荊の墓標 43

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「殺しましょう、シェリダン王を。殺してしまいましょう、ロゼウスの心を奪う者を」
「……そうだな」
 あんな男、殺してしまえばいい。

 カツカツと長靴が石を叩く音がする。その足音と感じる気配とに彼らは牢獄の中で顔を上げた。狭い室内にさっと緊張が走る。
「ドラクル王……!」
「ドラクル!」
 珍しいことに、国王であるドラクルが直々に牢獄へとやってきた。背後にはルースとアウグストがいつものように影の如く付き従っている。
「アウグスト」
「は」
 ドラクルの声に、アウグストは短く頷くと懐から牢の鍵束らしきものを取り出した。幾つもある鍵のうち一つを選んでシェリダンたちの閉じ込められた牢獄の扉に指しこんで、牢を開く。
「何のつもりだ?」
 シェリダンが眼差しをきつくしてドラクルを睨む。距離的には牢の入り口にいるアウグストの方が近いのだが、視線は真正面のドラクルから外さない。
 今日のドラクルは、ローゼンティア国王の正装である白い衣装を着ていた。ヴァンピルの白銀の髪と紅い瞳に似合う、白地に銀色の刺繍と紅い線と薔薇の紋章が入った裾の長いコートだ。中には黒いシャツを着ているらしく、襟元は紅いスカーフに飾られている。長身で華やかな容姿の彼にその衣装は似合いすぎるほどに似合っている。黴臭い牢獄には似合わないが。
 そして、堂々とした国王の衣装と態度に比べて、その顔色は悪い。目の下に隈があるなどというわけではないが、ゆっくり休んでいると言った様子ではない。
「ここから出てください」
 扉の傍らでアウグストが促す。
「いきなりぶち込んで、今度は出ろ? どういうつもりだ? ロゼウスを返す気にでもなったか?」
 ようやくのことで彼に視線を向けて、シェリダンはせせら笑った。ここではいそうですかと素直に頷くわけがない。特に、このシェリダンは。
 ドラクルはまだ、何をしに来たのかというシェリダンの質問に答えてはいない。そして、近くにロゼウスの姿もないようだ。相手の出方が読み取れなくて、シェリダンも減らず口を叩きながら警戒はしているのだ。
 もしもドラクルが自分たちに、特に自分に危害を加えるつもりならばそれはきっとロゼウスの目の前でやるだろう――ドラクルと性格がよく似ているらしいシェリダンは、正確にそれを読み取っていた。確かにドラクルも通常の状態であればそうしただろう。シェリダンにわからなかったのは、今の彼の追い詰められ具合だ。
「……いいから、来てもらおうか」
 牢の外から腕を突きいれ、ドラクルは強引にシェリダンの腕を引いた。――否、強引などというものではない。
「……――ッ!!」
 ドラクルに腕を掴まれたシェリダンが必死の思いで声を殺した。限界まで瞳を見開いて苦痛を堪える。こめかみを脂汗が伝う。ローラたちはその様子から事態を察するしかなかったが、アンリやロザリーたちヴァンピルは彼の腕の骨がドラクルの腕力で折られたのを聞いた。
「くっ……・!」
 その腕を治療することもなく、ルースがシェリダンの手首に手錠をかける。一応傷に直接は避けているが、何の慰めにもならない。
「ドラクル、なんで!」
「お兄様!」
 他の者たちも次々と牢から出されるが、その手には銀の枷。歩くために邪魔な足枷はつけられなかったが、一列に並ばされて前方をルース、後方をアウグストに見張られているのでは同じだ。
 城の中を少しだけ歩かされて、牢獄から草離れていない場所へと通された。中に足を踏み入れて、ひっ、とメアリーが悲鳴を押し殺す。
 シェリダンたちにはわからなかったが、そこはローゼンティアの処刑場だった。軍事国家であるエヴェルシードでは処刑は規律を引き締めるための見せしめとして民衆の目に触れる場所で行うが、ローゼンティアは違う。あくまでも王城の奥深くでひっそりと行われる。部屋の広さはたいしたものだが、ここには相当の貴族、王族しか立ち入らない。
