荊の墓標 34

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 罪には、罰を。
 己の犯した過ちの報いは、その身で引き受けなければならない。

 パン! と乾いた音を立てて、ロゼウスの頬が鳴った。白い肌がみるみる紅く染まっていく。
 しかし、殴ったほうは非力な女性。ロゼウスの肌は薄っすらと紅く染まりはしても、腫れもしなければ歯が折れるようなこともない。それを殊更悔しそうに見て、ミザリーは長い睫毛に涙を溜めた瞳で叫んだ。
「殺したって言うの! あんたの弟を!」
 ローゼンティア第七王子、ウィル。
 彼はシェスラートに意識を乗っ取られていた当時のロゼウスに死を与えられ、この世から消滅した。もはやどこにもいない。
 ローゼンティアの薔薇の王子ロゼウスは、その身に幾つもの宿命を背負っている。次期皇帝という使命を背負う彼は、その前世においては始祖皇帝シェスラート(ロゼッテ)=エヴェルシードの戦友であったロゼッテ(シェスラート)=ローゼンティアであったという。そのシェスラートと呼ばれる人物の意識が生まれ変わった人格であるロゼウスを凌駕し、始皇帝の生まれ変わりたるシェリダンを殺そうとしたのがつい先程までのこと。
 現皇帝デメテルの力により無事に皇帝領へと戻った彼らを迎えたのは、留守番を任せていたミザリーとエリサの笑顔で。
 待ち受けていたのは、その彼女たちからの叱責だった。
 自分がウィルを殺したのだと、包み隠さずに全てを姉と妹に話したロゼウスに対するミザリーの対応が先程の平手打ちだった。
「バカ! この大バカ者! ロゼウスのバカ!」
 咄嗟に責め苦がすらすらと出てくるような器用な性格ではないミザリーの口からは、単純な言葉だけが零れ落ちる。けれどぽろぽろととめどなく頬を伝う涙が、何よりも雄弁にその言いたいことを表わしていた。
「ウィルにいさま……死んじゃったの?」
 エリサは表立ってロゼウスを責めるようなことはないが、仲の良かった兄の訃報に呆然としている。
「エリサ……ごめんね、私、守れなかった……」
 妹を抱きしめてロザリーがそう言った。ロザリーとアンリは元はと言えばウィルを助けに同行したのだ。けれど、何一つできないままに弟が兄弟の手で命を終えるのを見届けねばならなかった。
「ちょっと待て、別にロゼウスだとて好きでシェスラートに乗っ取られたわけでは」
「うるさいわね! あんたは黙ってなさい! これは家族の問題よ!!」
 キンキン声で怒鳴られて、ロゼウスの弁護に入ったシェリダンは一瞬怯む。
「本当に、バカだ、バカだと思っていたけどここまでだとはね、ロゼウス! どうしてあんたはあの子を殺さないようにできなかったの! だって次期皇帝なんでしょ! なんで!! 何のための力なのよ!! 前世の人格くらい気合で弾き返しなさいよ!!」
「無茶を言うな」
 実際に現場を見ていないミザリーにはシェスラートの強さなど知る由もないだろう。だがこれ以上はロゼウスを叩かせまいと、シェリダンはミザリーが手を振り上げないようにその行動を見張った。
 しかしそんな心配は杞憂に終わり、一度弟の頬を叩いたミザリーはくるりと背を向ける。そして、城の中へと向かって駆け出した。零れた涙が地に染み渡る。誰も泣きながら駆け去る彼女を引きとめられなかった。
「ミザリー……」
 アンリが妹を案じる声をあげる。ミカエラに続いてウィルまで失い、蚊帳の外状態だった彼女の精神値も限界だ。
「まぁ、あのお姫様の言う事にも一理はあるわよねぇ」
「皇帝陛下」
「だって、実際シェリダン王のことはあれだけシェスラートが殺したがっていた相手にも関わらず、殺してないじゃない。本当にその気になれば、薔薇王子にも弟王子を殺さないようにできたんじゃない? 気合で」
