荊の墓標 19

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 この感覚は、知ってる。
 暗闇の中で剣を合わせながら思った。相手はかなりの剣の上手だ。こちらに肉薄する白刃の威力が並ではない。避け損ねたらすぐに腕なり足なりを持って行かれるだろう。
 そして、覚えがある。剣の太刀筋、重さ、攻撃の形態。ちりちりと、首の裏に焦げ付くような嫌な感覚が走った。
 後方に一度跳んで素早く構えなおしたところで、剣戟を受けとめる。相手が接近したその際には即座に間合いを詰めると、反撃に転じる。だが相手は闇に同化する濃紺の衣装を身につけていて、うっかりすると見失いそうになる。
 そもそもヴァンピルであるロゼウスは闇の中で戦うのに向いていない。今この時のように、相手の目的が暗殺であるならば。肌も髪も白で嫌が応にも目立ってしまうのでは、囮としては動きやすいが、誰かを守ることには向いていない。
 そして、そんな役立たずのロゼウスに守られた女性はただ底冷えのする瞳で相手を睨んでいる。まだ救いであるのは、ロゼウスの姿は闇の中で見つけ出しやすいが敵の狙いである彼女は見つけにくいことだろう。黒い髪と黒い瞳に黒いドレスを纏う皇帝陛下は、室内に落ちた漆黒の帳に上手く溶け込んでいた。
 気配と息遣いを頼りに、ロゼウスは相手の体に剣を振り下ろす。全てがかわされるか受けとめられるかで、状況は一進も一退もしない。一応周囲の人影には最大限きを配っているのだが、料理の並べられた食卓にまでは意識を向けられずテーブルクロスを踏みつける感触と、皿の割れた音がした。
 不安にさざめく人々の声と、押し殺された悲鳴。
「陛下!」
「シェリダン様!」
 聞き覚えのある声が響いた途端、広間に少しだけ明かりが戻った。シェリダンの指示によって照明を復興することを最優先とされていたエチエンヌたちが、明かりを取り戻したのだ。壁際の燭台に火をともしただけとはいえ、さすがに先程の闇とは違う。
 短い舌打ちが、剣を合わせているのとは別の相手から聞こえた。しかもそれは遠く、ロゼウスの見知った気配のすぐ近くにあるのだ。
「――シェリダン!!」
 思わず名を呼んでしまった。自分の口から出た悲鳴は遠く、中途でひきつれる。
「ロゼ! 退いてっ!!」
「ちょっと待て! ロザリー!! それはやめっ」
 そしてこちらの名も呼ばれ、ついで何か重量のある塊が勢いよく飛んでくる。直前で何事か喚いていたシェリダンの言葉も終わらぬうちに、広間に破壊音が響いた。
 どんがらがっしゃん!
 ロザリーが、人間の大の大人が十人がかりで運ぶような広間の机の一つを投げたらしい。
……もう滅茶苦茶だ。
 だけどそれで一応は、事態は収束を見る。さすがにこんな混乱状況では標的を仕留めることもかなわないと悟ったのか、敵が退いていく。
 けれど、その敵とは――。
「あーあー、やっぱり邪魔しちゃったんだ」
 広間を埋め尽くすこれだけの人数がいるにも関わらず、刺客はすでに姿を消している。ロザリーに今にも掴みかからんばかりに攻め寄っていたシェリダンも応急処置ではないちゃんとした明かりが改めて灯されだすと、この騒ぎを治めるために口を開いた。凛と通る彼の声は人々の声を鎮める響を持っていたけれど、その彼よりもすぐ近くから話かけてきた人物のせいで、満足にその言葉を聞き取る事はできなくなった。
「セルヴォルファス王……」
「ヴィルでいいってば。ロゼ……姫」
 ドレス姿に多少戸惑ったように言葉を濁しながらも、セルヴォルファス王ヴィルヘルムはロゼウスの名を呼んだ。
 何となく顔を合わせるのがいたたまれなくて、ロゼウスは視線を逸らす。その顎にさりげなく指を伸ばされ、無理矢理彼の頬を向かされた。
「そこまで避けるのは酷くないか? 何なんだよー」
「何でもない、酷くない」
 視線を固定されて不機嫌が増したロゼウスをセルヴォルファス王は楽しげに見つめた。そして、促す。扉の外を見るようにと。
