荊の墓標 42

236*

 どうしても逃げられない。
 やはり幾つになっても、彼のことが怖い。
「や……やだ!」
 口では拒絶を訴えながらも、ロゼウスの抵抗は儚いものでしかなかった。純銀の枷に捕らえられていること以上にドラクルに対する恐怖で動けない。
 その大きな手が、自分の肌をいやらしく撫でまわす段階になっても。
「う……くっ……」
 内に秘められたとてつもない力とは裏腹に、普通の少年よりも華奢なロゼウスの身体。もとは淫魔の一種族でもあったという吸血鬼の体つきは、相手を魅せるためにある。
 その中でも際立った容姿を持つロゼウス。従兄弟だけあってドラクルとも顔立ちは似ているのだが、ロゼウスの方が年齢差を差し引いても若干甘い顔立ちをしている。肩につくほどまでに伸ばした髪も、その繊細さを煽っている。
「ひっ……」
「強情だな、昔は行為に入るまではいくら泣き喚いても、私に触れられた途端現金に喘いでいたものが」
 ドラクルの下はもちろん、シェリダンやヴィルヘルムに捕らえられていた間も禁欲的とは程遠い生活をしていたロゼウスだ。快楽に弱い身体をしている彼だが、しかし今はドラクルに腰のあたりを撫で回されても、少女めいた面差しをしかめるばかりだった。
「は、なしてください、兄様。俺はもう、あなたとこんなことをする気はない……」
「お前になくとも、私にあるんだよ。私に従え。どうしてもその気になれないというのなら」
 これまで腰や脇腹を撫でていたドラクルの手がすっと胸の上に滑り、赤い突起をきゅっと抓む。
「ああっ!」
「さすがにここを他人に触られるのは感じるだろう? お前がその気になれないというのなら、私がその気にさせてやろう」
 怖気を堪えるような先程とは明らかに違い、高く裏返った声を耳にしてドラクルは口元をゆっくりと吊り上げる。両の乳首を抓んで玩具のように弄りながら、顔だけをロゼウスの耳元に近づけて蟲惑的に囁く。
「楽しみにしていろ、ロゼウス。今日ばかりはお前に快感を与えてやる」
「い、いや……ちが、そんなのいらな――」
「そう遠慮するな」
「ひあっ!」
 弄られ続けてぷっくりとたって来たそれを、ドラクルは多少乱暴に指の腹で押しつぶす。もとは薄紅がかっていたそれが、今は充血して赤い。
「ほら、こんなに硬くなってきた。お前は痛くされるのが好きだったな。望みどおりにしてやろう」
「違う、そんなの好きじゃ……うぁ!」
 口を開こうとするたびにドラクルの手つきが乱暴になり、その度にロゼウスは言葉を遮られ悲鳴に変えてしまう。ひりひりとした火傷のような痛みの中に、確かに悦楽の色が混ざり始めた。
 ロゼウスの相手をしたほとんどの者たちは乱暴だった。そのため痛みを快楽に変えるようにすでに身体に染みこまされている。
 その乱暴な男の筆頭は今彼を弄んでいるドラクル自身であって、前置きのない暴力に慣らされた身体が、痛みまでも快楽として拾い上げようとしている。
 ドラクルがロゼウスの胸から手を離すと、これでようやく終わりかとロゼウスは一つ安堵の息をつこうとした。しかし彼のやることが、こんなところで終わるわけはないのだ。ちゅ、と濡れた音が響く。
「ひゃ……!」
 これまで散々弄られて硬くなっていたそれを口に含まれて、ロゼウスはまたしても悲鳴をあげた。しかしそれは最初の頃のものとは違い。滲む快楽を隠せなくなってきている。
「ん……ふ、うぁ」
 腫れ出してきて痛む場所に軽く歯を立てられるたびに、背筋に何とも言えない感覚が走る。生暖かい口内の感触も、舌の動きも、何かもが官能を煽る。
 ぺろりと最後に舌で舐めあげて胸から唇を離したドラクルが、その視線をロゼウスの腹の下に移す。
「まだ胸を弄っただけなのに、もうこんなにして」
「あ……っ!」
 その言葉に下腹部に集中した熱を意識して、ロゼウスの顔がすぐさま赤く染まる。
「触れて欲しいか? ロゼウス。私にここを弄って、しごいて、抜いて欲しいだろう?」
 銀で拘束されたロゼウスの手首を見遣り、ドラクルは思わせぶりな指先をロゼウスのそれに触れさせる。
「んん!」
 先端に置かれただけの指先に、勃ちあがりかけたものが反応する。
「は……」
「息が荒いぞ。苦しいのだろう、ほら」
「ひあっ!」
