荊の墓標 25

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「着いたぞ、ここがトリトーンの港だ」
 街道で叩きのめした盗賊の一味に案内されて、シェリダンたちはエヴェルシードの最南、海へと出る手段を求めて港町へとやってきた。
 それも、ただの港町ではない。
「うん。私の期待通りだ。よくやったな」
「へへー! 陛……いえ、シエル様のためでしたら、このぐらいなんてことないっすよ!」
 シェリダンによって(半分はクルスも担当したが)叩きのめされた盗賊の一味は、今ではすっかりシェリダンの手下に成り下がっている。本当は部下と言った方がいいのだろうが、何しろ教養や儀礼とは無縁の田舎者庶民集団なので、真面目くさってそう呼ぶのも躊躇われる。
 ついでにシェリダンは、クルスに「陛下」とも「シェリダン」様とも呼ぶのを禁じた。
 王族の名前は、通常一般の民はつけてはいけないことになっている。すでにつけてしまった名を変えろとは言われないがその後に生まれてくる子どもたちに王子の名前をつけることは禁じられているので、この国に十七歳より年下でシェリダンという名前の人間はいない。
 アケロンテでは生まれた日に関わりなく一年の始まりの一日に全員が年齢を一つあげる。そのように考えると十七歳で「シェリダン」と言う名前の人間は全くいないように考えられるが、実際に人間はそう都合よく同じ日に全員が生まれてくるわけではない。ちなみにシェリダンの生まれた日は一年の終わり頃なので、厳密に言うと十七歳で「シェリダン」という名前の人間がいる可能性は高い。
 それでもやはり、十七歳以下は通常いないと言われている王族の名前なので、そのまま名乗っていればあっさりと前国王シェリダン=ヴラド=エヴェルシードであることがバレてしまう。あの時も、この盗賊たちにシェリダンの素性が知られてしまったのはクルスの迂闊な発言のせいだ。
 そのため、今現在のシェリダンは「シエル」という偽名を名乗っていて、クルスや盗賊たちにもそう呼ぶように命じた。
「いい具合に柄の悪そうな連中が揃っているな」
 道行く人々の様子を眺めながら、シェリダンはそう仰いました。
 確かにシェリダンの指摘したとおり、この港町を歩く人々は全員が何かしら前科を持っていそうに柄の悪い連中ばかりだ。
 例えばぴかぴかの肌色の頭に布を巻いた男の腰には荒くれ者がよく使う幅広の剣が下がっているし、例えば筋肉質な髭面の男の右目は眼帯で塞がれている。ついでに顔に大きな傷のある男にしなだれかかって歩く女性の露出の高い衣装から見える背中には派手な刺青が刻まれており、すぐ近くで小さい子どもが無邪気にスリを働いていくのが見えた。シェリダンやクルスは自分たちに関係ないので別段取り締まりもしないが。
 露店に並ぶ品物は、食料こそまともなものの、貴金属の類は凄まじい。錆びて欠けている装身具の類はまだいいが、中には明らかに血の染みがついている宝石を堂々と並べてあったりもする。どこからか略奪してきたものだろうか。
 よくよく見れば、立ち並ぶ建物の扉や壁は何度も壊されて修理した跡が見られる。壁に人型の血の染みがついている建物もある。町のあちこちに髑髏が掲げられている。
 人々の服装も、眼帯や頭に巻くスカーフや腰に巻く布が流行っているようだ。
 そして、港町と言うからには港に船が並んでいるのだが、そのどれにも黒い旗が立っており、その中にも各種個性的な髑髏が描かれている。
「さすが、《海賊港》と呼ばれるだけのことはあるな」
 感心したようにシェリダンが言った。
 エヴェルシードの辺境、牧歌的な田舎とはまたちがった意味で辺境と呼ばれるこの港町トリトーンは、海賊業が盛んで有名な港なのだ。
「活気のある町ですね」
「海賊業、つまりは犯罪が盛んで稼ぎが確かという、悪い意味での活気だがな。取締りを強化することが今年の議題の一つに挙がっていたはずだ。運が良いと言うべきか悪いと言うべきか」