 暗い闇に溶け込まない色彩で、一人の少年が悲しげに佇んでいた。
「……ジャスパーっ!」
 紆余曲折を経て離れ離れになった弟の名をロゼウスは呼ぶ。
 そして彼の隣にいる人影にも気づく。
「ハデス」
「そう、ハデス卿だな」
 ここから広間の出口までかなり距離があるが、吸血鬼の視力の前には関係なかった。人狼であるセルヴォルファス王もそれは同じだ。漆黒の髪と瞳、そして剣を引っさげる。
 何故ハデスとジャスパーが一緒にいるのか。
 ロゼウスが動けないまま、広間は動き出す。人々が動き出す。ロザリーの勇敢な暴挙のせいで惨状と言い表すのがふさわしくなってしまった場所で、晩餐会など続けていられない。
「ねぇ、気づいてる?」
「ああ。まだいるんだろう?」
 詳しい事はよくわからないが、広間の周囲をうろついている鋭い気配を感じていた。セルヴォルファス王ヴィルヘルムは口に笑みをはいて、ロゼウスへと囁きかける。
「あれは、君の味方だよ?」
 それは甘い甘い悪魔の囁き。
 知ってた。
 気づいてた。
 わかっていた。
 これは同胞の気配。同胞の力。同じ魔力を感じる。ロザリーも何かを察したのか、ロゼウスの方へと駆けてくる。
 晩餐会はここで終了、お開きにしてまた明日やり直すとシェリダンが一段高いところから告げて人々を退出させた。残されたのはロゼウスとロザリー、ヴィルヘルムとローラ、エチエンヌ、リチャード、シェリダン。そして世界皇帝陛下。
「バイロン、では後の事は」
「はい。お任せください、陛下」
 有能な宰相に後始末を言いつけ、シェリダンがロゼウスの方へと歩み寄ってきた。
「この馬鹿」
「え?」
「怪我してるじゃないか。見せてみろ」
 触れられた頬に、ピリ、と刺激が走った。いつの間に切れていたのか、そのことにもロゼウスは気づかなかった。どうでも良かった。
 それよりも、今はこの積み重なった謎をどうにかしたかった。
「シェリダン……この、状況は」
「とりあえず、今すぐに襲われるということはないだろう。今城内と周辺地域を調べさせている。ああ、陛下。歓迎会の準備の手直しもさせています」
「別に気にしてないわよ? あなたのナイト兼お姫様が、私を守ってくれたようだし?」
 皇帝陛下は意味ありげにロゼウスを見る。反射的にロゼウスを腕の中に囲い込むシェリダンの様子をくすくすと笑いながら、じゃあ、と彼女は白い手を差し出した。
 黒い封筒が握られた白い指。
 世界の運命を掴む指先。
「皇帝陛下? なんですか、それ」
 怖いもの知らずのエチエンヌが、恐れ多くも直接皇帝に話しかける。デメテル陛下は意味ありげな薄笑いを浮かべて、その封筒をシェリダンに押し付けた。
 中身を見る前にまず署名を確認したシェリダンが、ハッと息を飲む。
 その封筒が、ロゼウスへと回された。銀字で記された署名を見たとき、ロゼウスにも嫌な予感はした。ぱっと見でさえ、その字は自分の良く知る誰かと似ている。
「皇帝陛下、これ」
「あなたがハデスと戦っている間、ヴァンピルのおにーさんが届けに来たのよ?」
 その言葉に、ロゼウスもシェリダンも驚いた。ヴィルヘルムはどうだか知らないが、ロゼウスにとっては二重の意味での驚きだ、まさか先程の戦い、相手がハデスであることに皇帝陛下が気づいていられるなんて。
「皇帝を舐めちゃ駄目よ? 私はね、私が関わる世界の出来事はなんでもわかるの」
 嘘か真か、皇帝以外には知りようもない言葉を吐いて彼女はロゼウスを追い立てる。
 ロゼウスがハデスと戦っている間、彼女に近づく人間なんて誰もいないように見えた。ましてや、それが同族である吸血鬼のものならすぐに気づけるはず。けれどロゼウスは気づかなかった。ロゼウスにさえ気配を悟らせないほど優れたヴァンピルなんて滅多に知らない。
 そしてその滅多にいない一人の名が、手紙には記されている。
 ドラクル=ノスフェル=ローゼンティア。
 兄上。
 あなた、なのですか……?
