荊の墓標 46

260

 破壊音が響いた。
「まぁ、大変ね」
 おっとりと、あらゆる意味で場の剣呑さにそぐわない口調でルースが言った。
 広間の壁の一部を爆破したのは、どうやらハデスの魔術のようだ。あそこは確かシェリダンとハデスとでプロセルピナ相手に共闘していたはず――。ちらりと脳裏を不安が掠めるが、ロザリーはロザリーで目の前の自分の敵に集中する。
 敵であるルース、自らの姉は相変わらず底の知れない笑みを浮かべている。
「気にすることないわよ、ロザリー。死んではいないわ。……三人とも」
 ロザリーでも冷やりとするような、あれだけの攻撃を受けてプロセルピナはまだ立っている。ハデスとシェリダンの二人は大分焦っている様子だ。
「私たちは私たちの方で始めましょうか」
 ロザリー自身は、実を言うとしばらくそこでルースと睨み合ったまま動けていなかった。戦う前から誰がどの相手を担当するかはある程度決まっていたものの、実際こうして相対してみると、ルースからは常に得体の知れない空気が漂っていて手を出しにくい。
 ここがステンドグラスから色鮮やかな光の差し込む広間であることを考えれば、その穏やかな聖女のような微笑は正しい。しかし血で血を洗う戦場と考えれば、どう考えてもその笑顔は不釣合いだ。
 ルース=ノスフェル=ローゼンティア。第二王女である彼女と第四王女であるロザリーとの付き合いはそれほど深くはない。ロゼウスの同母の姉、と言う理由で何かにつけ姿を見る機会が多かったくらいだ。そしてルースはいつもこんな風に貼りついたような微笑を浮かべているばかりだった。繊細と呼ばれるくせに妙なところ大胆で、気弱なメアリーなどと違って決して物怖じしない王女。彼女が何かに怯える様など、少なくともロザリーは見た事がない。
 彼女は常に、兄ドラクルの側に控えていた。影のように彼の傍らに佇み、妹ではなく小間使いのような甲斐甲斐しさで兄の世話を焼いていた。ロゼウスとはそれほど似ていないが、クローディア妃の美貌を受け継いで可憐な面差しに大輪の白い花のような微笑を浮かべて佇む王女。その器量にも関わらず、婚約者などは一人もいなかった。
 ロザリーにとっては……いや、他の兄妹の目から見ても彼女が常に何を考えて生きているのかは読めないだろう。似たような空気はジャスパーにもあるが、自覚せず己の特質に振り回されている弟王子に比べて、ルースは己の感情を全て制御している。
 彼女が何を考えているのかわかるのは、彼女自身だけだ。常に側にいるドラクルでさえもきっと妹姫の本当の思惑を理解してはいないのだろう。ロザリーにはそんな気がしてならない。
「何を考えているのよ、ルース!」
 地を蹴りロザリーは駆け出した。彼女の得手は素手、武器など必要としない。
「お姉様を呼び捨てとはいただけないわ、ロザリー」
そして軽々と彼女の光景を受けとめるルースもまた、武器など何一つ持っていない。見た目は美しい細腕の女同士の戦い、しかしその実、二人のやりとりは歴戦の武闘家でも息を呑むほどに高度な戦いだった。
「あんたって昔から、何を考えているのかわからないのよ!」
「まぁ、それは誤解だわ、ロザリー」
 回し蹴りを簡単にかわしながら、ルースはドレスの裾を鮮やかに翻して体勢を整える。そう、ロザリーは動きやすい男装に身を包んでいるが、ルースの方はこの場でもドレス姿だった。さすがにこれまで王城で過ごしていたようなひらひらとした布の多いタイプではないが、これもまた戦場には不似合いにかわりない。
 もっとも、エヴェルシードのエルジェーベト=バートリ公爵のようにドレス姿でも人並以上に鮮やかに戦う人間はいるので、油断はならない。
 波打つ裾を揺らして、天窓の白い光とステンドグラスの七色の光が両方降り注ぐ場所へと降り立つ。戦いの場で彼女一人が、ステップを踏んで優雅に踊ってでもいるようだ。
「何を考えているのかわからないのは、私だけではなくてよ。ひとは皆、自分以外の者の考えていることなどわからないものよ」