 そしてアンリやメアリーたちもこの部屋には入ったことがなかった。ローゼンティアでは処刑など早々行われない。
 その処刑部屋に、今ドラクルが彼らを連れて来た。アンリたちの緊張は理由はわからずとも一緒にいるシェリダンたちにも伝わる。
 床は流れた血を洗い流すたびに神経質に磨かれるためか、まるで鏡のよう。正面の壁には国旗が掲げられているだけだが、両隣の壁際にはずらりと処刑、拷問道具が飾られているのも立ち入る者の恐怖を煽る様子だ。
 しかもその中の一つ、壁に備え付けられていた大剣をドラクルが手に取った。
「……まぁ、落ち着いてください。アンリ殿下方、あなた方だけはこれが終わったら一応監視つきで解放される予定ですから」
 堅くなるアンリやメアリーに対し、慰めるようにアウグストが一行の背後から言った。室内に入ってからは縦一列ではないが、やはり逃亡を見張るようにアウグストだけは部屋の後方、扉を塞いで立っている。
「あなた方『だけ』、は?」
 アウグストの言い方に不穏なものを覚え、アンリが尋ねるがそれは無視された。一行は正面のドラクルに視線を戻す。掲げられた国旗を背にし、凶悪な作りの剣を手にしたドラクルの姿はそれだけで威容を放つ。重そうな剣を軽々と振るい、彼はその切っ先を一人に向けた。
「シェリダン様……!」
 いまだ折られた腕の痛みを脂汗を流しながら堪えるシェリダンへと。こめかみから流れる汗とは裏腹にシェリダンは痛いという顔もせず、ただきつくドラクルを睨んでいる。
「シェリダン王、あなたには死んでもらう」
 淡々と、まるで用意された台詞を読み上げているかのようにドラクルは宣言した。
「……そうだ、もっと早くにこうすれば良かったのだ。そうすれば……」
 うわ言のように虚ろなそれに対し、手枷で自由に動けず、腕の痛みでじわじわと体力を削られていくシェリダンはそれでも堂々と尋ねる。
「ロゼウスはどうした。貴様が、あれに見せることもせずにただ私だけを殺そうとするとは思えないが」
 その言葉に、ドラクルは端麗な顔立ちを陰鬱に歪め笑った。
「あの子なら、今頃は楽しい夢でも見ているのではないか? クスリの影響でね」
「!」
 言外に麻薬漬けにしたのだという言葉に、シェリダンが自分のことも忘れて目を剥く。
「貴様……!」
 向けられる怒りを心地良さそうに受け止めて、ドラクルが剣を振るう。腕を慣らすように軽く振り回した後、長く大振りなその得物の切っ先をぴたりと、恐ろしいほど正確にシェリダンの首の横に突きつけた。喋るために喉を震わせれば刃が首に食い込むだろう位置。
「最期の機会をあげようか? シェリダン王」
 弱者を甚振る強者の余裕で、この段になってようやくドラクルは滑らかに言葉を紡ぐ。
「私に跪いて無様に命乞いをすればいい。そしてその姿をロゼウスに見せろ。この国から尻尾を巻いて出て行くというのであれば、見逃してやってもいいが」
 ドラクルの言葉に、室内の者たちはそれぞれの反応を示す。
 アンリは緊張し、ロザリーは最警戒対象としてルースに押さえ込まれながら怒りに震えている。メアリーは恐怖でへたり込み、リチャードやローラたちエヴェルシードの一行は主君の危機に動こうにも手が出せない。彼らが動くよりドラクルがシェリダンの首を落とす方が早そうだ。
 ジャスパーは一人だけ、この事態に何も感じていないかのように平然としているように見える。だが、顔色こそ冷静で他の者より落ち着いている彼の背にも、僅かに緊張の汗が流れている。
 そして当のシェリダンはと言うと。
「断る」
特に力むわけでもなく、あっさりとそう答えた。ぴくりとドラクルの眉が歪む。