「で、どうするの? ロゼウス王子」
 不自然なほどに凪いだ口調で尋ねる皇帝陛下に誘導されるように、ロゼウスは答えていた。
「行きます」
 手紙の中に記されていたのは、今夜、王城があるシアンスレイトに近いある森で待つという短い文面。
「ロゼウス」
 シェリダンが張り詰めた面持ちでロゼウスを見つめてくる。彼にだって予想できない事態は多い。これまで一つずつは別々だった物事が、どうやらもう少しで一本の糸で繋がりそうで、自分も彼も途方に暮れた。
 それでも。
「俺は……ドラクルに会って、全てを知らなければならないから」

 ◆◆◆◆◆

 まず、状況を整理しよう、と誰かが言った。
「この襲撃の目的は?」
「私の暗殺。ついでにその手紙を薔薇の王子に届けること」
 シェリダンの声に答えて、大地皇帝はいとも簡単に言ってのけた。暗殺されかけた張本人しては、あまりにも余裕のありすぎる態度だ。
「襲撃者は」
「ハデスよ」
「ロゼウス、本当なのか?」
「あ……ああ」
 シェリダンの言葉に、ロゼウスはぎこちなく頷く。けれどそんな気遣いも空しく、実の弟に命を狙われた当人はまたしても余裕綽々で言ってのける。
「ハデスは私を嫌っているからねぇ。隙あらば皇位を狙って刺客を送ってきているもの。バレてないって、思うあたりあの子もまだまだ詰めが甘いわよねぇ」
 くすくすと、いとけない子どもの悪意なき悪戯を笑うように皇帝デメテルは弟の動向をそう評する。もちろん現実にはそんな可愛らしいものではない。先程、剣を合わせたハデスの殺気は本物だった。相手がロゼウスであることに舌打ちしていた。
「というかそもそも、皇位って奪えるものなんですか? この世で皇帝だけは、神による選定がなければ、つけない玉座でしょう?」
 世襲制は大原則として適用されないはず。陛下の言葉に疑問を感じたロザリーがそう尋ねた。
「まあ、基本はそうなるわけだけど、自分は皇帝だって名乗るだけなら勝手じゃない? そして、自分が皇帝に相応しいって、他の人間に勝手に認めさせるのもね」
 帝政は原始の時代からあったものではなく、神去暦という小国乱立の時代に暴国の圧制に耐えかねた革命軍が新たに起こした制度だ。その時に皇帝の全世界統治を確立したシェスラート=エヴェルシードのように、新たな世界支配制度を勝手に確立してしまうのなら。そしてそれを一から始めるのではなく、まずは自らが最も近くにいる最高権力者の寝首を掻くことから始めるのなら。
「つまり、ハデスの狙いは、神の神託そのものを潰すこと」
 シェリダンが重苦しい表情で言った。
 ハデスの狙いは、姉であるデメテルを弑して自らが玉座に着き、そして神の選択による皇帝制度を廃止することだと。
「まあ、現実には単に自分が皇帝になりたいだけなのでしょうけどね。あの子は小難しい政治に関わりたい願望なんてないし」
「皇帝陛下」
「やっぱり、偽りの選定者は駄目ね。神に選ばれていない偽者だから、忠誠心がないわ。こういった苦労をしたくないのなら薔薇王子、あなたはどんなに馬が合わなくても選定者はちゃんと天命を受けた人間を選んだ方がいいわよ?」
「え?」
 何故、そんなことを彼に言うのだろうか。大地皇帝デメテル陛下は花のような笑みを浮かべて、ロゼウスの方へと視線を向けている。それでは、まるで――。
「っ!」
 いつかの幻の声が蘇りそうになり、ロゼウスは咄嗟に目を逸らした。突然の無礼だったが、皇帝陛下は気にした様子もなく笑った。代わりにいきなり顔を向けられて一瞬驚いた表情をしたのがシェリダンだ。それを誤魔化すかのように、彼は尋ねた。