「そんなこと……」
 デメテルの指摘に、その場に気まずい沈黙が訪れる。誰も彼女の言葉を否定できなかったからだ。炎の檻の内側で何があったのかは知らないが、簡単な顛末は聞いていた。そして何より、戻って来たとき全身の衣装が血まみれだったにも関わらずシェリダンが無事だと言う事実。
「ロゼウス」
 その当の本人は、姉に頬を張られて言葉もなく俯いている少年へと声をかける。
「お前のせいじゃない。あれは……どうしようもできない」
「ううん……シェリダン。俺が悪いんだ。ミザリー姉様は正しいよ」
 しかし、ロゼウスはシェリダンの気遣いの言葉を否定した。
 罪は、罪。
 罰はどこかで引き受けねばならない。自分たちも彼を助けられなかったのだからとロゼウスを責める気持ちを押さえ込んでしまっているアンリやロザリーの代わりに、ミザリーは家族を代表してロゼウスを引っぱたいただけだと。
「だって、ウィルを殺したのは間違いなく俺なんだから」
 己の過ちの結果は、己で引き受けねばならない。

 ◆◆◆◆◆

「とにかく、今日はもうそれぞれ身体を休めなさい。食事とかお風呂とか必要な事はそれぞれに召し使いをつけるから、そっちに言って頂戴。さ、入った入った。あなたたちがこんなところで立ち止まられると、私まで城に入れないじゃない」
 デメテルのその言葉に、一同は沈みがちな空気をひとまず振り払って宮殿の中に入った。仕事があると言って姿を消した皇帝の代わりに、使用人がやってきて彼女の意志に沿い、彼らを客室へと案内する。
 シェスラートのことに関しては充分な進歩と言えようが、もともとの問題に関しては何一つ解決していない。そんな疲れと焦りが纏わりついて、その顔色は誰しも明るいものではなかった。気まぐれな皇帝が突然連れて来た訳ありげな一行の世話をさせられる使用人の方が可哀想なくらいだ。
 出立した時と変わりなく、皇帝領の様子は落ち着いている。世界で唯一の楽土、完全なる大地の名は伊達ではなく、この土地には争いの影も見えない。もしかしたらその裏側ではいろいろあるのかもしれないが、少なくともこの土地を客分として訪れるロゼウスたちにはそのようなもの見えなかった。
 大陸中に色とりどりの花々が咲き乱れて虹色の楽園を作り上げている。皇帝の居城はその支配者の性格によってかなり変わった造りにもなるというが、今の皇帝デメテルは常識的な人間の考える《城》という威容を保てる建築に留めていた。白亜の宮殿は大きく、一国の支配者や支配者の血族に連なる者たちが多いロゼウス一行をも圧倒する。
「こちらが、お部屋になります」
 割り当てられた部屋に辿り着いたジャスパーは、ふとその室内に人の気配を感じた。人間であれば気づきもしないレベルだろうが、生憎と聴覚に鋭い吸血鬼には簡単にわかる。
 侍女が扉を閉めて出て行くのを待って、彼はそちらを振り向いた。
「何の御用ですか? 選定者ハデス卿。それとも、誰かと部屋をお間違えですか?」
 宮殿の客室は流石に豪華だった。どれもこれも一級品の調度の合い間、上品な色合いの壁紙に背をもたせかけたハデスが凝る闇のように静かに佇んでいる。
「おっかえり~ジャスパー王子」
 ジャスパーは近寄ってきた彼を、嫌悪も露に紅い瞳で睨む。
 シェスラートの事が終わったと同時に、ジャスパーについてもアンリたちは不問とすることにしたのだった。本当ならシェスラートの生まれ変わりにして意識を乗っ取られていたロゼウスはともかくジャスパーは全て自分の意志で動いていたのだが、長兄たちと敵対し弟を立て続けに二人も亡くした彼らにはもはやそこまで追及する心の余裕がないらしい。
『……おいで、ジャスパー』
