荊の墓標 37

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 止めなければ、あの馬鹿げた騒ぎを。二人は城門と市街を別つ正扉の前で話を聞くとすぐに、その思いで馬を降りて駆け出した。得物は腰に佩いている。不足はない。だから。
 止めないと。
 だがその疾走は始まってすぐに、現われた人影によって制止された。
「止まってください」
「ここから先へは行かせません」
「それがシェリダン様の望みです」
 馬に乗ってくれば良かったと、同時にジュダとエルジェーベトは思った。城門の中には多くの人が集っていて、迂闊に騎乗したまま飛び込めば踏みつけてしまう者も出るかもしれない。そう考えてわざわざ自分の足でそう長くもない距離を駆けてきたわけなのだが、馬で飛び越えてしまえばこんな苦労はなかった気がする。
 王城へと登城しようとしたイスカリオット伯爵ジュダとバートリ公爵エルジェーベトの眼前では、城門から中庭に通ずる通路で騒ぎが起こっていた。門衛に聞くと、どうやらそれには本来この国にいないはずだった人が深く関わっているらしい。そう聞かされれば到底黙ってはいられない二人は、すぐに現場へと駆けつけようとした。
 それを阻む者たちがいる。
「ローラ、エチエンヌ、リチャード」
彼らに関する付き合いは、エルジェーベトよりもジュダの方が圧倒的に深い。名を呼んだ伯爵に対し、リチャードが何とも言えない顔をする。ローラとエチエンヌは警戒を崩さない。
 その場にいたのは彼らだけではなく、ローゼンティア王家の人間も一緒だった。アンリ、ロザリー、ジャスパー、そしてロゼウス。
「王妃様、これはどういうことですか?」
 王妃とは言っても、エヴェルシードを出ていた間、彼はもちろん普通の男衣装を身につけていて、とくに女装はしていない。むしろその衣装も、この朝、彼らの面倒を見たエルジェーベトが用意したものだ。特に装飾が施されているわけでもない普通の村人が使うような薄手の外套を着た、明らかに少年とわかるロゼウスに対するには不適切な呼称だが、それでも彼女はそう呼んだ。
 外面上は普段通りに王城に向かいカミラに仕えねばならないエルジェーベトと独自の行動をとるシェリダンたちで分かれたのだが、こんなことなら目を離さなければ良かったと彼女は今頃後悔する。
 普段はそうと気づかれず鉄壁のポーカーフェイスを誇るロゼウスだが、今日は不安な様がはっきりと目に見える顔をしていた。その彼の様子に良くない感じをじわじわと覚えながらも、エルジェーベトはロゼウスに話しかけた。
「こんなことをさせるために、私はあなた方に一夜の宿を提供したわけではありませんよ」
「バートリ公爵?」
 エルジェーベトの言葉には、彼らよりも先にジュダが反応した。これで彼には、エルジェーベトが一行を匿っていたことが知られてしまった。けれどそれも今となってはたいしたことではないという。
 この一件が終われば、彼らはエヴェルシードを出て行く。他の誰でもない、シェリダンがそう決めたのだから。
 こうして言葉を交わすのも、もしかしたら最後になるのかもしれない。
「公爵、これはシェリダンの意志だ」
「何ですって? いいえ、それが例え陛下のご意志だとしても私は止めさせていただきます」
「バートリ公爵」
「あなた方はご自分が何をしているのかお分かりですか? こんなことをして、たとえシェリダン様が上手く場を纏めたとしてもまともに玉座に着けるとでも? 王位を取り戻すつもりなら、長く待てとは言いませんからせめてもう少し準備を整えてから」
「違う」
 エルジェーベトの台詞の続きを、ロゼウスは否定の言葉で遮り、断絶した。
「違う。バートリ公爵。シェリダンはもう、王位につく気はないんだ」
「……何ですって?」
 先程と同じ、けれど段違いの重みを持った問いかけの言葉に対し、ロゼウスははっきりと告げる。