 必死で己の欲望を鎮めようとするロゼウスの努力を嘲笑うように、ドラクルはそれに手を出す。
「ん……んん、ん……っ!」
 完璧な形に整えられた爪と、指先の僅かな感触。それが、勃ちあがったものの裏を辿るように撫ぜていく。
「はぁ、あ……」
 迂闊に息を継げば快楽に飲まれて身も世もなくドラクルを求めてしまいそうなぎりぎりの感覚の中、それでもロゼウスは堪える。
「あっ!」
 なかなか落ちる様子のないロゼウスに痺れを切らしたのはドラクルの方だった。これまで繊細な手つきで刺激を欲しがるものを撫でていた手で、ぎゅっと乱暴にロゼウスのそれを握りこむ。
「い、痛……」
「お前が素直になるなら、ちゃんと気持ちよくさせてあげるよ」
「い、いや……」
 快楽と痛み、熱が身体の一点に集中していて苦しい状態で、それでもロゼウスは拒絶を示して首を振る。
「絶対に、やだ」
「――そうか」
 これまで行動はともかく声だけは穏やかな様子を一定で保っていたドラクルの口調が、氷点下に達する。
 思わずギクリとして見上げたロゼウスの視線の先で、ドラクルは酷く冷めた目をしている。横たわるロゼウスを眺めているのではなく、それは無機質な物を眺めているように感情の凍りついた目だった。
「ならば、もういい。言ったはずだ。お前の意志など関係ないと」
 ロゼウスのものを掴んでいた腕に一層力を込める。悲鳴をあげる様子に構わず、ドラクルは痛めつけるだけ痛めつけておいてそれから手を離す。
 そして片手でロゼウスの足首を掴んで股を開かせ身体を固定すると、慣らしもせずにいきなり後ろへと自らのものを突っ込んだ。
「――ッ!!」
 内臓に杭を差し込まれるかのような痛みに、ロゼウスは言葉にならない悲鳴をあげる。無理矢理の挿入はドラクル自身もきついはずなのだが、彼は少し目元を歪めただけで構わずにゆっくりと腰を動かした。
「ぁああ、あああああああ!!」
 中が裂け、血が流れる。しばらくすると染みこんだそれが潤滑油となって、ようやく滑りやすくなる。しかしそれによって快楽を得やすくなったのはドラクルだけで、傷ついた内部を男のもので貫かれ擦られるロゼウスの唇からは絶叫が迸る。
「きついな……」
 宣言通りロゼウスの苦痛など意に介さず、ドラクルはもがき苦しむロゼウスを見下ろしたまま本格的に腰を使い始めた。肉のぶつかる音は、ロゼウスの掠れた悲鳴にかき消される。
「い、あ、ああああああ!!」
 美しい少年が全裸であられもない姿勢をとらされ、犯されている。涙が零れてぐしゃぐしゃになったその顔を見て、ドラクルは嗜虐の笑みを浮かべる。
 ぐちゅ、ぬちゅ、といやらしい音が結合部から聞こえている。流れ出た血で、その部分は赤く染まった。
 最奥まで突くが、この無理矢理の行為では快楽よりも苦痛がはるかに勝っているらしく、ロゼウスはまったく善がる様子を見せない。
 最後にドラクルが中に精を放つと、改めて傷に沁みたのかびくりと身体を震わせて以来、動こうともしない。
「あ、あ、ああ……」
 放心状態のロゼウスの唇に自らのそれを重ね合わせ、ドラクルは告げる。
「言ったはずだ、ロゼウス」
 これではまるであの時のようだ。ローゼンティアがエヴェルシードに攻め込まれる前、二人の最後の時と同じ。
「お前が憎い、と」

 ◆◆◆◆◆

 漆黒の威容が眼前に佇む。
「あれがローゼンティア王城です」
「ああ」
 眼前とは言っても、その距離はまだ相当なものだ。国境から国土を取り囲み街の形を決めるように広がる黒き緑の森の出口、崖となったその上に立ち、遠目に王城を眺める。
 国内に城が一つしかなく、全ての王族がそこに住まうというローゼンティア城は大きい。王城の規模と言う意味ではエヴェルシードのシアンスレイト城は比較にもならない。ただ、エヴェルシードは王城の他にも数十人の貴族がそれぞれ領地に一つ以上の城を所有することから国力という話でならば別だ。
 以前海路からローゼンティアに入りこんだ時は国の辺境に建つ日和見の屋敷に訪れただけでエヴェルシードにとんぼ返りした。そのため遠くから微かに眺めるだけだった王城の全容を見るのはこれが初めてだ。