「でも、わかりあうために努力することはできるわ! 相手の気持ちがわからなければ、面と向かって聞くこともできる! 誰かに自分の気持ちを知ってほしければ、言葉で伝えることだってできるわ! なのにあんたの口からは一度もそれを聞いたことがない!」
 だからロザリーにはルースが一体今まで何を考えて生きていたのか、さっぱりわからない。
 例えばルースは今この瞬間だとて、ドラクルの味方として戦うことを選んでいる。けれど、これまでの言動を見る限りアウグストのように完全にドラクルの味方、彼の配下として働いているようには見えないのだ。彼女には彼女の思惑がある。常にそう感じさせる女、ルースはそういう女だ。
「それもまた思い込みだわ、ロザリー」
 妹の言葉に姉は律儀に答え、言葉を続ける。
「人には言葉にできない想いなどいくらでもあるものよ。どんなに自分の中で確かであっても、決して表に出すことの許されない心が……あなただってそうでしょう」
 言って、ルースはちらりと視線を戦場の逆端に向ける。そこではハデスとシェリダンがプロセルピナ相手に共闘している。藍色の髪の少年の背をその視線は追っていた。
 ロザリーが瞬間的にカッと頬を染める。ルースは彼女の気持ちに気づいているのだ。ろくに側にいたこともないくせに、どうして。
「私、そういうことには鋭い方なの」
「あのねぇ!」
 戦いの緊張感を削ぐようなほんのりとしたルースの笑みにロザリーは激昂しかけた。今一瞬だけはこれが最後の戦いだということも忘れてルースに掴みかかりたい衝動に駆られる。
 けれど次に彼女の唇から出てきた台詞に、ロザリーは一瞬言葉を失った。
「こんな風に鋭いから、私は見なくてもいいものも沢山見る羽目になったわ」
「え?」
「母親の不実も、他のお妃のそれも、望んで見ようと思ったわけではないわ」
 静かに目を伏せるルースの瞳に、痛ましいような色が走る。それが彼女自身に向けられた自己憐憫ではなく、他の誰かを憐れんでいるものだとロザリーは気づいた。
「まさか……」
 ドラクルが真実を知ったのは、元はと言えばルースの言葉が発端だった。
彼が、彼女が何も知らなければ、今こんな事態にはなっていなかったのだろうか。
 ルースの眼は、先祖返りの巫女の眼。予言の巫女と呼ばれたサライ=ローゼンティアの能力を受け継いだ。始皇帝シェスラート=エヴェルシードを補佐した預言者として名高いサライは見たくない未来が見えることに苦しんでいたという。
「でも! だからってこの状況から責任逃れすることはできないわよ!」
 ルースは確かに、運命をこの状況へと押し進めた世界の歯車の一つなのだ。
「ええ。もちろん。責任逃れも何も、私は自分の行動を反省する気ないもの」
「ちょっと!」
「だって私には、欲しいものがあるのよ、ロザリー。私はあなたと違って、一番欲しいものを諦められるほどお行儀よくなんてないの。欲しいものを手に入れるためには手段を選びはしないわ。その過程で誰を傷つけ悲しませてもかまわない」
「そのせいで、アンリやミカエラたちが死んでも!?」
「ええ」
 はっきりと言い切ったルースの声音は、その暖かな微笑とは裏腹に酷く冷えている。
「かまわないわ」
「あんた……!」
 ぎり、とロザリーは唇を噛み締める。炎のような憎悪の視線を姉に向けて、新しく構えなおす。
「もう許さない。ルース=ローゼンティア、あんたにはここで死んでもらうわ!」
 ルースは微笑む。
「そんな風に顔を歪めるのは良くないわ。ロザリー。女はいつでも美しくあるべきよ。それが好きな殿方の前でなら、尚更ね」
「黙りなさい!」
 挑発に乗るような形で、しかし頭の中は冷静にロザリーはルースへの攻撃を仕掛ける。一気に詰めた距離、急所を狙った打撃、しかしみすみすもらうほどルースも甘くはない。
「ここからが本番と言うわけね」
 これまでロザリーの攻撃をかわし続けたルースは、さらりと言ってのける。息切れ一つ彼女はしていない。
 パワー型のロザリーとスピード型のルース。戦いの相性は、どちらに良いとも言えないものだ。しかしとりあえず、ロザリーの攻撃は当たらなければ意味がない。
