荊の墓標 39

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 その感覚は突如としてやってきた。
「!」
「兄様!」
 時刻は明け方、一行は早くも目を覚まし、野営の後片付けをしているところだった。森の朝は早い。何しろ陽光を遮るものがないのだから、昇ってきた太陽が一番に見える。
 遅くに寝床に戻って来たシェリダンとロゼウスは他の者たちより多少寝不足だったが、そんなもの今に始まったことではない。数度の欠伸で朝の気配に馴染んだ体をせっせと動かし、毛布を畳んでいた手をロゼウスは止める。
 立ち上がった彼の膝から、畳みかけの毛布が落ちた。
 同じように起き上がって食器の後片付けをしていたジャスパーが、それを取りこぼす。携帯用の割れない皿とはいえ、こちらは毛布に比べて多少派手な音が響いた。
「ロゼウス?」
「ジャスパー?」
 シェリダンがロゼウスのもとに駆け寄り、アンリはジャスパーの様子を見る。二人とも硬直してしまっていて、何かを応える気配はない。
「どうした!? ロゼウス!」
「ロゼ!」
 それでもシェリダンが必死にその肩を掴んで揺さぶり、ロザリーも駆け寄って腕を引いたところで、ようやく彼は我に帰ったように焦点を周囲の人々に合わせた。
「あ……シェリダン……」
 深紅の瞳とかち合って、朱金が安堵の色を湛える。しゃがみこんだ彼らの背後からひょいと状況を覗き込んで、ローラが尋ねた。
「いきなりどうしたんですか?」
「それは……」
 ロゼウスの視線は、アンリやリチャードによって心配されているジャスパーへと移る。
 ロゼウスはそれなりに復活したのだが、ジャスパーの方は細い腕で自分の体を抱きしめたまま、いまだ震えているのだ。
「なぁ、ジャスパー、一体どうしたっていうんだ? 何かあるなら言ってくれ」
「ロゼウス様、そちらの具合は……」
 アンリが懸命に弟に話しかけ、同じタイミングで様子が変わったにも関わらずこちらは素早く元に戻ったロゼウスを目に留めてリチャードが声をかけてきた。その彼の言葉を遮るように、ジャスパーが立ち上がる。
 ロゼウスと同じ紅い眼差しは、ひたりと兄である彼に据えられている。ジャスパーの瞳は、どこか憂いの色を帯びていた。
「ロゼウス兄様……いいえ、ロゼウス=ノスフェル=アケロンティス=ローゼンティア」
「!」
 ジャスパーの口から飛び出た言葉、耳馴染んでいるはずのロゼウスの名に一つの言葉をつけ足したそれに、周囲の彼らはざわめいた。
「アケロンティス……!」
「って、まさか!」
 それは帝国皇帝の血脈を意味する言葉だ。皇族。もしくは皇帝本人か。
 ロゼウスは大地皇帝デメテルの身内の「皇族」ではない。なる予定もない。
 だからこの場でアケロンティスと言った場合、その意味は一つしかない。
 立ち尽くすロゼウスに向けて、ジャスパーは腕を上げてまっすぐに彼を示した。

「あなたが今から、この世界の皇帝です」

 全てを手に入れ、そして失う旅が始まる。 

 ◆◆◆◆◆

「ずっとこの日をお待ちしておりました。皇帝陛下。あなたを殺せるこの日を。何度も夢に見ました。夢を見ました」
 その言葉に嘘はない。嘘はない。
 姉の心臓を貫いた右手を、ハデスはようやくその体から引き抜く。普段から魔術を用いて肉体を酷使する活動とは無縁の身体は、生々しく伝わってくる血と臓物の感触に眩暈を覚えている。
 一息ごとにじわりじわりと大きくなっていく血だまりに、デメテルの長い髪が蜘蛛の巣のように広がる。 
 その白い死に顔は、弟に心臓を貫かれ殺されたにも関わらず不思議と安らかだ。
「は、はは」