 ふう、と運命の因果なことに嘆息しつつも、シェリダンはすたすたと迷いなく歩いて行く。クルスと盗賊たちは、その後を必死に追いかける。二人は盗賊たち十人を仲間というよりは部下としてこちらにぞろぞろと引き連れてきているのだが、ここは海賊港であるだけに大所帯の移動など特に気にすることもないのか、誰も動揺していない。ここまで来るのに、総勢十二人というのは結構大変だったのだが、複雑な気分だ。
「シエル様!」
 シェリダンは何の考えがあるのか、盗賊たちにとにかくこの町まで案内しろと言ったきり、クルスにも全く説明しない。
 そもそもこの町に行くと言った時、クルスはとても驚いた。確かにロザリーやリチャードたちの一行は南の方へ向かい、それが海の方角だとは知れたが、何故いきなり《海賊港》なのだろうか。
 そんなクルスの驚きも知らず、というか知っていても気にせず、シェリダンは自ら露店商の白髪の老人に話しかけて情報を得ている。
「……ふむふむ。なるほどな。そうか。この町で一番勢力の強い海賊は……」
 話の途中で、シェリダンは露店というだけあって布一枚引いた簡素な店に並べられた商品に目を落とす。
 品物を買うのと引き換えでなければ、話をしない、そういう取引だそうだ。
 シェリダンは布の上を一通り見た後、たいして迷った様子もなく、藍色のラピスラズリのピアスの一式を手に取り、銀貨を一枚店主の手に握らせた。
 ちなみに補足しておくと、間違ってもこんなところで売られている安物のピアスに、それほどの価値はない。いや、シェリダンが元から身につけているピアスの一つで、ここの店の品物全てを買ってお釣りが来るほどの金額だ。
案の定店主は目を丸くした。
「これじゃどんな情報と合わせたところで、幾らなんでも高すぎるな。わしゃぁ不当な商売はできんよ。お兄さん、もう一つ選びな」
 促されて、さらにシェリダンは今度は石榴石のついたピアスを選んだ。
「で、どれがその船だ?」
「ああ。あれだよ。あの二番目に大きい、紅目の髑髏が描かれているやつ」
 老人の言葉に、クルスも港に並ぶ船へと視線を向けた。確かに多くの船の中で、最大というわけでもないのだがそれなりの大きさと迫力ある旗の掲げられた船が目を惹く。外観もそれなりに立派で、最大の大きさの船よりしっかりした造りになっているのではないだろうか。それが、この町で一番勢力の強い海賊の船らしい。けれど、シェリダンは何故そんなことを尋ねているのだろうか。
「それと、その海賊の一味の特徴を教えてくれ。行きつけの店などな」
 更に情報を聞きだし、シェリダンは店主の手にもう一枚銀貨を押し付けた。そうしてから、布の上で視線を彷徨わせ、途中でちらりとクルスの方を見る。
「何ですか?」
「翡翠……ではないな、お前は。店主、この琥珀をくれ」
「おう。そっちのバングルともセットになっているから、両方持っていけ」
「わかった。助かる」
 総額銀貨二枚分と言うこんな小さな店では法外なほどの値段を払って、シェリダンは装身具の買い物を終えた。むしろ買い物と言うより情報を貰うのが目的だったようだが、それも済んだ模様だ。
「クルス。ちょっとじっとしていろ」
「シェ……シエル様?」
 シェリダンに言われて、クルスは道の端で立ち止まった。シェリダンは先程買った装身具のうち二つ、琥珀の嵌められた腕輪と首飾りを、さっさとクルスの身につけていく。
「シエル様? これは……」
「いざという時の軍資金代わりにもならないが、使い道は上手く考える。私もジュダのところでピアスが欠けてしまったからな。改造して代わりを見つけないといけないから、ちょうど良かった」
 そう言ってシェリダンはクルスの腕と首に装身具をつけ終えると、今度は最初に買った二つのピアスを手のひらの上で転がして見つめた。一番に買ったラピスラズリは元からシェリダンの持っている毒入りのピアスに近い形状と色で、もう一つの柘榴石は。
「その色、ロゼウス様の瞳の色に似ていますね」
