ……』
ラナ子爵の恍惚とした声の後に、後に指が差し込まれた。中をかき混ぜる指の感触に声をあげたいが、喉を塞ぐ逸物のせいで呼吸すらろくにできない。
そのうち、中を慣らし終えてまた新たな男のものが後ろの穴に挿入された。
『―――っ!』
肉をぶつけあう音と、粘膜の立てる水音。出し入れするものの動きと、自身を包み込む女の粘膜の感じ。
声をあげずに絶叫するロゼウスの様子に、くすくすと周りから声があがる。複数の声は入り混じり、もはや、誰が誰なのかわからない。
その中でただ一人だけ、ロゼウスの耳にもわかった声がある。
『ああ。美しいよロゼウス! お前にはやはり、背徳的な悲劇がよく似合う!』
高らかに声をあげて、狂ったように兄はロゼウスを嘲笑していた。
◆◆◆◆◆
そして、あなたに溺れる。
「あっ……ふぁ……はぁん……」
長い指は中を容赦なくかき回してくる。ロゼウスはドラクルの手に下肢を弄ばれながら、さんざんに乱れた。
「兄様……もっと、もっとちょうだい……」
浅ましく懇願しろと言いつけたのはドラクルだった。ロゼウスの両手は横たわった寝台の身体の上のほうで拘束され、身動きが取れない。とろうと思えばとれるけれど、もはやそんな必要もなかった。
俺は、あなたに溺れる。
「ドラクル……あああ、あ!」
それまで奥とも手前とも言わず中途半端な位置の内壁を擦っていた指が、突然もう一関節分奥へと突きこまれる。更なる快楽に、ロゼウスはよりはっきりとドラクルを感じようと自然と腰を動かそうとする。
「いやらしい子だね、ロゼウス……前の方も、こんなにして」
先走りで濡れたものを空いた指で突かれると、背筋をしならせる強い快感が襲った。ドラクルはロゼウスのものを握りこむと、先走りの液を手のひらに刷り込むようにして拭いた。
それでもまだぽたぽたと切ない雫を垂らすそれを、やがて彼は口に含む。
「ああっ! 兄様ぁ!」
身も世もなく悶えるロゼウスの耳に、ロゼウスのものを口で咥えて舐めるドラクルが、殊更卑猥に立てた音が届く。
両足を彼に掴まれて、動く事ができない。ロゼウスの股間に顔を埋めたドラクルは、丹念な舌遣いでロゼウスを絶頂へと追いやった。我慢できずに、ドラクルの口の中で放つ。
「ロゼウス」
呼吸を荒げて熱を冷まそうとしていたロゼウスの耳にドラクルの声が届くと、彼はそのまま舌を捻じ込むような口づけを仕掛けてきた。何ともいえない青臭い苦味に、ロゼウスは思わず眉をしかめる。
「そんな顔をするものじゃないよ。自分の味だろう?」
「だから、です……」
両手は手錠に、足はドラクルに拘束されて動けないすでに後の蕾への愛撫は止められていて、もどかしい熱が身体の奥で燻っていた。
「ああ、兄様……」
ロゼウスはドラクルが言った通り、醜く浅ましく彼に懇願する。
「抱いて。どうか犯して。ぼろぼろにして。あなたの好きにして、愛して……!」
良い子にはご褒美を。
悪い子にはお仕置きを。
そのどちらにしても、ロゼウスにとってドラクルを繋ぎとめるものはこの身体だけだった。
誰よりも大好きな兄様。彼はロゼウスの教育係だった。そして二親とも血の繋がった実の兄だ。小さい頃から彼がロゼウスの勉強を見て、剣を教えていた。全てをドラクルから教わり、そして与えられていた。
今更失うなんてできない。
「『愛して』か……言うようになったじゃないか、ロゼウス」
ドラクルは優しげに微笑むと、身体を起こしてロゼウスの口元に自分のものを押し付ける。いつものことにロゼウスは口を開けて、ドラクルのものを口内の粘膜で包み込んだ。凶悪な肉棒を、夢中でしゃぶる。
「いい子だロゼウス……本当に」
ドラクルが達すると、ロゼウスは出されたものを飲み込んだ。いくらか零れたものが口の端を伝ったが、それはドラクルが自らの舌で舐め取った。
「では、そろそろお前を満足させてあげようか」
その言葉に、ロゼウスは嬉々とした目をドラクルに向けた。ふっと微笑んだ兄はふわりと軽く、羽根のように額へと口づけると、熱く硬いものを、ロゼウスの後ろの穴へと挿入した。
「ふぁ……!」
「どうした? まだイクのは早いよ」
耳朶を甘く噛みながら、くすくすとロゼウスの耳元でドラクルは笑う。ロゼウスの身体に覆い被さる彼の背に、ロゼウスは腕を回した。
もっと、もっと。
悦楽、快楽、享楽、愉楽。
乱れて溺れて、真っ白にして。
何も考えず、何も思わず、痛みさえも気持ちよくしてくれるこの行為だけにのめりこませて。
我を忘れさせて。
考えさせないで。何も。
「ああ、兄様、どうか……!」
内部を深く穿つ兄の熱を感じながら、ロゼウスは自分が何を言っているかわからなくなる。
ただドラクルの言葉にだけ、耳を傾けていた。
「愛しているよ、私のロゼウス」
それは麻薬。それは魔法。
この心を縛る鎖。
行為の前後に、最中にいつも彼は呟くのだ。
愛している。
ロゼウスを、愛しているからそうするのだと。
