薄氷の砦

5.狂いを刻む異常な僕の正常な歯車

 こういうのを、爛れた関係というのだろう。
 透夜の欲望を受け止める形になった椋は、絶頂を迎えてそのまま気を失った。一度だけ、それも透夜が念入りに椋の中を解してから行為に及んだので、幸い体調を崩すようなことはなかった。
 けれど、無意識下の精神的な動揺までは抑えきれなかったのか、目覚めた途端に零れた涙に、椋は顔を覆った。
「椋、朝飯用意したんだけど……椋?」
 彼よりも早く起きて着替え、朝から動き回っていた透夜は呼びに来た部屋で椋が泣いているのに気付き、顔色を変えた。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
 顔を覆ったまま首を横に振った椋に、透夜はでは、ともう一つの可能性を口にする。
「昨日のこと……後悔してるのか?」
 びくっと肩を震わせた幼馴染の様子に、透夜は我知らず胸を痛めた。けれど椋は慌てたように腕で目元を拭うと、微かに赤くなった目をしながらも、透夜に笑顔を向ける。
「後悔なんかしてないよ」
「俺を責めてもいいんだぞ」
「そんなこと考えてない。ただ……もう戻れないんだなって」
 戻れない。
 何も疾しいことも後ろめたいこともない、ただの幼馴染に。
 別にそう戻りたいわけではないけれど、それでも選択肢があるのとないのとではまったく意味が違う。
「ねぇ、透夜……」
「なんだ?」
 心細い手つきでぎゅっと自分の服の裾を掴んでくる椋に、透夜は殊更優しく声をかけた。
「僕たち、ずっと友達だよね」
「……ああ、そうだよ」
 唇を重ねても、体を繋げても。
 十年来の関係を失うようなことにはならないよね、と。
 椋は透夜に縋りつく。まだ服を着ていない裸の椋の体は、いつもより一層華奢に見えた。
 むき出しの肩に思わず口付たくなる衝動を押し殺しながら、透夜は椋を抱きしめる。
「友達に昨日のあれがプラスされてセフレにレベルアップしたんだよ」
「本当にアップなのそれ……?」
「いいから、朝飯にしよう」
 着替える椋を置いて、透夜はお茶を入れるために先にリビングへと戻った。顔を洗った椋がやってくる頃には、二人はもういつもの自分を取り戻していた。
「あのさ……片づけって、もしかして透夜が」
 朝食を食べ終えた椋は、ベランダで風に翻る洗濯物を横目に見ながら尋ねた。
「シーツなら洗ったけど。もともと替えはあったし、今日は天気がいいから」
「う、うわぁああああ。ごめん!」
 一人先に眠りに落ちてしまった椋は、顔を真っ赤にしてダイニングテーブルに突っ伏す。透夜の方が体格が良いのでそれほど負担だったとも思わないが、後ろめたさのようなものは消えない。
「ほ、本当にごめん」
「だから気にするなって」
 立ち上がった透夜は、椋の頭を撫でる。その途中でふと気づいたように、口にする。
「そういえば、昨日あの後体は拭いたけど、シャワー浴びなくて平気か? 髪にも汗とかかいてるだろ?」
「う……その、におう?」
「いや、わかんないくらいだけど。でも気になるなら入った方がいいだろ」
「うん」
「俺も入るから」
「うん。――……って、“も”?」
 椋が懸念した通り、狭い浴室に透夜は椋と一緒に入ってきた。子どもが背中を流すように、甲斐甲斐しく椋の世話をする。
「透夜……こんなことしてくれなくても、一人で十分だよ。ちょっと疲れてるけど、すごく腰が痛いとかもないし」
「別に、お前がそれでいいならいいけど。これは俺が好きでやってるんだ」
 そう言って透夜の指が、椋の下腹部に触れる。
「と、透夜」
「椋、そこ座って、じっとして。手すりつかまっていいから」
 浴槽の縁に椋を腰かけさせ、透夜は濡れた手で椋自身を掴んだ。
「ひゃっ!」
「な、んで」
「昨日、俺のは椋に触ってもらったけど、俺からは椋にしてやらなかっただろ?」
「だからって今……い、いいよこんなの! 早く出ようよ!」
 言葉では拒否しながらも、自身を透夜の手に掴まれた椋は、無理矢理その手を振り払うことはできない。
 後ろの蕾に指を入れられた時とは違う、他人の手に男の象徴を握られている恐怖と、それを上回る快感。これが他の人間相手だったら考えることもできないが、透夜の手は的確に椋の弱いところを刺激する。
「ふぁ、あ、ああっ」
「椋……気持ちいい?」
 透夜の問いに対する椋の返事は、彼の首筋に回された腕だった。浴槽に落ちるのを防ぐためだけでなく、椋の手は透夜の濡れ髪を掴む。
 頭を囲いこまれるようになったため手元に影が落ちた透夜は、それでも手を止めることはなかった。
 自分のものにするときと同じように、いい場所に緩急をつけて刺激する。段々と硬くなるそれを、新しい玩具でも扱うように丁寧に、けれど興味津々で弄り回す。
「なぁ、あれやってもいい?」
「あれって……ちょっ、透夜!?」
 言うが早いか、透夜は目の前の椋のものを口に含んだ。
 生暖かい口内に迎え入れられる感覚に、椋は電撃の走った背筋をのけぞらせた。
「ヒッ……!」
 驚き交じりの強い快感に、足が爪先までぴんと伸びる。
「あ、ああっ、や、も、駄目ぇっ」
 生き物のように蠢く舌が、絡みつき、とろとろと流れる先走りを啜る。先端を舐め、裏筋を辿り、袋などの空いた部分は透夜の手が絶えずしごいている。
「良すぎ、るから……や、めてよ! 透夜!」
 透夜の返事は、手の中のものに一層強い刺激を与えることだった。
「ッ――!」
 引きつった喉で声なき叫びをあげ、椋は絶頂に達する。
 息を荒げて数瞬後我に帰り、慌てて腕を退け透夜の方を見ると、白い喉が何かを嚥下するために動くのが見えた。
「ちょ、透夜、まさか」
「ふうん。こういう味なんだ」
 口の端を僅かに伝う白濁を、透夜はなんでもない顔で舐めとる。
「お、お前」
「何驚いてるんだよ」
「お前こそ何飲んでるんだよ! AVじゃないんだから!」
「AV見たことあんの? 椋」
「ああああああ」
 頭を抱えて濡れた髪をかきむしる椋に、透夜はいつもの態度を崩さずに手を伸ばす。
「そんなに悩むなら、椋もお返しに俺の舐めて。今ので俺も熱くなってきたから……」
 透夜の手がさりげなく椋を抱き上げて体勢を変えさせる。
 目の前に差し出されたモノに、椋は恐る恐る舌を伸ばした。透夜が熱い息をつく。
「ふ……」
 これ以後、透夜の両親が帰宅するまでの丸一日半、二人は時間もところも構わずに欲望に溺れあった。