荊の墓標 27

155

 再びその青さを取り戻し空と海の区別のつかない水平線を横目に、船は進む。
 で。
「何故、お前がここにいるんだかな……」
 隣で物珍しそうに海の上を眺めている少女を横目で見遣り、シェリダンは溜め息をついた。サライは船の上で目にするものの何もかもが面白いとでもいうように、海上でイルカが跳ねるたびに瞳を輝かせている。
「おい、サライ」
「うるっさいわね! 何よ、いいところなのに」
「そんな海ばかり眺めていて楽しいものか……というのはおいておいて。貴様、何故ここにいる」
「だって、私はシェスラートを止めなければならないんだもの。いい加減あの人の魂を、ロゼッテから、この世界から、解放してあげたいの。そのためにはあなたにひっついているのが一番の近道なのよ。だって」

「ロゼウスが、そのシェスラートの生まれ変わりだからか?」
 
「……そうよ」
 彼女の言葉の続きを奪い、シェリダンは遺跡の中でサライによって聞かされた事実を口にした。三千年前の時代から残された屍の巫女姫は頷く。
 水色の空に海鳥の翼から抜け落ちた白い羽根が舞う。
 ひらりと足元に落ちてきたそれをなんとなく眺めながら、シェリダンは船の縁にもたれ甲板に顔を向けた状態のまま、サライと話を続ける。
 あの遺跡のことは、まるで夢のようだった。あの場所から出てきた途端、海上を覆う霧は晴れ、船に戻って来た時には遺跡自体がまるで最初から存在しなかったかのように消えていた。
 つい先程までそこにあったはずのものが一瞬でなくなり、振り返るとそこにはただ青い海が広がるだけというあの衝撃を、どう言葉に表せばいいのだろう。戻って来たシェリダンたちとは逆にしっかりとその遺跡のある方向を向いていた海賊の残りのメンバーが一様に度肝を抜かれて目を丸くして青褪めていたことを考えれば、知らない方が身のためかもしれない。
 しかし呪われているという遺跡に足を踏み入れ、石棺に納められていた者のロゼウスにそっくりな顔を見た事は確かに夢ではない。その証拠が、今ここで暢気にかもめと戯れようと無謀な試みをしている美少女だ。
「サライ……貴様、人の話を聞いているか?」
「だから聞いてるってば。それで、だからそのロゼウス王子がどうしたの?」
「ああ、それでだな……」
 ロゼウスの話を聞きたいというからこうして自分がわざわざ見ず知らずのどうでもいい女に説明をしてやっているというのに、サライは真面目に聞く様子がない。一応耳には入っているようだが、片手間という感じだ。
 青い海を眺めつつ、やがてサライがぽつりと言った。
「なんていうか……凄い惚気ね……」
「なんだ?」
「なんでもないわ。別にいいのよ。だってあんたはロゼッテじゃないし、そのロゼウス王子って子は、シェスラートの魂を持ってるけどシェスラートじゃない。私は気にしない。大丈夫大丈夫」
「何を自分に言い聞かせているんだ?」
「だから気にしなくていいって」
 どうもシェリダンとサライでは話が噛み合わないようだ。向こうは三千年の時を遺跡の中で過ごしているというのだから当然かもしれない。
 三千年間も、石棺に眠る相手をただ思って、ひたすらに思って、またまみえる日を願ってただ生きるとはどういう気持ちがするものなのだろう。
「シェスラートの意識がそのロゼウス王子の中で残っていれば、それは王子自身のためにもよくないことよ。シェスラートが彼を乗っ取ってしまう。シェスラートの魂が未練を捨てて解放されればロゼウス王子に身体を返すだろうけれど、でもシェスラートと因縁のあるロゼッテは……」
 サライはちらりと私を見た。
「なんだ?」
「……いいえ。あなたの中のロゼッテは、目覚めるつもりはないようね」
「それは、どういう意味だ。まさか私が……」
 海から視線を離し、くるりと身を翻し私と同じように船べりにもたれたサライはこともなげに告げる。
