荊の墓標 23

127*

「――で、結局あなたは何を企んでるの? ハデス卿」
「企むなんて人聞きの悪い……だいたい、人間誰だって少なからず、いつでも悪巧みしているものじゃないか」
 ヴィルヘルムの問いかけにハデスは笑う。
 見た目こそ自分たちは同い年やその辺りに見られるが、ハデスの今の姿は仮のもの。本当は何十年も生きているこの身からすれば、セルヴォルファスの十六歳の少年王などまだ赤子のようなものだ。
 けれどその赤ん坊は、生意気にもこちらが思ったより達者な口で言い返してくる。
「そうかな。確かにそうかもね。ハデス卿。人間いつだって小さな悪巧みをしている。でもあなたは違うでしょう? あなたが動いているのはいつだって、小さなことなんかじゃない。たった一つの目的のためだよね」
 ハデスは顔から笑みを消した。
 岩肌の直接見える山を、一つまるまる削って城にしているセルヴォルファス城。人狼族は数が少なく居住する国内がどこもかしこも深い森であり荒野でありこの岩山のような状況だけに、王城にほとんどのワーウルフは住んでいる。
 人手はいくらでもあるはずなのに、案内を呼ぶと言ったはずのヴィルヘルムが自分でハデスを案内しているのはこの話をするためか。
 エヴェルシードとは違って何の装飾もなされていない無機質な岩壁の廊下を歩きながら、前を行くヴィルヘルムは背後を歩くハデスを振り返りもせずに告げてくる。
「ロゼウスは、俺のだよ」
「ああ。知ってるよ。それでいい」
「じゃあなんであなたは彼に構うの? 彼は俺のものだって言ってるだろ? どうしてまだ彼についている」
「見届けるためさ」
「見届ける?」
 ようやく立ち止まり、怪訝な顔で振り返ったヴィルヘルムにハデスは先ほどとはまた違った笑みを浮かべた。
「そう、彼が壊れるところを」
 ハデスの目的のためには、ロゼウスの存在は酷く邪魔だ。どんな手段を使っても殺しておかねばならない相手を殺すのに、目の前の相手は酷く都合が良い。
 どれだけ唆してもシェリダンは動かなかった。やはり、彼の役割を考えるとどんなにその愛憎を極めたところで彼がロゼウスを殺すのは無理なのだろう。
 だったら別の手を使うだけだ。ヴィルヘルムはその役目にうってつけだった。ヴァンピルと同じく、身体能力の高いワーウルフ族の長。ロゼウスにとっては彼もまた運命の歯車の一人であるから、否応なく巻き込まれるのはわかっていた。そのくらいならいっそ自分が利用してやろうと。
 悔しいことに、ハデスの力ではロゼウスを殺せない。それはわかっている。そしてそれを、ロゼウスに知られるわけにはいかない。
 幾ら魔力を持っているとはいえ、黒の末裔の身体能力はあくまでも人間のそれ。ドラクルといいこのヴィルヘルムといい、強靭な力を持つ性格の歪んだ人外たちとつきあうのは、ハデスにとっても一種の賭けだった。
「壊れるところ、ねぇ。それは俺に、彼を壊すことを期待しているわけ?」
「そうだよ、ヴィル。執着と言っても、何も愛情だけとは限らないだろう? その逆も十分あるということさ」
「ロゼウス自身も言ってたけどさ、あんたなんでそんなに彼が憎いの? 一体あんたたちの間には何があったの?」
「何も」
「何も? って……」
「何もないよ。その答じゃ不満か? セルヴォルファス王ヴィルヘルム」
 少年王は、少し考えるような間をおいた。
「……いいや。別に。俺は俺の目的さえ叶うなら、人の考えなどどうでもいい」
「そう。……いい子だ、ヴィルヘルム」
 ハデスは魔力を持った爪が生えているのではない方の手のひらで、ヴィルヘルムの頬を撫でた。身長が同じくらいだから、視線はちょうどかち合っている。ヴィルが顔を歪めた。
「なあ……あんた、何を考えている?」
「お前には関係ないんだよ」
