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「私たちはウィル王子を捜しましょう。アンリ王子、ロザリー姫」
「リチャード」
「ああ、そうか! ウィル!」
シェリダンに戦闘要員として指名されなかった三人は、そうして本来この場に人質として囚われている少年を捜すことにした。てっきりシェスラートたちがこれ見よがしに連れてくるものかと思えば、そうではない。第七王子ウィルの姿はこの場のどこにも見えず、まずは彼を捜すところから始めなければならない。
「兄様、あの教会が怪しくない?」
「私としては、あのジャスパー王子を先に捕まえて居場所を聞き出すという手を提案するのですが」
ロザリーが目をつけたのはわざわざシェスラートたちがこの場に彼女らを呼び出した廃教会であり、リチャードが目をつけたのはシェスラートの仲間でありながら多勢に無勢の彼に加勢するでもなく戦況を見守っているジャスパーだった。二つの道を指示されて、アンリはその内の一つを選ぶ。
「先に廃教会を見よう」
「しかし、先ほどロゼ……シェスラート様が言っていたように、魔術で結界などを講じられていたら? それを解く方法を知る人物を先に捕らえておく方が後々やりやすいと思いますが」
「だけどな、リチャード。あんたはよく知らないかもしれないが、ああ見えてジャスパーも強いんだよ。ロゼウスほどではないにしろ、魔術の才能は俺やローより上だ。剣の腕もそこそこ。俺たち三人でかかれば負けはしないかもしれないが、シェリダン王たちとシェスラートとの戦いの邪魔になったり、俺たちが動いていることが知られるのは良くないだろう?」
「つまり、相手に気づかれない内にこっそりとウィル王子の身柄を確保してしまった方がいいと?」
「そういうことだ。もしあの教会に魔術がかかっていたら俺が解く。ロザリー、戦いの方はいざとなったらお前にジャスパーの相手を任せてもいいか?」
「了解。私は少なくとも弟になんか負けはしないわ」
「頼もしいな。じゃあ、行くぞ」
幸いにもジャスパーはシェスラートたちの戦いに気をとられてアンリたちの行動を気にしてはいないようだった。その目を盗んで、彼らは廃教会へと近づく。
「魔術は何も使われていないようだな」
シェスラートが廃教会にかけたのは多少過ごしやすくするための魔術だけで、教会自体におかしな細工はしていない。予想外にあっさりとその中に滑り込み、早々と彼らは目的の人物を見つけた。
「ウィル!」
「ウィル! 無事なの!?」
教会の祭壇の上に、まるで生贄の子羊のように横たえられている弟。上掛けも何もなく、本当にただ単に寝かせられているだけと言った様子だった。だがその周囲に不自然な血の痕などはなく、とりあえず無事は無事のようだった。
もちろん死体ではなく、ちゃんと息をしている。一度殺したくせに……と思わないでもないが、シェスラートはきちんと彼を生き返らせたようだ。
しかし、ようやく見つけ出した弟はこれだけ彼らが呼びかけているというのに目を覚まさない。
「おい、ウィル、ウィル! どうしたんだ!?」
「アンリ兄様、この子自体に魔術がかけられているみたい」
「何!? ……本当だ。この気配はジャスパーだな」
何度呼んでも目を覚まさないウィルの様子に不審を感じたロザリーが探ると、そこには魔術の気配があった。ジャスパーによって、眠りの術がかけられているようだった。相手がシェスラートでなかったのはこれ幸いと言うべきか、早速アンリが弟にかけられたその術を解く。
「っ、術が解けたか……」
外でシェスラート対シェリダンの戦況を見守っていたジャスパーがようやく気づく。しかし、目の前の戦いも佳境に至っていて迂闊に声をかけられない。
