荊の墓標 28

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 セルヴォルファスの城は荒野の岩壁を削り出して作られている。その生活の半分は獣と同じだという人狼族の国では、獣の暮らしなど当たり前だ。
 他の国々のように華美な装飾など一切ない。くすんだ土と岩の色の城。中庭と言っても花壇などなく、人が踏まない場所は野の花がそのまま咲いている。
 大地の国、黒の王国と呼ばれるだけあって、その土は黒い。闇色の海に浮ぶように、落ちたものはその黒に包み込まれる。
 目の前には無惨な屍が転がっている。
 灰色の瞳は瞳孔が開ききり、魂は虚空を見つめている。
「…………」
 胸部は陥没し心臓の位置には穴が開き、衣服は血で染め上げられている。口から顎にかけて吐血の赤が汚し、傷口を押さえた両手も真っ赤だ。
 そして温もりが失われていく。
「……ロゼウス兄様? いえ、シェスラート。どうしたんですか?」
 バルコニーで戦いを傍観していたロゼウスの弟、ジャスパーがそのまま降りて近づいてきた。選定者の役目に目覚め始めている少年はこの事態にもまったく動じず、彼へと話しかけてくる。
「別に」
 彼は足元の屍の下にしゃがみこんだ。
 手を伸ばし、その頬に触れる。血の巡りが止まり、体温の戻ることのない肌を撫でて、瞼へと手を伸ばした。
 ヴァンピルは人間の血にしか渇きを覚えない。だから人狼のこの少年の血には、何の感慨も沸かない。それでこそ酷く冷静なほどに、彼はそれを行った。
 哀れな少年王の、瞳を閉じさせる。
 それは口元を汚す血さえなければ、ただ眠っているだけのような亡骸だった。

 ◆◆◆◆◆

 本当に、好きだったんだよ。

『いいよね。ヴィルは。何も努力なんかしなくたって、待ってたら勝手に玉座が転がりこんできたんだから!』
 普段の口調は優しいのに、ドラクルは時々情緒不安定になる。
 俺は彼より十一歳も年下だし、帝王学の何たるかも知らない。体格に優れてもいないせいで、出会った頃のドラクルには知識でも剣でも、何一つ勝てなかった。薔薇の国の王子と大地の国の王。でも、力関係の優劣は決まっていた。
『良かったね! お兄さんたちが死んだおかげで、君は王様になれたじゃない!』
 普段の態度は優しいのに、ドラクルは時々荒んだ態度をとる。そんな時は、年下で彼に逆らう術のない俺は、よく八つ当たりの対象にされた。やけに暴力を振るいなれている彼は、見えない場所を傷つけるのが上手い。
 国王になってからは剣術や武術の先生も萎縮してしまって親身に教えてくれる人がいなくなった俺は、誰に身体を見せることもなく、その痛みに耐えていた。それでも、殴られているだけならばまだ良かった。一番痛いのは、この台詞。

 ――良かったね! お兄さんたちが死んで!