「そう。関係はない。でも知りたいね。俺だってあの頃エヴェルシードにいたことで、カミラ女王のエヴェルシード王位簒奪に関係したっていうリスクを負っているんだ。いつまでも蚊帳の外はムカつくね」
「簒奪のことなら、カミラ姫とイスカリオット伯がなんとかするだろう。君に被害はかからないよ、セルヴォルファス王。それに、なんだったらこの帝国宰相ハデスの名前で、各国に圧力をかけてもいい」
「そこまでしてロゼウスを殺したいんだな」
 ヴィルヘルムは、まだハデスの態度に不審を隠そうとはしない。
「大丈夫だよ。ヴィル。君がロゼウスを繋ぎとめている間は、僕が君の元からロゼウスを奪う事はない」
「それならいいけど」
 ヴィルヘルムの気になりどころはそこだったようで、彼は少しだけ安堵の息をついた。
「ところで、皇帝陛下の方はいいのか? 敵対してるんだろ?」
「ああ、姉さん?」
 ハデスは脳裏に、エヴェルシードで衝突した後正式には顔を合わせていない姉の姿を思い描いた。黒い髪に黒い瞳。ハデスにそっくりな顔立ち。当たり前だ、同じ父母を持つ姉弟なのだから。そして更に言えば、ハデスのこの容姿は姉デメテルを基準に、その弟らしい顔立ちになるように調整されている。
「今は皇帝の仕事も忙しいだろうからね。それ以前に、あの人は基本的に面白い事が好きなだけの愉快犯だから。あの人の興を削がなければ、何をやったって構う事はない。だからエヴェルシードがドラクルの唆しでローゼンティアに攻め入っても皇帝からのお咎めはなかったんじゃないか」
「ふうん」
 そんなものか、とヴィルヘルムは頷いている。
 そしてふと顔を上げ、ハデスの目を見つめてきた。
「あのさぁ、ハデス卿。俺はこれでもあなたには感謝してるわけだよ」
「何? 突然」
「あなたがこの国のことについて、あらかじめ予言で教えてくれたから俺は今国王の座についている」
「ああ。でもあれはもともと、そういう運命だったというだけの話だからね。ねぇ、第二十六王子ヴィルヘルム」
 彼の即位前の称号で呼ぶと、途端にヴィルヘルムは嫌そうな顔をした。
 感謝なんて、するだけ無駄なのだ。所詮はヴィルヘルムも、薔薇の王子にまつわる一つの物語、一つの歯車に過ぎないのだから。彼がロゼウスと関わるよう下準備をしたのは確かにハデスだが、そのことがなくても彼はロゼウスに関わるはずだった。
 ハデスの発言は、彼に十分本来彼が持っている敵意を思い出させた。
「まぁ――確かに、俺はあんたたちとは違うからな。あんたとも、ドラクルやイスカリオットとも。あんたたちみたいに《可哀想な》過去を持ってて、そのために足掻いているわけじゃない」
「そうだね、君はむしろ、何も持っていない状態から今の地位を手に入れたんだもんね。第二十六王子様」
 重ねて言えば、ヴィルヘルムの顔がさらに不愉快そうに歪んだ。
 俺はお前らとは違う。
《可哀想》な人になんか、ならない。
 彼の顔にははっきりとそう書いてある。けれど、この後の彼の運命は……
 むしろ、それを阻止するためにもヴィルヘルムには頑張ってもらわねばならない。シェリダンができなかったロゼウスの殺害を、彼にこそかなえてもらわなければ。
「ま、せいぜい頑張りなよ、ヴィルヘルム。何も持たない王子様。ようやく全てを手に入れた王様。その手に入れたものを、これから失わないようにね」
「――わかってる!」
 ハデスは案内役の彼を置いて、一人で城の廊下を歩き出した。

 ◆◆◆◆◆

 やっと、やっと、やっと、手に入れた。
「あっ……くっ……!」
 白い腕が敷布を掴む。きつく爪を立てて、身体中を弄ばれる感覚に耐えている。
「はっ……も、やめ……!」
「やめると思いますか? 何のために私があなたを、こんな策まで弄して、ドラクル公やカミラ殿下まで使って手に入れたと思っているのです?」