 対照的にロザリーの動きを封じていたルースは全てを予想していたような穏やかな笑みを浮かべるのだが、誰もそちらには注目していない。ただ、ドラクルとシェリダンのやりとりを食い入るように見つめている。
 室内の注目を一身に浴びるシェリダンは、力を入れてもう一度はっきりと先程の返答を繰り返した。
「断る。私は貴様に命乞いをするなどまっぴらだ」
 繰り返すが、今のシェリダンの状態は酷い。両手首は前に回されて銀の枷で繋がれている。ヴァンピルではないのでその銀に毒されるということはないが、普通の人間の腕力で金属の枷が外せるわけがないのは当然だ。
 片腕は先程ドラクルに牢から出される際に掴まれたせいで折られている。治療もされずそのまま枷に繋がれた腕は、頻りに痛みを訴えて一瞬ごとにシェリダンの体力を奪っていく。脂汗がこめかみから噴出し頬を伝い、滴り落ちるほど。
 傍から見た様子では、対峙するドラクルとシェリダンはあまりにも対照的だ。かたや国王の華やかな衣装を纏い武器を構えた青年と。
 かたや、旅人のくたびれた装束を纏い、手を枷に繋がれ負傷した少年と。
 だがシェリダンはそんなこといっこうに気にしないと言うように堂々と立つ。一歩も臆さず、何にも屈することがない態度で対峙する。
 それは、自分が死なないと信じている様子ではなかった。ハデスやプロセルピナの予言によればロゼウスに殺されるまでは死なないのであるが、それでも眼前に刃を突き付けられて、普通ここまで堂々としていられる人間はいない。
 そう、彼は弱い人間だ。先程だとてドラクルが少し力を込めただけで腕の骨を簡単に折られた。ここにいるドラクルとアウグストとルースが本気になってかかったら彼ら一行はひとたまりもない。怪我をして枷に繋がれた状態のシェリダンなど格好の餌食だ。ドラクルにとっては一ひねりだろう。
 そんな弱い人間のくせに。それとも、弱い人間であるからこそ?
 彼は真っ直ぐに立ち、一歩も退かない。跪いて許しを乞い、命乞いすることなどありえない。……死んでも。
 文字通り命懸けの不屈の精神を示して、圧倒的窮地に陥った彼はむしろ勝者のように高らかに哄笑をあげる。
「ははははは! 突然来て何を言い出すかと思えば、貴様は本当に愚かだな! ドラクル=ローゼンティア!」
 腕の怪我に響くだろう大笑を堪えもせず、シェリダンは声を張り上げる。僅かに動いた拍子に首の横に突きつけられていた刃で皮膚を切り、一筋の血が流れ出す。しかし気にも留めず。
「所詮お前はその程度だということだ! この場面で私に命乞いをしろだと? お前は所詮、自分が人の上に立ちたいだけなんだろう!」
 ドラクルがシェリダンを追い詰めるのは、彼の無様な面を引き出したいため、そうして、こんな男はロゼウスが愛する価値もなければ、殺す価値もないと知らしめたいため。
 シェリダンがドラクルよりも「下」でいてくれなければ困るのだ、彼は。ドラクルがシェリダンに感じたのはジャスパーがシェリダンに感じているのと同じもの。
 か弱い人間である以上殺す事は容易いはずなのに、何故か「勝てる気がしない」。
 命を握られた状態で余裕の表情を消しもせず、シェリダンは続ける。
「貴様に王の器などない! この敗残者が!」
「貴様……!」
 ぎりぎりとドラクルは唇を噛み締める。シェリダンの弾劾は止まらず、見守る周囲も動けない。
「ロゼウスが憎い? 自分をそんな風にした世界が悪い? 笑わせるな! お前はただ単に、自分を認められたいという虚栄心が満たされなかったことを嘆いているだけだ! それも、最大限の努力をして自らを取巻く環境に立ち向かったわけでもなく、ただ流れやすい方向に流されただけで!」
「違う!」
「いいや、違わない!」
 流された、と言う言葉にドラクルがはっきりと怒りを露にする。しかしシェリダンは言葉を止めない。 
