荊の墓標 38

215*

 野営をするなら水場探しは欠かせない。よほどのことがない限り、可能な限り近くに川や湖などの水源がある場所で休息をとるのが普通だ。
 今回ロゼウスたち一行が休んでいたのも、森の中を流れる川の近くだった。本当に川岸すぐ側に留まると逆に何事かあったときに対応できない。火事の心配だけはなくとも、雨で氾濫した川に呑まれたり敵や獣に追い詰められた時水の中に落とされたりする。だから少しだけ距離をとって野営の支度をしたのだが。
「こっちだ」 
 口づけを止めると、シェリダンはロゼウスの手を引いて川のすぐ側へとやってきた。
夜の川辺は狂ったように明るい月の光に照らされている。白い月光は幅広の川の進行方向に向かって小さく漣立つ水面を浮かび上がらせていた。
 水音に小さな物音はかき消されてしまう。多少の声も。
 ここなら誰にも、今からする行為の音は聞かれずに済むだろう。
「どうだ?」
「う、うん。これなら向こうのアンリ兄様やロザリーたちには聞かれないと思うけど。……でも、ジャスパーは俺たちが一緒にいること知ってるし、戻って来なかったら他の奴らにもバレるんじゃ」
「端から隠そうなどとは思ってない。当たり前だろう? だいたい今更だ」
 仲間たちの耳目を憚るロゼウスとは違って、シェリダンは最低限の気配りだけで後はどうでもいいようだった。確かにリチャードたちにしろロザリーにしろ、自分たちが何をしているかなど今更気にすることでもないのだろうが。
「それとも、お前はこのままでいいというのか?」
「あ!」
 くすり、と赤い唇を楽しげに笑みの形に歪めたシェリダンはふと手を伸ばしてロゼウスのそれに触れる。先程までの濃厚なキスで高まった熱を意識させるように、力をいれずになで上げた。
「あ……ん、や……」
 手のひらの下で布地を押し上げるそれの質量にシェリダンは満足そうに笑うと、なるべく石の少ない地面を選んでさっさとロゼウスを押し倒した。
「ちょっと……!」
 のしかかってくる胸板に手をついて軽い抵抗を試みながら、いきなりのことにロゼウスが小さく抗議する。
「いいだろう別に。もどかしいのはお前の方なのだろうから」
「そういうあんたは、余裕だってのか?」
「お前よりはな。何せ私はお前と違ってか弱い人間だからな。基礎体力が違うんだ。お楽しみは最後の最後にとっておくとして……・そうだな」
 ろくなことを考えていない悪戯っ子の笑みでシェリダンはこう言った。
「お前をまずは三回ほどイかせてから、私も堪能しようとするか」
「な、ちょ、三回って」
「私とお前では体力の消耗が違うからな。お前はそれまで、その痴態で私を楽しませてくれ」
「ち、ちた……って、シェリダン!」
 熱を持つ欲望に触れながらさらりととんでもないことを告げたシェリダンに、ロゼウスは顔を真っ赤にして反論しようとする。
 だが彼の言葉は、その次のシェリダンの台詞と瞳に封じられた。
「それとも、お前は今ここで私とこんなことをするのは嫌か?」
 朱金の瞳がひたりと恐ろしいほどに澄み切ってロゼウスを見据えてくる。そう言われてしまうと、ロゼウスには二の句が継げなくなった。さんざん歯噛みした後、結局出てきたのは大変正直な言葉だ。
「そんなはずないだろ!」
「そうか。それは良かった」
「シェリダン、お前……」
「さっさと始めるぞ。長引かせると明日に響く」
「それがわかってるくせに……」
 どんな反論も抗議も、シェリダンの言葉が飲み込んでいく。
「本当なら一分一秒でも長く、いつまでもお前とこうしていたい」
 ロゼウスは一瞬詰まった息を、身体に走った動揺を強いて忘れるよう意識を紛らわせる。
「ああ!」
 その隙をついたように、シェリダンは先程から緩やかに触れていたロゼウスのものを、きゅっときつく握りこんだ。びくん、とロゼウスが大きく身体を震わせる。
 一度熱く口づけた後、ヴァンピル特有の尖った耳を舐りながら囁く。彼ら自身は自らの眼で見る事はないとは言え白い肌を赤い舌が蛇のように這う絵はえもいえずなまめかしい。
「言っただろう、まずはお前に先にイってもらうと」
 これ以上刺激して服を汚すのはまずいと、ロゼウスはシェリダンの手によって下衣を剥ぎ取られる。エヴェルシードに囚われていた頃のような美しいドレス姿ではないが、旅装束を乱されて覗く白い肌は、月の下で酷く劣情を煽った。
