荊の墓標 38

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 どことも知れぬ森の外れ。
「……馬鹿だな、シェリダン」
 遠視の術と言うものがある。魔術師に不可能はない。そんなこと言葉の上だけだとわかってはいても、魔力と呼ばれるその力が他の何よりも有用性が高いのは事実だ。
 現在ハデスが使っているのもその魔術の一つ。遠視の術は文字通り、自らがそこにいなくても遠くの出来事をその場にいるかのように見る事ができるというものだ。その術を使って、ハデスは遠いエヴェルシードの様子を眺めていた。
 事態はちょうど、カミラとの決闘に敗北したシェリダンが民衆に石を投げられながら退散するところだ。顔やむき出しの手を尖った石ころに傷つけられて細い血の筋をいくつも流しながら、それでも堂々と少年は歩いていく。その姿は敗残者でありながら、まさしく王と呼ぶに相応しかった。
 ハデスにはもちろん、自らが憎まれ役になってエヴェルシードの団結を深め、国を救おうというシェリダンの思惑がわかっている。だからこそなおさら、彼を愚かだと思う。
 馬鹿だな、シェリダン。
「お前がそんな苦労をして国を救う必要なんてどこにある。好きでエヴェルシード王家に生まれてきたわけでもあるまいし。滅び行く国なんて放っておけばいいんだ。お前はもうエヴェルシードとは関係なかったのだから。そうまでしてエヴェルシードのために体を張って悪名残してお前に何がある」
 ハデスが今この場で思ったことくらい、シェリダンはとっくに自分で考えただろう。帝国史に悪名を刻む、その意味を。
 そしてわかっていながら、自らの意志を覆さなかったに違いない。見返りを期待しない無償の愛。何も返らないどころか、相手が投げつけられるものが石であってすら受け入れ包みこむ真の寛容。ああ、そうだわかっていた。狂った環境に歪まされていただけで、シェリダンは本来こういう性格だ。
 そして彼からそういった真実を引き出したのは……。
 ――私はお前に出会って変わった。
 シェリダンとロゼウス二人での話になったところで、ハデスは遠視の術を消した。他人の情事を昼間っから好き好んで覗く趣味はない。それがあの二人のものなら尚更だ。
 お前は本当に馬鹿だ。
 胸の内で三度、かつての友人を罵る。ハデスの再三再四に渡る忠告にも関わらず、ロゼウスと共にいることを決めた彼へ。
 《予言》、もとい未来を覗く予知能力によってその展開を知っていたとはいえ、それでもハデスにとっては面白くない。
 どうしてその道の先に待つのが死だとわかっていて、彼はその道を進めるだろう。
 生きていたいことと死にたくないということは、何が違うというのだろう。奇しくもロゼウスが思ったのと同じ事をハデスは考える。
 未熟な精神。彼自身がそうであると自覚していないだけで、九十年以上生きていても彼はただの子どもだった。
 だからわからないのだ。まだ十七年しか生きていない、しかも決して十八歳になることのない少年にわかるそのことが。
「生きていたい」ことと「死にたくない」ことは違う。死ぬのが怖いのではなく、死ぬのがイヤであることは。生きるのに目的や意味を見つけた者と、そうではなくただ惰性で生き続ける者の生に対する認識と執着は違うということ。
 ハデスにはわからない。理解できない。謎かけのような言葉に混乱するばかりだ。
「シェリダン、どうしてお前は……」
「わからないでしょう。あなたには」
 独り言に答が返ってきてハデスは慌てて背後を振り返った。
 聞こえてきたのは今しがた魔術で見ていた誰のものでもない声だ。
 そして彼ら以上にハデスにとって聞きなれた声でもある。
「ようやく見つけたわ。ハデス」
「姉さん……!」
 大地皇帝デメテルは、ついに弟である帝国宰相にして現時点で最強と呼ばれる魔術師の不可視の足跡を辿りここまでやってきた。
 冥府より戻って以来、たった一人で行動し続け誰の目の前にも姿を現さなかったハデス。姿を変え声を変え、国や街を転々としていた。ドラクルのもとにも足を向けなかった。
