荊の墓標 29

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 両国の王が新たに入れ替わったことで、ローゼンティアとエヴェルシード、二国間には微妙な緊張状態が続いていた。
「まだっるこしいわね。そろそろさっさと仲直りしたことにして、完全にシェリダンを追い詰める手筈をあの方と整えてしまいたいのに」
「仕方ありません。女王様。よもやあなたとドラクル王が手を組んでそれぞれの第一王位継承者を追い落としにかかったなどと、言えるわけもないのですから」
 腹心の部下の宥めにも、カミラは拗ねたような顔を崩さない。民への体裁などどうでもいいとまでは言わないけれど、シェリダンがいつ玉座を奪い返しに来るとも知れない間は生きた心地がしないのも確かだ。
 今日は謁見の間ではなく、執務室で話を聞いている。大きな窓から明るい日差しが入り込むけれど、その窓は巧妙に飾りに見せかけた鉄格子が嵌っている。一国の王ともなればいつ狙撃されるかわからない。弓を射られても矢を弾き返すよう、窓にそうして細工が施されている。
 そしてこういったこの環境こそが、軍事国家エヴェルシードの王になるということ。
「何かいい方法はないかしら」
「ローゼンティアをエヴェルシードが侵略したというのは事実。和解が一朝一夕に成り立つはずもありません。向こうの王がローゼンティア内部を支配し整えるのを大人しく待ってみてはどうでしょうか」
「結局、それしかないのよねぇ」
 エヴェルシードの兵はカミラの命令で引かせ、ローゼンティアが国交を平常どおりに再開できるようになるまで待つしかない。部下にそう宥められて、カミラは溜め息つきながら頷くしかなかった。先日のセルヴォルファスへの侵略で軍部からのカミラへの支持は安定したけれど、やらなければいけないことはまだ山のように残っている。王という職業は大変だ。だからといって、投げ出す気もなければ譲るつもりもない。
「シェリダンの動向は全くつかめないの?」
「ええ。先日、トリトーン港の方でそれらしいお方が海賊相手に大立ち回りを繰り広げた、というのが風の噂として伝わってきているのみです」
「そう。でも、それには確かユージーン侯爵らしい連れの姿も書かれていたのよね……港になんか向かって、何をする気かしら、シェリダンのやつ」
「申し訳ございません。わたくしどもにはわかりかねます」
「いいわ。下がっていなさい」
 部下たちを下がらせて、カミラは執務室でまた一人書類と向かい合いながら一段と深い溜め息をついた。
「思惑、か……」
 シェリダンの思惑はもちろん気になるけれど、その他にも気にしなければいけない問題が今のカミラにはその手元の書類の山のように積んである。そう、さしあたって重要なのは。
「結局、この前のあれはなんだったのかしら」
 彼女は書類にサインする手を止め、数日前のことに思いを馳せる。
 セルヴォルファス陥落の報を聞き、帝国宰相ハデスからはこれからのことについて慎重な対応をするようにと求められたあの日。
 ここにやってきたのは。
「カミラ陛下、失礼します」
「いいわ。入りなさい」
 執務室の扉が叩かれ、カミラは入室の許可を出した。城仕えの通常のメイドの格好をした者が、特に気負いもない様子で告げてきた。
「あの、女王様。先日お倒れになったミカエラ王子が、先程ようやく目を覚ましました」
 これで、気にしなければいけない問題のうち一つが解決される。
「わかったわ。御苦労様。あなたたちは休んでていいわ」
 休息とその裏に人払いを命じて、カミラはかの王子のもとへと足を運んだ。

 ◆◆◆◆◆

 これが、ローゼンティア第五王子ミカエラ=テトリア=ローゼンティア。
 カミラは目の前の寝台の上に半身を起こす少年を見た。美しい顔だが、その顔色は酷く悪い。もともと紙のように白いヴァンピルの肌が、目に見えるほど青褪めている。手足も細く、女であるカミラ自身と比べてもたくましくは見えない。今にも倒れそうに儚げな風情を漂わせる少年。