 幸せだね。ヴィルヘルム。幸せだね。
 ドラクルもハデスもそう言った。兄様たちの命と引き換えに、王様になれて良かったね、と。
 幸せな自分。誰よりも、恵まれている自分。
 五、六年ほど前、ローゼンティアに招かれたのは、両国の国交のためだった。けれどローゼンティアもセルヴォルファスもシュトゥルム大陸に二つしかない魔族の国で、俺たちだけが仲良くしても他の人間たちの国々には関係なかったから、大々的な発表とか大規模な歓迎式典とかは行われなかった。大人同士のやりとりならばそれだけで充分な、会談だけ。それだって俺はまだ子どもだったからローゼンティアのブラムス王とまともな話し合いになるはずもなく、大臣の隣で無理に大人用の椅子に座らされて話を聞いていた。俺の頭上を飛び交う意味のよくわからない話を、頭を疲れさせながら聞いただけ。
 第一王子であったドラクルとの面識彼が俺たちの国に来た時にすでにあったけれど、他の王子や姫たちとは顔を合わせていなかった。ローゼンティアの意向ではドラクルを対セルヴォルファス外交の代表者にするとのことで、外の王族との対面に全く重きを置いていなかったようだ。
 人間たちの国ならばそれでもどこかで繋がりを持たせようと夜会でも開いて片っ端から挨拶させるところだけど、魔族は基本的に同種族としか結婚しない。だから、同い年のロザリー姫やすぐ下のメアリー姫との婚約話に発展することもなく、俺は本当にただローゼンティアに招かれただけだった。
 大臣たちに付き添われて、同じ年頃の子どもと話すこともなく、白と黒と赤の色彩に囲まれたローゼンティアで、俺の精神的な疲れは限界に達していた。お目付け役たちの目を盗んで、他国の城の中を無礼だと考えもせず、一人でうろつきまわった。
 そして、見た。
 中庭でじゃれつく、二人の少年。一人は俺と同じ年頃で、もう一人は知った顔だった。ドラクルだ。
『兄様!』
 ありし日の俺が兄様たちにひっついてまわっていたのと同じように、ドラクルにまとわりついていたのはロゼウス。駆け寄ろうとした瞬間に一度立ち止まり、おずおずとドラクルの顔色を窺って、兄が微笑んでいるのを確かめてから改めて抱きつく。ドラクルが困った顔で、それを抱き上げた。
 なんて幸せなその光景。
 ――兄様! 兄様! 兄様!
 誰も咎めてなどいないというのに、走って逃げた。大臣たちも近寄らせず、部屋に閉じこもる。
 昔に戻りたかった。王様になんてならなくていい。兄様たちに会いたかった。
『……ヴィルヘルム王?』
 その日のうちに、部屋を訪ねてきたのはドラクルだった。大臣たちの誰かだと思ってうっかり扉を開けてしまった俺は、泣き顔を見られてまた逃げようとする。それを、丁寧だが有無を言わせぬ手付きで無理矢理引き寄せて、ドラクルは昼間ロゼウスにしたみたいに抱きしめた。その時は俺はまだ、ロゼウスのことは知らなかったけれど。
 大きな手で頭をなで、背中をぽんぽんと叩いて安心させてくれる。ドラクルは、まるで兄様みたいだった。優しく抱き上げられて、俺は兄様みたいだったドラクルに縋った。
 たぶんそれはドラクルの作戦だったのだろう。
 俺がドラクルに懐くとすぐに、ドラクルは俺に様々なものを見せた。様々なものを教えた。俺はドラクルに惹かれていって、そうして――。
 いつしか、彼に全く逆らえなくなっていた。良いことも悪いことも付き合わされた。ドラクルの教えてくれる世界は確かに面白かったけれど、反面、怖いことや悪いことも多かった。彼が俺を引きずり込んだのは、彼の闇だ。
 身体を重ねるようになると、それに比例して暴力を振るわれる回数も増えた。ドラクルは不思議な魅力ある人物で、一度囚われると容易にその檻を抜け出せない。俺はただ一人で耐えるしかなくて。
 あの日もそうだった。
 ――いいよね。ヴィルは。何も努力なんかしなくたって、待ってたら勝手に玉座が転がりこんできたんだから!
 ――良かったね! お兄さんたちが死んだおかげで、君は王様になれたじゃない!
 何に機嫌を悪くしていたのか、ドラクルは俺を苛めて憂さ晴らしをしてきた。酷い言葉と振り上げられた手に俺は彼の部屋を逃出し、中庭の薔薇の茂みで蹲っていた。狼の姿になれば、狭い場所にも潜れる。そして荊の棘の下では普通の人間は探しには来ないだろうと考えて。
 けれど荊の下で震える俺に、声がかけられた。
『どうしたの? あれ、お前……』
 俺を見て一瞬顔を歪めたその少年はロゼウス王子。人型で会ったことはなかったけれど、俺より一歳年上の薔薇の国の第四王子だ。何故そんなことを知っていたかと言えば、俺はその数日前にドラクルの手によって彼に引き合わされたからだった。多分ロゼウスにとっては忌まわしいばかりの、あの獣姦の夜の数日後だった。
 俺を見て少し怯えた風情のロゼウスはけれど、そこで踵を返して一目散に逃出す、なんてことはなかった。
 薔薇の下で震えている俺を見つめると、腕を伸ばしてきた。大人にはくぐれない棘の茂みの下も、子どもの小さな身体ではたいした障害にはならない。あの日のドラクルのように優しいのに有無を言わさぬ手付きで俺の身体を引き寄せると、優しく抱きしめた。
『泣かないで』
 俺はその時狼の姿をしていた。人狼は人間と獣型と両方の姿を使い分けられる。だけれど人が犬や猫など獣の表情を見分けにくいのと同じで、獣型になると途端に多種族との交流がしにくくなる。向こうに俺たちの感情が読めないからだ。
 なのにどうして。
『泣かないで。狼さん。泣かないで……』
 獣型の俺を抱き上げて、ロゼウスは自分自身が泣いているような声で言った。白い手が俺の毛並みを慰撫するように触れ、あやす。
『ドラクルに苛められたの? あの人、機嫌が悪いとすぐに人にあたるから。でももう、きっと大丈夫だよ。だから』
 泣かないで。大丈夫だから。泣かないで。
 荊の茂みに囲まれた中庭で、俺を抱きしめてロゼウスは囁いた。ヴァンピルの体温は他の種族に比べて低い。けれど、これまで感じてきたどんな人の体温より暖かく感じた。傷ついた心を癒す心地よいぬくもり。
『大丈夫だよ』
 抱きしめられた腕の中で涙を流す。はらはらと、後から後から涙は零れてきた。それを鬱陶しがるでもなく、ロゼウスは俺を宥め続けている。俺が落ち着くまでずっと。

