荊の墓標 44

第19章 君が久遠を望むなら(1)

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 お前がそれを望むなら与えよう。久遠を。
 この世の永遠を。

 ◆◆◆◆◆

 独特の一瞬の浮遊感の直後、身体が地上へと投げ出される。
「ここは……」
「皇帝領だ」
 その言葉に、一行は目の前に佇む城を眺めた。それは以前と変わらぬ皇帝領の景色――のはずだった。
「違う」
 誰かが呟いた。そしてその言葉に皆が同意する。薔薇大陸皇帝領は、以前彼らがこの場所を訪れた時とはその姿を変えていた。
 以前は虹色の花畑に包まれた白亜の建物であったはずの宮城が、今は灰色の石の城と化してしまっている。そして花畑は枯れたわけではないが、そこはまるで白黒の世界、灰色の影のような草花が咲いている。生きている彼等の身に纏う色彩だけが鮮やかで僅かに混乱する。
「な……何ここ!?」
 いち早く我に帰ってそう叫んだのはロザリーだった。その言葉に、淡々と疲れたように返すのは一行をこの場に運んできた功労者であるハデスだ。
「だから、皇帝領だって――仕方ないだろう、今はまだ、正式に次代皇帝が即位したわけじゃないんだから」
 皇帝領の景色は、その土地を治める皇帝の性質によって姿を変えるのだという。デメテルの治世では白亜の優美な宮殿に虹色の花畑であり、誰にも文句を言わせない威容を放つ様子であった。しかし今、この大陸の全てが抜け落ちたように色彩を失っている。
「ロゼウスが皇帝になったら、自然とまた変わるさ。どう変わるのかは、知らないけれど」
 その言葉に、はっとして一同がロゼウスの方を見る。その中でも一際強い視線を彼に送る者がいる。
「ロゼウス――」
「シェリダン」
 薄物を一枚巻きつけただけというあられもない格好でハデスに連れられローゼンティアから飛び出してきたロゼウスと、手枷からは解放されたものの腕を骨折したままのシェリダンだ。
「あいたかっ――」
 た、と続くはずの言葉は、別の人物に遮られて続かない。
「あああもう! また怪我してるし!」
 ロゼウスがシェリダンに飛びつくより早く、彼の負傷の様子を見咎めて手をかけたのはハデスだ。
 肩透かしを食らった格好になるロゼウスがあれ? と瞬いている間に、ハデスはさっさとシェリダンの腕を取り、ドラクルの腕力によって折られた腕を治療する。
「――ったく、本当にバカなんだからさ」
 治療が終わるとそのままハデスはシェリダンの腕に縋りつき、顔を伏せてしまう。
「……すまない。だが、ハデス、お前」
 着地と同時にしゃがんだまま、立ち上がりもせずそうして顔を伏せて蹲る様子はまるで迷子の子どものように頼りなげで、シェリダンも思わず強い言葉はかけづらい。だが聞きたいこともある。
「お前が……どうしてここに」
 顔を上げないままにハデスが小さく首を横に振る。
 彼の中で何かが変わったのだということがシェリダンにもわかった。それは昨日や今日に一朝一夕で芽生えたものではなく、もとから彼の胸に種まかれていたものがようやく今芽吹いたところだろうということも。
 ハデスは答えず、軽く顔を拭う仕草だけをすると涙を見せずに立ち上がる。
 今度は視線をシェリダンだけではなく、ロゼウスたち全員に向けた。
「決戦の場所はあそこだ。《中立の城》、皇帝の宮殿のもう一つの姿」
 先を越されて中途半端な姿勢で固まっていたロゼウスも、ハデスのその言葉に居住まいを正した。彼らは少しだけ、色の抜け落ちた灰色の世界に何もかも忘れて立ち尽くす。
「あの場所で、次代皇帝が誕生する」
 それはもはや彼らだけの問題ではなく、世界にとって全ての始まりであり、終わりでもある戦いだ。