 もっともそれもローラとエチエンヌだけで、シェリダンやリチャードはローゼンティアに攻め込んだ時にもちろんこの城の姿を見ている。灰色の空と国を取り囲む深い森、赤い街並みに漆黒の城、そして国中に香る薔薇。美的な物に関心の深い吸血鬼たちが造る建築物や工芸品は美しいが、それと同時に陰気な国だと言う印象が漂うのもそのせいだ。
「あれだけの大きさを持つ城ですから、城内に入るための入り口も複数あります。正門は避けるとして、東西南北の四つの入り口も避けた方が無難でしょう」
 この争いが起きるまでは自らも住んでいた城を指差して、メアリーが告げる。
 ルースに騙されて人手として借り出され、そのルースに置き去りにされてしまったメアリーはシェリダンたちに協力することにした。もともと争いを好まない彼女は心情的にはアンリやロザリーの側なのだが、ドラクルに捕まって仕方なく彼らの側にいたに過ぎない。
 彼女の案内により、シェリダン、アンリ、ロザリー、ジャスパー、ローラ、エチエンヌ、リチャードの一行はローゼンティア王城へロゼウスを奪還しに乗り込むことにした。
 ハデスはここにはいない。彼に関しては、シェリダンが簡単に話をつけている。最後まで本心を見せてくれない彼ではあったが、とりあえずこの問題からは手を引いてくれるようだ。
 ジャスパーの傷もほぼ全快し、ロゼウスの位置も相手がドラクルであれば王城に捕らえられているとわかっている。彼らは、行動に移した。
「思ったよりも時間がかかりましたが、とにかくここまでは来れました。後は、王城にどうやって入るかです」
「悪かったな、足手まといで」
 思ったより、という部分で、シェリダンがぶすっとしながら呟いた。国境から王城まで一日もあれば辿り着くと言うからどうやって移動するのかと思えば、メアリーもアンリたちも普通に歩くのだと言った。ヴァンピルの非常識な身体能力にシェリダンたち普通の人間がついていけるわけなく、結果彼ら人間の方にアンリたちが合わせてくれたのだ。
 捕らえられてから数日、ロゼウスが今どんな目に遭っているかわからない。
 焦る気持ちはシェリダンもアンリやメアリーたちも同じなのだが、だからといってどうにもならないこともある。
「五つの門が使えないのに、他に入る道なんてあるのか? メアリー」
 作戦会議がてら座り込み休息しているシェリダンたちの傍ら、アンリが妹に尋ねた。二十年以上あの城で過ごした彼の知識の上では、正門と東西南北の四つの門以外に王城への出入口はなかったはずなのだが……
「あ、はい。わたくしがルースお姉様から連れ出された際に、地下の隠し通路から外へと出ました。王都の端から王城にまで続いている道です。それを使えば正式な出入口である地上の門を使わずに城へと入ることもできます」
 ん? とメアリーの言葉を聞きながら、シェリダンはその策の欠陥に気づく。
 アンリやローラ、リチャードも気づいたようだ。変な顔をしている。
 選定者の宿命に振り回され最近何かと強気で好戦的だというジャスパーも、この敵意や悪意と無縁の第五王女には強く出づらいのか、遠慮がちな口調で言葉を挟んだ。
「あの……メアリー姉様……」
「はい? ジャスパー、どうしたのですか?」
「あの、それだと……」
「ルースに教えられた道ということは、向こうも予測して私たちが来るのを待ち構えていることにならないか?」
 ジャスパーが言い辛そうに語尾を濁したので、シェリダンが後を引き継いだ。
「あ」
 一瞬、沈黙が落ちる。
「ああ、そうね」
「そういえば」
 メアリーがぽかんと口を丸くし、さして気にしていなかったロザリーやエチエンヌは今気づいたというように頷いた。
 ローラが頭を抱え、リチャードが苦笑する。
 策謀とは無縁のメアリーの「わたくしが王城までご案内します」と言う言葉を信じてしまったのがそもそもの間違いだったのだ。彼女一人でドラクルやルースを出し抜けるはずがない。
「えーと、まぁ、なんだ。何か方法はあるだろ」
「そうだな。ここで固まっていても仕方ない。王城は目前だ。何か策を考えねばな」
 妹をフォローするため話題を先へと進めようとするアンリの言葉にシェリダンも言い添えた。実際ここまで来てしまったし、目的が変わることないならば躊躇うだけでは何にもならない。
「念のために聞くが、隠し通路とは一つだけだったのか?」