 この人物のことを、彼女ははっきり言って名前程度しか知らない。吸血鬼の王国ローゼンティアは閉鎖的な国で、他国とほとんど交わらない。隣国であるエヴェルシードとも本当に友好を保つ程度の付き合いしかしていなかったので、エヴェルシードの王女であるカミラですらローゼンティアの王族の事情には詳しくない。普通なら隣国同士両王家の婚姻などで結束を深めるものだが、ローゼンティアに限ってそれはないのだという。
 薔薇の王国は魔族の国。ローゼンティアの民は、皆例外なくヴァンピルという吸血の魔人たち。
 そのために彼らは、人と極力関わろうとはしない。また、人間と魔族の間に子を成すことも普通は歓迎されない。魔族は魔族の国の間でその血統を守っている。
 ローゼンティアのヴァンピルたちは、ほとんど外の国に顔を出さない。
 特にこのミカエラ王子は、人間よりも身体能力に優れ頑強であり、再生能力に秀でたヴァンピルの中でも異例の存在だと聞いた。何しろ、彼は強靭な肉体を持つヴァンピルにしては珍しく病弱なのだそうだ。
 ふわふわとした巻き毛に、赤い瞳。染み一つない手は青白く、生気がない。
 彼は、先日いきなりこの城へとやってきた。エヴェルシード王城シアンスレイトへ。シェリダンを追い落とそうと襲撃をかけたときに逃げたはずのローゼンティア王族たちの一人が、よりにもよって何故ここへ、今この時に舞い戻ってきたのか。
 城内は小さな混乱に包まれ、カミラも驚いていた。見れば他にローゼンティア王家の連れは見当たらず、バートリ公爵の弟という人物が一緒だったらしい。
 そして、いざ謁見の間にてその話を聞こうとしたとき、口を開く前に彼は突然倒れた。
 もともと具合が悪かったところを、無理してシアンスレイトまで来たらしい。バートリ公爵の別荘の一つはこの近くのリステルアリアにもあるが、バートリ領自体は国内でも王都から一、二を争う遠さ。
 そして数日間熱を出して寝込んでいたミカエラ王子の意識が戻ったと聞いたのは、つい先程のことである。
「突然すみません、カミラ姫……いいえ、エヴェルシード女王陛下」
 寝台に半身だけを起こしたまま、彼は脇に座るカミラへとそう謝罪を述べてきた。
「いいえ。それよりも……単刀直入に窺います。殿下は、一体何をしにここへ?」
 病人相手に回りくどい言い回しをしてまた倒れられても困る。カミラは率直にそう尋ねた。この少年は、ロゼウスの弟。国を裏切ってまでカミラに味方してくれるドラクルとはまた違った意味で、複雑な思いを抱く。
「……ローゼンティアとの講和に、手間取っていると、お聞きしました」
 前置きなく尋ねた言葉に前置きなく答えようと口にされたその言葉は、現在のこの国の最重要懸案事項だった。ローゼンティアとどのように和解に持ち込むか、カミラも部下たちも頭を悩ませている。
 ここは上手くやらねばならない。失敗は許されない。
 あの兄が隣国を侵略など余計なことをしてくれたせいで、今の彼女がこんなに苦労しなければならない。ドラクルには借りがありすぎる。それを幾らかでも返さないと、いつまで経っても対等の立場には立てない。そして下手に回るということは、いざというときに動けるような情報経路を確保できないということにもなる。ドラクルだけでなく、ハデスにもその力を認めさせなければならないカミラはそれに歯噛みする。あの二人の企みから、自分一人弾き出されるわけにはいかない。
 考え始めると堂々巡りで止まらないその考えに横槍を入れるような形で、ミカエラ王子の言葉は驚くべき方向に続けられた。
「一つ、方法を提示したい」
「方法?」
「エヴェルシード女王、カミラ陛下。僕は今のこの国と我国との現状を憂えています」
 身体が弱く、ずっと寝台の上で過ごしてきたという王子は、けれど心の弱さとは無縁の表情で淡々と続けた。