 上品さなどかなぐり捨てて、ロザリーは盛大に舌打ちする。
「何を考えているのか知らないけど、あんたの思い通りになんかさせないから!」
 威勢よく吐いたロザリーの言葉を、柳のように受け流してルースは笑う。
「それは無理よ、ロザリー。運命は結局、私の願いどおりに進むのだから」

 ◆◆◆◆◆

 長さの際限を感じさせないワイヤーが二方向から同時に飛んでくる。
 それを避けて飛び退さった先、細剣が急所を狙って素早く突き出される。かわせば今度はナイフが四本。得物の違いによる縦横無尽の攻撃をアウグストは全て紙一重でかわしていく。
「ちっ!」
「僕らがここまでやっても倒れないなんて」
「二人とも、気を抜くな!」
 ナイフとワイヤーを次々とかわされて苦々しい表情をする双子に、リチャードが叱咤の声を飛ばす。相手は三人がかりでも隙をつけないほどの腕前だ。エヴェルシードがローゼンティアを侵略した際は、どこにこんな人材を隠していたのかと勘ぐってしまうほど。
「雑魚が三人と思っていたが……」
一方アウグストはアウグストで焦燥を感じていた。
彼の役目は、主君であるドラクルの目的を妨げるものを排除すること。ルースも同じだ。そして彼女はローゼンティアでも抜群の身体能力を持つと有名なロザリー相手に奮戦している。ドラクルはもちろんロゼウスと一対一で対峙し、プロセルピナは弟であるハデスと、シェリダン王の二人を相手にしている。なれば残りの敵は全て自分の分担、それでもロゼウスやロザリー、ハデスと言った実力者を相手にするわけではないのだから楽な仕事だと思っていたのだが……
「お命頂戴いたします!」
「誰が!」
 シルヴァーニの双子は同じ顔で同じ服装、同じ得物を繰り出すことによってこちらの視覚を惑わす。そこに絶妙のタイミングでエヴェルシード人の青年が斬りかかって来るのだ。この青年の腕もなかなかのもので、決して片手間で通じるような相手ではない。
 さっさとこちらを片付けてドラクルの加勢をするという目論見も水泡に帰す。アウグストはたかが普通の人間三人相手に苦戦する自分に愕然とする。
 リチャードの剣は斬るより刺すのに適したレイピア。その得物の選択も、身体能力で勝るヴァンピル相手には賢い戦法と言えた。攻撃力が比べ物にならない以上、下手な鎧で身を覆い、動きの早さ正確さを失うのは得策ではない。それよりは相手の攻撃を食らわずに、地道にダメージを与えていくしかないという考えだ。普通の剣で一撃も当てられないよりは、レイピアで急所を狙う。
 しかし途中までは功を奏していた戦法も、中盤に来て三人の攻撃の連携のリズムを読み取ったアウグストの前に破れる。
「そのような浅はかな目論見が、私に通用するか!」
「ぐぁ!」
 ローラのナイフとエチエンヌのワイヤーをそれぞれ弾き飛ばし、返す威力で体勢を変えたアウグストは間近に迫っていたリチャードを逆に剣で叩き飛ばした。
「リチャード!」
「リチャードさん!」
 僅かに音の違う二つの声が重なり、吹き飛ばされたリチャードを視線で追う。間一髪レイピアを盾にして斬撃の直撃を免れたリチャードは、しかし背後の壁に罅が入るほど強く全身を叩きつけられて、動けない。
「さぁ、これで一人減った。あとは貴様ら二人だけ」
 アウグストがにやりと口の端を吊り上げて笑う。それは自らの勝利を確信し、敗者を甚振る権利を得た者の残酷なる笑みだ。
「くっ!」
 リチャードを失い、ローラとエチエンヌの表情には焦りが浮ぶ。こめかみに汗が伝い、口元をこれまで以上に厳しく引き結ぶ。
 形勢は逆転した。
 かに見えた。

「――待っていました。あなたが油断するこの時を。アウグスト=カルデール卿……」

 アウグストは自らの心臓に灼熱を感じる。痛みは後からやってきた。
「な……に……」
 アウグストの左胸からリチャードのものとは違うレイピアがその切っ先を生やしている。
