荊の墓標 36

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 エヴェルシード王国の不穏は城下にまで広まっている。
 一日の仕事を終えた兵士たちは、城に住み込みで働いている者以外はそれぞれの家に帰る。王城まで通えるくらいなのだから、王都を出ることは滅多にない。あるいは故郷の村から王都まで出稼ぎに来て王城に勤めている者もいるが。
 もともと王都シアンスレイト在住の兵士たちは、朝、昼、夜と絶え間なく城を警備するために交替で当番を決め、その警備と警備の合い間の休みが長い場合に家へと帰る。そうして頼りない財布をそれでも懐に、安い酒場へと繰り出していく。
「なぁ、聞いたか? 例の話」
 ここにいる兵士たちも、そう言った手合いだった。「炎の鳥と赤い花亭」で酒を飲んでいる兵士二人は、任務を終えてその休みに酒を飲みながら語り合っていた。
「ああ。女王陛下に不満が高まってるってことだろ?」
 内容はここ最近のエヴェルシードの情勢に関するできごとだ。
「聞いたか? ユージーン侯爵の先代当主、クロノス閣下が女王陛下に何か言いに言って、今は牢の中だったてさ」
「マジか。当主本人のお坊ちゃんは前のシェリダン王の熱烈なファンで一緒にどこか行っちまったとは聞くが……親父さん苦労してるんだなぁ」
「女王にしても今回は処刑にするのではなく、そこで頭を冷やせってことらしいが……周りから見たら女王も充分頭を冷やしてほしい相手だよなぁ」
「でないと俺たちが大変だ」
 王城に登城する貴族たちの統制がとれず城内が混乱しているように、城下もまた普段にはない浮かれたような、腐った果実のような爛熟の気配に満ちていた。
 滅びる前の国は憂いに沈み込むのではなく、むしろ浮かれたような雰囲気に包まれるのだという。人間何かを諦め、通り越した境地に達すると後は楽天的になるしかないということか。希望は時に絶望よりも性質が悪い。
 だが、まだ現時点ではエヴェルシードが即座に滅びる事はないように見える。民の不満は集まっているが、その流れをどうにか改善できれば、国は良い方向へと向かうだろう。
 女王カミラの治世一年目、土台が簒奪でありもともと王権を確立する基盤の脆いカミラにとっては、始まりからすでに正念場であった。
「お大臣の誰かが言ってたらしいぜ。このままではこの国が滅びちまうってさ」
「おいおい本当かよ。あることないことにびびった無能なおっさんの戯言なんじゃねぇの?」
「いや、ダーリグからの情報だが、今回は違うってさ。上の方でも有能で知られるお役人方が揃って頭を抱えてるんだってさ」
「そうかぁ」
 男たちは顔を見合わせ、ここ最近の王城の様子を思った。
 一般の警備兵である彼らにとって、王や大臣など雲の上の人だ。それでも先代シェリダン王などは気さくな少年だったと評判でよく兵士たちの練兵場や兵舎にも顔を出したと言うが、今のカミラ女王に関してはそういったことはしない。
 兵士たちにしてはセルヴォルファス侵略以来、目だった仕事がないのが現状だ。とはいってもその狼の国に攻め込んだのも、つい数ヶ月前のことなのだが。
男の一人が、深く溜め息つく。
「とうとう、この建国三千年のエヴェルシード王国も終わりかぁ……」
 もう一人の男はぎょっとした顔になる。
「な、何言ってんだよお前」
「だって、俺たちのお隣のローゼンティアも、北のセルヴォルファスも滅びたぜ」
「滅ぼしたんだろう、俺たちが」
「国ってのは結構簡単に滅びるもんよ。特に俺らエヴェルシードみたいな、君主が一つ間違えば大人数の命が勝ち目のない戦場に投入されていくような国はな」
「カミラ女王はセルヴォルファス侵略には勝算があるから仕掛けたみたいだが」