「せいぜい服を汚さないように気をつけることだな」
「汚れたら、そこの川であんたに洗濯してもらうからな」
「ふふ。汚すこと前提か? 激しいな」
「そうじゃなくって!」
 何を言われても倍で返される状況に、ロゼウスは閉口して唇を尖らせる。ロゼウスはもちろん頭は悪くはないが、口達者とそれは別問題だ。
その尖らせた唇にも、シェリダンは口づけを送る。
「……愛しているロゼウス」
 それに応えながらロゼウスは吐息し、
「だからあんたはずるいって言うんだ」
 相手の背中に腕を強く回して呟いた。

 ◆◆◆◆◆

「はっ……ん、んん……ふぅ……」
 自分の指を噛んで声を抑えるロゼウスの足下に、シェリダンは蹲る。
 石の転がる川原と森の境界に当たる柔らかい地面の上で、服の一部だけを肌蹴て淫らな遊戯に耽る。今この瞬間だけは宿命も使命も未来の予言も何もかも忘れて、このまま。
「ん……」
 シェリダンの舌がロゼウスのそれを這う。生暖かい口内に迎え入れられて、背を木の幹に預けて中途半端な体勢をとらされたロゼウスはたまらないと言った表情でシェリダンの「奉仕」を受けている。
 奉仕と言ってもする側のシェリダンは余裕の表情で、される側のロゼウスは顔立ちを歪めている。困ったように下げられた眉と、自らの指を噛んで唾液で塗らしている苦痛の表情が何とも言えずに色っぽい。上気した頬、瞳に浮かぶ涙。
「あ……ふぁ、ああ……」
 快感を堪えるロゼウスの様子を時折上目遣いで観察するシェリダンの方も、自らの手で追い上げられていく美しい少年の媚態に身体の中の熱を煽られていく。これはまずいな、と内心で呟いて、自分が追い詰められる前に相手を追い詰めることを選んだ。
「あ、ちょっ! やぁっ」
 ロゼウスの方は、これまでの緩やかな責めが急に乱暴になったのについていけない。シェリダンに空いた手で根元の方をぎゅっと掴まれると、たまらず噛んでいた指が唇から離れた。
「あ、あ、ああ……ヒィ!」
 たいした力ではないと言っても歯で柔らかく先端を噛まれて、その痛みに刺激を受けて達してしまう。
「つぅ……」
 快楽と痛み、頭の中が真っ白になる脱力感を覚えて背後の幹にもたれる。そのロゼウスの吐き出した白濁をシェリダンは飲み込んで、わざとらしく唇を舐める。
「はっ……やらしい顔だ」
「そ、れは、あんたが……」
 シェリダンの指が伸びてロゼウスの顎をすくう。シェリダン自身美しい指の持ち主だ。柔らかな色の肌に整えたわけでもないのに綺麗な形の爪。それがロゼウスの華奢な少女めいた白い顎にかかり、それこそ思わせぶりに持ち上げる。
 深紅の瞳に涙が浮び、その奥には苦痛と羞恥に透けて燻る熱が見える。朱金には劣情が浮かび、だがそれだけではない飢えた獣の貪欲さと同時に切なさをも併せ持つ。
「そういえば」
 甘い掠れ声で囁く。
「お前は、酷くされるのが好きだったな……」
「そんなことな……あっ!」
 一度達して萎えたはずの場所をまた強く握り締める。
「ふふふ。嘘をつくな。酷くされて感じるくせに。そう、こんな風にな」
「あ、いや! ふぁあ!」
 唾液やら何やらで濡れたそれを更に刷り込むようにして、乱暴にシェリダンが握る。
「痛……いた、いたいっ!」
 男の急所だけはどんなにしたところで鍛えようがない。普段はそうと悟らせずにポーカーフェイスで本心を晒さないロゼウスが、この時だけはありのままの姿を見せる。それがシェリダンは好きだった。しばらく苦痛に歪む顔を堪能していたが、ロゼウスが本格的に嫌がる前に、攻め手を変えた。
 手を離し、唇をロゼウスの胸に寄せる。暴かれた白い胸の上、外気に晒されて多少固くなった突起を躊躇いもなく口に含み、飴玉のように転がす。
「ん……ふわ、あ……」
 それまでの苛めるような触れ方から一転して優しい愛撫を与えられて、ロゼウスが甘い声をあげる。赤い尖りを舌で優しく弄ばれると、もどかしい快感にふるふると体が震えた。
 唇を離し、反対側の乳首を指先で抓むと、ますます切なげに表情を歪めた。
「ふ……」
 吐息を零す唇にシェリダンが口付ける。口腔内を舐めつくし、舌を絡め、お互いの唾液を啜る。歯列をなぞる舌の動きを追いかけているうちに必死になって、呼吸すら忘れてしまう。
「あ……シェリダン……」
「ロゼウス……」
 唇を離して一番に名を呼ぶ。潤んだ紅い瞳には今この瞬間、彼以外の何も映ってはいない。