獣にロゼウスを犯させたときも、怪しげな道具で責め苛んでいるときも、友人であり部下たる貴族の人々に輪姦させた時でさえ、酷薄に狂的に笑いながら告げる。
「愛している」
一段と深く、中を貫いて言われた。
「兄様、俺も……」
快楽とそれだけじゃない別の感情でロゼウスも言葉を返しながら、また意識を押し流す恍惚に身を沈める。
愛しています、俺も、あなたを。だって、あなたは俺を愛してくれるのだから。
寝台が軋む。喘ぎ声が止められない。ドラクルの部屋は何故か城の中央部から離れた一角にあり、滅多なことでは近寄る人もないけれど。
「あっ……あ、ああ……ふ……うぁ、ああん」
抜き差しが激しくなって、意識を持っていかれそうになる。ドラクルの手に掴まれた太腿には痛みが走り、手形の痣ができているだろうが気にならない。
愛している。あなたが愛してくれるのだから愛している。
この痛みは全て、その愛の代償。
獣姦も輪姦も、手錠も首輪も張型もフェラも全部、あなたが俺を愛してくれているから。
何かを得るためには何かを差し出さねばならない。
ドラクル=ノスフェル=ローゼンティア。長兄。第一王子。世継ぎの王子。十歳年上の実の兄上。俺はあなたの愛が欲しくて、欲しくて……
苦しくて恥ずかしく寂しくて痛くて切なくてもどかしいことは何度もあった。
やめて、と、怯え交じりの叫びではなく、やめろ、と毅然とした態度で一言言えば解放されただろうそれをいつまでも享受していたのは。
失いたくないから、この愛を。
本気でドラクルを拒絶しようと思うならばいつだってできたはずなのに、ロゼウスはそれをしなかった。力で敵わない? 兄には逆らえない? 表向きどんなことを言ったって、ドラクル以上の権力者はいくらだってこの国にはいた。父に事情を話せばいつだって解放されたはずだけれど、ロゼウスはそれをしなかった。
欲しかった。それがずっとずっと欲しかった。ドラクルの愛が。だって一番近くにいたのはドラクルだ。ロゼウスの兄であり、教育官でもあったドラクルはロゼウスにとって一番近い存在だった。母より父より、他の兄弟より誰よりも。
身近な家族の愛が欲しくて、ロゼウスは全てを擲った。
そのために全力で、自らの感情を奥へ奥へと押し込めて封印した。初めて奉仕させられたときも、抱かれたときも、本当は嫌だったのに、最後の最後で拒絶できなかった。父の下へ駆け込むこともせずに、ロゼウスはドラクルを受け入れた。いつだって逃げ出せたはずなのに。
やがてロゼウスは、自分がそうして傷ついていたことすらも忘れた。
ドラクルは俺を愛してくれているんだから、だから俺も愛している。
どくり、と絶頂に昇りつめる。ロゼウスは向かい合うドラクルの腹に自分の精を飛び散らせ、ドラクルはロゼウスの中に白濁を放出した。
ずるり、と中からものが引き抜かれる。自身を引き抜いたドラクルはロゼウスから顔を背けて寝台の端にと腰掛けた。
手錠で繋がれたまま放置されたロゼウスは、太腿へと流れ出すその精液の感触を、呆然と味わっていた。どろりとした液体もぬるりとした液体も気持ち悪い。汚い。この自分自身も。世界も何もかも。神様なんて見えずに空が堕ちてくる。
ああ、気が狂いそうになる。
でも大丈夫。だって俺は好きでこうしているんだから。好きでドラクルに抱かれて、ドラクルを求めて。兄上だって俺を求めてくれてるから、痛いことや苦しいこともさせるんでしょう?
なのに、耳の奥で誰かが囁くのだ。
――こんなことされても、まだドラクルが好きなの?
好きだと思ってた、ドラクルを……。
――もういや、もうやめて、やめて兄様助けて!
言えなかった。言いたかった。
――なんでもするから! あなたの望む事はなんでもするから、ちゃんと言う事聞くからもう殴らないで!
最初の日、目の前に醜悪な男の証を突きつけられて奉仕しろと強要されて、泣いて拒んだロゼウスはドラクルに酷く叩かれた。自分より十歳も年上の兄が振るう単純な暴力は怖かった。
けれどその夜は幾度も繰り返されて、やがてロゼウスは自らの恐怖を胸の奥に仕舞いこんだ。
俺は虐待なんかされてない。だって、虐待って愛されてない子どもの受ける暴力のことだろう? 俺は兄様に愛されてるからこれは虐待なんかじゃない。それに、俺も兄様を愛してるんだから、苦しくない。
愛している。
愛していた。ドラクルを。兄上を。
だから、痛いことをされても平気。
だから、酷いことをされても傷ついたりしない。
――ロゼウス。私はお前を愛しているけれど、それ以上にお前が憎い。
心は脆い硝子で呆気なく打ち砕かれて自分は粉々になって散らばり。それでも、俺は兄上を愛しているんだから、何をされても平気。
そう……思っていた。けれど。
だってお前は現に今、こうして自分の《涙》で溺れかけているじゃないか?
涙を流している自分すらもロゼウスは忘れていた。