「たった一度じゃ、それが成功なのか失敗なのかわからねぇよ。だいたい、セルヴォルファスに攻め込んだところであの国は岩と土しかねぇじゃねぇか。あんなところで暮らせるのはそれこそ人狼ぐらいのもんだろ。戦って何を得られたわけでもねぇ」
「あの後それに気づいたんだもんなぁ。たいした旨味のない戦いだったとな。まぁ、負けるよりは勝つ方がいいんだけどさ」
「だが勝っても国の利益にはならない戦いは無意味だ」
 結局そこへ辿り着く話に、二人の男は同時にまた溜め息ついた。暗い話題ばかりで頭が痛くなる。
「このエヴェルシードがなぁ、滅びるのか?」
「絶対に滅びないなんて保証はねぇよ。現にローゼンティアとセルヴォルファスは俺たちが滅ぼした。人様の家に泥棒に入り込んだ奴が、自分の家だけは被害に合わないなんて思ってるようじゃ駄目だろう」
 腐敗した国の片隅で、男たちの嘆息が響く。
「……」
 店主のフリッツはそれを聞きながら、ただ無言でグラスを磨いていた。

 ◆◆◆◆◆

 その日、王城には意外な客が訪れていた。
「顔を上げなさい。クロノス=ユージーン」
「は」
 クロノス=ユージーン卿は先代ユージーン侯爵、一人息子のクルスに爵位を譲った後は領地で平穏な暮らしをしていたのだが、その息子が行方不明となったことにより、再び領地を治めることとなった。
 王国側としてはクロノスにユージーン侯爵の位も復活させて務めさせようとしたが、当の本人であるところのクロノスがそれだけは、と拒否した。彼の中では侯爵位は息子とはいえすでに人に譲ったもの。それを今更再び戴くのはエヴェルシード貴族としての矜持が泣くと言われては、国としても無理強いは出来ない。
 クロノスの中では、理由も告げずに出奔したとはいえユージーン侯爵とはいまだ息子であるクルスのものなのだ。一人息子の不在に心を痛めた妻はここのところ寝台に伏せっている。
「それで、何の用なの?」
 謁見の間、玉座について女王カミラはクロノスを出迎える。蒼い髪に橙色の瞳をした典型的なエヴェルシード人の容姿をもつクロノスは、もうすぐ二十歳を迎える息子を持つとは見えない若々しさのたくましい男である。深謀遠慮とは無縁だがそれゆえ重宝する国の貴族の一人で、しかしいかんせん彼は統治者というよりも父親としての面が強すぎたか。
「私に国を空ける許可を頂きたい。国王陛下」
「……いきなり何を言い出すの?」
 クロノスの突拍子もない申し出に、カミラは呆れた声を返す。
 眼下に跪く男は必死のようだが、その図体で必死だからこそなおおかしい。
 彼は今、この国がどんな状況だかわかっているのだろうか。国内はカミラ派と彼女を排してそれ以外の王を立てようとする派閥に分かれて、水面下で競っている。表立ってそういった攻防にならないのはイスカリオット伯爵ジュダ卿やバートリ公爵エルジェーベト卿と言った大物貴族がどちらにも参加せず中立を守っているからで、その均衡が崩れたらエヴェルシード国内はすぐにでも内乱となるだろう。
 そしてユージーン侯爵領を治めるクロノスは、ジュダやエルジェーベトと同じくどちらの派閥にも属さない中立派であった。彼がこの時期にこの国を空けるとなればその意味は大きい。
 やけに堂々とした離反宣告だと思いつつもカミラが聞いていると、クロノスはさらに思いがけないことを彼女に続けた。
「私は、息子を捜しに行きたいのです」
「息子……お前の息子である、現ユージーン侯爵家当主、クルス=ユージーンを?」
「はい」
 十九歳の青年侯爵クルスは、クロノスとその妻フレイヤにとっては一人息子である。幼い頃より努力家で品行方正な子どもだった彼を、両親である二人は溺愛していた。それでもたおやかな淑女であるならともかくこのエヴェルシードで男として生まれたからには、とそれなりに好きにさせておいたのだが、それが今回は仇になった形だ。