仕方なく自ら動き出した彼は、まっすぐに廃教会へと向かった。彼が今使っていた魔術は一つだけ。弟王子のウィルに眠りを与える魔法だ。それが解かれたとなれば考えられるのも一つだけだった。軽く視線を巡らしても、いつの間にかアンリたちの姿が消えている。
「小癪な真似を……」
冷ややかな彼の表情は、ローゼンティアの第六王子ジャスパーであるよりは、皇帝ロゼウスの選定者に近い。感情を削ぎ落としたような少年はまっすぐに廃教会へ向かうと、すぐさま相手を捕縛する魔法を準備する。敵は三人だからと剣ではなく魔術を選んだのだが、それが今回ばかりは彼の選択ミスとなった。
「どいてジャスパー!」
「っ!」
名を呼ばれた、と意識するよりも早く、小柄な人影は目の前を駆けていく。止める暇はなかった。右手に蓄えた魔力を放つ暇も。剣を抜いておかなかったことを後悔するよりも早く、背後から殺気が迫る。
「ロザリー!」
「お姉様を呼び捨てとはいい度胸ねあんた!」
体術においては右に出る者のいないロザリーの攻撃は、術を放つまでに時間のかかるジャスパーの魔術程度では防ぎきれない。魔術相手に素早い物理攻撃が有効なのは、先ほどシェリダンが証明していた。
右手の魔法を打ち消し、ジャスパーもさっさと思考を切り替え剣を抜く。あのまま捕縛魔術を放っても良かったが、それだとたぶんアンリに阻止されるだろう。
それにしてもこの狭い廃教会の中で戦うのはまずい、と判断したジャスパーは教会の外に出た。ロザリーの体術はともかく、アンリの魔術を相手にするのはこの状況では不利だ。ならば彼が迂闊に術を放てないように外でシェスラートが相手にしている連中も含めて乱戦にしてしまおう、と彼は考えた。
だが思惑は外れ、教会の外で繰り広げられていたのは予想外の光景だった。
「駄目だ! 兄様!」
先ほど止め損ねた小柄な影。素手のウィル程度逃したところでシェスラートの相手ではないと思っていたのだが。
意外にもそこにあったのは、シェリダンにトドメを刺そうとしたシェスラートがウィルによってそれを阻止されている光景だったのだ。
◆◆◆◆◆
細い腕が必死で腰にしがみついてくる。
その重みに一瞬何かを揺さぶられかけたが、結局シェスラートはその感覚ごと現在の身体の持ち主の弟を振り払った。
「ええい! 邪魔だ!」
「うわぁ!」
成長したヴァンピルであれば年齢不詳で体格差などあってなきようなものとなるが、いかんせん彼らはまだ成長途中。十七歳にしては華奢な方とはいえ、ロゼウスの体格程度でも十二歳のウィルを吹っ飛ばすのは簡単だ。
決死のタックルによって兄を止めたはいいものの、またすぐに弾き飛ばされてしまったウィルは地面を転がって衝撃を受け流しながら悔しそうな顔をした。アンリによって眠りの魔術から解放された彼は状況説明を求めるより本能で何かを察知して一目散にこちらまで駆けて来たのだが、シェスラートの行動を一時的に邪魔するだけに留まった。
しかしその時間だけあれば充分だった。
「ちっ!」
シェスラートの舌打ちを追って立てられたのは、剣戟の音。まだ痛む身体をそれでも奮い立たせ、シェリダンが立ち上がっていた。少しだけ離れた地面に刺さった剣を素早く引き抜いて動き出す。
けれど先ほどまでのような速さに任せた猛攻は叶わない。おまけにそれまでより人数が増えてまた勢力図が入れ替わったせいで、ローラたちも咄嗟に援護する事ができない。
「ウィル! 受け取れ!」
その、いまだ剣を合わせ続けるシェリダンとシェスラート以外の面々が足を止めている中、末の弟に向けたアンリの声が響いた。
反射的に腕を伸ばしたウィルの手に、パシ、と小気味よい音を立てて一振りの剣が収まる。武器を手にしたウィルは素早くそれを引き抜いて、シェリダンの攻撃の合い間に援護するような形でシェスラートに斬りかかった。
「お前……っ」
「これでも、剣の腕はドラクル兄様とロゼウス兄様の次に強いんですよ」
驚いたのはシェスラートより、むしろシェリダンの方だ。まだ十二歳の王子が、シェリダンとほぼ互角の実力を持っているなんて。