「ええ。あなたは、ロゼッテ=エヴェルシード。つまりは始皇帝シェスラート=エヴェルシードの生まれ変わりよ」
「何ぃ!?」
 大声を出したために、甲板に出ていた男たちのことごとくがずっこけた。
「な、何かあったんすか!? 坊ちゃん! お嬢さん!」
「いや、なんでもない。作業を続けてくれ」
 海賊たちを船の作業に戻らせ、シェリダンはサライと話を続ける。
「どういうことだ? 始皇帝の生まれ変わりだと?」
「別におかしなことではないでしょ。魂ってのは何度でも生まれ変わるものらしいわよ。それにあなたはロゼッテと同じくエヴェルシード人で、シェスラートは彼にそっくりだというローゼンティアの王子に宿っている。同じ時代に生きた者同士なんだから珍しいことでもないでしょ」
「死んだのは別の時代のはずだが」
「まあ、そういうこともあるってこと。だいたいそれで言ったら、あなたとロゼウス王子もかなり離れた時代に死ぬことになるじゃない」
「――」
 サライの指摘に、シェリダンは思わず言葉を失った。離れた時代に死ぬ。自分とロゼウスが。普通に考えれば確かにそうだ。人間とヴァンピルの寿命は違う。
 身体から力が抜け落ちる。虚脱感が支配する。
「ちょっと。大丈夫? そんなに気にすることないじゃない」
「……いや、気になるだろ、これは」
 のほほんとしたサライの言葉に、シェリダンはよけい脱力を煽られた。ああ、なんだろうこのノリ……誰かに似ているような……あ。
「わかった……お前は、カミラに似ているんだ」
「え?」
「顔立ちが似ているのはミザリー姫だがな。性格がカミラそっくりだ」
 あの異母妹に似ているのか……どうしてすぐに気づかなかったのだろうか。シェリダンはカミラには常に敵意しか持たれていなかったからだろうが、よくよく見てみると野心はあって気が強いのにどこか抜けたところのあるあの妹にそっくりだ。
 あれはあれで抜けたところが可愛らしくもあったが……少し複雑な気分になる。ロゼウス、お前は三千年経っても女の趣味が変わらないのか?
 ロザリーもローラもシェリダンやロゼウスの周りにいる女性は皆気の強い者ばかりだが、二人はまだカミラに比べればしっかりしている。ロザリーは芯の通った性格だし、ローラは賢い。それらに触手が伸びずにカミラが好きだったというのは……。
「ねぇ、ちょっと。何か別の世界に往ってない?」
「あ、ああ。大丈夫だ。それより、先程の話の続きを……」
「ええと、どこまで言ったっけ? ああ。そうそう。ロゼッテの生まれ変わりであるあなたについての話ね。うん。それはまぁ大丈夫よ。だってシェスラートは吸血鬼だったけど、ロゼッテは人間だもの」
「……それは、何か関係あるのか?」
「大有りよ。魔族である吸血鬼は転生後の人格に影響を与えられるほど力が強い者も稀にいる……シェスラートがそうだろうけど。でも人間は一度転生してしまえば、前の生での記憶は全て浄化されて封じられる。次の人生にその前世の性格が影響されるなんてことはほとんどないでしょう。それが例え、ロゼッテほど強い未練と執着を残した人物であっても」
 よほど強い感情を残して絶命した者でもない限りそれが転生後の魂に引き継がれる事はない。生半なことでは、そんな事態にはならないのだと。
「始皇帝の、未練?」
「ええ。彼は、シェスラートとちょっと……その、いろいろとあって」
「そうか……現代でもハデスとデメテル陛下のように、選定者と皇帝の間は複雑なものだしな」
「……そうよ。だから。シェスラートを止めようにもロゼッテはいない。だから、私がなんとかしないと……」
 サライが考えに浸るように黙り込み、そこで話は途切れた。潮風だけが、死した者の肌も生きているシェリダンの頬も撫でていく。
 死してなお恨みを抱え、転生後の肉体を乗っ取るまでする感情とは一体どういったものなのだろう。