 自らの魔力が最大限になる冥府での戦いをもってしても彼はロゼウスに勝てなかった。常に様々な状況がそれを許さないということもあるが、そろそろハデスにも焦りが生まれてきた。本当はわかっていたことを、ようやく認める。
 自分の力では、薔薇皇帝となるべきロゼウスには勝てない。
 わかりきっている破滅の未来に向かって強く進む事ができる人間は少ない。人は明日の我が身を知らないこと、それこそが希望なのだ。例えば今、明日お前は死ぬのだと宣告をされて、平静を保てる人間が何人いるのだろう。……そう、シェリダンでもあるまいし。
 しかしハデスの諦めとはまた別のところで、デメテルの言葉は彼の胸を抉った。
「帰りましょう、ハデス。もう私たちが足掻くだけ無駄なのよ」
「何故そんなことが言える!」
 姉の言葉に憤慨して、ハデスは声を荒げた。ロゼウスには勝てないとわかっていても諦めきることのできない彼の耳には、デメテルのその言葉が正しく死刑宣告として響いた。
 ロゼウスを殺さなければ、死ぬのは自分だ。皇帝と選定者は基本的に運命を共にする。稀にあのシェスラートとロゼッテのように選定者だけ皇帝より先に死ぬ例もあるが、その逆はない。皇帝が死んで選定者だけ永らえるなど。
 ハデスにとって、未来は全てが闇だ。いくら予言の能力があるとは言え全てを見通すことができるわけでもない。自分がどうなるのかわからないというのはこれ以上ない不安なのだ。
「ハデス」
「僕に何がわからないって? わかっていないのはあなたの方だ、姉さん!」
 ハデスがここまで不安になるのは、デメテルのせいなのだ。彼女が本来の選定者である父親の腕の皮を剥いでハデスに移植するなどということをしなければ、ハデスはまだ正気でいられた。
「あなたこそ知った顔をして、本当は何もわかっていないじゃないか!」
「ハデス……」
 ハデスは偽りの選定者だ。本来は二人の父親であったはずの選定者の運命を、デメテルは腕の皮を移植することによって無理矢理ハデスへと入れ替えた。しかし、皇帝が選定者より早く死ぬ事はなくとも、選定者が皇帝より早く死ぬ事はある。ハデスの場合は、どこまで彼を選定者と呼んでいいのかわからない。腕の選定紋章印を移植したことで、本当に選定者の運命まで彼に移植されたのか?
 それとも、ハデスは皇族だからただ不老長寿となっただけで、実は選定者の運命まで背負う者ではないのではないか?
 全ての答は、皇帝であるデメテルが死んだ時に明らかになる。だが真に選定者の資格持つ者であった場合、臨終間際に己の死を悟ったところで遅いのだ。
 自分は死ぬのかもしれない。
 だが死なないのかもしれない。
それがわからない苦痛を、デメテルは到底知りはしない。ハデスは彼女の意志によって作られた、デメテルがいなければ生きられない存在。その意味では「選定者は皇帝のために生まれてくる」と言う言葉は正しい。
 生んでくださいなんて、望んだ事は一度もなかったにも関わらず。
 自らを生み出した「親」と言うような存在には必ず感謝をしなければならない? 馬鹿馬鹿しい。感謝をされるような親と言うのは、子どもに感謝されるほどしっかりと育てた親だけだ。
 生憎とハデスの両親は違う。彼らは皇帝となる娘のご機嫌取りの道具以上の意味はなくハデスをこの世に送り出したのだ。皇族としての裕福な暮らしに目を奪われて、生んだ子の未来など考えもしなかった。
 そして両親にその選択をさせたのはこの姉、デメテルだ。
 元はと言えば、ハデスの存在を自分の玩具としてしか望まなかったのは、彼女だ。
 だからハデスはこの世の何にも感謝などしないし、自分がここにいるだけで神に感謝を、などとは思わない。
 このような作られ方をしたからこそ、ドラクルやカミラとも共謀できたのだ。国のために醜い継承争いのために作られた彼らの気持ちを自らの身の上に重ねて、痛いほど理解することができたから。
 そして理解はしても、同情はしない。
 誰を踏みにじってでも、自分は幸福を手に入れる。
「僕は、あなたなんかいらない!」