 そう告げると、シェリダンが仄かに微笑んだ。そのまま、どちらも耳には嵌めずに懐へと仕舞いこむ。
 そうしながら、彼らの足は先程の店主から聞きだした情報を元に、この町で一番の勢力を誇る海賊たちのたむろするという酒場に向かう。
「あのう……シエルの旦那」
「旦那って……」
「俺たちゃあ、これからどうすればいいんで?」
 呼称への突っ込みはさておき、クルスも気になっていることを盗賊の一人がシェリダンに尋ねた。元々はこの盗賊たちの頭であった男だ。
「ああ。なんだ、まだわかっていなかったのか? お前たち」
「へい、じゃなくてシエル様。でも僕もわかりませんけど」
「クルス、お前まで……」
 話しているうちに、説明された店の正面に辿り着いた。
シェリダンは一度そこで立ち止まると仁王立ちになり、腕を組む。
「いいかクルス、ロザリーやエチエンヌたち、ローゼンティアの一行と我が従者たちは、南へと向かった。ここまではいいな」
「はい。この者たちに聞いた情報ですね」
 そこまではクルスにもわかりる。何故なら、クルスもその場にいたのだから。間違えようもない。
「向こうは南を目指していたのだろう。南と言えば、何がある?」
「イスカリオット、フラニア地方から南と言えばいろいろあると思いますけど……でも、ここに来たという事は、目的地は海ですか?」
「そうだ。恐らくロザリーやリチャードたちは、海路を使ってローゼンティアへ戻る気だ」
 シェリダンは頷いて説明をした。
「エヴェルシードがどうのというよりも、まずこの状態で彼ら薔薇の国の王族が頼れる国はない。ならば他国に協力を求めるだけ無駄。さっさとローゼンティアに戻って協力者を募った方がまだ見込みがある。ヴァンピルの容姿では陸路を移動するのは変装しても目立ちすぎるし、何よりエヴェルシードとローゼンティアの国境にはカミラの配置した兵士たちがいて封鎖されている。彼らを倒しても良いが騒ぎを大きくすると、ローゼンティア国内に入る前にまた警戒されて障害が生まれる恐れがある。それならば、誰にも知られないそして見つからない、あるいは見つかったところで見咎められない行路から、ローゼンティアへと入るべきだ」
 それが、海の上だと。確かにエヴェルシードは海向こうの国とは同盟を結んでいるために海軍がそれほど発達しておらず、広く警備の緩い海上でならば見咎められることもなく進むこともできるかもしれない。
 シェリダンたちが盗賊たちにロザリーたちのことを聞いた時、彼らが言っていたのは一行は南へ向かったというそれだけだった。そこからここまで推測できるシェリダンの考えに感心しながら、まだクルスの疑問の全ては晴れたわけではない。
「でもシェ……シエル様。いくら海上を行くとは言っても、船がなければどうにもなりませんよ?」
 確かに海路を使えば陸上よりは穏便にローゼンティアに入れるかもしれない。しかし、それには長い航海に耐えられる船があることが大条件だ。海路を使うと言う事は当然国境から直接ローゼンティア王都に向かうよりも遠回りになり距離があるのだから、それなりの日数はかかる。そんな頑丈な船を買うほどの懐の余裕は、生憎イスカリオット伯の餞別の路銀で旅をしている今の彼らにはないはずだ。
「ああ。それはな。今から手に入れるところだ」
「……シエル様?」
 宣言するシェリダンの顔は、とてもにこやかだ。満面の笑みだ。それはもういっそ清々しく――胡散臭いほどの。
 つまり、ろくな方法じゃないんですね。クルスは頬を引きつらせながらも、次のシェリダンの行動を見守る。
 そして彼はどうしたかというと――いきなり目の前の店の正面玄関を蹴破った。中でガタガタと椅子を倒して人が立ち上がる気配が。殺気も感じる。
 けれどそんなことは知ったこっちゃないとでも言わんばかりに、シェリダンは向けられた殺気を受け流し、彼らを強気な眼差しで睨みつけながら、隣に立つクルスへと宣言した。
「クルス。私は――海賊になる」
 …………本気ですか?