 そしてそんな相手を思いやり、数千年間も柩の中の骸を守って死者として生き続ける者、サライの気持ちですらシェリダンには想像がつかない。
 途方もない時の永さのなかで、ただ一人、たった一人、その唯一の相手だけを想って生きる。
 それは、どんな――。
「敵襲だ!」
 シェリダンの物思いは、見張り台の上から告げる男のその声に破られた。
「何!? どこの船だ!」
「詳しくはわからねぇ! だが一直線にこっちに向かって来る!」
 海賊たちはにわかに動きだす。慌ただしくなった甲板の上で、シェリダンはサライの手を引いた。
「お前は船室に隠れていろ」
「問題ないわ。私は解放戦争にも従軍した人間よ。荒事にはこれでも慣れているの。それに、死人だから痛み、感じないの。気にしないで」
「そういう問題ではない!」
 シェリダンの忠告にも耳を貸さず、サライは甲板へと残った。黒い帆を掲げた船が近づいてくる。ある程度まで距離を詰めると、そこから一つの影が、驚くべき跳躍力でこちらの船へと飛び移った。つばのある帽子に隠されているが、その声音は若い女のものだ。背で結ばれた長い白髪。
「全員大人しくしろ! 命までは奪わない! この忠告が聞けない限り、私たちは刃を交えることに―――あれ!?」
 どこかで聞き覚えのある声だ。シェリダンがそう思うと同時に、女が頓狂な叫びを上げて口上をやめた。帽子を取り払って素顔を晒した女の名をシェリダンが呼ぶのと、向こうがシェリダンを呼ぶのは同時だった。
「シェリダン!?」
「ロザリー!?」
 向こうの船に残っている、他のローゼンティア王族たちも続々と姿を見せ始めた。

 ◆◆◆◆◆

 そろそろ地上に戻らねばならないだろう。ハデスは冥府での養生が終わった後、そう判断した。配下の魔物の屋敷で、用意された服を着る。
「アラクネの織った糸で作られた服だ。そう簡単には破れない」
 掠れたようなぶれたような妙な声を持ち、女の外見と男らしい性格と言う微妙な魔物が、そう言ってその服を差し出した。その場で着替え始めたハデスを、上から下まで舐めるように眺めている。時折わざとらしく唇を舐める仕草をするが、あえて無視した。今日はこいつに関わってやる時間はない。
「よかったな。主、その服なら簡単に切り裂かれたり破られたりしないから簡単に強姦もされないぞ」
「まず第一に言う事がそれか。そして普通に脱がされたら終わりだろ」
 防御力とか魔力の遮断とか炎を遮るとか、いや、この際防水でもなんでもいい。そういう役に立つ力があるならいい。しかしその効果はなんだ。そして意味がない。
「最後に一度くらいヤっていかないか? 我はヴァンピルやワーウルフやセイレーンたちと違ってこの世界でしかこのような人型をとれないのだ。いつもあの姿では飽きるだろう」
「飽きるも何も、もともとお前と好き好んでそういうことをする気はない。契約分はもう差し出したはずだ。いいからさっさと上に運べ」
「なんだ、つまらない。もっとゆっくりしていけばいいものを。冥府に来たのは久しぶりだろ。時間なんて、減るもんじゃないだろうし」
「バリバリ減るわ。しかも、ここ(冥府)と地上じゃ時間の流れが違うだろう! お前たち不死の魔物にとっては時間なんてたいしたことのないものに思えても、僕にとっては大問題なんだよ!」
 冥府での数日は、地上の数ヶ月に匹敵する。ひとっ風呂浴びた時間で、もう帝国の方では何週間経ったことか。早く、早く戻らなくては。全てが終わる前に。
 紫の空が頭上に広がっている。先程まで浸かっていた緑色の湯は暖かかった。モノクロームの花が咲く、歪だけどここはここなりの風情がある世界。
 嫌いなわけではない。知り合いもいない帝国宰相としての重責を押し付けられることもないこの冥府が、心安らぐことも確かだ。だけどハデスは。
「行くな」