 汗ばんだ藍色の髪が乱れ散る。しどけない肌を汚すのは、ジュダがつけた無数の赤い痕。何度も開かれては生理的な涙を零し、またきつく閉じられる朱金の瞳。
 美しい、この上なく美しい少年。その至上の美。
 ロゼウス王子のような、妖艶さで万人を惹き付けるような、そう言った色香ではない。顔立ちは確かに亡き母君に生き写しであるとの噂どおり女顔ではあるが、凛とした立ち姿や肩幅に手足の様子などは、無論女のそれではない。
 むしろ鍛えている分、そしてヴァンピルなどと違って蓄えた分の筋肉が素直に身体につく分引き締まった体つきと言える。
 それでも彼は美しい。
 少女のような美しさと言うわけではない、この年頃の、子どもと大人の境界にある者に特有な不安定な色香。間違いなく少年であり、少年であるからこそ魅惑的なその造型。
「う……うぅ……」
 白い喉をのけぞらせて喘ぐ姿は、ジュダの嗜虐心をくすぐる。これで本人は無意識だというところが何より恐ろしく魅力的だ。
「シェリダン様」
 名を呼べば、それまで苦痛と快楽に濡れていた双眸が急激に強い光を取り戻す。
「ジュダ……貴様!」
「この状態で、そんな顔をされても無駄ですよ。元国王様」
 わざとらしく元を強調してやれば、ますますその美しい顔立ちが歪んだ。けれど元が整っているために、そう大きく崩れたりはしない。むしろ引き結ばれた口元が、真っ直ぐな線を描く柳眉が、そして鋭利な刃物のような光を宿す瞳が、彼の感情の昂りと共に色鮮やかさを増す。
 ジュダはその尖った顎を指先で掬い上げると、今にも高貴な身分も何もかなぐり捨てて口汚い罵り言葉を吐き出そうとした唇を奪う。
「ん!」
 柔らかな唇を啄ばみ、口腔を蹂躙する。逃げる舌を追い絡め、唾液を飲ませるようにして奥へと追い込んだ。
「んーっ!」
 呼吸が奪われて苦しいのか、両手を突っ張りジュダの胸を押し離そうとする。その感覚が切羽詰る頃になってようやく、ジュダは唇と顎を支える指を彼から離した。
「けほっ、かほっ」
 あまりにも執拗で乱暴な接吻は快楽よりもただ苦しさだけをもたらしたらしく、唇が離れた途端シェリダンは咳き込んだ。初めてというわけでもあるまいに、なかなか初心な反応だ。
 涙目になるかつての主君に、ジュダはその矜持を煽るように問いかける。
「どうです? 大人の接吻の味は」
 呼吸困難になりかけて派手に咳き込んだため紅潮した顔で、彼はジュダを睨む。
「お前……今までこんなこと……」
「そりゃあ、王城であなたのお相手をさせて頂いた時は一応主君であるあなたを立てていましたからね。丁寧に丁寧にお相手させていただきましたよ?」
「あれでか」
「あれでです」
 シェリダンがまだ国王としての地位にいたときも、その前に王子であったときも、ジュダは彼に協力する見返りに彼を抱いていた。
「他に引き渡せるものを持たず、今更金銭や権力などで動かない道楽有力貴族を陥落するために、その身をわざわざ差し出すあなたはひたすらにいじらしかった」
 そう告げて見せれば、シェリダンの顔はわかりやすいほどに屈辱と憎悪へと歪む。ジュダへの嫌悪と憎悪。なんて、心地よい。
「ああっ!」
 油断していた胸に指を伸ばし、さんざん弄ってすっかり熟れた赤い飾りを抓った。初めは強く段々と強弱をつけて、押しつぶすようにしながら愛撫すると悲鳴とも嬌声ともつかぬ声が可憐な唇から漏れる。もう片方へと顔を近づけ、口に含んでやわらかく噛むといっそう甘い声が漏れた。
「ロゼウス相手では上に回れても、あなたはやっぱりこちらの素質十分ですよ?」
 わざと酷い言葉を選んで投げつける。わざと、彼が耳を傾けざるを得ない名前を出してその気を引く。
「言うな……」