だがこれで事態は好転した。打ち合わせたわけでもないのに息が合うと言う事は、ウィルの実力は本物だろう。二対一になって、シェスラートの顔に今までとは違う苛立ちが現れてくる。
「……!」
鉄と鉄のぶつかりあう硬質な音が響き、火花が散る。鍔迫り合いに一度持ち込めば、ぎりぎりと嫌な音が耳に届いた。
「ウィル王子!」
「シェリダン様!」
ウィルも小柄で、力押しと言うよりは速さを生かした剣士だ。シェリダンは負傷により多少スピードが落ちたとは言え、狙いは鈍らない。そんな二人を相手にして、さすがにシェスラートも手を抜くわけにはいかなくなった――かに見えた。
「ええい! 鬱陶しい!」
何かの線を切ったように、ある瞬間シェスラートはそれまでの緻密な攻撃とは違い乱暴に剣を振るった。咄嗟の判断で交わしたシェリダンが、剣先は避けてもそこから放たれた衝撃波はかわしきれずに地を転がる。再び剣が手を離れた。
「ぐぁ!」
「シェリダン様!」
ローラとエチエンヌがシェスラートに向けてナイフを投げるが、左手に生み出された魔術の盾によって簡単に阻まれてしまった。その一方で、シェスラートはウィルの攻撃を防ぐことも忘れない。
クルスがシェリダンのもとへと駆けつける。ローラとエチエンヌはある限りの飛び道具を投げつけるがシェスラートには敵わない。
ジャスパーはまだロザリーと交戦していた。体術と剣術の試合なのだが、ロザリーもロゼウス程ではないが、肉体の頑強さにおいては類を見ないヴァンピルだ。しかもところどころでアンリが魔術による援護をかけるのだから性質が悪く、こちらもまだ勝負はつきかねていた。
そしてシェスラートたちの方では、先ほど攻撃を加えられたのがシェリダンだったために彼の方が貧乏籤を引かされたかに見えたが、それはどうやら違うようだった。
「くっ、う!」
身長や筋肉のつき方による根本的な力の違い。速さと技術はあってもシェリダンほど剣戟に力の乗らないウィル一人では、シェスラートをかわしきることはできないようだった。一対一になって途端に鋭さを増すシェスラートの攻撃に、ウィルが押されていく。
「ローラ、ウィル王子を補佐しろ!」
「は、はい!」
手持ちのナイフを全て投げきった双子は暗器のワイヤーを使ってシェスラートに攻撃を仕掛けるが、その特性を知り尽くしていないウィルとではシェリダンとの時ほど上手く連携がとれない。それほどの助けにはならず、しかもシェリダンは先のダメージも残っているのだ。そんなに早く回復することはできない。
目の前に、美しい死神がいる。
アンリから借りた剣を、腕が痺れるほど強く弾き飛ばされた瞬間ウィルはそう思った。そして自分の実力では、どうあってもこのシェスラート、ひいてはその器たるロゼウスに勝てないこともわかってしまった。
武器を失い、彼はシェスラートの前に無防備に立ち尽くす。
「逃げろ! ウィル!」
ロザリー対ジャスパーの戦いの援護をしながらこちらの状況も横目で窺っていたアンリの声が飛ぶが、ウィルは応えられない。
優雅なほどにゆっくりと、シェスラートが剣を振るう。
本当はウィルは、自らの目の前にいる相手が兄のロゼウスではなくその前世たるシェスラートと言う名の存在だということもよくわかっていないのだ。彼が覚えているのは何故か自分に刃を刺した兄の理由のわからぬ変貌振りと、彼とアンリはロザリーたちが敵対しているという事実だけで。
けれど、飛び出したとき身体が勝手に動いた。シェリダンを殺そうとするロゼウスを止めなければと考える前にそう思っていた。
確かに意志はあるのに、それでも何かに突き動かされるようにして戦ってきたことは否めない。
それが何のためだったのか、今、ようやくわかった。
(ああ――そうか、僕は)
わかって、しまった。
シェスラートの剣が胸を貫く。時間が止まったようなその透明な静止画の世界の中で、彼は兄の中にそれを見る。