 追いすがろうとしたデメテルを振り払い、ハデスは転移に入る。
 彼女は追ってこなかった。
 直に対面して知った。デメテルが皇帝として存在していられる時間は、あと僅かだ。

 ◆◆◆◆◆

 エヴェルシード王国、北東の辺境。
 木立に隠れるように暗い緑の樹林を進む一団がいる。彼らの旅用の装備は使い古したわけでもないのにくたびれた感があり、長靴は泥に汚れていた。
 日が暮れようとした辺りで、一行は足を止める。一団の中には成人男性から少年少女まで、大雑把に若者とだけくくれる面々が揃っていた。
 手馴れたように野営の支度を終えて、覆いをつけて極力煙が出ないように工夫した焚き火を囲みながら彼らは口を開く。
「……これから、どうする?」
 シェリダンは口を開き、周囲に顔を並べた者たちを見回した。仲間と言うには因縁のある相手とも、今は便宜上手を組んでいる。かといって利害の完全な一致を見る事は少ないので、一つ行動を決めるのにもわざわざこうして相談が必要だ。元は敵同士であるために、下手に纏め役になれる人間も少ない。
 シェリダンは自らの部下であるローラたちを纏めるエヴェルシード側の代表者だ。そしてローゼンティア側からは、第二王子アンリが代表として意見を出し、シェリダンと話を纏めることが多い。
 そのシェリダンは現在手頃な切り株に腰掛け、周りからは一歩離れたところで全体を見回している。足下にはロゼウスが座り込んでいた。
 焚き火の側にはアンリ、ロザリー、ジャスパーというロゼウス以外のローゼンティアの面々と、リチャード、ローラ、エチエンヌというシェリダンの部下たち。王家の兄妹とエヴェルシードの侍従はそれぞれ纏まっている。
「私の用事はもう済んだ。エヴェルシードのことは、カミラと残った者たちが上手くやるだろう。ならば、この国には用がないだろう。あとの問題はローゼンティアのことだと思うが」
「その前に、ハデス卿のことはないのか?」
 現在地はエヴェルシード国内でも、ローゼンティアとエヴェルシードの中間地点に当たる北東の森だ。このまま自分たちから行動を起こすならローゼンティアにすぐ向かうことはできる。だがそれも得策とはわからない。
 そして、冥府から戻って以来彼らは帝国宰相ハデスの話を聞いていない。彼がどう仕掛けてくるのかも不安要素の一つである。
「なぁ、シェリダン王……」
「ん? 何だ、アンリ王子」
「いや、その……ごめん、なんでもない」
 アンリがシェリダンに声をかけようとして、逡巡した挙句取り消した。その様子から内容を察したらしきシェリダンは微かに苦笑すると、それを周りが認識するよりも早く表情を入れ替えてもともとの話題へと戻す。
 アンリがシェリダンに聞きたいのは、彼の未来のことだろう。エヴェルシードでの行動の前に皇帝と死の予言について話した。近く必ず死ぬ事がわかっているのに、どうして今もこうして動くことができるのか。アンリが聞きたいのはそれに違いない。
 シェリダン自身も、きっとこれまでの自分なら恐らく何もかもが虚しくなって全てを放り出して蹲っていただろうと思う。
 けれど今は、違う。
「ハデスのことに関しては何の確証もない憶測だが、デメテル陛下の方で何とかしてくれるのではないか、という楽観があってな」
「そうか。姉君である皇帝陛下が弟宰相殿を諫めてくれるかも、というわけか」
「ああ。確かにハデスとも一回話しあった方がいいとは思うが、それをするにしても、私たちの方から彼の居所を掴むのは不可能だからな。それに関しては仕方がない」
「俺たちから行動するなら、やはり居場所のわかっているドラクルの方から何とかするしかないと言うわけか」
「何とかって……でも、何とかってどうするつもりなの?」
 男たちの会話に、ロザリーが口を挟んだ。
「シェリダン様、アンリ王子、そして……ロゼウス様」
 続けるようにして、リチャードがこの場の主導権を握る二人と、自らは事態に対して言葉少ない控えめな介入ながらも間違いなく物事の中心にいる少年の名を呼ぶ。
「そろそろ、こちらの立場を明確にしてはいかがでしょうか?」