 カミラがその玉座からおい落とした先代国王にして彼女の実兄シェリダン、その王に忠誠を誓うクルスはシェリダンが国内から追放されると共に姿を消した。
 確証のある話ではなく噂程度だが、彼を再びエヴェルシード国内で見たという証言は、ローゼンティアとの間で問題となったミカエラ王子の処刑現場である。あの場所には主君であるシェリダンも姿を見せ、これまた不確定ではあるが、カミラとローゼンティアが手を結ぶのを潰すためミカエラ王子を自ら処刑したという。本当だろうか。
 その噂が真実にしろそうでないにしろ、今もクルスはシェリダンと一緒にいる可能性が高い。クロノスはそう踏んでいる。
 そしてシェリダンと共にいるということは、クルスの立場は今も危ないと言う事だ。シェリダンに関してはカミラ直々に指名手配をかけている。いつクルスに対してもそうなるかわからない。
 そんな危険な状況に陥る前に、クロノスとしては息子を見つけ出して手元に戻しておきたかったのだが。
「駄目よ」
「何故ですか!?」
 女王は考える時間ももたずにさっさとクロノスの言葉を切り捨てた。思わず理由を問いただすクロノスに、冷徹な言葉が返る。
「今のエヴェルシードにおいて、侯爵としての権威をほぼ実質握っているのはお前なのよ、クロノス=ユージーン。その侯爵代理が息子可愛さに領地の支配を放り出して国を空けるとは何事? 息子のことは諦めなさい」
「そんなことできるはずがありません!」
 カミラの言うことはもっともだったが、言い方が多少まずかった。彼ら夫妻にとっては目に入れても痛くない一人息子を諦めろなどと言われて、父親が引き下がるわけにもいかない。
「それでは、私は息子クルスと共に、息子と一緒にいるであろうシェリダン王のこともお探しします! かの王がこの国に戻れば、エヴェルシードの混乱も治まるでしょう!」
 今現在のエヴェルシードの状態が、カミラでは支配し切れない勢力が口々にシェリダンさえ国に戻ればと言い合っていることだとはクロノスも知っている。だが、その一言は他の誰に言ったとしても、カミラにだけは言ってはいけなかったのだ。
「クロノス=ユージーン! お前っ、何を言ったかわかっているの!?」
 エヴェルシードの混乱は確かにシェリダンが戻れば治まりそうな話ではある。だがそれを面と向かって現国王カミラの前で言うということは、つまり彼女では力不足だと言っているも同然。
 そしてシェリダンを連れ戻すということは、カミラを玉座から追い落とすと同義だ。追い落とすとは婉曲的で平穏な表現で、実際は簒奪者が正当な王のもとで保護されるわけがないので、カミラに死ねと言ったも同然の言葉である。これでは謀反と見なされても仕方がない。
 カミラ女王の前では、シェリダンと言う名に王をつけることは決して許されはしないのだ。
「この者を牢へ!」
 エヴェルシードの情勢は、刻一刻と悪化していく。

 ◆◆◆◆◆

 この国で姿を晒すわけにはいかない者たちが集まっているのならばひとまずは、とエルジェーベトに案内されてシェリダンたちはリステルアリア城へと向かった。
 エルジェーベトの領地であるバートリ地方はエヴェルシード王国内でも北の辺境にある。領地こそ広いが王都から遠いその場所を治めるのは難しい。国内の情勢が不安定な現在、エルジェーベトは自らの領地であるバートリ地方のことは代理人に管理を任せ、自らはシアンスレイトの王城に頻繁に足を運んでいる。
 今年はまだ半分を終えたばかりだというのに、すでに怒涛の一年である。新年が始まるとともにシェリダンが父ジョナス王を幽閉して自らがエヴェルシード王として即位した。直後にローゼンティアへと侵略し、ロゼウスを国に連れ帰る。だがローゼンティアの支配は上手くいかず、そのうちにドラクルやハデスやジュダたち様々な者の思惑が重なってシェリダンは玉座を追われ、カミラが代わりに女王として玉座についた。しかしセルヴォルファスへと侵略した彼女の思惑は外れ、エヴェルシードは今、困窮の時代である。