「シェリダンはこのエヴェルシードの、王になる気はない」
「王妃様!」
「そんな馬鹿な」
 エルジェーベトも、他の面々と睨み合いながらその話を聞いていたジュダもあまりの衝撃に目を瞠った。
 エルジェーベトとジュダは、これまでなんとかカミラを宥めてバイロンと協力し、他の重臣たちと意見を擦り合せながら国政を進める役目を担っていた。それもこれも全ては、カミラのためというより本来シェリダンのためだ。シェリダンがいつ玉座に戻ってもいいようにエヴェルシードという国を守っていた。
 エルジェーベトとジュダだけではない、宰相バイロンや王城の警備隊長モリス、将軍セワードなど、王としてのシェリダンの帰還を待ち望む者は多い。
 シェリダンは特に名君、天才的な頭脳と武力を持つ最高の国主、というわけではない。だが彼はどこか人の心を惹きつける。そういった魅力に惹きつけられた者たちにとっては、彼とカミラを比べるなど初めから考えてもいなかったことだ。エヴェルシードの玉座に着くのは彼しかいないと信じ、彼の帰りを待ち続けていた。それはもはや、カミラに対する裏切りですらない。
 しかしそうまでして彼らが信じた相手は、この国を再び導く気はないと言う。
シェリダンは。
「陛下は、エヴェルシードを、私たちを見捨てるおつもりなんですか?」
 囁くような掠れ声で、エルジェーベトはそう漏らす。ヴァンピルの鋭敏な聴覚でその言葉をしっかりと聞き取ったロゼウスは、ゆっくりと首を横に振る。
「違う」
「ではどうして」
 間髪いれずに今度はジュダが口を挟んで来た。エルジェーベトも同じことを問いたげにしている。
 今頃は別の場所で、クルスが彼自身の父や宰相であるバイロンに、同じ話をしているだろう。リチャードやローラ、エチエンヌも彼らと初めは同じ気持ちだった。ロゼウスにとってもシェリダンのそれは意外な決断だった。だからこの先二人がどういう反応をするのかもわかる。
それでも告げた。
「シェリダン自身が、エヴェルシードに捨てられに行ったんだ」

 ◆◆◆◆◆

 キン、と澄んだ硬質な音を立てて、弾かれた剣は地面を転がる。
 城門から中庭へと抜ける通路の敷石にぶつかったために、そんな音が出たのだろう。中庭の入り口の少し広まった部分で決闘していたシェリダンとカミラの戦いは、これで決着が着いた。
 だが、息を詰めて見守っていた周囲の感嘆するような、感心するような、あるいは落胆するような反応とは裏腹に、その結果に納得しない者もいる。
 カミラは先程シェリダンの剣を弾き飛ばした自らの得物をその場に乱暴に放り出して、兄へと詰め寄った。
「これでお前の勝ちだな」
 悔しがるどころか、表面上は無愛想に、だが彼と親しい者にはかろうじてわかる程度の、どこか穏やかな表情でそう言ったシェリダンの頬をカミラは平手で叩いた。
 乾いた音こそしたものの叩かれたシェリダンにたいした痛みはなく、またその頬も赤くなってはいない。むしろ勝者と敗者が逆転したかのように、動揺が激しいのは決闘に勝利したカミラの方だ。
「どういうつもりよ!」
「どういうつもりも何も、言葉の通りだ。見たままだ。お前は私に勝った。私はお前に負けた。約束どおり、私はこの国を出て行く」
「……ふざけんじゃないわよ! 私があんたに勝てるわけないじゃない!」
 女王自らがそうはっきりと口にしていい言葉でもないが、カミラはシェリダンに詰め寄ると思わずそう口走っていた。
 そしてそれは、この場に集う多くの兵士たちの心の内の代弁でもある。そう、誰もカミラが勝つとは思っていなかった。だが先程の戦いは、別にシェリダンがあからさまに手抜きをしたようにも見えなかった。
 つまりはそれが、二人の実力だと言うのか? 残る疑問をご丁寧にも、女王であるカミラが自ら解消しようとしてくれている。
「どうして、お前が私に勝てるわけがないんだ?」