 好き。
 この人が好きだ。

 数日前の夜にはあんなことがあって……ドラクルからの指示だから逆らうわけにも行かなかったけれど、ロゼウスが本気で嫌がっていたことを、俺は本当はわかっていた。本当ならこの姿を見るのも嫌だろうに、なのにロゼウスは、荊の茂みの下で一人蹲って震えていた俺を抱きしめてくれた。
 嬉しかった。
 本当に嬉しかったよ。
 俺がドラクルに求めていたような温もりは、本当はこちらの方だったんだ。国に戻ってからもロゼウスが忘れられなかった。女の子に恋をするよりもまず先に、ロゼウスに恋をした。その後もそれなりに付き合いを続けていたドラクルとは顔を合わせていたけれど、ロゼウスに会える事はなかった。でもずっとずっと、会いたかった。
 側にいて、ただ、普通に優しくして欲しかった。特別なことをしてもらいたいわけじゃない。ただ、セルヴォルファス王でも幸せな王子でもないただの「ヴィルヘルム」を見て欲しかった。あの薔薇の茂みでしたみたいに、もう一度抱きしめて欲しかった。だけ。そのために生きてた。
『ねぇ、ヴィル、提案があるんだ』
 どうしても彼が欲しかった。たぶん、中庭でドラクルとロゼウスがじゃれあうあの日の光景を見たときから、意識しないでもずっと惹かれていたんだと思う。ロゼウスは俺にとって、全ての綺麗なものや幸せなものの象徴だった。綺麗で幸せそうで羨ましくて。
 彼を手に入れられれば、俺もそんなものをまた手に入れられるような気がしていた。
『お前は、ロゼウスにもう一度会いたくない?』
そしてドラクルはそんな俺を見抜いていたんだと思う。だから、俺のことをハデス卿たちと企んだ計画に巻き込んで、利用した。俺は最後まで、ドラクルの駒扱いだったんだね。
 でも。