 いまだ彼女の上に乗ったまま、彼女と身体を繋げたままのハデスは唇から小さく笑いを零す。
「ははははは、あははははは!!」
 笑い声は段々と大きくなり、そのたびに闇の空間に空ろな響を起こす。ハデスは指を一振りすると、最後まで残しておいた魔の蔦も冥府へと返した。
 部屋の景色が暗黒の空間から、もとの宮殿の執務室に戻る。ちょうど部屋の中央で、彼は血まみれの姉の上に半裸の状態で乗ったまま、のろのろと顔を上げる。
 腕を確認すると、そこには何もなかった。
「選定紋章印が……」
 皇帝の選定者である証、選定紋章印が彼の腕から消えていた。毒々しい紅い紋章は生まれ、父の皮膚を移植されてからずっと烙印のようにハデスの腕に貼りついていたものだ。それがさっぱりと跡形もなく、まるで初めからそこに存在していなかったかのように消えてしまっている。
「そうか……」
 ずっとその瞬間を待ち望んでいたのに、今はそれが口惜しい。ようやく望みを遂げたのに、願いの全ては叶わない。
 ハデスの腕に移植された選定紋章印が意味をなさぬ、ただの刺青であれば今となって消えることはなかっただろう。大地皇帝デメテルの死に殉じてその姿を消したあの烙印は、偽りの選定者と呼ばれようとも確かにハデスが選定者である証だったのだ。
 皇帝の死によって選定紋章印が消えるのは、皇帝の死に選定者という存在が殉じるためだ。選定者は皇帝より先に死ぬ事はあっても、後になることは通常ない。その例から言えば、ハデスの残り時間も少ないだろう。どうやら皇帝が死んだ途端にぱったりとはいかないようだが、それだけに何時何の運命で死を迎えるのかも予測できない。
 そして、それすらも予測である。あるいは選定紋章印が移植された部分のもとの皮膚だけが選定者であるという資格を持ち、ハデスはそのおまけなのかもしれないのだ。選定紋章印が消えてもハデスが生きているのは、彼がやはり偽りの選定者だからかもしれない。
 全ては憶測だ。歴代の皇帝たちは何故かその代替わりや選定者などの核心について、誰も明確な記述を残さなかった。三十二代もそれが続くとなると、彼らは意図的にそれを隠しているとしか思えない。
 ハデスに何も言うことはなかったデメテルも。
「……姉さん」
 ハデスは視線を腕から自らの下にある人に移し、動かない体に消え入りそうな声で話しかけた。
 彼が触れた部分はどこもかしこもデメテルの血を移して真っ赤だ。しかしハデスはそんなことも気にしない。
 どうせ作業は、まだ後一つ残っている。これで終わりではない。
「姉さん」
 軽く腰を浮かせると、結合部で粘性の水音がした。それにも構わず、ハデスは心持ち身を乗り出す。デメテルの顔の真正面から覗き込み、そっと囁いた。
「……ずっと、あなたが好きでした」
 それは全てが終わってしまった後の、冷め切った歪な酷薄だ。
 真摯に熱く、氷のようで、そして歪んでいる。
「あなたが好き、だった。でも、あなたは僕を見てくれない。弟としてさえ……!」
 皇帝デメテル陛下が欲しかったのは、ただの玩具だろう? それがたまたま血の繋がった弟だったってだけさ。良いお方じゃないか。傲慢な王が美女を無理矢理攫ってきて侍らせるようなこともなく、被害者は身内一人に留まってるんだから。
 廊下を歩くハデスの耳にわざわざ届くように話される陰口に、ハデスは常に同感だった。デメテルはいつも優しかったがそれだけだ。彼女の愛もまた歪んでいた。 
 どんなに優しい言葉をかけられても、決してそれが真実ではない。
「あなたに弟として愛されたかった。ただ、弟でいさせてくれれば、それだけで良かったのに……!」