 それに結局はどういったところで、選定者であるジャスパーはロゼウスの言葉には逆らえないのだ。シェスラートによる意識の拘束が解けたロゼウスに促されて、彼は兄の手をとった。
 シェスラートから解放されたロゼウスはまた元通り、ジャスパーたちの兄でありドラクルたちにとっては弟であるローゼンティア第四王子に戻った。その目はもう共犯者として胡散臭いような、忌々しいものを見るような目ではジャスパーを見ない。気安く接してくるがただそれだけの、兄の眼。
 あれはいくら本物のロゼウスとは言い切れないとはいえ、その身体だけでも、とシェスラートに意識を支配されたロゼウスの身体に抱かれてジャスパーが嬌声をあげていたのは事実だ。それがなくなり、どこまで記憶があるのかは知らないがジャスパーに対しても当たり障りのない距離しかとらないロゼウスは何を考えているのか。
 聞けないからこそこちらも深く突っ込んで聞かれることはなく、素知らぬ顔で一行に交じり戻って来たそのジャスパーを、よりにもよってハデスが迎える。
「ちなみに部屋は間違えていないよ。僕は君に用があってきたんだ」
「そうですか。残念ながらわたくしめには卿に対して申し上げることなど何一つありませんのでお引取りくださいませんか?」
「そうつれなくするものじゃないよ。君がエヴェルシードの侵略直後にロゼウスたちと引き離されていた時、手を貸してやったのは誰だと思っているんだい?」
 ハデスのその言葉に、ぴくりとジャスパーの眉が歪んだ。
「手を貸した? 僕から声を奪ったあなたが? ふざけないでください。あなたは僕を利用したかった。そして今も利用しようとしている」
 ジャスパーにはハデスの目的が一から十まで何もかもわかるわけではない。だが彼が自分を利用したがっていることだけはわかっていた。
「僕はもうあなたの誘惑に乗る気はありません。僕は、あなたと敵対する皇帝ロゼウスの選定者ですから」
 初めこそハデスの真意が見えず、ジャスパーも不覚にも彼の言葉に踊らされて事態を攪乱してしまった。だが、もうそう上手くはいかない。いかせない。
「お引取りください。帝国宰相閣下。僕は、あなたの駒にはなりません」
「駒にはならずとも、協力者くらいにはならないか? 僕の提案は、君にとっても悪い話じゃないと思うけれど?」
「何を根拠にそんなことを……」
「だってジャスパー。君は、ロゼウスをシェリダンに盗られたくはないんだろう?」
「!」
 ハデスのあからさまな指摘に、ジャスパーがさっと顔色を変える。
少年の動揺を突くように、ハデスが畳み掛けた。
「可哀想にねぇ。シェリダンよりもずっとずっと前から君の方がロゼウスを愛していたのに、突然出てきたあいつに掻っ攫われて」
「やめろ!」
「ねぇ、どうだった? シェリダンにロゼウスを抱くところを見せつけられた感想は? 自分ではない相手に善がらされるお兄様を見て、殺意や憎悪は芽生えなかったのかい、お綺麗な王子様」
「うるさい!」
「そのくせロゼウスは、弟のウィルを殺してもシェリダンだけは殺したくないなんて叫んだ。もうシェリダンしか見えてないよ、あいつは。そのためなら何だってできるくらいに」
 シェリダンのためなら、始皇帝候補の意識すらねじ伏せられるロゼウス。彼は彼以外、誰も見てはいない。
 こういうときは平素とは逆に、鋭すぎる聴覚が仇になる。ハデスは憐れむような笑みを浮べ、耳を塞いで部屋の中心にしゃがみ込んだジャスパーへと囁いた。
「ねぇ、君のせいだよ、ジャスパー」
 弱った心へと追い討ちをかける。
「ローゼンティアを滅ぼしたのも、ウィルを殺したのも」
「違う」