 木の幹に背をもたせかけたロゼウスは脱力しきり、両足をだらしなく広げている。弛緩しきった体は局部が丸出しで、唾液でべとべとに濡れた表情と相まって淫靡だ。身体の両脇に投げ出された腕の内ロゼウスの右手と自分の左手を繋いで、シェリダンは右手を再び伸ばす。
「少し放っておいた間に、寂しがっていたようだな」
 胸への愛撫の間放置されていたロゼウスのそれ。しかし官能的な口づけと愛撫で、すでに芯を持ち先走りの液に濡れている。
 シェリダンの指がその先端を思わせぶりにツゥと撫でる。粘性の液体が滑りをよくし、軽く指先を前後させただけでロゼウスが快感を堪えてびくんと身を震わせる。
「そろそろこっちも可愛がってやる」
「あ……」
 ロゼウスのものを撫でた指を、シェリダンは躊躇う素振りもなく自らの口元へと持って言った。丹念に指先をしゃぶって湿らせた後、その指がロゼウスの身体の下を探り、後ろの蕾を突き止める。閉ざされた場所を開くように、湿らせた指をゆっくりと押し入れた。
「あっ……あ、ああ、あ」
 まだ指一本だというのに、待ち望んだ挿入にロゼウスはシェリダンと片手を繋いだまま身を震わせる。
 男を受け入れるのに慣らされた体は、今更指一本でどうにかなるほどやわではない。しかし慣らす前の場所は当然固く、きついそこをシェリダンの指がゆっくりと蠢いてほぐしていく。内壁を擦る指の感触が与える快感に打ち震えながら、しかしもっと太くて熱いものが欲しいのだとロゼウスは唇を噛み締め、首を横に振る。
「あ、ああ……シェリダン、もう……」
「まだ駄目だ」
 指の数が一本から二本に増やされる。
「ん……ふ……」
 ぐちゅぐちゅといやらしい音を立てて、中をかき混ぜる。そのうちに指が奥の一点に触れると、ロゼウスの身体がびくりと大きく跳ねた。
「ここか」
「あっ、ちょ、駄目ぇ!」
「構わない。もう一度イっておけ」
「ああ!」
 後にシェリダンの指を咥えたまま、前立腺を刺激されてロゼウスは二度目の絶頂を迎える。身体の奥底から湧き上がる制御できない快感に、ぽろぽろと涙を流した。
「あ……」
「どうした? 満足したか?」
 涙でぼろぼろのロゼウスの様子を見ながら、シェリダンがわざとらしくそんな風に尋ねた。
「ちがう……」
「違う? こんな風に淫らな姿を見せて股間を己のものでこんなに汚しておきながら、何が違う?」
 二度目の射精を終えて、ロゼウスは今しがたの解放感と、いまだせき止められたままの熱の圧迫感と二つに挟まれて苦しい。
「さぁ、言え。何が違う? お前は何が欲しい?」
 殊更優しく囁いて、ロゼウスの顎を持ち上げたシェリダンに対し、哀願してみせる。
「あ……お願い、シェリダン」
 両腕で縋りつく。
「違うんだ……指じゃなくて、欲しいのは、あんたの……」
 それ以上は言葉にならず、ぎゅっと抱きついて肩口に顔を埋めた。衣服を剥がれて心許ない下半身は、しかしまだ解放されきらない熱に燃えている。
 はやく、はやく、この疼くような熱い欲望から解放して。
 いいや、この堕落しきったやりとりを、もっとずっと焦らすように続けさせて。
 相反する感情に引き裂かれながらただシェリダンにしがみついていると、耳元に唇を寄せたシェリダンが耳朶に口づけを一つ落としてこう言った。
「わかったよ、王子様」
 願いを叶えてあげましょう。
「あ!」
 ぐい、と足を広げられただけではなくその身体を地面へと完全に押し倒されて、ロゼウスはまた不安な心持になる。
 彼を押し倒したシェリダンの方はというと、ロゼウスの上にのしかかりながら笑っている。
「随分いい眺めだな……ほら、私を欲しがってこんなにもひくついている。正直な身体だ」
 開かせた足の中央、露にされた局部をまじまじと眺めて、最後に残った羞恥心で顔を紅く染めるロゼウスの反応を楽しんでいる。しかしそれもそう長い時間ではなかった。
「あ……!」
 入り口に自らのものをあてがったシェリダンが、唾液と先走りの液でさんざんにほぐされたそこへと腰を押し進める。
 身体の中を出し入れされる待ち望んだものの感触に、ロゼウスは歓喜した。ぎゅっと締め付けてくる内壁の熱さ、どろどろに溶かされるようなそれに、シェリダンも思考を奪われていく。
 体を繋げてお互いの存在をあらゆる手段で貪り、ただ快楽を追って、追って。
「ああ……シェリダン!」
「くっ……ロゼウス」
 そして最後はお互いの名を呼んで、果てる。