「ところでロゼウス、お前その剣はいったいどこから?」
 そもそも王妃が帯剣して晩餐会に出席するのはおかしいので、ロゼウスは剣を佩いていなかった。そのことに気づいたシェリダンが眉をしかめる。
「その辺の人の持ち物を勝手に拝借しちゃった……」
「お前……」
「いいんじゃない。そっちについては、私が後で適当に誤魔化しておいてあげるわよ」
 簡単に言い切って、皇帝陛下は話を先に進めた。
「それよりも、私の方の情報はこれでいい? なら、さっさと薔薇の殿下の話に入ったほうがいいんじゃない?」
 白魚の指先が、ロゼウスの手の中の封筒へと向けられた。
「それ、なんて書いてあるのかしら? ぜひ聞きたいわ」
 無邪気な笑顔を向けられて、ロゼウスははっとした。先程手紙を渡されてから、一枚目は読んだけれど、実はもう一枚便箋が入っていたのをしっかり彼女に見られていたのだ。シェリダンやローラたちの視線も、ロゼウスのその手元に注目される。
 意を決して、黒い封筒をもう一度開いた。中には先程と同じ普通の、とは言ってももちろん市井の人々が使うのよりずっと上等な白い便箋が入っていて、たった一言だけ書かれていた。
 ロゼウスは、言葉を失った。
 隣まで歩み寄ってきたシェリダンがロゼウスの指先から手紙を奪う。便箋だけ持って行って、用を果たした封筒は床に落ちた。食卓が壊されて大惨事を起こした広間の中、零れた紅き血のようなワインの中にそれは沈み、兄の名前が滲んで溶け出していく。泣いているみたいだと一瞬思った。
 あまりのことに声が出ないロゼウスの代わりに、シェリダンがそれを読み上げる。
 便箋と同じく上等なインクで、しかし見慣れた、優美だけどどこか神経質な印象を与える文字で書かれていたたった一言。
「『迎えに行く』」
 部屋に沈黙が降りた。
 一枚目には、森で待て。
 二枚目には、迎えに行く。
 酷い矛盾だ。
「迎えに、って……」
 ローラが、エチエンヌが、リチャードが、ロザリーがロゼウスを見る。ロゼウスはどう返していいかわからない。シェリダンは便箋を睨みつけたまま厳しい目をし、皇帝陛下はいまさら微笑を隠すために、黒い羽でできた扇を開いた。ぱらりと微かな音がした。
「ロゼウス」
 名を呼んだのはロザリーだ。のろのろと顔を上げたロゼウスに、蒼白な顔で彼女は告げた。ああ、自分もきっと妹と似たような顔をしているだろう。
「さっき、皇帝陛下をハデスが狙ってたっていった時、こっちでも一悶着あったのわかった?」
「ああ。わかってるよ。でも何があったのかまでは、詳しくは知らない」
 ヴァンピルは夜闇には強いけれど、ロゼウスと剣を打ち合わせていたのは何しろあのハデスだ。一瞬たりとも気が抜けなかった。
「シェリダンも狙われたの」
「えっ!」
「ロザリーに庇われたが」
 便箋を適当に床に放り捨てる。シェリダンはようやく顔を上げてロゼウスを見た。琥珀の中に炎を閉じ込めたような朱金の瞳に、でかでかと不機嫌と書いてある。
「何が……あったの?」
 ロゼウスが聞くと、これまで気丈な顔をしていたロザリーの表情が見る見るうちにくしゃりと歪んだ。悲鳴のような高さで答えが紡がれる。
「ジャスパーだったの」
「え?」
「ジャスパーとウィルだったの、襲撃者。だから、咄嗟に机投げて」
 確かにロゼウスは、最後にジャスパーの姿を見た。それも、ハデスと一緒に。そしてウィルもいたということは。