 ロゼウスたちの話を聞きながら、シェリダンは以前から気になっていたことがあったのだ。恐らくドラクル自身はそれを自覚しておらず、周囲もそれを指摘しない。だが、シェリダンにはそれがはっきりと見えていた。
 ドラクルとシェリダンが似ている理由。それは、境遇が似たようなものだからだ。複雑な出生に加えて、父親から虐待を受けていたという。
 それでも両者には決定的な違いが存在する。それは――
「違うと言うのだったら何故、お前は国を簒奪するのに十年も要した! お前が出生の事実を知ったのは今の私と同じ齢だろう!」
 それは、年齢。
「!」
 父が母を強姦して生まれた子ども、後に母親がその存在を拒否して、正妃からの嫌がらせにも耐えかねて自殺したという事情を持つシェリダンが父親に虐待を受け始めたのは七歳の頃。彼にとってはどうしようもなく、抵抗もできない。
 だがドラクルが真実を知ったのは十七歳。今のロゼウスとも、シェリダンとも同じ年齢だ。
 文武両道で歴代最高の王になるだろうと言われたその頃のドラクルは、本当にブラムス王に抵抗できなかったのか? 十七歳ともなればもののわからぬ子どもではない。成人まで一年をきった彼であれば、力で父親を退けることも、事実を隠蔽するために画策することも本当はできたのではないか。
 シェリダンは十七歳で父親を殺した。
 同じ事が同じ年齢だったドラクルにできぬはずはない。それがわかっているからこそ、シェリダンはドラクルを弾劾する。他の誰でもなく、同じような経歴を持ち、同じような罪を持つシェリダンだからこそ、それができる。
「愚かな男だ。お前は父親を愛していたのだろう。その父親が自分の人生に有害だと気づいているならば排除することもできたはずなのにそれをしなかったのは、お前が父親を愛していたからだ。その愛する父親をすぐに殺せない程度の殺意だったくせに、何が復讐だ」
 蔑み、嘲笑う。
それだけ喋るのは、短い時間。しかし、相手の矜持を砕くにも十分な時間だ。
「ドラクル=ローゼンティア。お前に王の器など、最初からなかったのだ。例え王の血を引こうとも引かずとも、お前は所詮それだけの存在でしかなかったのだから!」
 不正を知っても、愛していた父王を殺すことはできなかった。叔父の企みを知っても、自分の地位を奪われ周囲から掌を返されるのが怖くて彼を告発できなかった。そのくせ事態を納得も出来ずロゼウスにあたり、遂には己の積年の恨みを晴らすのだと何の関係もない無辜の民まで巻き込んで国に反乱を起こした。死傷者が幾人も出て、財や家も奪われた。
 結局いつも、ドラクルが守っていたのは自分だけ。
 それでは、エヴェルシードを内乱の危機から救うためにあえて民衆から石を投げられる立場になったシェリダンに敵うはずがない。
 自分しか愛していない人間が、国を守る王になどなれるわけがない。
 だがドラクルも黙ってはいなかった。
「ならば、貴様はどうなのだ!」
 好んで戦争を巻き起こしたエヴェルシードの王がそれを言うのかと。所詮脛に傷を持つ身が他者を裁く資格などあるのかとドラクルは逆に問い返す。
 彼も知っている。自分たちは似ている。そして決定的に違うのだと。だからこそ憎しみが倍増する。
「貴様が私の取引に乗ってローゼンティアを侵略したのも事実。私を声高に非難した所で、貴様だとて自らの欲のために他者を踏みつける私利私欲の輩、そんな者が聖人君子ぶって他人を批難できるというのか!?」
 ドラクルを責める資格があるのは、彼に巻き込まれただけの罪のない民だけだ。関係がないからこそ彼を傷つけることにも救うことにもならなかった。アンリたちでは駄目だ。彼らは兄妹でありながらドラクルを救うことができなかったのだから、彼らがドラクルを責めるならば自分自身をも責めねばならない。家族だからこそ。