「立場?」
「明確って?」
「あなた方がどういったつもりで行動し、何を望むかと言う事です。特にロゼウス様、ハデス卿は、あなたがご自分の生命を脅かすと考えているからどんな手段でも使ってあなたを殺そうとしているのでしょう」
「そんなつもりがないことを、あいつに伝えろって? やったよ、とっくに」
 長兄ドラクルと同じ年であるリチャードに嗜めるように言われて、ロゼウスは僅かに俯きながらもそう返した。もとよりロゼウスは皇帝になりたいという願望もなければ、ハデスを殺す気もないのだ。向かって来る敵は叩き伏せるが、それ以外はどうでもいい。ロゼウスには到底皇帝の役目など務まるはずもない、自分の周囲以外の世界に興味も執着も薄い人間なのだ。
 ――何故神はこんな自分を次期皇帝になど選んだのだろう。
 その答を聞きたいのは他の誰でもないロゼウス自身だ。 
 しかしシェリダンの普段は寡黙で控えめな筆頭侍従は、今日は珍しく食い下がる。
「そうでしょうか」
「え」
「本当に、あなたは相手にご自分のお考えを伝える努力をなさっていますか? 心で思っていることを、ただそのままにしていませんか?」
「リチャード」
 咎めるように彼を呼んだのは妻であるローラだが、しかし青年は首を横に振る。
「私も以前そうでした」
「……」
「聞いたことがあるかもしれませんが、私、いえ、私の兄とイスカリオット伯爵ジュダ卿は因縁の仲です。我が愚兄の所業が、伯を凶行と後の乱行に駆り立てたのは事実です」
 そういえばリチャードはジュダの城へ出かけた時、彼と個人的な話があるとかで出かけていたのだったか。今となっては懐かしすぎるそれを、ロゼウスは思い返す。
 しかし隣にいるシェリダンが部下を気遣っているためか、ロゼウスはリチャードとジュダの因縁とやらに関しては一切耳にしたことがない。
「あの頃、私は後に伯の怒りに触れることとなった兄の行動を苦々しく思っていました。ですが、それを兄に聞き入れてもらうことはできませんでした。何度か意見を口にしたこともありますが、向こうは向こうで改善する様子がないためにそのうち諦めました」
 暴力的な振る舞いをする兄の説得を諦め、兄の妻であったヴィオレットにいっそのこと、と離婚を勧めたのはリチャードだ。それが後に更なる悲劇に繋がるとも知らず。一人の人間を更正するのを諦め、しかし弟という立場から当主であり兄という目上の者に果断な処断を下すこともできず、安易な道に逃げた挙句多くの人を絶望に突き落とした。
「今では後悔しています。何故もっとあの時、兄とよく話し合わなかったのかと」
 リチャードはあの八年前の事件の一連の責任は自分にあると思っている。だからこそ、兄の身代わりに処刑されようとしたところをシェリダンに救われたという意味は重い。リチャードは最後の最期、本当に生きるか死ぬかの場面になってようやく兄を見捨てる決断をした。そもそも最初の頃から事態に正面から向き合っていれば、兄を殺す羽目になることも、ヴィオレットやその息子ダレルを死なせることも、ジュダの一族皆殺しによってイスカリオット家の血筋を絶やすこともなかったかもしれない。リチャードの実家であるリヒベルク家も潰れ、結果的にそのことで二つの貴族があの時滅びの道を辿ったのだ。
 ジュダの気性を知るリチャードには、彼が恐らく子を作らず、今後もその血を残さずに血を絶やすであろうことがわかっている。
 そう、今でこそ別の理由で危機に瀕しているが、それがなくとも女性関係を持って子を残そうとしなかったシェリダンのように。
「……?」
 そこでリチャードは、何かの予感が脳裏を掠めるのを覚えた。しかし、何に対してのものなのかよくわからない。子孫、女性関係、何だろう、何かを忘れているような。
「リチャード、どうした?」
「あ……いえ、なんでもありません」
 あやふやな感覚は人に伝えるところまでは至らず、リチャードは芽生えた予感を胸の内で握りつぶす。
 彼の言葉に、ロゼウスは考え込んでいるようだった。ふいに顔を上げると、まずはリチャードの方を向いてこう言った。