 ハデスの焦りを見透かして、更には怒りを煽るかのように魔物はハデスを引き止める。腕をつかまれて動けない。いくら今は人型をとっているとは言っても、目の前の相手は魔物だ。
「行くな、ハデス。もう地上には戻るな」
「何をふざけたことを」
「本心だ。あの世界に戻って、何かお前の益になることはあるというのか?」
「!」
 思わず、言葉が出なかった。
 辛い世界。いつか奪われる明日。道具としてだけ望まれた命。誰かのための人生。そこに自分はいない。
 屍のように生きて、いらなくなったら棄てられる恐怖に常に怯えながら虚勢で自分を守るのか。
「地上に戻ったところで、お前は幸せにはなれないだろう。それどころか」
「うるさい!」
 叫ぶと、目の前の魔物の顔が僅かに歪んだ。
「だから、どうしたって言うんだ! 現状に不満があるならば、この手で変えればいい。辛いからってただ逃げて、逃げて、自分のことから目を逸らして、それで何かがあるっていうのか! 何も片付けずにただこの世界に逃げ込んだところで、そんな生に価値はない!」
 叫んだ言葉に、ハデスはこれまでも充分理解していたはずの自分の本心を知った。逃げ続けることに意味はない。ああ、そうか。
 だから僕はお前が憎いんだ、ロゼウス。現実から逃げて夢の世界に浸る事が許されたお前が。ドラクルの庇護も愛も憎悪も失ったってお前はシェリダンに庇護されて生きて行けるのに、なのに誰かの心を捕らえて離さない。ずるい。僕は……僕は、姉さんに棄てられたらただの厄介者で、生きてはいけないのに。
 縛られているのはどちらだ。
「僕は……生きたい」
「お前は死ぬ」
「!」
 確定された未来を告げるかのような揺らぎない響でもって、魔物は告げた。
「死ぬぞ、ハデス。このままお前が地上に戻れば、一年以内に確実に死ぬ。殺される」
「……お前、まさか未来が」
「ああ。視えるぞ。伊達にこの場所で生きてはいない」
「なんで今まで黙ってた!」
「お前に未来が視えるのに、我までがそれを教える必要があるのか? 知っているものだと思っていたから、我はお前がいつ止めるのだろうとそう思っていた。なのに、止める気配がない。だから今回は言った」
 ハデスはぎり、と唇を噛み締める。《預言者》などという称号の割に、ハデスの未来予知の能力は低い。誰よりも自分でわかっていたことだが、まさかこんな形で突きつけられるなんて。
「それは……僕がロゼウスに負けるということ?」
「当然だ。お前の力では、あれには勝てない。あの薔薇皇帝には。あの狼王もだ」
「……わかっている」
 わかっている。自分ではロゼウスに敵わない。相手にもならない。力を制御している状態のロゼウスにすら、剣の上では勝てなかった。余裕ぶって退散するので精一杯だった。
 ハデスができるのは、見えた未来の通りに状況を導き、それをどこかで変えるだけ。未来は変わると信じて。
「……あの男の運命は変わらない」
「何故そう言い切れる」
「薔薇皇帝は、地上で最強の存在だからだ。あの男を超える存在が現れない限り、そしてあの男が自滅しない限りは、薔薇皇帝の運命に干渉などできないだろう」
「……っ!」
 わかっている。
 ハデスではロゼウスに勝てないし、それはヴィルヘルムも同様だ。ドラクルだってそうだろう。彼には知略や人脈と言う武器があるからそれがどう功を奏するかもわからないけれど、逆に言えば一対一での勝負が怖いからそんな回りくどい手段をとっている。
 わかっている。
 ヴィルヘルムはもうすぐ死ぬ。理由はよくわからない。ハデスのお膳立てなのかあの二人自身に何か問題が起きたのか。少なくともヴィルヘルムの初恋は叶う事はなく、仲間として手を組むことすらなくあの二人は死をもって訣別する。
 そして、いずれはシェリダンも。
 全ての者を巻き込んで死の淵に叩き込む。ロゼウス、お前はその存在そのものが罪なんだ。お前を殺せば、みんなみんなみんな、幸せになれるのに!