 周囲に聞かれないよう今度は巧妙に声を潜め、シェリダンは僅かに唇を動かしてそう言った。
「どうしてって、それは……」
「私とお前はこれまで、こうして真剣に向き合って戦った機会などないぞ? 御前試合の時は不意打ちだったしな。それでもあの時、お前はあのバートリにすら圧勝した」
「でもそれは、吸血鬼の力で」
「ロゼウスから分け与えられたにしろ何にしろ、それを扱うのはお前自身の力だ。もともとの剣の才能がそこそこなければ実力を発揮できまい。この国の気質から言って表立ってお前に剣を与えて戦わせる者もいなかったが、それはお前が剣で私に劣る証明になどならない。……いや、むしろこれで、お前が私より優れているということがとうとう明かされてしまったな」
「シェリダン!」
 これからのことが分かっているはずなのに滔滔と語るシェリダンの様子に、何か不吉な、忌まわしい予感を覚えてその語りを止めさせようとカミラは声を張り上げる。戦っていた先程より、今の方が肺が痛むような大声をあげている。
「この勝利は、まぎれもなくお前の力だ」
 シェリダンにカミラを殺す気はなかったが、それでも試合に手を抜いたわけではない。
 そんな小細工をしなくても、人知れず努力するカミラはすでに兄を超えていた。もしかしたら、別の場所で命懸けで戦えば勝敗は変わったかもしれないし、同条件で本気で立ち会えば彼女より強い者など幾らでもいるだろうが、それでもこの場で彼女がシェリダンに勝ったというのは事実。
 下手な細工をする手間もこれで省けた、とシェリダンは微かに息をつく。そして声を張り上げた。
「聞いた通りだ! この決闘は我が異母妹、カミラ=ウェスト=エヴェルシードの勝利となる! かねての誓言通り、私はこの国を出て行こう」
 シェリダンの言葉に、周囲を囲む兵士たちに動揺が走った。シェリダンに期待をする者もカミラを半ば認めていた者にとっても、この幕切れは意外だったのだ。
 更にシェリダンは続ける。
「ふん! たかが女王程度、この私の力ならば簡単に排斥できると思ったのだがな!」
 強気な発言はあるいはいつも通りかもしれないが、今の彼の言葉にはあからさまな棘がある。
「まぁいい。くれてやるさこんな国。お前はせいぜい私の後釜に座って、愚民どもを甘い餌で手なずければいい」
 ざわ、と周囲がこれまでとは違う緊張に包まれる。
 彼らの中に芽生えたのは違和感だ。この台詞ではまるで、彼らがこれまで信じてきたシェリダン=エヴェルシードという人間は兵士や民たちを愚民と蔑み都合よく扱ってきたようではないか。
「なぁ、シェリダン王は何を言っているんだ……」
「あれが、俺たちがこれまで信じてきた王様なのか……?」
 民の動揺と芽生え始めた疑心を確認しながら、シェリダンはなおも言葉を重ねる。
「このような国、私はもういらぬ。せっかく我が即位後すぐにローゼンティアを侵略したというのに、その後あっさりとかの国をドラクルに奪還されてしまった不甲斐ない兵など」
「なんだと!」
「あのローゼンティアの復活が、俺たちが情けないからだっていうのか!」
 今度ははっきりと示された侮蔑の言葉に、兵たちが怒りを滾らせる。
 ローゼンティアに関しての問題は、事が事だけに複雑だ。殺したはずの王族は蘇り、滅ぼしたはずの国は復活した。奪った財宝こそエヴェルシードにあるが、領地はドラクルの即位と共に奪い返された。後にカミラがドラクルと取引して争いは治めたが、それがなければ今頃エヴェルシードは、まだローゼンティアとの戦争の只中にあっただろう。それも、ドラクル王はブラムス王より手強いと言うのに。
 王族を殺しつくせというのは、シェリダンの命令だ。実際にアンリたちが蘇って御前試合の時のようにエヴェルシードに乗り込んできた以上、確かに彼らを見逃したのは大いなる失態である。出された命令が殺しつくせというものであった以上、そうしなかった兵士たちは命令に従わなかったということになる。
