荊の墓標 36

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 冥府から戻って来たロゼウスたちだが、その目的は達成されなかった。
 ロゼウスはハデスにより姉であるミザリー姫を人質に取られ、地下世界タルタロスへと誘い出された。姉であるミザリーをハデスの手からは奪い返すことができたが、その後帰る手段がなくなってしまったのだ。
 冥府と地上世界を行き来するには、特殊な扉が必要だ。それを破壊してロゼウスたちが地上に帰れないようにした元凶、ハデスは彼らにこう告げた。
「地上へ戻りたければ、生贄を捧げろ」
 あの世界に他に人間はいない。地上の生命体でなければ受け付けない扉に捧げる生贄など、仲間内から選べるはずもない。
 その時、助け出したはずのミザリーが言い出したのだ。自分がなる、と。
 かくして燃え滾るマグマに姫君は身を投げ、ロゼウスたちは地上へと戻って来ることができた。
 その代償は、あまりにも大きい。

 こうして全てを失っていく。

「「「一ヶ月!?」」」
 ふと薄着の身を包む肌寒さに気づけば、季節は秋に入ろうとしているところだった。ロゼウスたちが冥府へと赴いた時は、まだ夏の途中だったのに。
デメテルから聞かされた言葉に、彼らは一斉に声をあげた。
「あれから一ヶ月って、本当なのですか? 皇帝陛下」
「だって、向こうではまだ一日も経って……」
「冥府では時間の流れが速いのよ。それでも、一ヶ月で戻って来れたのだからまだ上出来よ」
 異変を感じて世界皇帝を問いただせば、彼女は冥府と地上の時間の流れについて教えてくれた。すなわち、冥府で流れる時間は地上よりもずっと早いのだと。ロゼウスたちが冥府で一日過ごしている間に、地上では一ヶ月もの時間が経っていたのだ。
 ミザリーを亡くし、エリサと別れ……ジャスパーは様々な問題を含みながらもまだロゼウスの側に居るが、それ以外の人々が今どうしているのかはさっぱりわからない。
 ロゼウスたちが冥府に行っていた、その間に何が起こっていたのか。それも、彼らはデメテルから聞いた。
「エヴェルシードが大変みたいよ」
「え?」
「ドラクル王たちのローゼンティア支配は順調のようで、今のところは何事も起こっていないようよ。問題なのはエヴェルシード。カミラ女王の支配体制に、あちこちから不満が出ているの。このままじゃ内部分裂で内乱になるわね」
「内乱……!」
 デメテルの言葉に、さっと顔色を変えたのはシェリダンだった。追放されたとはいえもとは自らが治めていた国だ。内乱になると聞いて、黙ってはいられない。拳が白くなるほど力を入れて握り締める。
「デメテル陛下。詳しくお聞かせ願いたい」
「……エヴェルシードが、セルヴォルファスと戦争したってのは聞いてるわね。そのことで少しだけカミラ姫は軍部を中心に株をあげたのだけれど、今またそれが下がり始めているの。まぁ、もともとあの姫君はあなたに勝ちたい一心で、国を治めるのにも理想も目的も何もあったものではないからね」
 皇帝は全てを知っているというデメテルの言葉は伊達ではなく、彼女はエヴェルシードの内情をすでに掴んでいるようだった。カミラとシェリダンの因縁も当然のように筒抜けだ。
 一行は皇帝の居城内の客室に集められて、楕円のテーブルに並んでいる。お茶を口に運んで喉を潤したデメテルが、続ける言葉に全員が耳を傾ける。
「今のエヴェルシードは、カミラを担ぐ派閥と、彼女を排して新王を立てる派閥で水面下の争いを続けているわ」
「それって……」
「そう。《エヴェルシード王朝》が打倒される危機にあるっていうことよ」
「!」
 デメテルの言葉に、エヴェルシードの面々は一斉に顔色を変えた。
「始皇帝を輩出した家柄ですよ。それでもですか?」