 ◆◆◆◆◆

 嬉々として破壊活動。
「シェ……いえ、シエル様、今まで実はストレス溜まりまくっていたんですね……」
 とばっちりで飛んできた椅子を蹴り落としながら、クルスは思わず呟いた。それほど声量を落としているわけでもないが、港のとある酒場の店内中央でとてもとても楽しそうに中にいた海賊たちをぶちのめしているシェリダンには聞こえていない。
「わ、わー!」
「死ぬ! 俺たちまで死んでしまう!」
 ちなみにこれまで彼らについてきたあの盗賊の一味だが、シェリダンの暴走のせいで机やら椅子やら酒瓶やらが飛び交う店内で飛来物に頭をぶつけられないよう必死で身を屈めている。足元に飛んできたらどうするんだろうと一応気にはなりつつも、クルスはクルスのほうで手一杯で特に助けてあげようという気も起こらない。これがシェリダンのことならもちろん自分の身を削ってでも助けるが。
 とりあえず現在、飛びかかってくる海賊たちを次から次へと地面に落ちたとんぼのごとき屍に変えているシェリダンは心配しなくても良さそうだ。
 むしろ、これまでの戦いではいろいろありすぎた。いくら手っ取り早く手近な隣国とはいえ、ローゼンティアに侵略戦争を仕掛けて以来エヴェルシードは気の休まる暇がない。国が、と言うよりはむしろシェリダンを始めとする関係者一同が、という感じではあるが、それにしてもこれまではいろいろと大変だった。
 クルスも酒場と言えば思い出す。あのフリッツ=ヴラドの酒場『炎の鳥と赤い花亭』で初めてロザリーに会った時のこと。
 あんな女性は初めてだった。確かにクルスはイスカリオット伯爵ジュダやバートリ公爵エルジェーベトに比べれば弱いかもしれないが、あんなにあっさりと重傷を負わされ瀕死になるとは。戦場でもそうそう体験した事はないあの衝撃。白髪に血のような紅い瞳の美しい姫君の、渾身の右ストレート……。
 などとクルスがつい数ヶ月前の過去を懐かしんでいる間にも、店内にはうずたかく、気絶した男たちの山が築かれていく。
 ……楽しそうですね、シェリダン様。
 またもやとばっちりでこちらに飛んできた男の一人をクルスは問答無用で地面に叩き落し床とお友達にさせてから、近頃にはなかった生き生きとした表情で戦死者(気絶)を増やしている主君を見る。
 シェリダンは本当は結構強い。クルスは今になっても決闘で三度に一度は負ける。身長に至ってはクルスより十センチほど高く、細身の身体にもしっかりと筋肉はついている。並みのごろつきの十人や二十人なんて、それこそ相手にならない。
 しかし最近彼らの周りと言えば、イスカリオット伯やバートリ公を抜いたとしても、ローゼンティア絡みのヴァンピルなどあっさりと人の力を超越してくれる化物揃いで。うっかり自分が物語の乙女並みに弱くなってしまったものかと、何かにつけては自信をなくしそうになっていた。クルスもシェリダンも、イスカリオット伯とは因縁がある。
 そんな中、先日の盗賊一味と言い今回の海賊と言い、紙一重の剣先をかわすどころか無表情に手で掴んで流血も厭わずに挑みかかってきたりしないあくまでも普通の人間と手合わせ(と言うレベルはすでに越えている)をするのはさぞや楽しいのだろう。
 だが、これがどうして「海賊になる」に繋がるのだろうか。
 クルスがそう不思議に思いつつ、またしても今度は蹲る盗賊一味に向かって飛んできた机を蹴り落とした時だった。
「何の騒ぎだこれはァ!?」
「あ、兄貴!」
「船長!」
 最初にシェリダンによって蹴破られた酒場の入り口から、清々しい風と共に一人の髭面の大男が立っているのが見える。ここはエヴェルシード国内だが海を行く者に国籍などあってないようなものだ。男はこのシュルト大陸の人間ではないらしく、バロック大陸ラウザンシスカ系の銅色の髪に藍色の瞳をしていました。
「お前が船長か?」
 床に転がった一人の海賊の腹を片足で踏みつけながら、別の海賊の胸倉を掴んでいたシェリダンは、頬に跳ねた返り血も鮮やかに男に向かって微笑みながら問いかけた。
「おい。お嬢ちゃんよ。一体何が目的だか知らねぇが、俺の部下から手を離せ」