 勝手と言われようとも構わない。ハデスはそう思う。
「お前では決して、あの男には勝てない。ハデス――」
「そんなこと、やってみなければわからない! 運命は変えられるかもしれないじゃないか! それともお前には、全ての未来が見えているとでも!?」
「……いいや。我にもお前がやがてあの男のせいで死ぬところまでしか見えない。その未来も、もしかしたら神の気まぐれによって変わるかもしれない」
「だったら!」
 余計な口を出すなと怒鳴りつけ、くるりと背を向ける。
「……魔物のお前にはわからないかもしれないが、人間には、どんなに決意を固めようと、見てみぬ振りして上手く生きようと、決して見逃せず愚かな決断を下してしまう瞬間が、あるんだ。危険だとわかっている運命に、自ら飛び込んでしまう、そんな瞬間が」
「……ああ」
「だから、僕は……何かをせずにはいられないんだ」
 確かに自分の力ではロゼウスには勝てないかもしれない。だが、あの男に後味の悪い最悪の勝利をもたらすことならなんとでもできるだろう。やり方さえ選べばどんなに強い相手にだって傷をつけることはできるはずだ。
 諦めない。諦めきれない願い。
 ロゼウス。お前だけは、なんとしてでも―――。
「……愚かだな、お前は。あんな男のことなど、気にしなければいいだろう。やつのことも、大地皇帝のことも」
「姉さんのことは言うな!」
 これから顔を合わさねばならなくなる姉のことを持ち出され、ハデスは一層怒りを覚える。
「……わかった。我はもう止めぬ。行くが良い、主よ。必要になったら我を呼べ」
「言われなくとも。せいぜいこき使ってやるよ」
 ハデスはその場を後にしようとし、ふと気づいて振り返った。
「そうだ。名前」
「?」
「お前、名前はなんて言うんだ? いざ呼ぼうとしたって、名前を知らないじゃないか」
「……今までだって普通に召喚していただろうが」
「今までは悠長に儀式を行う時間があったからね。でもいざと言うときは、真の名を知らなければ呼びようがないだろ。だから、名前は? 僕がハデス=レーテであるように、お前にも名前はあるはずだ」
「我の名は――」
 魔物はこれまでずっとつかんでいたハデスの手を離して何かを言いかけ、そして何も言わずにやめた。離れたぬくもりに一瞬未練じみたものを感じそうになって、ハデスは慌ててかぶりを振る。
「いい」
「え?」
「我の名など、覚える必要はない。普通に呼べ。頭に思い浮かべろ。我が主の声を聞き間違えるはずがない。だからそれで充分だ」
「……そう?」
「ああ」
「なら」
 ハデスはさして追求もせず。普通に歩き出した。魔物と別れて、冥府の出口へと向かう。魔物の力を借りれば手っ取り早いのに、引きとめようとしたくらいだから無駄だろう。
 歩きながら、ふと感傷的な不安が襲ってきてハデスは服の袖をまくった。彼が彼であるための存在の証、右腕の選定紋章印を確かめる。だが。
「え?」
 紋章が、薄くなっている?
「まさか……まさか、もう」
 選定紋章印は、その皇帝の地位を保証するものだ。それが薄くなってきたと言う事は、皇帝の威勢が衰え始めたことを示す。
「姉さん――――」
 早く、早く戻らねば。あの世界へ。