 リチャードの言葉に、デメテルは視線をテーブルの上に乗せた自らの指先を見つめながら答える。
「ええ。だからこそ、今揉めているのよ。始皇帝シェスラート=エヴェルシードをも出したエヴェルシード王家を断絶するか、それともカミラ女王をなんとか盛り上げていくしかないかとね」
「……エヴェルシード王家は代々子種が少なくて有名だ。いつかこのような事態になることは王家では予想されていた」
「あなたたち王族はそうでも、民衆はそうもいかないのよ、シェリダン王。貴族たちは二派に分かれているし、宰相バイロンが奔走してもカミラ女王の高慢と無茶な命令の始末をつけることができない。エヴェルシードはすでに、民衆レベルで不穏な噂で持ちきりの状態になっているわ」
 デメテルが説明を終えると、室内には沈黙が訪れた。
 シェリダンはすでにかの国から追放されているし、今ここで彼が出て行ったとしても問題がややこしくなるだけだ。それでも気にしてしまうし、放ってはおけない。
 そこへ、新たな一石をこの人物が投じる。
「大地皇帝陛下」
「なぁに。薔薇の選定者殿」
 ジャスパーは紅い瞳を眇め、デメテルを横目で見ながら口を開く。
「まだ、言ってないことがありますね?」
 ぴくりとデメテルが柳眉を動かす。
「何故そう思ったの?」
「勘です」
「そう」
 皇帝と次代選定者の間にはこれほどの緊張が流れるものか、デメテルとジャスパーの間にぴりぴりとした空気が張り詰める。
「鋭いわね。じゃあ、これからとっておきの情報をお話しましょうか。その前に一つだけ忠告しておくけど……手を引く気はない? 特にシェリダン王」
「ない」
「考える間もなく即答したわね」
 デメテルの言うとおり、シェリダンは迷うという言葉など知らぬげに即座に否定の言葉を吐いた。
「エヴェルシードは私の国だ。たとえ世界のどこを滅ぼそうとも、あの国が内乱などという恥を晒して滅びるのを黙って見過ごすわけにはいかない」
「うーん。いろいろなところで問題発言ありがとう」
 祖国以外はどうでもいいとはっきり言い切ったシェリダンに対し、デメテルがなんとも言えない顔をする。
「本当にいいのね。後悔しない? 普通なら後悔するような目にこれから遭うという方が正しいのだけれど」
「後悔などしない。だいたい私の悪名など、陛下の弟君のおかげですでに国中に広まっている」
「……それはすいませんね」
 これ以上言っても無駄だと判断したデメテルが、とっておきだと前置きつけた情報を口にする。
「一つ。さっきエヴェルシードは二派に分かれていると言ったわね。ここに新たに一派が加わりたいと考えているの」
「その一派とは」
「あなたよ。シェリダン王。あなたを探し出しもう一度あの国の玉座に着けようという一派。こう言えばわかるかしら? バートリ公爵やイスカリオット伯の派閥よ」
「エルジェーベトたちが……」
「彼らは現在はカミラ女王の側近として国を支えているけれど、あなたが国に戻ればきっと動き出すわ」
「動き出すって?」
 エチエンヌの何気ない質問に、デメテルがさらりと答える。だがその内容はとんでもない。
「カミラ女王の暗殺」
 一同は息を詰める。
「一つの国に王は二人もいらない。しかしエヴェルシード王家は代々子種が少なく、常に王家の存続が危うい状態。通常ならば生かされるでしょうけれど、カミラ女王はやりすぎたからね……シェリダン王がエヴェルシードの玉座に戻れば、間違いなく彼女は殺されるわ。演出効果を狙うなら暗殺じゃなくて堂々の処刑かもしれないけれど」
 そうして、デメテルはちらりとシェリダンに視線を移す。
「どうする?」
「私が戻れば、カミラが殺される、か……」
「かといってこのまま誰もが手をこまねいて見ていてもエヴェルシードは自壊の道を辿るでしょうけれど」