「軍事国家であるエヴェルシードと違い、ローゼンティアにははっきり言って、長期の戦に耐えるだけの国力はありません。戦が続けば民は疲弊し、国は荒れてゆきます。仮にもローゼンティアの王子であった僕としては、その事態は、間違っても歓迎できるものではありません」
 自分の国の弱点を敵国の王であるカミラの前で語った王子は、その赤い瞳で真っ直ぐに彼女を射抜く。
「だから」
 そこに込められた重みには、確かに命がかけられていた。
「僕は、ローゼンティアの王子としてあなたに講和を申し込みます。この、命と引き換えに」
「え……」
「ゲッシュ……誓約です。もちろん、ご存知ですよね」
 数代前の皇帝が定めた法の一つにそれはある。ゲッシュ。誓約を意味するその言葉。
 命を懸けて何事かをなす時にそれは使われる。
「カミラ女王陛下。あなたはエヴェルシードに有利に事を運ぶために、講和の方法を探しているのでしょう。このままただローゼンティアに頭を下げればエヴェルシードは戦争に負けたことになり民たちの気勢を削ぐし、諸国への体面も悪い。かといって、侵略された側のローゼンティアが国を取り返したことを謝罪するわけもなく、向こうが容易くこの国を許せば今回の出来事の裏には何かある、と世界に知らしめることとなる。それは、あなたにとってもお困りなのではありませんか」
 ああ、それとも、我が兄ドラクルにとっても、と言うべきでしたか。綺麗な顔で、綺麗な笑みで、けれど紛れもないヴァンピル特有の酷薄さを込めて彼は笑う。
「今のままでは両国とも動く事はできず膠着状態が長引きます。僕はローゼンティアの民たちをこれ以上、我が兄の野望に巻き込んで苦しめたくはありません。ですから、あなたに協力してもらいたいのです。カミラ女王陛下」
「私に、どうしろと」
「先程申しあげたとおりです、お願いを聞き届けてください」
 綺麗な、綺麗な、綺麗な、その笑み。
「エヴェルシード女王カミラ=ウェスト=エヴェルシード陛下。わたくし、ミカエラ=テトリア=ローゼンティアを処刑し、その血をもって二国の講和を成してください」

 ◆◆◆◆◆

 能ある鷹は爪を隠すのだという。僕にとって、鷹とは兄様のことだった。
 ――あのね、ミカエラ。
 ふふ、と大変な秘密を打ち明けるように薄暗く楽しそうに笑いながら、ロゼウスはその時、ミカエラにこう言った。
 ――何かあったときにはね、実際より愚かなフリをしておくんだよ。相手が自分を侮ってくれる方が、かえって後で有利に働くから。
 ロゼウス=ノスフェル=ローゼンティア王子は四番目の王子にして本来は第三王位継承者。第三王子ヘンリーに継承権を譲渡したため第五位にまで下がっていたが、どちらにしろ彼に玉座を狙う気など微塵もなかったことをミカエラは知っている。
あの人の考え方は、間違っても人の上に立ち民を導こうという者の考えではない。いざとなったら民を守る事はするだろうけれど、教え導く君主としての心構えなど、ロゼウスにはまったくなかった。そしてその時はそれを、不自然になんて思わなかったのだ。
 ――ねぇ、ミカエラ。お前もきっといつか、本当に欲しいものを手に入れられると、いいね……賢さをひけらかすのは愚かだよ。そうして自ら苦難の壁を積み上げるくらいなら、緩い荊鉄線を乗り越えてごらん。その方がきっと楽だ。
 ああ、兄様……たぶん、あなたの言う通りなのでしょう。僕の王よ。
 それでもあの方は、鷹だったのだ。
 その身の内に鋭い爪を隠す、鷹だったのだ。

 これがエヴェルシード王国の現国王、カミラ=ウェスト=エヴェルシード。
 ミカエラは目の前に座っている女性を見つめた。すぐ上の姉ロザリーと同い年である十六歳。蒼い髪に橙色の瞳であるエヴェルシード人の中では特徴的な、濃紫の髪に黄金の瞳を持っている。波打つ髪はヴァンピルの白髪と違い夜空の色で存在感がある。激しい気性を瞳の宿し、多くのエヴェルシード人がそう言われるように火のような印象を与える人だった。