 しかしシェリダンは違う。
「もちろん、私も私の罪を持っている。決して許されざる罪を」
 望まぬ子として生まれてきたばかりに、母を自殺に追い込んだ。そこから始まる全ての罪が。
「だが私が罪人だからと言って、貴様を糾弾する資格の有無など論じたところで無意味でしかあるまい。所詮人は他者を裁く権利など持たず、この世に世界共通永遠普遍の法などない」
 シェリダンはドラクルを「裁く」わけではない。
「勘違いをするな、ドラクル=ローゼンティア、私はお前を裁かない。お前を裁き、罪を換算して償いの量を示し、それだけ行えば許されるなどと告げてやる気は毛頭ない。私はただ、自分の行動の意味も結果も自分で自覚できない愚か者のために、それをわかりやすく示してやっただけだ」
 どんなに高尚な理由をつけ世界に責任を転嫁したところで、お前は薄汚い殺戮者なのだと。
 裁くことになど意味はないのだ。自らの罪を自覚しない者に刑罰だけをいくら与えたところで意味はない。罪人自身が己が罪のもたらすものを知らねば、過ちは繰り返されるばかりだ。
 ドラクルの簒奪と彼を取り囲む環境が無関係だとは言わない。ブラムス王を筆頭に、彼をそのように育てた者たちにも罪はある。だが結局どちらにしろ、この道はドラクル自身が選んだのだ。それをなかったことにはできない。
 できたはずの努力を、僅かに何かを斬り捨てることで得られたはずの最上の結果を無視してドラクルが選び取ったのがこの道なのだから。
 その責任を負うのは自分なのだ。
 他人が都合よく自分を不幸にしてくれたと、その不幸を盾に無関係な者たちを傷つけることなど許されてはならない。
 世界は複雑に繋がりあっている。何かが何かと繋がり絡み交じり合い今のこの均衡を作り出している。その全てが間違っているわけではないが、全てが正しいわけでもない。
 だからこそ尚更、自らを知らねばならなかったのだ。
 シェリダンの罪とドラクルの罪は無関係だ。一応の関わりはあるが、どちらかが罪を負えば片方のそれが消えるわけでもない。
 ドラクルは罪人であり、シェリダンも罪人である。どちらも裁かれるべき者である。それが変わるわけではない。
「貴様こそ、私の罪を挙げ連ねれば自分の罪が消えてなくなるような言い方は止すんだな。そうだ、私は罪人だ。忌むべき者だ。愚かで卑怯で醜く無様だ。そして」
 僅かに憐れむような調子でシェリダンは言った。
「お前も罪人だ。王などではない。王になどなれない」
 愚かで卑怯で醜く無様で忌まわしい。
 ただの罪人だ。
 それはロゼウスが皇帝の才能を持たずとも、ブラムス王やフリィップ大公があの通りではなくとも変わらない。
「貴様……ッ!」
 負傷しているシェリダンが余裕の態度を崩さないのに比べ、優勢だったドラクルの方が今は顔色を変えている。深紅の瞳に怒りが滾り、シェリダンを睨み据えた。
 ああ、そうだ間違いを認めよう。目の前の少年の鮮やかな笑みを凝視しながらドラクルは思う。
 処刑用の大刀を握った腕に力を込める。シェリダンの首元に突きつけていた刃を戻したのは処刑を諦めるためではなく、大振りの得物を勢いに任せて振り上げたためだ。
「やはりお前は、殺しておくべきだった!」
 ロゼウスを奪われる前に、ローゼンティアにとってのあらゆる利権を奪われる前に、ここでこんな言葉を聞く前に。自分でも何故それをこれまで躊躇っていたのか今となっては不思議なほど、――憎い。
 ロゼウスのことを差し引いても、この男はその存在自体が憎い。
「シェリダン!」
「シェリダン様!」
 ロザリーやローラの悲鳴が上がる。丸腰に手枷のせいで攻撃を防ぐこともできなければ、怪我のために機敏な動きで避けることも叶わないシェリダンは向かって来る刃をただ見つめる。
 次の瞬間、処刑広間に鮮やかな朱が散った。