「……」
 シェリダンは押し黙り考え込む。代わりのように彼の隣に座っていたロゼウスが今度は口を開いた。
「皇帝陛下、他には? 先程『一つ』と前置きをつけたからには、もう一つの情報が何かあるのでしょう?」
「ええ」
「それを、教えていただきたい」
「いいわよ。それはどちらかと言えば、あなたに関係あることだしね。ロゼウス王子」
「俺に?」
「ええ」
 ロゼウスに関係がある、つまりはローゼンティア王家全体に関係があるということか。アンリとロザリーの二人も身を硬くする。ジャスパーだけは普段と変わらない。
「エヴェルシード女王カミラの評判を落とさせ、エヴェルシードを滅びへと追いやっている仕掛け人の一人はルース姫よ」
「姉上が!?」
「そう。つまり、今回のエヴェルシードの一件にはローゼンティアが関わっているわ。ドラクル王たちがね」
 ロゼウスたちは苦いものを飲み下す。ドラクル、やはりあなたは――。
 そしてシェリダンたちにしても、ロゼウスたちにしても、そこまで聞かされてしまっては黙っていられない。
「戻るぞ、ロゼウス」
「うん」
 隣り合った二人は視線を交わし、決意を固める。たとえこれが一筋縄でいく問題でなくとも、心地よい結末を生み出せないものだとしても、それでも王族として国を放り出すことは出来ない。
「エヴェルシードへ」
 全てを破壊し再生する、炎の王国へと帰る――。

 ◆◆◆◆◆

「私の言う事が、聞けないと言うの?」
 聞く者の魂までも凍てつきそうな冷たい声音で女王はそう言った。
「そ、そんな……滅相もございません。わたくしどもはただ、この件に関しては我々の裁量に任してくださるという最初の契約の確認に来ただけで……」
「だから何? 例え初めの契約がどうであろうと、私がこうと言ったらこうなのよ。それが聞けないと言うのなら――」
「女王陛下」
 目の前の忌々しい民の群れではなく、そこそこ信頼している人物の一人から声をかけられてカミラは押し黙った。
「……何よ、ルース姫」
「最近の女王様は働きすぎですわ。どうです? 最初はこの者たちが任されていた案件だというのなら、この者たちに託してしまっても」
「それでは王城の権威が立たないわ」
「まったくもってその通りでございます。だから、女王陛下の権力の管轄では女王陛下がサインを記すのですよ。どこまで実質的に責任を分担するか、細かい事の詰めは、宰相であるワラキアス閣下にお任せしましょう。そうして王城の許可を通してから、この者たちに仕事を改めて与えればいいのです」
「改めてって、もともとこの事業は我々がシェリダン王から与えられたもので――」
 一度は許可されたはずの事業を開始するのに再び王城を通せば、またそれに伴うだけの手間と資金がかかる。男の一人が悲痛な訴えの声をあげるが、その内容に女王カミラはますます頑なになる。
「……なんですって? シェリダンが」
 先代ジョナス=エヴェルシード王の第一子シェリダン王子と、第二子カミラ王女の不仲はジョナス王の没する前から有名であった。そして現在エヴェルシード王として玉座に座るカミラは男尊女卑の軍事国家エヴェルシードにおいて本来継承権が上である兄、シェリダンからその玉座を簒奪して女王となったのである。
 兄を嫌って、ことごとく彼のやり方に反発したいカミラにとってシェリダンの名は禁句である。
「だったらなおさら、許すわけにはいかないわ」
 女王の逆鱗に触れてしまった民らは、苦渋の表情で下を向く。先程の声を上げた一人の男に批難の視線が集まり、それ以上に謁見の間にて玉座に座る女王への憎しみが募っていく。
「カミラ女王」
「何……ルース姫」
「シェリダン王が手をつけていた案件ならば、なおさら女王陛下には理解しがたいもの。いっそ今すぐにワラキアス閣下に調整を任せてはどうですか? 閣下の力量は陛下も信用されているでしょう?」