 案の定シェリダンは誘いに乗ってきた。
「お前が、その名を、口にするな」
 そんなことは許さないと燃える瞳が告げるのに冷笑で返した。
「今のあなたに、どんな権利があってそんなことが言えると?」
「……ひ、あァ!!」
 油断していた下肢に手を這わせ、さんざん刺激を与えられて緩くたちあがりかけたものを強く握ると、抑えきれない苦鳴が聞こえた。
「あ、ああ、あ!」
 いくら口では強がろうとも、ここを直接弄られてはその快感に抗えるわけもない。
苦痛から徐々に快楽へと変わるように、強く弱く、丁寧に弄ぶ。
尖る息、紅く染まった頬、段々と虚ろになりゆく目。
「ひ――っ」
 追い上げられて、絶頂に達した身体がジュダの腕の中で痙攣する。手の中に吐き出された白濁を、見せ付けるように目の前で舐めて見せた。
「お、まえ……」
「言ったでしょう?」
 一度は起き上がりかけた身体を、また体重をかけて寝台へと押し戻し張り付ける。行為を始めてからは外した拘束用の手錠を、もう一度取り出す。
 カチリと残酷な冷たい音は響いて、金属の腕輪が少年の手首を飾る。その動きを奪い、その冷たさで持って絶望を突きつける。
「ねぇ、シェリダン様」
 後ろ向きに座らせ、膝の上に彼を乗せながら尋ねた。
「ロゼウスとはどんなことを?」
 筋肉こそついているとはいえまだ成長途中の身体、ジュダから見れば十分に細く頼りない。
「どんな……?」
 荒い息をつくその耳元に囁きかけ、片手で髪を掻き分けて表したうなじを唇でなぞる。
「あっ……!」
「ロゼウスとは、どんな風に楽しんだんですか? 彼相手だと、あなたが上でしょう? あの細い身体を弄んで、一時だけでも自分が男になれたような、甘い幻想でも見ましたか?」
 背筋を辿り、降りていく。彼の白い背中には、はっきりと紅い鞭の痕が刻まれている。
 これは破滅の刻印なのだ。
 お可哀想なシェリダン様。あまりにも母親に似た容姿のために、七歳から国王たる父親の慰み者として生きてきた。
 実の父であり、この国の最高権力者であった男の悦楽は歪んでいて。息子の白い肌を残酷に鞭打ち続けることで彼は快楽を得ていたのだと言う。
 無惨な傷痕の一つに口づける。滑らかな紅い軌跡を辿るその様子に悪寒を覚えたのか、膝の上でシェリダンが叫ぶ。
「やめろ! 私に触れるな!」
「今更ですよ」
 相当焦っているらしくどう考えても合理的ではない台詞を吐く少年を心底可愛らしいと思いながら、その愛らしい面をどれだけ残酷に引き裂くかだけに意識を集中した。
「ん!」
 顎を捕らえこちらを向かせると、その口に無理矢理指を突っ込んだ。そのまま唾液を掬い取るように、口内を荒らす。
「かはっ、けほっ」
 また咳き込んでいるシェリダンを余所に、ジュダはその腰を軽く浮かせた。指先を後の蕾へと滑り込ませる。
「――っ」
「力、抜いてくださいね?」
 子どもに言い聞かせるように囁いて、指を一気に押し進める。
「うっ……」
「だから力抜いてくださいってば、今更でしょう? 痛い思い、したくないでしょう?」
 そのまま彼の良い部分を探ろうと、指を蠢かせる。中をかき回し、卑猥な水音を立て、内壁を擦る。
「アッ!」
 ある一点をつくと声音が変わるのを知って、そこばかりを刺激し続ける。
「あっ……ヒァ、あ……ああっ、あ!」
 そろそろ解れたかと、本数を増やした指を飲み込む蕾を眺めながら、自らのものを取り出してあてる。
「や、めろ……」
「そんなこと言える状況ですか? ご自分の方が辛いくせに」
 すんなりとジュダのものを飲み込んだくせに、今更そんな虚勢をはるだけ無駄だろう。
「楽しませて、くださいよ。このまま永遠に、ずっと」
 そうして、若い身体を思うがままに引き裂いた。
「あああああ!」