 ずぷり、と感情を入れた際にまた腰が浮き上がる。弟でいたかったと口にする少年は下半身で姉と繋がり、そこにあるのはただの愚かな女ともっと愚かな男の姿だ。だが先にその境界を破ったのはデメテルの方だと、そうハデスは責める。
 デメテルは何をハデスに求めていたのだろう。血の繋がった弟? 偽りの選定者? ただの性奴隷が欲しいだけなら、ずっと鎖に繋いで閉じ込めてくれれば良かったのに。そうすれば妙な夢を見ずにすんだはずだ。最初からそのための存在として扱われていたのなら。
 だが、それすらもしない彼女はハデスに何を求め、何を与えたかったのか。ハデス自身は彼女から何を受け取ったのだろう。でもこれだけはわかっている。
 本当に欲しいものは手に入らなかった。だからハデスは行動を起こした。
「僕は……」
 ぽろぽろと透明な雫を頬に滑らせ、ハデスは目を閉じる。
 そしてもう一度だけ、横たわる姉の唇に口づけた。
 愛されたかった。愛してほしかった。ただ、弟として。
 皇帝の愛人なんて、大層な称号はいらない。別に選定者である必要もない。皇族として不老不死を与えられる必要もなかった。ただ、普通に、生まれてから死ぬまで弟として扱ってくれれば。
 それさえ手に入れば、本当は何もいらなかった。
 それが手に入らなかったから――殺した。
 偽りの選定者であるハデスには今この瞬間でさえ、自分がデメテルとどこまで運命が連動しているのかわからない。彼女を殺す事は常に自分自身を殺すことだという危機感を覚えながら、それでも行動を止められなかった。
 だってもうそれしか手にいれられないのだ。
 そうでもしなければ、手に入らないのだ。
 ――教えてくれ。どうすれば、ロゼウスは私のものになる……?
 あの時、エヴェルシードで御前試合が開かれる前、ロゼウスとシェリダンの関係が最も不安定だった頃のシェリダンの言葉を思い返す。それに自分がなんと答えたのかも。
 ――そんなの、簡単じゃないか。
 ――殺してしまえばいい。
 今の自分はきっとあの時縋りついてきた彼と似たような顔をしているはず。シェリダンに言ったあれは本心だ。どうしても手に入らないのであれば、殺してしまえばいい。
 ――殺してしまえばいいんだよ。……本当に欲しいものはね。そうすればもう他の誰も彼に触れる事はできない。
 あれはシェリダンにロゼウスを殺させようと言う目論見もあったが、言葉自体は本当に自分がそう思っている内容だった。
 そこまでお膳立てしてやって、それでもロゼウスを殺せないシェリダンを、ハデスはずっと馬鹿だな、と思っていた。
 だけど、本当に馬鹿なのは自分。
 シェリダンはロゼウスの愛を手に入れ、彼を殺さずに彼に殺される運命を受け入れた。だけれど、自分は……。
 血だまりに横たわる亡骸に口づけた唇が、今もこんなにも温かい。

 ◆◆◆◆◆

 一通りの行為を終え、デメテルの亡骸からハデスは身を起こした。自らは衣装を身につけなおし、いつもの魔術師の服装に戻る。
 一方デメテルの亡骸の方は、破れた着衣が纏わりつく無惨な状態のままだった。交じり合った体液でべとべとに汚れた下肢もそのままだ。
 指を伸ばし、先程自らが精を放った場所を確認する。どろりと流れてきた白濁に、口元に笑みを浮かべる。
 横たわる姉の身体の耳元で、聞こえていないと知りつつ囁くその闇色の瞳は病んでいた。
「あなたの全てを、僕のものに」
 ようやく念願を遂げる喜びに恍惚とした表情を浮かべ、ハデスはその術を開始した。
 貫いた心臓から流れ出す血液がその体を覆うように広がった頃、それは紅い魔法陣を描く。
 捧ぐ供物はデメテルの存在そのものだ。
 黒い髪に黒い瞳、その一族は黒の末裔と呼ばれる。魔力持つ者が多く生まれるその一族は、長い間忌まわしき種族として迫害されてきた。