「違わないさ。だって君が早くにロゼウスの選定紋章のことを発表していれば、ロゼウスはローゼンティアの王位継承争いからは外されたんだよ? そうしたらブラムス王の正式な王子は皇帝ロゼウスと選定者である君を除いて、病弱なミカエラ王子だけ。だったら優秀な甥であるドラクルは玉座につけた可能性が高かったし、そうすればドラクルとシェリダンが手を組んでローゼンティアをエヴェルシードに侵略させることもなかったんだよ。そうすればシェリダンだってロゼウスと出会わなかったし……ねぇ、思わないか?」
 黒衣の少年が白い髪と白い衣装の少年に告げる。
「全部、君のせいなんだよ」
「――ッ!!」
 ジャスパーが素直にロゼウスのことを告げてさえいれば、全ての出来事は始まらなかったに違いない。そうすればそもそも、ロゼウスはシェリダンと出会うことなどなかったのだ。それに付随する悲劇の数々も、全てジャスパーの浅慮が引き起こしたものだ。
 皇帝と言う大きな存在にして、ロゼウスと離れたくない。ただそれだけのために、十四歳の少年が世界を変え、十五の兄と十二の弟を死に追いやった。
「悪いって言うのか……全部、僕が」
「まぁね。でも、しょうがないよね」
 ハデスは蹲るジャスパーの耳元で囁き続ける。甘く甘く。
 悪魔のように。
「だって、そうでもしなければロゼウスは君のものにならないんだもんね」
 ジャスパーの身体がぴくりと揺れた。
「大好きな人を独占して閉じ込めてその秘密を握って自分だけのものにしたい……その愛を手に入れる事ができないって言うなら、いっそ……わかるよ、その気持ち」
 できの悪い弟を慰めるように、ハデスはジャスパーにそう言い聞かせた。
「ねぇ、このまま本当に、ロゼウスをシェリダンにやっちゃっていいの?」
「……よく、ない」
「そうだよね。今まで君のやったことは、裏を返せば全部ロゼウスのためだもんね。ロゼウスが好きだからだもんね……だったら尚更、奪われるのは憎くないか?」
 じわじわと少年の心にどす黒い感情を植え付けながら、とっておきの毒を最後に注ぎ込む。
「あのね、ジャスパー。君にだけ教えてあげる」
 そして預言者は告げた。
「ロゼウスが皇帝になるっていうことはね……ロゼウスが本当の意味でシェリダンのものになるってことと、同意義なんだよ?」
「なっ……」
 その言葉に、ジャスパーは激しく反応した。ハデスの胸倉を咄嗟に乱暴に掴む。
「どういうこと……ッ」
「詳しくは言えない。ここで君にそれを言ったことで未来はまた変わる恐れがあるから」
 ジャスパーの唇は戦慄いて、身体は動揺のままに震えている。もう一押しだとハデスは悟った。
「ねぇ、協力してくれるよね、ジャスパー。ロゼウスを皇帝にしないために。ロゼウスを、シェリダンのものにしないために」

 ◆◆◆◆◆

「はぁ……」
 宮殿において、部屋が足りなくなるなどということはありえない。一人一部屋ずつ用意されているのだが、この状況で一人きりになるというのも心細い。
「……ロゼウスとジャスパーは?」
 兄であるアンリの部屋へとやってきた妹ロザリーの姿を見て、彼はまず尋ねた。
「ジャスパーは部屋に、ロゼウスは……シェリダンに引っ張られてそっちの部屋に行ったのが見えたわよ」
「……」
 ロザリーの報告に、アンリは何とも形容しがたい表情を作る。彼にとって弟がもともとの敵と良い仲になるというのは、耐えられないことなのだろう。いや、彼でなくとも普通の神経と感性を持つ兄は考えないことであろうが。
 ミザリーは先程ロゼウスの頬を叩いた後、部屋に閉じこもったきりだし、エリサも待ち続けついにもたらされた訃報に疲れて眠っている。
 ローゼンティア王家のことは、シェリダンの部下であるクルスやローラ、エチエンヌ、リチャードには関係ない。なまじ少しでも一緒にいたことがあるから逆にいたたまれないのか、彼らもアンリたちに対し何も言ってこない。
「兄様……」
