薄氷の砦

4.爛れる純愛

「男同士だよ?」
「だから?」

 だから、なんだというのだろう。
 もしも男と女であったなら、何の障害もなく本能のままに肌を重ねたとでも?
 共にあることが心地よいという関係はおそらく男女でも変わることはなくて、しかし二人のどちらかが異性であったなら、そもそもここまで自然に近づくことができただろうか。
 わからない。何もわからない。
 考えて答えを出せるほどに問題は単純ではなく、自分たちもそこまで賢くはなかった。けれどただの肉欲だと言い切るには、お互いの肌に焦がれすぎていた。
「俺の部屋でいいよな」
 透夜の言葉に流されるまま、椋は彼の部屋を訪れた。出張で家を空けることの多い透夜の両親は、今日は二人とも帰ってこないのだという。
 おあつらえ向きに明日は土曜日だ。今日透夜の家に泊まることは、すでに椋の家族には告げてある。さすがにここまで一線を越えてしまっては、すぐに帰って平然と家族の顔を見ることができなさそうだからだ。それを考えて、今日から週明けの月曜までは透夜の家で二人きりで過ごすことを約束した。
 この関係は誰にも知られてはいけない。
 他にも何か不測の事態があった場合に備えて、日曜の夜まで両親の帰ってこない透夜の家に椋は泊まる。
 いつも通りの殺風景な透夜の部屋に足を踏み入れながらも、椋は所在なさげに扉の前で立ち尽くした。
 どさ、と音を立てて透夜が鞄を床に投げ出す。ベッドに軽く腰かけて、椋を手招きした。
「どうした? 来なよ」
「う……うん」
 椋も鞄をベッドの足元に置いて、透夜の横に座った。何気ない軋みの音さえ、今はやけに大きく感じられる。
 透夜の手が椋の頬にそっと押し当てられ、いつものように口付けられる。滑り込んだ舌が絡み合い、唾液が口の端を伝った。
「ん……」
「……服、脱ごうか」
 学校から椋の家に寄って着替えを持ち出した後に透夜の家に来たので、椋は私服だが透夜は制服姿のままだった。さすがに滅多に洗濯しない制服を汚すわけにはいかないので、透夜が手際よくシャツを脱ぎ始める。
 椋もそれに倣って、自分のシャツのボタンをはずし始めた。だが、妙に気恥ずかしい。
「なんて顔してるんだよ」
「だ、だって」
 いつものように平然としている透夜と、先程からずっと顔を赤く染めている椋。
「椋、下着も」
「う……」
「それとも、俺が脱がす?」
「自分でやる!」
 昔は一緒に風呂に入ったこともある幼馴染同士で、お互いの裸なんて見慣れているはずだった。けれど今の椋は、まるで平気な顔ができずにいた。細身だがどこで鍛えたのか、しっかりと筋肉のついた透夜の体は同性から見ても羨ましいくらいに見事なバランスだ。それに比べて椋はいかにも文化系少年の、貧弱極まりない体つきをしている。普段は忘れているそんな劣等感が、裸になったことによって浮彫にされた。中学時代に透夜が先に劇的な成長期を迎えた時は、かなり焦ったはずだ。高校に入ってからは、もはや諦めの境地に達したけれど。
 目を伏せたままベッドの上で透夜と向き合い、改めて唇を重ねる。
 しかしそれから先、どうしていいのかが椋にはさっぱりわからない。
「何やるかわからないんだろ?」
 薄く笑いながら唇を離した透夜に頭の中を見事に言い当てられ、椋は拗ねた顔をした。
「最初は俺に任せて」
「透夜……」
「大丈夫。怖くない」
 すっと肩口をなぞるように降りた透夜の唇が、やがて椋の胸へと辿り着く。乳首を舐められて、椋は小さな悲鳴をあげた。
「こ、これって女の子にするもんじゃないの?!」
「別に男だって感じるなら同じだろ」
 粟立つ肌は、しかし透夜の執拗な舌先に胸の突起を舐められているうちに別の感覚へと変化していった。
「ふ、ぅ……」
「椋、触ってよ」
「え? やっ、ちょっとっ」
 透夜が椋の手に自分の手を重ね、自らの足の付け根へと導く。
「二人でいるのに、自分でするんじゃ意味がないだろ。他人の手でって言うのが重要なんだ」
「だ、だからって」
 椋は無理矢理握らされた透夜のモノを、つたない手つきで扱きはじめる。はじめは柔らかかったそれが、徐々に芯を持ちとろとろと先走りを垂らしはじめるまで、ひたすら刺激する。
「ん……っ、椋っ、も、いい」