 だがそれを主張するには、まずシェリダンがヴァンピルとは灰になるまで負荷を与えなければ蘇る種族だと兵士たちに教える必要があったのだ。それをしない以上、非は不完全な命令を出したシェリダン側にある。だいたい、敵が強すぎて取り押さえられなかった、などという不可抗力で命令に従えなかった者たちは、本来責められるべきではない。王と言う責任者こそ、責任をとるためにいるのだから。
 勿論シェリダン自身もそう考えている。だから彼は即位中、自らが玉座にある間は一言もそんなこと言わなかったし、思ってもいなかったことだ。
 それを、ここではあえて、まるで兵士たちが悪かったのだと責任転嫁するようなことを言う。人として最低な発言を。
 彼は彼らに嫌われるためにここへ来た。
 シェリダンとカミラのうち、どちらも名君と呼ばれるほどの器ではないが、カミラよりもシェリダンがマシと思われて玉座に望まれている。だがシェリダンはこの国に戻る気はない。
 民衆がシェリダンの評価をカミラより高くしてあるために彼女を王として認めたくないと言うのなら、そのただの男尊女卑思考の差別感に基づいて不当に下した評価を改めさせるまでだ。
 実際、シェリダンとカミラにたいした力量の差はない。シェリダン自身、重要な案件は優秀な家臣であるバイロン任せで過ごしてきたのだ、その政治に対する姿勢はカミラとどこが違うというのか。王とは自身が有能である必要はなく、有能な人材を正しく登用することこそ王の仕事なのだ。それならばカミラも充分にその条件を満たしている。
 性格に関しては、カミラは確かに以前、権力欲にのみ囚われて幼いわがままを繰り返す子どもだった。シェリダンとて大差ない。
 それでもこの数ヶ月で、二人は変わったのだ。
 シェリダンは自分が何故変わったのかわかっている。そしてカミラも同じだとわかっている。
 だからこそ、この国を彼女に託す。
「カミラ=ウェスト=エヴェルシード。お前がこの国の王だ」

 ◆◆◆◆◆

 シェリダンのはっきりとした宣言に、一瞬その場は静まり返った。
 いまだ不可解な面は残るとはいえ、確かにカミラは決闘においてシェリダンに勝ったのだ。それにシェリダンは、かつては王として務めたこの国をもういらないなどという。
「シェリダン!」
「カミラ、後はお前が何とかしろ。私はもうこの国の王などではない。女王はお前だ。お前がこれからこの国の全ての責任を持つのだからな」
 責任のあるところに権利もある。彼女に責任があるということは逆に、彼女に権利があるということ。
 王であるという確かな権利。
「当たり前だ! ここは例えどんなことがあったとしても、私の国なのだから!」
 売り言葉に買い言葉で、カミラもシェリダンの言葉に返した。そろそろ彼女にもシェリダンの思惑が理解できはじめている。だからこそ、なおのことそれを口にするわけにはいかなかった。
 シェリダンを憎みながら、この国で誰よりも熱心に彼を見つめていたのはカミラだ。物心つく頃から目の前に立ちふさがっていた壁である異母兄。そのカミラだからこそ、先程の彼の言葉が本心などでないことはすぐわかる。そして彼がこの場でこの状況でそういった発言をする理由も理解せざるを得ない。
 女王らしく胸を張り、堂々と立つカミラの姿を目にしてシェリダンがふいに微笑んだ。
 やわらかなそれをすぐに皮肉なものに変えて、シェリダン=ヴラド=エヴェルシードは口を開く。
「たいした愛情だな! こんな世界の中ではちっぽけな、どうでもいいような国に対して」
 とんだ大根役者ね。カミラは思う。だがその演技に、周囲は見事に騙されている。
 世界とはなんて簡単で複雑なものだろう。これを作り出した神はとんだ悪趣味だ。こんな滑稽な悲喜劇。
「ではな、愚民ども。お前たちはせいぜい戦うしか脳がないこの国で足掻き続けるがいい」