 彼らは何故そんなにも、人々から追われたのだろうか。
 ただ魔力が強く魔術に優れるだけならばそこまで忌み嫌われることもないだろう。強い力を持つ者は異端として排除されることもあれば、聖者として崇められることもあるのだから。
 歴史的に見れば、確かにシュルト大陸に限定して言えば黒の末裔は多くの人々に恨まれる対象だろう。黒の末裔、その旧名はゼルアータ人。皇歴以前、かつてシュルト大陸全土を支配した暴虐の大国ゼルアータの末裔である彼らは他の民族から恨みをかっていてもおかしくはない。
 しかしそもそも、ゼルアータがその魔力を用いて大陸支配に乗り出した理由が、彼ら黒の末裔を他民族が差別するからというものだった。他の民族による黒の末裔差別は、その時に始まったことではないのだ。もっと昔、それこそ古くから黒の末裔は忌まわしき存在として迫害されてきた。
 始皇帝シェスラート=エヴェルシードによって討伐されたゼルアータ王ヴァルター、彼は黒の末裔だった。知略に長けたと伝えられるかの王を血の乱行へと駆り立てたものとは一体なんだったのか。
 人々は何故黒の末裔を忌み嫌うのか。
 彼ら黒の末裔が忌まわしき存在として長い歴史の中で迫害され続けたのには、ただ魔力が強かったからではない。それ以外にも訳がある。
 黒い髪と黒い瞳は他の民族にはない特徴ではあるが、そう言った容姿が全てを決めるわけでもない。だいたい単なる容姿や魔術という能力だけで差別されるわけはないのだ。
 彼らが人々から追われるもっと根源的な理由に迫ろう。そもそも黒の末裔は、何故魔術に優れているのか?
 魔術と一口に言っても、その特徴は様々だ。皇帝が振るう全能の力を魔術と呼ぶこともできれば、吸血鬼や人狼族の持つ人外の力を魔術と呼ぶこともある。そして民間レベルで魔術と言えば、薬草や毒草を用いて病気を治したり、惚れ薬を作ったり、人に催眠をかけたりするものも広義の魔術と呼ぶ。
 黒の末裔は魔力の強い者が生まれる一族であると同時に、もう一つ特徴を持っていた。それは他の人種に比べて、圧倒的に身体が弱いということである。
 大きすぎる魔力を持つ者を生み出す故のそれは制約なのか、黒の末裔の者たちは身体的に脆弱だ。そのため、病気や怪我を治すために古来より薬草を扱う術に優れていた。
 つまり、古代は薬草を扱うこの技術を差してゼルアータ人の魔術と呼んでいたのだ。もちろん精霊や魔物との契約により超常現象を引き起こすものも魔術ではあるが、それ以上に一般人にも扱いやすい「魔術」として薬草学を治めていた。
 薬草を扱う術は、毒薬の管理にも通じる。そもそも毒と薬は紙一重だ。同じ植物が量や加工次第によって毒にもなれば薬にもなることがある。
 媚薬の類は昔、少量の毒を含んでできていた。そのため量を間違えれば廃人になったり、死に至ることもあった。病を癒すための普通の薬から毒薬、麻薬まで、薬の扱いは慣れない一般人には簡単にできるものではない。その技術を、身体的に弱いその一族は必要に迫られて習得したのだ。
 自然とゼルアータ人は毒を扱う能力にも優れ、世界屈指の毒薬使いの民族となった。裏の仕事には欠かせない存在である彼らが、影で《暗黒の末裔》と呼ばれ始めたのもそれが理由だ。暗黒の末裔では長く差別的な意図も明らかなので、後には黒の末裔と呼ばれるようになるが、その言葉自体がもはや蔑称として定着してしまった今では気にしても詮無いことかもしれない。
そしてもう一つ、黒の末裔が恐れられ蔑まれてきた儀式がある。
「……その血に育まれし新たなる生命よ、気高き魂の誕生よ、神の御技をこの哀れなる一族に分け与えたまえ……」
