荊の墓標 SS

媚薬

「何、それ」
 俺の目の前でシェリダンが何か丸薬の入った壜を振ってみせる。涼しげな音色を奏でる透き通った薄紅の壜が気になって口を開けば、答えは簡潔なものだった。
「媚薬」
 ああ、そう。
 一日の仕事が終わって(シェリダンの仕事。俺はすることないし)寝室へと戻ってきたシェリダンは、何処から手に入れたものか、媚薬入りの壜を手にしている。夜半。寝台の上。すでに入浴済みで絹の夜着がさらさらと音を立てているとなれば、あとはやることは決まっている。
 襟元を緩めながら寝台に上がったシェリダンは俺の腰を抱き寄せ、へその下辺りに手を伸ばす。際どい辺りを撫で回しながら、片手では硝子壜を弄ぶ。
「で、その媚薬をどうすんの?」
「使うに決まっているだろう。ただ持っているだけは阿呆だろうが」
 言って、確かに美少年のシェリダンに似合わないこともないが、実際こういうものを手にするなら女の子だろうと言いたくなる様な可愛らしい壜の栓を開けたシェリダンが短く命じる。
「口を開けろ、ロゼウス」
 逆らってもろくなことはないと経験上知っている。俺は素直に口を開き、その間にシェリダンが丸薬の一つを自分で口に含んだ。顔を近づけ、唇を触れ合わせる。
「ふ……んぅ」
熱い舌が丸薬を押し出して俺の口に含ませる。口移し。予想はついていたけど、この際言わせてもらえばシェリダンはやることがいちいちやらしいと思う。ああ、思うだけで実際は言うにまで達してないか。だって滑り込んできた舌を絡めるのに夢中で。
苦いとも甘いともつかないような妙な味の薬をしばらく舐めていた俺は、口腔を貪るのに飽きて唇を離そうとしたシェリダンの隙をついて、含ませられた丸薬を元通り彼の口に押し込む。ついでに丸薬を喉の方まで舌で押し込み、髪に触れていた手に力を込めて頭の姿勢を変えさせ、含んだものを飲み込みやすくさせた。それまで十分にお互いの唾液で潤されていた喉はあっさりと丸薬を通したようだ。
「なっ……ロゼウス!」
 俺に飲ませようとした薬を自分で嚥下する羽目になったシェリダンが顔を真っ赤にして怒る。珍しい表情だ。ついでに目は潤み、頬が怒りだけでなく上気し、息が上がっている。
「もう効いてきたのか? 即効性? 前に兄上の持ってたやつを使ったときはもうちょっと時間かかったけど」
「すでに経験済みか……というか、何故私に飲ませる」
 こういうものを飲むのは普通受け側ではないのか。不満げなシェリダンに俺はしなだれかかる。鎖骨の辺りに触れただけでびくりと身体を震わせたシェリダンをそのまま寝台へと押し倒し、胸元を寛げた。
「だってさ、シェリダン」
 首筋に口づけるとそれだけで、シェリダンの顔が快楽に流されまいと歪む。相当効き目の強い薬だったようだ。
「俺、これでもヴァンピルだぞ? しかも王家とノスフェル家の、最も魔力の強い一族の。つまり、身体能力があんたたち人間とは違うんだ。えーと、絶倫ってやつ」
「それは何か違うような違わないような……」
 この場合は正しいが、普段の運動能力の比較に関して言うならもっとマシな言い方があるだろうが、と。……怒られた。俺は唇を尖らせて、腹いせにシェリダンの胸元の赤い飾りを抓る。
「……っ!」
「気持ちいい?」
 すでに熟れた果実のような顔色のシェリダンの媚態に触発されて、俺も夜着を半脱ぎにし、彼の腹の上にまたがる。
 媚薬のせいで潤み、蕩けきったシェリダンの様子はいつにも増していやらしく劣情を刺激する。腰をすりつけ、二度目の口づけを唾液が糸を引くまでねちっこく重ねた。
 とにかく、元からヴァンピルの俺と人間のシェリダンでは体力が違いすぎる。
 の、で。
「せっかく薬使ったんだから、せいぜい楽しませてね」
「お前……」
 俺に薬なんか飲ませた日には、たぶんシェリダンの体力が持たないだろう。普段だって、快感が過ぎれば軽く失神ぐらいはするが、基礎体力は断然こちらが上なのだから。
 だったらどうせならここは陛下に頑張ってもらって、俺はいつもより激しいのを堪能する、と。
 至近距離でにっこり笑って見せれば、シェリダンの顔がひきつった。構わずに上から退いて夜着を脱ぎ落とし腕を伸ばせば、ようやく立ち直った彼の、いつにも増して手荒な口づけに迎えられる。
「この私を挑発するとはいい度胸だ。今夜は覚悟しろよ」
「上等」
 喧嘩の前かというように不敵に笑い合って、再びシーツの波に倒れこむ。一晩中、お互いの気が済むまでもつれあった。

 ◆◆◆◆◆

「で、陛下、どうだったんですか? あの薬」
「ああ、ジュダ。あれか……たいしたことなかったぞ」
「その割にはお疲れのご様子ですが。昨晩はお楽しみではなかったのですか?」
「まあな」
「うちに出入りの商人から特別に手に入れたものですよ。その業界では有名な相手でして。せっかく新婚の国王夫妻にお楽しみいただこうと貴重品を進呈したというのに、その反応はどういうことで?」
 訝しげに目を据わらせるイスカリオット伯爵を前に、昨晩酷使したせいで痛む腰をさすりながら、若き王はぼそりと呟いた。
「ヴァンピルってのは、皆してあんな化物ぞろいなのか……?」

 ◆◆◆◆◆

 その頃、王の寝室では侍女と小姓の双子の姉弟がこそこそと噂をし合っていた。
「ねぇ、ローラ。なんか今日ロゼウスの機嫌がやけによくない?」
「エチエンヌもそう思う? 変よねぇ。昨夜何かあったのかしら」
 一方、同じ部屋の逆の端では、ロゼウスがうっとりと目を細めながら昨晩の行為を回想していた。手元の本の頁をめくる手が止まっている。
「ああ、昨日のシェリダンはなかなか激しかったな……いつもより元気だったし。でもまだまだ。いくら薬のせいだって言われてもあんな色っぽい顔されたらこっちだってちょっと本気になっちゃうじゃんか……」
 媚薬の効果で生来の美貌に得もいえぬ妖艶さを増したシェリダンを相手に、うっかり本来の体力の片鱗を見せてしまいついに彼を降参させたロゼウスであった。

 その日の夜、若い盛りの十七歳の少年王が同年齢の王妃との同衾を拒んだかどうかは本人たちしか知らないことである。

 了.