「え? だって、まだ」
「これで最後までいったらダメだろ」
 いつもクールを通り越して変に冷静な透夜の表情が、熱を帯びて潤んでいる。上気した頬は赤く、呼吸も荒い。もどかしげな表情で、彼は自分の指を舐めて濡らす。
「椋、俺、もう……ごめん」
「ヒァ!」
 意味の通らない言葉の羅列の後、突然の謝罪と共に透夜の指が椋の後ろの蕾に滑り込んだ。
「あ、い、痛っ、ちょ、とう……無理、だから!」
 自分が相手を喜ばせられるほど器用ではなくとも、最低限の知識だけはある椋。しかし本来不浄の場所であるそこを本当に使うとは、しかも透夜が自ら指を挿れてくるとは予想していなかったため、未知の感覚に悲鳴をあげることとなった。
「いっ……」
「そんなに痛いのか?」
「い、異物感が……」
「気持ち悪い?」
「人の気遣い返して……」
「……ごめん、もっと優しくする」
 ベッドの上で体を重ねている間柄にしては色気のない、しかし興味本位で行為に至った少年たちとしてはありかもしれない会話をし、二人は未知の領域の深みにはまっていく。
「慣らせばいいんだよな。ん、っと」
 慎重に一本ずつ入れた指で、透夜が椋の中をかき回す。椋はできる限り体の力を抜いた。はじめはきついばかりだった内壁の滑りが段々とよくなり、奥の方を突くようになると、椋は自分でも驚くような甲高い声を上げた。
「ひゃん!」
「椋?」
「あ、んんっ、んぅうっ」
 中で見つけた突起を透夜が撫で上げれば、椋は自分の体にまるで電気が流されたようなびりびりとした快感を覚えた。
「と……や、そもそも、なんで僕がこっちなの……」
「考えてもなかった。気分?」
 どちらがどの役か、始める前に決めてはいなかった。強いて言うならば透夜が主導権を握り椋が受け身だった時点でこの体勢が決定したのかもしれない。今更な問いに適当な答を返した透夜は、唇を噛んで快楽を堪える椋の顎を空いた手で無理矢理掴んだ。
「椋、唇噛むなよ。血が出るぞ」
 言って彼は、薄く開かれた椋の唇に己の舌を滑り込ませた。縮こまっていた舌を無理矢理からめ捕り、開きっぱなしの口からどちらのものとも知れぬ唾液が零れるほど求め続ける。
 その間にも、透夜の指はとまらずに椋の内側を慣らしていく。やがて悦楽を求めた椋自身の内側がきゅうと透夜の指を締め付けるようになるまで、刺激を与え続けた。
「そろそろ、いいよな」
 顔を真っ赤にしてシーツを握りしめる椋に、透夜はそう問いかける。椋の方はもう返事もできない。自分の中が透夜の指の形を記憶しようとでもいうかのようにぎゅっと収縮していたのがわかっていたからだ。
「透夜……」
 熱い吐息交じりの声で名を呼ぶ椋の足を抱え上げると、透夜は自分の肩にかけさせた。
 無防備に晒された椋の穴に、透夜が自身の熱い塊を押し込む。椋の手で芯を持たされたそれは、続けて目にした痴態による興奮で申し分のない硬度となっていた。
「ああっ……!」
 何度も繰り返し予想したとはいえこれまでまったく経験したことのない衝撃に、椋は断末魔のような悲鳴を上げた。 
 押し込まれた異物の最たるものを拒絶するように椋の中は蠕動するが、透夜はそれにかまわず腰を進めた。
「あ……いいっ、すげ、椋、俺……」
「と……やっ、透夜、透夜!」
 自分の中に押し入ってきた幼馴染の首を抱きしめるように腕を回した椋は、熱に浮かされたように何度もその名を呼ぶ。
「椋、気持ちいいよ……椋の中、すごく……」
「あ、アッ、透夜、透夜ぁ……」
「……動くよ」
 椋が弱弱しくも頷くのを確認した透夜は、宣言通り腰を動かす。
 敏感な粘膜と粘膜が擦れ、ガツガツと中でぶつかる。技巧も何もあったものではないつたないやり方は、本能的なものだった。若くてこれが初めての体験である少年たちは、体が自然と動くままに腰を使う以外の方法など思い浮かびもしなかった。
 あまりの快感に理性はとうに弾け飛び、頭の中が真っ白になる。
「椋……!」
「透夜……!」
 透夜は自身を引き抜くことすら忘れ、椋の中に白濁を吐き出して果てた。
「椋、俺……」
 彼は腕の中の幼馴染に何かを言いかけたが、あるものを認めて言葉を失った。
 気を失ってぐったりとしている椋の頬には、一筋の涙が零れていた。