 リチャードが倒され、アウグストがこれまで三方向に絶えず配っていた気が勝利の確信によってそらされるこの一瞬、それを狙って、これまで死角に身を潜めていたジャスパーが攻撃を仕掛けたのだ。
「ジャスパー王子!」
 ローラとエチエンヌが驚きの声をあげる。
ジャスパーがゆっくりと剣を引き抜くと同時に、胸から大量の血を流したアウグストは崩れ落ちる。
「わ……我が君……!」
 まだ灰にはならない。だが、確実に心臓を貫かれて生命活動は一度停止する。返り血を浴びたジャスパーは、恐ろしいほどに無表情だ。
「アウグスト!」
「カルデール公爵……!」
 ドラクルとルースが叫んだ。

 ◆◆◆◆◆

 三対一に見せかけて、実は四対一の戦いだったわけだ。アウグストに対してはローラ、エチエンヌ、リチャードだけでなく、影で戦況を見ていたジャスパーが含まれていた。
 気づかなかったのはアウグストの落ち度ではなく、ジャスパーは魔力によって己自身の存在感を隠す術をかけていたのだ。もともと率先して皆を率いて戦いに出る人物ではないジャスパーの、戦場における存在感は薄い。ロゼウスたちでさえそうなのだから他の者たちはよほど意識しなければ本気で雲隠れしたジャスパーを見つけることは叶わない。
 そして普通であれば味方が一人しっかりと倒されてから出てくるなどという行動はとらない。リチャードを叩きのめしたアウグストが油断するのも当然だ。
 しかしその、多少ならず冷徹なジャスパーの戦法によって一時的に場がロゼウスたちに有利になったのも事実だ。
 リチャードが倒され、アウグストが勝利を確信した瞬間の隙をジャスパーはついた。躊躇いなく心臓を貫いた刃により、アウグストは絶命した。カラン、とその手からは鉄の剣が滑り落ち、白い大理石の床をじわじわと赤黒い血だまりが汚していく。
 だが、その身体はまだ灰になってはいない。
 ヴァンピルの死に様は普通の人間とは違う。魔力で作られたその身は死ねば灰となり、跡形もなく消えてなくなる。
「アウグスト!」
 ロゼウスと戦っていたドラクルが彼の気配の消失に気づき、振り返る。そこでロゼウスがドラクルの隙をつければまた別なのだが、ロゼウスもまた呆気なくけりのついた第一の勝負に驚いて動きを止めてしまっている。
「カルデール公爵……!」
 ロザリーを相手にしていたルースも、そちらへと意識を集中した。卑怯と言う言葉の思いつかないロザリーもロゼウス同様に動きを止めてしまっているので、二つの戦闘が止まる。戦い続けているのはプロセルピナとハデス、シェリダンの組だけだ。
 倒れ付したアウグストの傍らに、返り血で白い頬を染めたジャスパーが立つ。レイピアの切っ先を床に向け、いつでもトドメをさせる様子だ。
 眼差しに激しい敵意と力が篭もり、レイピアを構えなおす。
「やめろ!」
 その刃が青年の脳天を貫く前に、ドラクルが口を挟んだ。
「……やめたら、手を引きますか?」
 同じ兄でもロゼウスに向けるのとは全く違う冷たい眼でもって、ジャスパーはドラクルを睨む。その様は十四歳の少年らしくはなく、ただただ底冷えするような戦略家の恐ろしさがあるだけだ。
「カルデール公爵を助けたくば、この戦いから手を引いてください、ドラクル兄上」
 ここで決まれば、この戦いは呆気なく決着がつく。ドラクルたちを引かせて、ロゼウスたちは何事もなかったように日常へ帰ることができるのだ。忌まわしい予言の成就する前に。
 プロセルピナたちはまだ戦っている。元皇帝である彼女を相手にするハデスとシェリダンは怪我こそ負っていないものの、敵であるプロセルピナが強すぎる。一瞬たりとて気は抜けない。
 それでも、彼らが彼女との戦いを続けている以上、まだここで予言が成就することはなさそうだ。
「どうするんですか? 兄上」
 光を跳ね返す白刃を殊更強調し、ジャスパーはドラクルに向けて再び尋ねた。ここで決まれば、彼らの前途にもはや何の憂いもない。ドラクルたちに悪いようにする気もさしてない。ロゼウスたちは降りかかってきた火の粉を払っているだけで、もともとドラクルたちをどうこうしようという気はないのだから。