 彼女は今のこの国の王で、ミカエラたちを一度は追い詰めた勢力の一派で、シェリダン王の敵。兄であるロゼウスがシェリダン王に味方する意志を決めたからには、彼の敵である彼女はミカエラにとっても敵ということになるのだろう。
 先日は謁見を求めてすぐに話しをするつもりだったのに、倒れてしまって不覚だった。もうそろそろ限界だ。自分で自分の身体の調子がわかっている。与えられた一室の寝台に寝かされて、動くことが出来ない。豪奢な部屋。間違っても人質扱いとして物置に押し込まれることなんてない。この分ならいけるだろう。
 自分はもうすぐ死ぬ。
 だからこそその前に、ミカエラにはやっておかなければいけないことがある。この身体の弱さのせいで、故国に戻る兄妹についていくこともできなかった。恐らくもう二度と、自分はローゼンティアの土を踏む事は叶わないだろう。あの今となっては懐かしい国の様子をこの目で見る事は叶わない。もう二度と。
 薔薇の国よ、さよなら。
「いいえ。それよりも……単刀直入に窺います。殿下は、一体何をしにここへ?」
 話を始めるとすぐに、カミラ女王はそう切り出した。あのシェリダン王の妹姫にしては、腹芸は苦手らしい。直球勝負で来たカミラに、こちらも同じような態度で返す。
 愚かに振舞え、とロゼウスは言った。
 ミカエラの真の目的など、この女王に気づかせてはならない。
「……ローゼンティアとの講和に、手間取っていると、お聞きしました」
 本人の申告通り単刀直入に切り出された話にこちらも本題をすぐさま返す。世間話も追従も無意味。腹の内を探りあうのは、ある程度手札が出揃った頃でないと自分には無理だ。できるならば、相手もそのくらいの力量であるならば願ったり。
 ここは上手くやらねばならない。失敗は許されない。
 ドラクル兄様。残念ながら、僕はもうあなたを兄として慕うことはできないようです。不幸になってほしいわけではないけれど、たくさんの人を、巻き込み不幸にしてまで玉座に執着するあなたの心が僕には理解できない。それは僕がもともと継承権の低い王子だからなのかもしれないけれど、隣国の、それこそシェリダン王まで利用してローゼンティアを滅ぼし征服したあなたのやり方には、僕は賛同の意を唱えられない。
 けれど、ミカエラは自分では間違ってもあの兄を止めることなどできないこともわかっている。
 ドラクル=ノスフェル=ローゼンティア。本当はドラクル=ヴラディスラフだと知れたかの人は、確かに優秀だった。ミカエラの力では敵わない。普通の人より弱いくらいの、この自分では。
 だけれど、戦況を支える駒の一つになるくらいはできる。
「一つ、方法を提示したい」
「方法?」
「エヴェルシード女王、カミラ陛下。僕は今のこの国と我国との現状を憂えています」
 兄王から力尽くで玉座を奪い取ったという少女王が、しかし一見してはそうは見えない優雅な様子でミカエラの話を顔を険しくして聞いている。反応を仔細に窺ってみると、思ったとおり、まだドラクルとの間でどのように講和を成すかを詳しく取り決めてはいないらしい。
「軍事国家であるエヴェルシードと違い、ローゼンティアにははっきり言って、長期の戦に耐えるだけの国力はありません。戦が続けば民は疲弊し、国は荒れてゆきます。仮にもローゼンティアの王子であった僕としては、その事態は、間違っても歓迎できるものではありません」
 ミカエラはあえて、ローゼンティアの現状を語った。戦を長引かせたくないのは本当だ。話で聞いただけとはいえ、故郷はエヴェルシードにはじめに負けたあのシェリダン王との戦いの時でさえ壊滅的だった。その後カミラ姫がなんだかんだと理由をつけてローゼンティアから兵を引いたとしても、すぐには立ち直れていないだろう。国を出る前に多くの兄妹で確認した事柄によれば、かなりの貴族がすでに殺されているか寝返るかしていたという話だし、悪い状態になっていることは考えられても、この数ヶ月でローゼンティアの様子がよくなったとは思えない。