 両手で特別な印を結び、ハデスは呪文を唱える。常に彼が使うような簡単な魔術ではなく、今回行うこの儀式には細心の注意を払わねばならない。
 ハデスの言葉の一つ一つが魔力を帯びて力を持つと同時に、動かないデメテルの身体に変化が訪れ始める。
 平らだった腹部が、次第に膨らんでいく。死後の体積の膨張のように身体全体が膨らんでいくのではない。芸術的な身体の線を保っていたデメテルの身体のちょうど中央、腹だけが丸く膨らんでいくのだ。
 まるでその場所に何かがあり、中で育っていくように。
 平らだった腹が徐々に膨らんでいくその様子は見るものにどことなくおぞましい印象を与えるだろう。それは本来十月十日かけて行われるべき変化であるだけに。
 屍の妊婦の胎が風船のように一瞬で膨らんでいく。
 幻惑の胎児が死者の中で育っていく。
 その胎に、ハデスは手を伸ばした。
「出でませ、奇跡の子よ」
 冥府の魔物と取引して手に入れた魔力の宿った爪を刃のように振りかざし、ハデスはデメテルの膨らんだ胎にそれをつき立てた。
 皮膚が切り裂かれ、新たな血が零れる。赤黒い血の中で、微かに何かが蠢いた。中から零れるのは到底自然のものとは思えない銀色の光で、水のように零れる。それは魔術の羊水だ。
 先程の情交によって交わった男と女の一部から、胎児が作られる。ハデスはデメテルを刺し殺した魔力の爪で彼女の死体の胎を切り裂いて、その胎児を取り出した。
 黒の末裔は身体的に脆弱な民族だ。そのため、多くの女性が妊娠の際に命を落とす。
 出産まで漕ぎつければまだいいほうで、中には身篭ったまま、妊娠時の体調変化に負けて亡くなる者も大勢いた。そうなると困るのは中の子どもである。産褥で母体が亡くなる場合は赤子の方は無事生きのびることができるが、生まれる前に母親が死んでしまった胎児はどうにもならない。
 そんなことが続けば、黒の末裔はすぐに滅んでしまう。そこで彼らは考えたのだ。出産前に亡くなる妊婦の子を何とか生きのびさせる方法を。彼らが選んだのは、亡くなった母親の胎から退治を取り出して早産の子として育てるというものだった。
 しかしこの方法は、他の民族からは酷く忌み嫌われた。死体から生まれた赤子と言うものに抵抗があるのか、生まれる前に亡くなった母親の胎を切り開いて赤子を取り出す行為そのものを野蛮だと言うのか、他民族は黒の末裔のやることを決して認めようとはしない。
 そして彼らは迫害されていった。
「……おやすみ、姉さん」
 ハデスが今行ったのは、黒の末裔のその術を基にした魔術の一つである。こちらは薬草学ではなく、超常現象を引き起こす本当の魔術だ。
 死体の胎の中にいる受精卵の成長を促進させ、あるところで母体から取り出す。生まれた赤子は。
「そしておはよう……愛しい我が子よ」
 ハデスが自身の精子とデメテルの卵子から作り上げた、遺伝上の二人の子どもは一呼吸ごとに成長していった。ハデスに手を取られて立ち上がる頃には、もはや十を越す姿となっている。
 魔術で作り上げた胎児は、当然本物の人間とは呼べない。それでも姿形の上では、人間以外の何者でもない。
 黒い髪に黒い瞳、ハデスとデメテルの子どもは女の子だった。白い肌はまろやかな線を描き軽い凹凸がある。
 生まれたばかりの少女は眠たげに瞼を持ち上げると、感情のないような無機質な瞳で室内を見回した。
 その視線が、ふいに正面に立っていたハデスとかち合う。
「……!」
 ハデスはたまらず少女を抱きしめた。突然見知らぬ男から抱きしめられた裸の少女はしかし顔色一つ変えない。
 彼女の様子にも関わらず、ハデスはその耳元でそっと囁いた。
「やっと手に入れた。姉さん」
 デメテルの魔力で作られた少女は、彼女に瓜二つである。