 相手が吸血鬼であるということは、明るい場所で見ればすぐにわかってしまう。だからあの時、顔を見せられない彼らを撃退するためにシェリダンは照明を付け直すことを最優先にし、ロザリーはわざと相手と直接対峙しないであんな暴挙に出たのか。
「これだけの大掛かりな仕掛け、あの子たちだけでできるわけない。だから多分、アンリやミザ姉様も絡んでると思う。それに、ドラクルも……」
「今回の襲撃者は、皆手を組んでいると考える方が普通だな」
 ハデスも、アンリやジャスパーたちの一団も、そしてドラクルも。
「大変ねぇ。ってことは、つまり私とハデスのことと、あなたたち全体に関わることってのは何かつながりがあるわけね」
 それまで彼らのやりとりを聞いていた皇帝がそう言った。
「繋がり……」
 まだだ、まだパズルのピースが足りない。ドラクルと、アンリたちローゼンティアの兄妹が揃ってハデスと協力している、でもそれだけではないような気が、まだする。
「シェリダン様、ロゼウス様」
 硬い声音でリチャードがそのピースの一端を示した。
「確か剣術大会御前試合の時に、ローゼンティアの第二王子殿下たちは、カミラ殿下と手を結ばれていましたね」
「!」
 皇帝を除く全員がはっとした。
「それに、ここ最近王城の周辺を不審な影が徘徊しているという情報も、今日になってようやく出てきました」
「本当か? リチャード」
「ええ。先程警備のモリス隊長が報告してきました。そしてそれはどうやら……」
「ヴァンピルだった、と」
「はい」
 王城内ではないが、外に同胞の気配を感じた。ある程度の規模の集団が出てこないと、そんなことには気づけなかっただろう。
『あれは、君の味方だよ?』
 あの混乱の最中にセルヴォルファス王は囁いた。
 そう言えば、今ここにいない彼は事態と一体何の関係があるのだろうか。注意をしておくに越したことはない。
「ローゼンティアの軍勢が動く、ということでしょうね」
「ってことは、エヴェルシードとローゼンティアの間でまた戦争ですか」
 双子人形は事も無げに言った。
「なっ、ローラ、エチエンヌ」
「「本当のことでしょう」」
「まだ決まったわけではないぞ」
「そうねぇ。でも、限りなくその思惑は当たってると思うわよ」
 シェリダンが窘め、デメテルが持ち上げる。デメテル皇帝陛下はさらに、意味深な言葉を吐いた。
「でも、敵って……ややこしいからエヴェルシード王にとっての敵としておくけど……本当にローゼンティアなのかしら? この戦いは、エヴェルシードとローゼンティアの争い、そんな単純なもので表せるのかしら?」
「……皇帝陛下」
「ねーぇ、薔薇王子。世界っていうのは、誰を中心に回っていると思う?」
 彼女はうっそりと微笑んだ。
「単純にローゼンティア王家が、国内の迎撃体制を整えてエヴェルシードに反撃をしかけるためにロゼウスとロザリーを取り戻しにきただけではないっていうことですね」
「そうでなきゃ、私のハデスがわざわざ力を貸す理由ないもの」
 真実はどこだ?
 敵は、味方は、戦うべきは。
 そして自分は何者なんだ。
 世界は誰を中心に回っている?
「知りたければ、その誘いに応じなさい。ロゼウス=ローゼンティア」
 零れた残飯の中に打ち捨てられて読めなくなった手紙だけれど、署名も内容も忘れるわけがない。赤ワイン染めの文字が脳裏に浮かんだ。
 迎えに行く。
「地獄からのお誘いね」
 そのためには、ロゼウスに来いと。なんて笑えない、浪漫のない逢引約束。
「……わかり、ました」
 その言葉は手紙の差出人であるドラクルに向けたものか、命令だと言った目の前の皇帝に向けたものか、ロゼウス自身にもわからなかった。