「ありがとう、リチャード」
 そして彼以外の者たちの顔もしっかりと見て、最後にシェリダンと視線を見交わすと、ローゼンティア側の代表者となるアンリに向けて宣言した。
「兄様、俺はローゼンティアに行く」
「ロゼウス!? でもドラクルに言ったって……」
「そうよ、ドラクルはロゼに対して妙な因縁持ってるんだからきっと聞いてくれないわよ!」
 長兄がこの弟の言う事に対し、聞く耳を持たないことぐらいアンリにもロザリーにもわかっている。
「うん。俺もそう思う。だから、全国放送を使おうと思う」
「全国放送?」
 それはなんだと訝しげに首をかしげる人間の国の面々に説明するところによると、全国放送とは聴覚の優れたヴァンピルだからこそできる業であり、拡声器を使って国内全土に放送を呼びかけるものだと。それを使えば、国中に宣言が届く。
「やれやれ、魔族の国は奥が深いな」
「で、その拡声器はどこにあるんですか?」
「「「王城」」」
「「「……」」」
 ロゼウス、アンリ、ロザリーの言葉に、シェリダン、リチャード、ローラ、エチエンヌの沈黙が返った。
「そこで国中に俺は王位継承権を放棄するということを流せれば、国民に伝わる。国中に流した内容を撤回することもできないから、そこまですればドラクルも信じてくれるんじゃないかと思う」
「自分で自分を引き戻せないところまで追い込むんだな」
「ああ」
 ロゼウスは背後の切り株に腰掛けるシェリダンを仰ぐと、照れたように言った。
「シェリダンの受け売りじゃないけど、俺もローゼンティアの王はドラクル兄様でいいと思う。だから」
 自らの故郷へ、けじめをつけに行く。
「それとハデスの方は、まだ裏があると思う」
「裏?」
「ああ。皇帝と、選定者と、代替わりに関する裏が。あの時……皇帝領でデメテル帝の目的について聞いた時、確か彼女はこう言っていただろう?」
 ――では言いましょう、ロゼウス帝。私はあなたに、今のうちに恩を売っておきたいのよ。
 ――恩?
 ――ええ。そう、恩よ。あなたが皇帝になった時のために。
 ――だけど、俺が皇帝になったら、あなたは……。
 ――ええ、そうよ。普通ならあなたが皇帝になっている頃というのは、私が死んだ後の話よね。でもね、私は世界で初の、黒の末裔生まれの皇帝なの。この意味がわかる?
 ――まさか、死を免れる方法があるとでも?
 ――そう思ってくれてもいいわ。だけれど、それでも私が退位してあなたが即位するという運命までは変えられない。だから、あなたが皇帝になってもせめてこちらの望みのために、恩の一つも売っておこうと思って。
「デメテル帝にはたぶん何か、自分とハデスの未来に関して策があるんだ。だからハデスのことは彼女に任せてもいいだろう。それに見たところ、ハデスの力じゃ彼女には叶わない」
「結構残酷な評価をさらりとくだすな、お前は」
しかしその言葉で、これからの彼らの方針は固まった。
「まずはローゼンティアのごたごたを解決するために、かの国へ。ドラクルたちに見つからず王城の拡声器とやらに辿り着けるかは不明だが、やってみる価値はあるか」
「ハデス卿のことは、その後ですね」
 未来が定められている中で、人は何ができるのだろう。避けえぬ死を知りながら、それでも前に進まずにはいられない。
 進めるから強いのか。
 強いから、進めるのか。
 それとも――。
「じゃ、とりあえず飯にするか」 

 ロゼウスは思う。
 俺は運命を変えたい。皇帝になるならない以前に、そのためにシェリダンを殺すなんてまっぴらだ。
 確固とした意志を保っている限り、自分がシェリダンを手にかけるなどありえない。
 他の誰かを憎んでいる限り、敵対している限り、味方である彼を殺す事はない。
 だから何かをしていたいのだ。動いていたいのだ。そのために誰かと、何かと戦っていたいのだ。卑怯な考えだとわかっている。
 
 ――何を企んでいる、世界皇帝。
 ――企むだなんて人聞きが悪いわね。次期皇帝。私はただ、一つだけ願うことがあるだけよ。
 
 ただ一つの祈りのために狂っていく。