 そんな中、王城にまた新たな動きがあったのだとシェリダンたちはエルジェーベトの口から聞かされていた。
「父上が!?」
「そうよ。クロノス卿は王城の地下牢にぶち込まれたわ」
 クルスの父であるクロノスは、カミラに直接、息子を捜すために国を空けたいと申し出たそうだ。聞いた瞬間に無茶だ、とシェリダンは思った。恐ろしく直情思考の男なので無茶だと自身でわかっていてもやっただろうが、それにしても。
「エルジェーベト……カミラは」
「案の定激怒しておりますよ。おかげでここ数日政務が更にはかどらなくて困っております。宰相閣下はそろそろ倒れますわね」
 バイロンと共にカミラを支えてエヴェルシードの中枢を担う女公爵は、そうして深く溜め息をつく。
 今のエヴェルシードは、風のない凪の海に放り出された船のようなものだと。航海に出る際、本当に怖いのは嵐ではない。それよりも恐ろしいのは、果ての見えない長きに続く凪なのだと。風のない海は船の進む力を奪い、停滞する状況の中で人々は自ら心病んでいく。あとはその船の中に残った食料や財宝を競い合って人々は争う。
 恐ろしいのは嵐より、凪。
 今のエヴェルシードの状況がまさにそれだ。シェリダンが父王を廃して玉座につき、そのシェリダンもカミラの手によって王位を追われた。ローゼンティアとのことも、セルヴォルファス侵攻に関しても決着し、全ての出来事が落ち着いて特別にすることのなくなった今が、この国にとって最も苦難の時期である。
「あの……バートリ公爵、父上は……」
 クルスが遠慮がちに、それでも青褪めながらエルジェーベトに問いかける。例え国に混乱を持ち込んだ人間だとしても、クロノスは彼にとって大切な父親だ。クロノスにとってクルスが大切な息子であるように。
 素直に父親の身を案じる彼の様子に、エルジェーベトはどこか痛いような顔をしながらも答えた。
「生きてはいるわよ、一応ね。ただ地下牢にぶち込まれただけよ。クロノス自身はさして気にしてもいないでしょう。頑丈な男だからね。それは私よりあなたの方がよく知っているでしょうけど」
「は、はい。ありがとうございます。バートリ公爵」
「礼を言うにはまだ早いわ。ユージーン侯爵。……どうします、陛下。クロノス卿のことをきっかけとして、この国は今にも爆発しそうですよ」
 クルスからシェリダンへと視線を移し、エルジェーベトは憂鬱に満ちた表情でかつての君主に尋ねる。
 クロノスとカミラのやりとりは、当人たちにとっては些細なことかもしれない。だが周囲にとっては違うのだ。両者とも恐らくさほど重要視してはいないが、女王であるカミラはもちろん、クロノスも現在のエヴェルシードにおいて重要人物のうちの一人である。
 ユージーン侯爵を継いだクルスが、シェリダンに心酔していることは知る者は知る事実である。そしてエルジェーベトやジュダも、誰かに問われた際に、特に隠し立てするようなことはなかった。
 ユージーン侯爵クルス卿は、シェリダン=エヴェルシード陛下についていったのか? その問に対し、シェリダンに近しい部下たちは特に肯定をするわけでもなかったが、否定もしなかったのだ。
 もちろん全ての者がシェリダンの置かれた状況を知るわけではないので、国を追放されたシェリダンがまたエヴェルシードに戻ってくると信じている人間は稀だが、それでもこのままカミラに従うよりは、と望みをかけるものもいる。