 好きだった。

 ロゼウスが――好きだったよ。

「さようなら。ヴィルヘルム」

 俺がお前に与え、そしてお前がどうでもいいと切って捨てた嘘のような悪夢のような日々の中で、でもそれだけは、本当だったんだよ……。

 ◆◆◆◆◆

 ぽつぽつと雨が降る。
 雨は、神様の涙なのだという。世界でもっとも普及している宗教は二つ、ラクリシオン教とシレーナ教。シュルト大陸では、ラクリシオン教が一般的だ。それは、薔薇の国でも。
 この大地の王国でも。
 雨は、神様の涙なのだという。
 この雨は誰を悼むための涙なのだろうか。
 頬にあたる雨粒は酷く冷たい。セルヴォルファスは大陸の北にある国だ。細長い森林は緩やかな帯状にセルヴォルファスの荒野を包み、他国とは隔てている。そのため、同じ魔族でも人間の国であり軍事国家という側面から一種威勢のあるエヴェルシードと国境を接しているローゼンティアに比べて、世情に疎いという側面がある。
 孤独な国。
 セルヴォルファスは一種そういう宿命を課された国だ。地理的な条件はもとより、魔族の国。性質の半分が狼である人狼は、実際食人と同義の吸血習慣のあるヴァンピルよりさらに露骨に人肉を喰らう印象をもたれている。
 おまけに狼は群で生活する生き物。同族内での繋がりが強く、その分他国への警戒は強く友好関係の維持にさほどの執着がない。彼らは彼らだけで生きていけるからだ。
 そんな孤独の国の王とは、一体どのような存在なのだろう。
 雨粒が頬にあたる。瞼に当たって目元を滑り、筋をかいて流れていく。
 一粒ごとに、冷たい礫に緩やかに意識が目覚めていく。
 目覚めたロゼウスを迎えるのは、雨に流されようとしても流されきらない血の匂い。鉄錆の生臭さと、泥の匂いが入り混じる。
 雨に洗われていく全身に、ぬるついた違和感がつきまとう。洗われきらない手のひらを眺めると、紅かった。
「ひっ」
 思わず、呻き声が漏れてしまう。覚えがない。わけがわからない。何があった。
 俺は何をした?
 いや、わかっている。本当はわかっているはずだ。薄っすらと脳裏に残っている記憶。俺ではない俺が、やったこと。
「ヴィルヘルム……?」
 黒い土の上に無惨に横たわるその姿。胸部の傷は隠せないけれど、顎を濡らす吐血を雨に洗い流されたその姿は、眠っているようにも見える。だけどそうでないことは、ロゼウスが一番よく知っている……知っているはずだ。
「嘘だ」
 現実を否定したくて言葉が零れる。
「嘘。嘘だ。だって、殺す気なんか……」
 ヴィルヘルムはぴくりとも動かない。
「嘘じゃない」
「!」
「嘘なんかじゃないよ。ロゼウス兄様。これは確かに現実で、間違いなくあなたがやったこと」
「じゃ、ジャスパー」
 いつの間にか背後に来ていた弟は、ロゼウスを見てにっこりと微笑んだ。
「さすがは僕の兄様。ヴァンピルより武力に優れるというセルヴォルファスのまがりなりにも国王陛下を、こんなに簡単に屠る事ができるなんて」
 その微笑があんまりにも愛らしく穏やかなので、ロゼウスの頭には一瞬その意味が入ってこない。
「――え?」
 目の前にいるのは誰だろう? 本当にジャスパーか? 自分の弟の。嘘だ。ジャスパーはこんな性格じゃない。もっと大人しくて控えめで遠慮がちで、優しい性格だったのに。
 だけど、それでも、そんなことすら些細だと思えてしまうようなことは。
 その変化は。
「俺、は……」
 足元の地面がぬかるんで泥と化していく。血だまりは土に染みこんだ上に雨に洗い流されて、黒炭のようなこのセルヴォルファスの黒い大地と同化してしまっている。
 雨は冷たく、細い矢のように肌を刺す。髪が頬に張り付いて鬱陶しい。
 両手は相変わらず、洗い流されない血に汚れている。
「俺は……俺は……っ」
 俺は誰なんだろう。
「俺は……これ、本当に俺が……っ!?」
 微かだけど記憶に残っている、けれど感情が受けつけないこの現状。シェスラート。あんたは実に楽しそうに、目の前の少年を殺した。
「違う……違う! あれは俺じゃない!」
「あなただよ、兄様」
「違う! 俺は、ヴィルを殺す気なんてなかった!」
 殺す気なんて―――ッ!
「だって、死ねばいいと思ったでしょう?」
「ッ! そ、れは」