「……そうね。バイロンの力は信用してるわ。でも……」
「これ以上このような下々の者のことで頭を悩ませることはありません。さぁ」
 ルースの言葉に指示されて、カミラは渋々と目の前の男たちに退出を許し、宰相バイロンの下へ赴くように命じた。
「ご立派でした」
 そのカミラの傍らに、これまで玉座の背後に控えていたルースがやってくる。玉座の階段に敷かれている赤い絨毯を踏む爪先は白く可憐だ。容姿そのものも儚げな美女は、正反対の美貌を持つカミラの横に並んで、幼子をあやすように言い聞かせる。
 ルースはローゼンティアのドラクルがまだ政治に不慣れなカミラのためにと派遣したお目付け役だ。
「シェリダン王の残した事業が思ったよりも広範囲に残っていてお疲れでしょう。カミラ女王。でもいいのですよ。それほど焦らなくて。あなたはまずセルヴォルファスを侵略するという一大事を成し遂げたのですから」
「けれど! あの荒野の狼の国なんて、攻め滅ぼしたところでたいした利益にはならなかったわ!」
 宥めるルースの言葉にも、カミラはもう反論する。
「いくら侵略に成功したって、それで国益をあげなければ意味がないのよ! エヴェルシードは戦争の国だけれど、戦争っていうのは勝って相手の国から富を奪って自国を発展させていくためのものなのよ! 短期決戦をしたって、それで何の利益もあがらないのであれば意味がないわ!」
「利益ならあったではないですか。あの一件であなたはこの国においてシェリダン王に劣るとも勝らぬ戦争の上手だと認められた」
「ええ! けれど今になってほとんど利益のあがらなかった戦争をした痛手と出費がのしかかるって、今日にも暴落しそうな評価がね!」
 ルースの言葉に必要以上に上手く丸め込まれないよう、カミラは気を張って彼女と会話する。ルースはドラクルが送って来た彼の懐刀とも言うべき妹であり、決して全面的なカミラの味方ではないのだ。
 侮られてはならない。ローゼンティアにも、このエヴェルシードでいまだにシェリダンを支持する者たちにも。
 国内でカミラに対する評価はいまだ不安定だ。より正確に言うのならば、一度は安定したものが今また悪い方に傾き始めている。
 人狼の国セルヴォルファスを、国王亡き隙を狙って攻め滅ぼしたカミラの手腕は一度は軍部を中心に認められた。ローゼンティアを滅ぼしたシェリダンの二番煎じのようで癪だが、一時はそれで上手くいっていたのだ。
 しかし、森と荊に閉ざされた半鎖国の国とはいえ美術工芸で富を蓄える隣国ローゼンティアから受ける利益とは違い、シュルト大陸北部のセルヴォルファス王国は山と岩壁の国。城でさえ岩肌を切り込んで作っていたぐらいのセルヴォルファス、その民のもう一つの姿である狼の姿を選べば暮らす家も服もいらないと言われている彼らが、富など手にしているはずはなかったのだ。
 距離的な問題も大きかった。ローゼンティアは隣国だが、エヴェルシードからセルヴォルファスまでは相当の距離がある。そこまでの旅費は、もちろんエヴェルシードの負担となる。つまり、国民の血税だ。それだけの出費を出して、得られる利益が皆無に等しいというのはカミラにとっても大きな痛手だった。そしてそれ以上に国民の怒りを煽った。
 だが、それでも彼女は誰に対しても弱味を見せるわけにはいかない。かつて迂闊にもシェリダンと知己であることを知らずイスカリオット伯爵ジュダやユージーン侯爵クルスを信用したばかりにシェリダンに出し抜かれた彼女にして見れば、周囲はもう誰も彼もが敵同然だ。
 シェリダンの残した業績をなぞるだけでは、女王カミラとしての成果を出せない。しかし、一度失敗した以上もう二度と戦果によって支持を高めることもできないだろう。