 言われた通り、男を放すシェリダン。どさりと音を立てて床に落ちた男の腹を極自然に踏みつけて、船長と呼ばれた大男の前に立つ。ぐぇ、とあがった悲鳴には、船長と呼ばれた男も無視だ。それでいいのだろうか。
 船長の手がいきなりシェリダンの胸へと伸びる。膨らみがないか確かめるように探っているようです。軽く眉をしかめただけで服の上から無遠慮にまさぐる手付きに何も言わず、シェリダンは自分より頭二つ分背の高い男を見上げた。
「なんだお前。男か。じゃあ、人の店をこんなにしてくれたお礼に身体で返せっていうのも無理か」
「いいんじゃねぇですか? お頭。そんだけ綺麗なツラしてんなら、男でも高く売れんでしょ?」
「違いねぇ」
 船長と一緒に来た男たちの二人が、風通しよくなった戸口から何か言っている。
 その横では、入り口近くに避難していた、シェリダンたちが従えて来た盗賊一味が顔を青褪めて震えていた。彼らとはまだ数日の付き合いだが、もうちゃんとシェリダンの性格はわかっているようで、ぶつぶつと呟いている。
「に、逃げやせぇ、海賊の旦那! そ、その方を怒らしちゃなんねぇ!」
「そうだそうだ、シエル様に喧嘩売るなんてそんなげに恐ろしいこと……っ」
「そのお方が可愛らしいのは、顔だけだぁあああ!」
 シェリダンのことをよくわかっているようで。
「クルス」
「はい」
 具体的な指示ではないが、クルスはクルスでシェリダンの言葉に従う。剣を抜いて、戸口に控えている海賊子分の二人と向かい合った。
 シェリダンの方は、海賊の船長と交渉を始めている。
「で、お前さん一体何が目的でこんなことを仕出かしたんだ?」
「船が欲しいんだ。頑丈な船が。私たちを目的地まで送り届ける船員付ならばなお良い。なぁ、お前、私の部下として働く気はないか?」
「正気か? お嬢ちゃん。お前さんがやってくれた俺たちの部下、それにこの店、お前がしたことは明らかに俺たちに喧嘩売ってるようにしか見えねぇがな」
「賊の流儀などどこでも変わらないだろう? 欲しい物は力尽くで奪うのが礼儀だ。違うか?」
「がっはっはっは! いいぜ。その通りだ。ま、お前みてぇな可愛い子ちゃんにあっさりやられちまったそいつらもそいつらだしなぁ!」
 可愛い子ちゃんっていう言葉遣いがすでに古いなぁ、とクルスは飛びかかってきた海賊子分二人を剣の鞘で叩き落して気絶させながら思った。
「俺はそんな簡単にはいかないぜ?」
「ああ。それは面白い。ではこうしないか? 船長。私がお前との決闘に勝ったら、お前は私の手下の一人となれ。つまり、お前の海賊団はそのまま、私のものとなるんだぞ?」
「はーっはっはっは! さっきから聞いてりゃあ面白いことを言うお嬢ちゃんだぜ! なんだ? 賊の流儀ってのは、お前さんもどっかで盗賊稼業でもやってたってわけかい? その日焼けもしてねぇ白い肌じゃ、まさか同業者じゃないだろ?」
「ああ。違う。違うが、まあ似たようなものだ」
 エヴェルシードは欲しいものは戦争してでも力尽くで奪う国ですからねぇ。クルスはシェリダンの言葉に内心で頷く。でもそれと海賊、一国の王と海賊を同じ立場で考えるのもどうかと思いますが。
「面白ぇ。じゃあ、約束してやるよ。お前さんが俺に勝てたら、うちの海賊団はまるまるお前さんのもんだ」
 まさか負けるとは露ほども思っていない船長はあっさりと約束する。
「せ……・船長、だ、だめ……だ、そいつ、もたぶん……」
 クルスの足元で先ほど倒したはずの屍が何か余計なことを言いそうになっているので、床に接吻させるように頭を踏みつけて黙らせた。幸いにも船長はこちらの様子に気づいていないようで、そのまま会話は続けられている。
「だが、俺が勝ったらお前さんはうちの一味中の慰み者の上、奴隷市場行きだぜ?」
「ああ。いいぞ。できるものならやってみるがいい。せいぜい私を満足させてくれ」
 あー、シェリダン様本当に楽しそうだなー。
 元々の盗賊一味は、戦いが始まる前にと早々に耳を塞いだ。後にはクルスと、ただ海賊たちの屍だけが残る。
「後悔すんじゃねぇぞ?」
 その言葉を発した船長自らが心の隅々奥深くまで「後悔」という言葉の意味を知るまで、後三十秒。