 そんなこともあって、戦を長引かせたくないのは本当だ。けれど、それ以上に大事な問題もある。
「だから」
 そのために、ミカエラは命をかける。
「僕は、ローゼンティアの王子としてあなたに講和を申し込みます。この、命と引き換えに」
 きっとこのために僕は生まれてきたんだ。
「え……」
「ゲッシュ……誓約です。もちろん、ご存知ですよね」
 数代前の皇帝が定めた法の一つにそれはある。ゲッシュ。誓約を意味するその言葉。
 命を懸けて何事かをなす時にそれは使われる。その誓約を破ることは許されない。
 ミカエラ=ローゼンティアはローゼンティアとエヴェルシードの講和のために死ぬ。この血をもって戦争の終結を世界に宣言する。
 命を懸けた誓いは破られない。決して逃出さない。必ず死ぬ。それを条件に、戦争を終わらせる。
 傍目にはこれが、国のことだけを考えて何が何でも戦争を終わらせたい人間の捨て身の策に見えてくれるだろうか。
「カミラ女王陛下。あなたはエヴェルシードに有利に事を運ぶために、講和の方法を探しているのでしょう。このままただローゼンティアに頭を下げればエヴェルシードは戦争に負けたことになり民たちの気勢を削ぐし、諸国への体面も悪い。かといって、侵略された側のローゼンティアが国を取り返したことを謝罪するわけもなく、向こうが容易くこの国を許せば今回の出来事の裏には何かある、と世界に知らしめることとなる。それは、あなたにとってもお困りなのではありませんか」
 ああ、それとも、我が兄ドラクルにとっても、と言うべきでしたか。
 ちらりとそれを口に出してみたが、カミラ女王は動揺こそしているものの、ミカエラの思惑に気づいているわけではなさそうだった。
 二人がしているのはそれぞれ国家にとって有害なことで、ミカエラはそれを止めるために命を投げ出す。そのように捉えられていればいい。
 真の狙いは別のところにある。
「今のままでは両国とも動く事はできず膠着状態が長引きます。僕はローゼンティアの民たちをこれ以上、我が兄の野望に巻き込んで苦しめたくはありません。ですから、あなたに協力してもらいたいのです。カミラ女王陛下」
 ローゼンティアの民を、ドラクルの野望にこれ以上突き合わせたくないと言うのは本当。
 そして真に止めたいのは、大衆に本意を知らせないまま、これ以上ドラクルとこのカミラ女王が手を組むことだ。
 血の誓約によって贖われた講和であれば、二国はすぐさま手を結ぶ事はできない。王族一人犠牲にして手に入れた講和を、無下に扱う事はできないだろう。そしてこれ以上ないくらいに講和の理由がはっきりしていれば、調整と偽ってお互いがお互いの国を行き来することもできないだろう。
 今のままでは膠着状態でそれをいつ解くかはカミラとドラクルの手腕次第になってしまう。しかしミカエラが死ねば、二人が民衆を言いくるめる前に講和に持ちこみ、なおかつ膠着ではなくしばしの間二つの国家に沈黙と断絶を与えることができる。
 自分にできるのは所詮ここまでだ。
 そして、後の事は兄が……きっとロゼウスたちがやってくれる。
 ミカエラはそう信じている。
「私に、どうしろと」
「先程申しあげたとおりです、お願いを聞き届けてください」
 ミカエラは微笑んで見せた。
 玉座を求めた哀れな女王よ。あなたはこの存在を刻み込むがいい。たかが一王族程度の存在でありながらも、一つの戦況を左右する力を持つ事ができるということを。
「エヴェルシード女王カミラ=ウェスト=エヴェルシード陛下。わたくし、ミカエラ=テトリア=ローゼンティアを処刑し、その血をもって二国の講和を成してください」

 そう、これが、自分にできる最後のことだ。