「ずっと思っていたんだよね。兄様を閉じ込めて邪魔をして、シェリダン王に会わせないようにしようとするヴィルヘルム王なんて、死んでくれればいいのに、て」
 魔力で伸ばした爪をその喉首に振り下ろした日を思い出す。
 そうだ。死ねばいいと思っていた。何らかの形で彼を屈服させれば、自分はこんな国に留まらずにすぐにでも出て行けるのに、と。
「でもここまでする気はなかった!」
「同じだよ。結果は出てしまったんだから。あなたが嘆いたところで死者は戻らない」
 それでも、本当にここまでする気はなかったんだよ……。
「だって、ヴィルは……」
 確かにロゼウスはヴィルヘルムに対して恨みがある。さんざん痛い目にも遭わされたし、エヴェルシードからここまで攫われてきただけでも大打撃だ。自分だけではなくシェリダンにまで何かしたんじゃないかという懸念もある。
 でも、それでも。
「ヴィルヘルムは、《可哀想な》子だった……」
 俺は可哀想にはならない。ヴィルヘルムの口癖だった。だけどロゼウスには、その言葉を繰り返す彼自身が本当は一番可哀想なのではないかと思われて仕方なかった。
 ヴィルヘルムを見るたびに、ロゼウスは少し前までの自分を思い出していた。ドラクルが欲しくて欲しくて、ただ兄に愛されたくて仕方がなかった日々。後であれは幼少期の虐待によって自分の心を守るために作り上げた歪な愛だとシェリダンに目を覚まさせられたけれど、その間の心の欠落がそれで埋まるわけではない。
 ロゼウスの場合には、シェリダンがいた。底なしの沼から引き上げてくれた。
 ローゼンティアにいた時だって、まったく味方がいないわけではなかった。アンリはロゼウスとドラクルのことを知ってからいつも気にしていてくれたし、他の兄妹はただただ、いつも皆優しかった。ロゼウスには味方がたくさんいて、多分人にそう思われるほど、自分は不幸なんかじゃなかった。
 でも、ヴィルヘルムには誰もいない。
 少なくともヴィルヘルムが望んだ範囲で、彼の味方になってくれた人間はいなかったのだろう。でなければドラクルやハデスに縋るわけがないのだから。
 誰も彼を助けてやらなかったし、ロゼウスもそうだった。彼よりも自分のことを優先した。死ねばいいと、確かに、願った……。
「でも、ここまでする気は、殺す気なんて……なかったのに!」
 ロゼウスが願う「死んでしまえば」は、そうして自分の前から消えて自分の邪魔をしないでいてくれれば、もうそれだけでよかったのだ。けっして、憎いから、疎ましいから、存在が許せないから死んでしまえ、殺してしまおうと考えていたわけではなかった。ロゼウスはヴィルヘルムの力になれないしなる気もないけれど、それでも、彼が自分とは関係ないところで、彼自身の幸せを見つけてくれるならそれに文句はなかった。
 最後のトドメは自分が刺した。
 可哀想な子どもを、一度も救うことなく可哀想なまま死なせてしまった。
「どうして俺なんだよヴィルヘルム! どうして!」
 俺に関わらないでくれ! 関わらなければ、きっとこんな結末は迎えなかったはずだ。
「仕方がないんです」
「ジャスパー」
 人とは思えぬ微笑を湛え、弟であったはずの少年は言う。
「あなたが、それを選んだから」
「俺が? 俺が何を選んだって?」
「これから起こる全ての結末を」
「……え?」
 ジャスパーの言っていることが、何のことだか全然わからない。
「ヴィルヘルム王のことは、仕方がないんです。当然の結末なんです。だって彼も選んでしまったんだから。あなたを」
「……」
「そしてロゼウス=ノスフェル=ローゼンティア。あなたは選んだのでしょう。あなたの心の中に住まうたった一人を」
 ただ一人。
 こんなにまでして、こんなことを仕出かして。確かに殺しなど初めてではないが、今までのそれとこれは違う。なのに、それなのに自分は償いなどする気もなく、ただ一つだけを望んでいる。
 それはここに横たわる大地の国の王だった少年ではなく、炎の瞳をした――。
「……シェリダン」
 彼に会いたいがために、ロゼウスはこれからも生きていく。そのために何度でも罪を重ね、他者を犠牲にし、それを悼むこともなくただ踏みつけにして前に進む。
 なんて酷い身勝手だ。
 だから、だから……ッ!

「さようなら……ヴィルヘルム」
 彼に与えられるものは、せめてこの雨に紛らせたひとしずくだけだった。