 とりあえず呼びかけてみたものの、言葉が続かないらしくロザリーは部屋の入り口にそのまましゃがみ込む。
「ああ、何やってんだ。そんなとこ座り込んでないで、こっちまでおいで」
「はーい」
 行儀の悪い妹の行動を咎め、アンリは妹を応接用の椅子まで招きよせる。広い客室の中には天蓋付きの寝台に鏡台にチェスト、書き物机に応接用セットと、なんでも揃っていた。
「ねぇ、アンリ兄様……」
「ん?」
「私たち、これからどうしよう。ミザリー姉様はあんな状態だし、ロゼウスだって……」
 ロザリーが口にした二人の名に、アンリも顔を曇らせる。彼らの頭の中で出口を見つけられずぐるぐると回っているのは、先程の宮殿の門前でのやりとりだった。
 直接その現場を見たわけではないアンリとロザリーには、あのシェスラートが作った炎の檻の中で何があったかはわからない。
 だが、ウィルを見捨てたくせにシェリダンだけは助けたというデメテルの言葉をロゼウスが否定しないのも事実だ。
 そう……ロゼウスは否定しない。どんな弁解も抗弁も一切口にしない。
 弟であり兄である彼を、信じていないわけではないのだ。しかしそれが二人の不安を煽るのも事実だった。何か、言ってくれればいいのに。
 だからと言って、シェリダンの方に事情を聞きだすというのも癪だった。彼ならば尋ねれば全ての事情を答えてくれそうだが、もともとエヴェルシードはローゼンティアに攻め込んだ敵。ドラクルが張った罠のことがあろうとも、それは変わらない。出来れば必要以上に弱味を握られたくないと思うのは当然であろう。
 しかしそれだと、永遠にロゼウスにも近づけない。
 第四王子と他の兄妹の間には、何かアンリたちの知らない薄い膜がある。その膜を理解しているかいないかが、きっと彼ら兄妹とシェリダンとの差なのだろう。
 何故ロゼウスはあんなにも、シェリダンが大事なのだろうか。
「ウィル……」
 ウィル、そしてミカエラ。立て続けに弟を失って、ミザリーやエリサだけでなく彼らの精神値も限界だ。
 もともと吸血鬼は争いを好まぬ性格、ましてや、家族同士で争うなどしたくないのに。どうしてドラクルはこんな戦いを始めたのだろう。アンリにはそれが不思議でならない。
「ねぇ……」
 だがロザリーはまた別のことを考えたようだった。
「私たちの方から、ドラクルに連絡ってとれないのかな」
「ロザリー? お前、何を言って……」
「だって、ミカエラもウィルも死んじゃったのよ? こんな戦い、続けて何になるっていうの?」
「そうだよ、だから俺たちはとにかく国内の貴族に協力を求めて、ドラクルたちの力を抑えて――」
「直接ドラクルに渡りをつけちゃ駄目なの?」
「ロザリー!?」
「だって、あんな人だけど、私たちの兄でしょ! 今までずっと、そう思ってきたんじゃないの? 確かに時には残酷にも冷酷にもなれる人だけど、ずっとそうだったなんて思わない。何か理由があるはず。それを知らなきゃ、何も始まらない」
「ロー」
「私たちはもっとちゃんと、ドラクル自身に向き合わなければならないんじゃないの? だって、家族なんだもの」
 それは、アンリにはない考えだった。だって彼は敵に回ったのだろう? 今更何を言ったところで聞いてくれるのだろうか。
 いや……そうではない。
「私たちがただ言うだけじゃ駄目……でも、私たち、ドラクルの言うことを聞いたこと、あったかな……」
 わかっているのは彼がブラムス王の実子ではなかったこと、そしてローゼンティアに謀反を起こしたこと。けれど、本当にそれだけなのだろうか?
「ロゼウスのことだって、同じ気がする」
 わかっているのはロゼウスがウィルを殺したこと、だけれど。
「ロゼウスがウィルを殺して、喜ぶはずがないんだもの」
 言い切るロザリーの瞳には、この世のあらゆる清濁を併せ呑む強い光が浮んでいた。