 またも明らかな捨て台詞を残して、シェリダンは踵を返す。
 呆気に取られてカミラとシェリダンのやりとりを見ていた兵士たちは、その言葉に我に帰った。
 そして落ち着いて彼の言葉を理解すると共に、頭に血が上り始めた。
 流石にまだ彼が王であったという感覚は抜けないものの、沸きあがる怒りをそのままにしてもおけない。
 発散するためによくある簡単な、それでも非道で効果的な方法をとる。ここは屋外だからそれをするのも簡単だ。
 別にのろのろとしているわけではないが、堂々とした姿勢でゆっくりと、城の正門までの距離を自らの足で稼ぐシェリダンへと、辺りから石が投げられる。
 一つではない石は、そのうちのほとんどは動く対象物に向けて投げられたものである以上しかたなく、はずれた。だが中の一つが、シェリダンに見事に当たる。
 こめかみに当たったそれが皮膚を薄く破り、紅い血が一筋流れる。
 血を見たらもう止まらなくなるのが人間だ。民衆の怒りが一斉に弾けた。
「ふざけんな! この愚王が!」
「俺たちを都合のいい捨て駒扱いにしやがって!」
「俺たちの眼が間違ってた! あんたをカミラ女王より優れた王だなんて思うなんてな!」
「お前なんか最低だ!」
「実の父親を幽閉した人でなしのくせに!」
「ローゼンティアを中途半端にしか滅ぼせなかったのはお前のせいだろ! それを俺たちに責任押し付けやがって!」
 宙を飛び交う石の数はやがて増え、石の雨がシェリダンに降り注ぐ。避ける方が難しくなり、小石から大きいものは大人の手のひらの半分もあるものまで、勢いが強いものも弱いものもかなりの数が彼に向けて投げられる。
 避ける方が難しいが、シェリダンにはこれを避けるつもりは毛頭ない。確かに小石が目に入ったりしたら困るが、それ以外は甘んじて受ける。
 ミカエラが処刑される予定だった広場でのことも思い出す。あの時は不可抗力で王子殺しの犯人にされた。水が高いところから低いところに流れるように、民衆は良くも悪くも易きに流れる。良くも悪くもあるそれをわかっていて、今度は自ら真実を捻じ曲げてでもそれを利用したのだから、その結果は自身で受けなければ。
「信じていたのに!」
「俺たちはあんたが庶民出でも、気にしないって! 王子様のくせに俺たち兵士の訓練場に平然と顔を出すあんたみたいな奴が民の気持ちをわかってくれる王に相応しいって、信じてたのに!」
 いくらシェリダンよりもカミラを認めさせるためだとはいえ、かつての王の酷い裏切りに泣く、この声を。
 石がまた身体に当たる。皮膚が切れて、血を流す。エルジェーベトに調達してもらった厚手の服はその程度では破れないから、大粒の一撃にやられても痛みこそ感じるもののそれほど酷い様子には見えない。けれどむき出しの手や顔は、尖った石がぶつかるたびに切れて血を流した。
 人々の罵声を浴びながら、悪意と慟哭に満ちた石の雨を浴び、それでもみっともなく取り乱したり許しを請うたりすることはなく、あくまでも不遜に堂々とシェリダンは歩いて行く。
 城門の外までの距離まではまだ結構な長さがある。だが誰も彼を捕まえようとは動き出せない。その代わりに石を投げた。
 また新たな一撃が瞼を切り、シェリダンの顔が苦痛に僅かに歪む。それでも足を止めないし、怒る様子も見せない。
 あまりの様子に、背後からその歩みを見ていたカミラの方がそれを止めたくなる。
 しかし彼女より先に、彼のそんな様子に耐えられない者がいた。
「シェリダン!」
 悲鳴のような声で名を呼んで、飛び出してきたのは白い人影だ。着ている服は黒を基調とした暗く地味な色合いなのに、何故か印象は鮮烈な白。その人影が、まるで魔法のように鮮やかにシェリダンの姿をその場から攫う。
「ロゼウス様!」
 ただ一人カミラだけが、その人影がかつてシェリダンの王妃と呼ばれた者であることに気づいた。