弟殺しの罪を堂々と犯したとなれば、例えシェスラートの意識を無事に眠らせる事ができたとしても、もうロゼウスはもとのようには戻れない。しかし、ウィルの身体からは今度こそ確実に、彼の命を繋ぎとめる力が抜けていく。次の甦りすら不可能にするほどに。
誰一人として気づきはしなかったが、全てを見ていたデメテルがその瞬間悲しそうに眉を寄せた。
シェスラートの唇が仄かに笑み、それを告げる。
「さようなら、宿命の王子」
ウィルはロゼウスに殺されるために生まれて来たのだ。
◆◆◆◆◆
その宿命は、《荊の墓標》。
出会う者全ての墓標を築く運命にあると。
ロゼウス=ローゼンティアは数多の死を積み重ねて《皇帝》になる。
「ウィル―――――ッ!!」
アンリの絶叫が響いた。
シェリダンも、彼を支えるクルスも、離れた場所からその現場を見ていたローラとエチエンヌも、ジャスパーを相手にしていたロザリーとアンリとリチャードも。
誰もが動きを止めて、その光景を凝視していた。
「っ……!」
ずるり、と血糊のついた剣がウィルの細い体から引き抜かれる。ロゼウスの得物は、レイピアなんてお上品な剣ではない。それなりの幅も太さもある剣が少年の身体を抉ったのだ、惨な傷口から血が溢れてくる。
人間よりも多くの血液を必要とするはずの吸血鬼族の身体から、まさしく命の源であるその血が流れ出していく。
誰の目にも、ウィルが瀕死であることは明らかだった。かろうじて崩れかけた体を支えるようにロゼウスの服を掴んだ手にも力が入らない。小刻みに震えて指が解かれていくその白い手で、けれど必死にしがみつく。
「に……さま……」
口の端から一筋の紅い血を零しながら、ウィルは最期の力を振り絞って顔を上げ、呼びかけた。
氷のような無表情の仮面を被るシェスラート――その底にいるはずの兄の魂に。
「兄様……ロゼウス、兄様……」
シェリダンにロゼウスと呼ばれた時は激昂したシェスラートだったが、今この瞬間は何の反応も示さない。その顔は淡々とした色を浮かべ、自分に縋りつく弟王子の様子を見ている。
愛らしい顔を苦痛に歪め、一言発するのも辛いだろう身体にそれでも力を込めて、ウィルはロゼウスに呼びかける。
「お願い……負けないで」
「ウィル……?」
遠くからその様子を見ていた……ただもう見守ることしかできないロザリーがその言葉に不思議そうに弟の名を呼んだ。
しかしウィルは彼女には構わず、一心にシェスラートを、その中のロゼウスを見つめている。
「お願い……兄様……負けないで、どうか……あなた自身の運命に」
それまで睫毛一本動かさなかったシェスラートの表情が僅かに動いた。
死の淵にある者だけが使える力か、ウィルは何かを見通すように予言のような懺悔のような言葉を続けた。
「あなたのその……深い、悲しみ……だけど、必ず、救いは訪れるから……僕、たちは……兄様をずっと、助けて……あ、あげられ、なかったけど……ッ!」
ウィルの呼吸が乱れ、ロゼウスの服を握る手が激しく震えた。泣くのを堪えるようなその仕草に、彼の最期が近いことをその場の全員が知る。それでも、縫いとめるようにきつく彼はロゼウスの服を掴んでいた。
きつく、きつく。
何かを後悔するように。
ウィル=ローゼンティア。ローゼンティア王家の一番下の王子、末の弟。最後の弟。
数多い兄たちに囲まれて、それでも自らの個性を見失わなかった強く優しい、やわらかな心の持ち主。幼さゆえと言われることがあろうとも、確かに誰よりも真っ直ぐだった。
一番下の弟として生まれたゆえに、ウィルはドラクルや、ロゼウスのような継承争いの苦しみとは無縁だった。それについて彼が何かを思っているということは、誰も聞いたことがなかったが。
「ごめんなさい……」
エヴェルシードの暗い森で湖底の王家の話を聞いた時も、シェリダンたちと共に逃げ続けた時も。