 ならば、一つ一つの仕事に精を出して油断なくこなしていくしかないだろう……しかしそれは、誰よりもカミラ自身に負担をかける。そう、潰れてしまいそうなほどに。
 女王がそんな状態で出した命令が、果たして皆の満足いく的確なものであるか? 答は先程の訴えに来た男たちの様子を見ればわかるだろう。
 エヴェルシードは、凋落の一途を辿っている。ローゼンティアへの侵略、セルヴォルファスとの戦争、まだ一年が終わっていないのに、激動の日々が続いている。
 このままでは、ゆっくりと滅びに向かっていくようだ。
 エヴェルシード内部ではすでにカミラに対する反発が強い。かといって元々彼の臣下であるバートリ公爵エルジェーベトやイスカリオット伯爵ジュダ以外は真剣にシェリダンの行方を探す者もいないようで、今のところエヴェルシードに残された道は二つだ。
 女王カミラを盛り立てていくか。
 カミラを排して新たな王を立てるか。
 前者は下手すればカミラの悪政によって国ごと倒れる危険がある。しかし、後者の要件も重大だ。
 アケロンティス帝国を成立させた始皇帝、シェスラート=エヴェルシードの血統の断絶。もともと子種の少ないことから存続が常に危ぶまれてきた王家だが、今それが現実に起きようとしている。
 始皇帝の血族が絶える事は、いざ実現すればそれなりの打撃を世界各国に与えるだろう。超常の力を得て三百年帝国を統治したというシェスラート=エヴェルシード。帝国が三千年続こうとも、いまだに彼よりも長い統治を果した皇帝は現われていないのだから。
 あるいは現皇帝デメテル=レーテは黒の末裔初の皇帝としてそれだけの業績を上げるのかもしれないが、そんな未来のことはわからない。
 それよりも今重大なのは、エヴェルシードの血筋が絶えそうだということだ。通常ならばエヴェルシードの血を引く王女カミラを妻として誰かが王として立ち血統を保護するのだろうが、それを行うにはすでにカミラは自力で行動を起こしすぎた。他国の者と手を組んでまで兄王シェリダンから玉座を簒奪し、セルヴォルファスを国益は上がらずとも実質的に滅ぼした女王をのさばらせておく者もいないだろう。 
 カミラにとって、この政局に勝たねば待ち受けるものは己の死のみだ。
「そんなことはさせない」
「どうしました? カミラ陛下」
 小さな独り言も吸血鬼の聴覚で聞き取って尋ねてくるルースにそっけなく返す。
「なんでもないわ」
 ただの人間よりは内情を知っている分だけ信用できる、しかし彼女さえもカミラは信頼しきってはいけない。信用はしても、信頼してはいけないのだ。そしてできることならば、信用すらしきってはいけない。適度に距離を置き、主導権を握りして自身を優位に立たせねばならない。ただでさえローゼンティアとはミカエラ王子の処刑の件でこじれている。
 あの王子の目論見どおり表面上は治まった国交の下で入った水面下の亀裂さえも意識して、カミラは女王としてエヴェルシードを治めようとする。表向きカミラに従順な振りをしている有能な宰相バイロン=ワラキアスも、バートリ公爵エルジェーベトも、国の平和のために大人しくしている連中は皆兄であるシェリダンの帰りを心待ちにしていることを知っている。
 十六歳の少女にとって、孤独すぎる戦いをカミラは続ける。
「ドラクル王に書簡を送るわ。ルース姫、後で届け役をお願いできる」
「かしこまりました。女王陛下」
「それから……」
 いいかけて、カミラは不自然なところで動きを止めた。
「ご、ごめんなさい。少し……」
「ええ。いってらっしゃいませ」
ルースの声に送られて、カミラは口元を押さえ隣室の洗面所へと駆け出した。
 その後姿を見送って、ローゼンティアの女一人、うっそりと薄暗く微笑む……。