 そして、シェリダンやカミラといったエヴェルシードの血筋に期待するのはもうやめ、新たな国王を立てようとする一派もいる。もともと実力主義の風潮が強いエヴェルシードであれば、君主の地位を腕ずくで奪おうとする考えもさほど忌避されるものではない。男尊女卑思考の強いこの国で男子であるシェリダンが王位にあるのならばまだしも、女王であるカミラには最初からかけられる期待が少なかった。
「ただ、新王擁立派の問題は、新たな王として相応しいと言える相手がなかなか見つからないことのようです。大貴族であればあるほど危ない橋は渡りませんし、意気込んでいる中堅貴族の中にはそんな品格のある者もいませんしね。全体を纏めるだけの実力のある者が一人でもいれば違うのでしょうが」
 一つのこと一から始める時、頭に相応しい人物がいるのといないのではまったく違う。
「エルジェーベト、お前はそうしないのか?」
「ご冗談を。陛下。私も、イスカリオット伯もするわけないでしょう。クルス卿はそちらにいますしねぇ……しかもシェリダン様、その言葉からすると、もうあなた様が玉座に返り咲く気がないようですよ」
「ああ。ないからな」
「え?」
 それまで澱みなく言葉を続けていたエルジェーベトが、シェリダンの言葉に舌を止める。
「……ご冗談を」
「私は本気だ、エルジェーベト」
「陛下!」
「ルース=ローゼンティアを知っているか?」
「え? ……ええ、はい」
 突然の話題の転換についていけず、シェリダンに食って掛かろうとしたエルジェーベトはその気勢を削がれた。問われた女の名は特に耳に覚えがあるわけでもない。それでも名前から、相手がローゼンティア王族、つまりロゼウスたちの兄妹だとはわかる。
「ドラクルに協力するロゼウスの姉の一人だ。ルースというその女がカミラに協力していると、私はある筋から聞いた。エルジェーベト、どうだ?」
「ええ。確かにローゼンティアの王女の一人が、ドラクル王からカミラ姫の補佐をするようにと寄越されてはいますが……シェリダン様、それがどうかしました?」
「そのルースと言う女は、カミラを言いように操るためにドラクルが送り込んだ者だろう。私がこの国に関わり続ける限り、今後も同じ事が続くぞ。エヴェルシードはローゼンティアと永遠に対立し続ける」
「構わないじゃありませんか。向こうから仕掛けてくるなら上等。売られた喧嘩は買いましょうよ」
「バートリ公爵!?」
アンリ、ロザリーと言ったローゼンティアの面々は好戦的なその言葉にぎょっとする。しかしエルジェーベトの言うことは、エヴェルシード人としては普通の考えだ。
 しかしシェリダンはこの時ばかりは、その考えを好まない。
「向こうが真剣に仕掛け、もしくはこちらが向こうを完全に奪う気ならそれでもいいがな。だが今のこの国とローゼンティアの対立関係は、私やロゼウスがドラクルに踊らされている結果だ。そんなものに、いつまでも民を巻き込んで労力を費やすのは無駄だとは思わないか?」
「まぁ、それは確かに」
 エルジェーベトは国内において、宰相バイロンを除けば誰よりも政治能力が高い。もっとも感情的にそこまで冷静になれるかは別で、またクルスほど熱心でないとはいえシェリダンに対する忠義もあるので彼を立てようとするそちらの方向へと考えがちだが、真剣に国のことを思えばそれが得策でないこともよくわかっている。だから国内でもシェリダンを支持する基盤はまだあり彼らは弱小ではないとはいえ、今になって動き出すのを躊躇うのだ。
「……聞いて欲しい。エルジェーベト、皆。私には考えていることがある」
 今のエヴェルシードは、凪の海。
 逆に言えば、この凪に何かを持ち込めば一気に国内の形勢を変えることもできる。シェリダンの存在はエヴェルシードという水面に投じられた一石だ。嵐を呼ぶ暗雲となるか、それとも。
 シェリダン=ヴラド=エヴェルシードは言った。
「私は――」