「ロゼウス兄様……の、なんの、力にも、なれなくて……」
何も言わないけれど、思わなかったわけではないのだと。
半分しか血が繋がっていなくても、ウィルは確かにロゼウスの弟だったのだ。
「にいさま……僕は……あなたの、弟に生まれて……」
その先に何を言おうとしていたのか。
ウィルの深紅の瞳が力を失う。きつく握り締められていた服を掴む手からも力が抜ける。とす、と軽い音を立てて地面に小さな身体が落ち、その先から灰になっていく。
それは吸血鬼の完全なる死。
亡骸すら遺さず、灰になってしまう彼らには柩すら、いらない。
「ウィル!」
「ウィル――ッ!!」
アンリやロザリーが叫ぶも、もう届かない。
どうして、どうしてこんなことに。
ただ、優しかっただけの弟が、家族思いの弟王子が、よりにもよって敬愛している兄の手で殺される。
こんなに残酷なことはない。
アンリとロザリーの身体から力が抜ける。二人ともその場にへたり込んでしまった。
だけど、灰になっていくすぐ下の弟の姿に、ジャスパーもそれ以上戦いを続けられなかった。ミカエラのことは情報としては知っていたが、それでもこうまであからさまな家族の死を眼にしたのは、彼は今回が初めてだ。
四、五百年は生きるという吸血鬼にとって、十二歳での死はあまりにも早い。その生はあまりにも短い。
灰になるウィルの姿を見つめ、彼を手に掛けた張本人は彫像のように凍てついていた。ただ圧倒的な、返り血をまとって今では畏怖すら感じられる美しさ以外に何一つ表に現さないロゼウス――シェスラートはウィルの死に衝撃を受けているシェリダンたちを殺すのが今が絶好の機会だとわかっていて、それでも動かなかった。
しん、と場が静まり返る。
動けない、誰も。
だがやはり、静寂は長くは続かない。
「!」
シェスラートが剣を振り払った。ぴしゃり、と血が地面に払われる。ウィルの血だ。わかっていてアンリとロザリー、ジャスパーたちは動けなかった。反応できたのはシェリダンと、クルスやローラたちだけ。
そしてシェスラートの狙いも彼らだけだった。シェリダンへと向けて、彼は魔術を放つ。察したクルスが身を盾にして庇おうとするが、シェリダンは彼を突き飛ばして地面へと転がる。
「シェリダン様!」
結果的にはその選択が正解だったのか不正解だったのか。わからないが、これまでの時間で少しだけ彼は回復していた。だがその程度のことがこれからの戦況にどれだけの影響を与えるというのか、予測はできはしない。
否、最悪の予想だけならいつだってできるのだ。
ゆらりと、シェスラートのこの場でも鮮やかな白い姿が紅い闇に浮ぶ。
いつの間にか日が暮れて夕闇が降りてきていた。それを、シェスラートの魔術が赤々と照らす。
シェリダンがクルスを突き飛ばした次の瞬間、辺り一面を炎が包んだ。いや、その言い方では語弊があるだろう。炎はシェリダンとシェスラートだけをその中に残して円形にぐるりと辺りを取り囲み、シェリダンを仲間たちから分断した。人の身長ほどもある炎の檻に阻まれて、これではローラやエチエンヌも迂闊に援護することができない。
まるで闘技場の中に放り込まれた気分になる。灼熱の炎の檻の中、シェスラートと二人きり。炎の熱の静けさに包み込まれ、外の世界のことなど何も聞こえなくなる。
その静寂の中で、ただシェスラートの声だけははっきりとしていた。
「さぁ、これで邪魔をする者はいなくなった」
氷のようだったシェスラートの表情がようやく動く。
白い髪に紅い瞳を持つヴァンピル。彼の美しさは、中に燃え滾る地獄の業火を封じた氷。そのようなもの。
「心おきなく、殺しあおう」
相手は次代の皇帝。それを差し引いてもヴァンピル。目前であっさりと弟を殺し、自分を今まさに殺そうとしている。炎の檻に阻まれて、助けは来ない。
軽く現状を確認すると、シェリダンは覚悟を決め、静かに剣を構えなおした。