 アウグストはドラクルの部下であり、血縁ではない。だが腹心の部下として長年彼に仕え続けてきたアウグストは間違いなくドラクルとしては身内に括れる存在であり、普通ならば一笑にふされる取引も勝算はあるとジャスパーは考える。
 アウグストはドラクルの全ての目的を知り、彼が本当の王子ではないと知ってでも彼についてくるほどの部下だ。そんな相手がドラクルにとって大切でないわけはない。冷静にそう計算した。
「悪くない取引でしょう、このまま――」
「後ろです! ジャスパー王子!」
 ジャスパーが向かい合っていたのはドラクル。しかしそこに、ルースから短刀の援護が入った。背後から迫る刃をジャスパーはレイピアで叩き落すが、幾つかは流しきれず手の甲の肉を削いでいく。
ジャスパーが痛みに顔をしかめるその一瞬の隙があれば十分だった。弾き飛ばされた部屋の反対側から一連の光景を見ていたリチャードも、ジャスパーにそう助言するので精一杯だ。
「カルデール公爵!」
 ナイフを投げたと同時にルースが走っている。
「待ちなさい!」
止めようとしたロザリーには、プロセルピナの足止めの魔術が放たれた。
「邪魔はさせないわ!」
「きゃあ!」
 ルースへの援護に気を回した分できたプロセルピナの隙をシェリダンとハデスは狙うが、やはりプロセルピナにはこんなものでは通じない。隙を狙ったつもりが焦るあまりに未熟な一撃を跳ね返され、シェリダンとハデスが吹き飛ぶ。
「がっ!」
「うっ!」
 強かに床に叩きつけられた二人は暫く動けない。腕力や身体能力はあるが魔術の扱いに長けているわけではないロザリーも、元皇帝の放った術相手に苦戦している。
 一部始終を眺めていたロゼウスもロザリーやシェリダンの危機に思わず飛び出そうとするが、それはドラクルの一撃によって阻まれた。みすみす攻撃を食らうような真似はしないが、他の者たちのもとへ駆けつけるほどの余力はない。
「お前の相手は、私だ」
「ドラクル……」
 ぎりぎりと刀身を削る鍔迫り合いにて、そう宣言される。大振りの得物で神速の剣技に、ロゼウスは手を抜くわけにはいかなくなる。
 ローラとエチエンヌへもプロセルピナの手は回っていた。捕縛の魔術を何とかかいくぐったものの、その頃には駆けつけたルースが目的を終えてしまっている。見た目には恋しい男の死体に口づけているようにしか見えない光景。しかしそれはヴァンピルたちにとっては己の魔力を生命力を失った相手に注ぎ込むという復活の儀式なのだ。
 短刀の掠った手の甲から血を流すジャスパーを睨み、血だまりに横たわっていたはずのその人影は立ち上がる。
「……私はあなたを過小評価していたようだ……ジャスパー王子」
ルースによって蘇生の術を施されたアウグストが復活する。傷は塞がり、服の胸の辺りが裂けて中の生地を覗かせている以外、先程までと何も変わったところはない。
「よくもやってくれましたね」
 舌打ちしそうな顔つきで、ジャスパーも彼を睨み返す。傷ついた手の甲をスカーフで簡単に縛ると、レイピアを握りなおす。
「カルデール公爵、これからは私と」
「ええ。ルース殿下」
 アウグストとルースはお互い一人きりでは不利だと判断し、手を組むようになる。
「ロザリー!」
「わかったわよ!」
 ルースの相手をしていたロザリーもプロセルピナの魔術攻撃をようやくかわし、エチエンヌたちに合流する。復活したシェリダンとハデスがプロセルピナからロザリーへのそれ以上の攻撃を防いでいた。猛攻を仕掛ければ体力の消耗は早いが、プロセルピナの意識を彼らに集中させておける。
 彼らの方には距離的にリチャードが近い。傷を自ら応急処置した彼はシェリダンたちの陣営に合流する。
 戦いの局面は激しくなるばかりだ。
「第二回戦といきましょうか」
 蘇生の術はヴァンピルにとっても大事なのだが、ただ一つそれを苦に思わない家系がある。それがロゼウスとルースの実母クローディアの生家、ノスフェル家。
 ひと一人生き返らせたとは思えぬ涼しげな顔で、ルースは淡々とそう告げた。