「は、はい。わたくしがルース姉様に教えられたのは一つだけです」
「途中でどこか別の道に繋がっていたとか、分岐点とかは」
 シェリダンに重ねて問われ、メアリーは己の記憶を探るように口元に指を当てる。
「そういえば……隠し通路の入り口は王城の地下だったのですが、道の途中でまた別の横穴に繋がる道があったような……」
「蟻の巣のような?」
「そこまでは多くなかったと思うのですけど、どこかに繋がっていたのかもしれません。でも、風の流れなどは感じませんでしたし、ただの倉庫だったのかも」
 王城の隠し通路は避難通路にもなるが、そのまま防空壕にもなる。ただ、風の流れを感じないのはその通路の先の出口が閉じられていた可能性もあり、メアリーが見たのがどちらなのかここからでは判断できない」
「いっそ囮を使うか? シェリダン王、あんたと何人かで王城に潜り、俺や他のヤツラは正門ででも派手に騒いで連中の目をひきつけておく」
 隠し通路に早々に見込みはないと判断したアンリが、別の潜入案を持ちかける。しかし、シェリダンは首を横に振った。
「いや、エヴェルシード人二人にシルヴァーニ人が二人もいるこんな集団だ、人数が足りなければすぐに陽動はバレるだろう」
「変装しようにも道具はないし、この厳戒態勢の中じゃ例え商人なんかに変装しても検問を通れるわけがない。国内のどれだけの勢力がドラクルに与したかわからないこの状態では助けを求めるべき相手もわからない、か」
 八方塞りとなり、主な作戦係りであるシェリダンとアンリは唸ってしまう。何か、他に方法はないだろうか。メアリーの言う隠し通路でルースとプロセルピナと戦うという選択肢はどう考えても現実的ではない。
 そんな中、声をあげたのはジャスパーだった。
「メアリー姉様、ちょっといいですか?」
「何ですか?」
「この地図なんですけど……」
 先程の隠し通路の正確な位置を、ジャスパーは姉に尋ねた。
「そう、ここがこうなって……どうしたの?」
 メアリーは白い指先を躊躇うことなく土につけ、地面に図を描き出す。その周辺にジャスパーはジャスパーで王城近くにあるものの位置を描き込んでいる。
「やっぱり……」
「そろそろいいか? 意見が纏まったのなら聞かせてもらおう」
 シェリダンに対しては一度挑戦するかのようにきつく睨みつけて、ジャスパーは口を開いた。
「ここから、王城の中に入る道があります」
 彼が地面に描いた図の中で指差したのは、これまで一度も話題にのぼっていない場所だった。
「《風の故郷》?」
その場所を通称で呼んだのがロザリーとアンリで、シェリダンは国外の者にもわかる言葉で言い直す。
「つまり、ローゼンティア王族の墓地、か」
 各王国にはそれぞれの王族専用墓地というものがある。エヴェルシードでは《焔の最果て》と呼ばれるが、ローゼンティアではそこを《風の故郷》と呼ぶ。
「ここから王城の中に入れる隠し通路があるはずです。もともとは王族が落城の際に逃げ延びるための避難路です。父上は使いませんでしたが」
「何故お前がそんなものを知っている」
「たまたま散歩の際に知りました」
「たまたま墓地を散歩するのか、お前は」
 シェリダンが胡乱な眼差しを投げるが、ジャスパーは気にしない。アンリとロザリー、メアリーも、これまで大人しいだけと思われていた弟の意外な行動に目を丸くしている。
「……まあ、いい。お前が怪しいのは今に始まったことではないしな」
 数々の疑問を喉の奥に飲み込み、シェリダンは先を促す。ジャスパーが再び口を開いた。
「この中の一つ、永久聖女とされる建国王ロザリアの墓から王城へと入れます。メアリー姉様の知る通路とはどうやら繋がっていないらしく、ここからなら誰にも知られずに王城に入れる可能性があります。ただ、古い道ですし、僕も以前道の途中までしか行ったことがないので、本当に辿り着けるかどうかはわかりません」
ジャスパーの言葉は、作戦の完全性を証明するものではなかった。だがこの場合、何をやっても対決しなければいけない敵の強大さを考えてしまうと、他の策をとることもできない。ルース一人ならばまだしも、協力者のプロセルピナに出てこられては勝ち目がない。
「さて、どうしますか?」