薄氷の砦

8.不器用な呼吸

 どこかで、その鐘の音は絶えず鳴り響いていたのだ。
 まるで薄氷の上を歩くような関係。
 氷でできたお城はとても美しいが、冷たく壊れやすい。
 そして足元の氷が割れてしまったのなら、後は冷たい水の中に落ちて溺れるだけ。
 
 勝手知ったる自分の部屋で、透夜は畳んで置きっぱなしになっていた自分のシャツを使い椋の両腕をベッドに縛り付けた。
「透夜!」
 素手でのしかかられ拘束されるまでは許した椋も、腕を縛られた時点で青ざめた。
「やめてよ! ……やめろ! 放せ!」
 大声で叫ぶも、今日も透夜の両親は不在だ。それでもと声を張り上げようとした椋の口に、ハンカチが押し込まれる。
「放さないよ。こんな状態で放すわけない」
 蹴り上げようとした足の上に乗られ、口の中のハンカチを押し出す前にそれを押さえるようもう一枚の布地で猿轡を噛まされる。これでどんなに呻いても、椋の声は言葉にはならない。
 透夜は椋のズボンや下着を脱がせ、腕を縛り付けているせいで脱げないシャツの前を肌蹴させた。
 白い胸に唇を落とし、幾つもの赤い花を散らせていく。椋がわずかにのけぞるようにして体を跳ねさせた。
「ん、ふーっ、んっ、んんっ、んっ」
「俺のものだっていう……印。これでもう、人前では裸になれないね」
 元よりなる気もないが、体育の授業はどうしろというのか。恨みがましい目で見る椋に構わず、透夜は行為を進めていく。
 まだ何の反応も示さない椋のモノに指を絡め、刺激を与えていく。
「んんっ!」
 口の中に突っ込まれたハンカチのせいで声が出ないだけでなく、呼吸までも苦しいような状態。それでも若い体は快楽に抗う術を知らず、息苦しさとそれ以外の理由で涙を流しながら下半身を反応させる。
 だが、透夜は椋を最後まで達しさせはしない。それは自分が彼の中に入ってからだと、微妙なところで手を止める。
「んーっ!」
 涙目で顔を真っ赤にして睨み付けてくる椋に、透夜は形容しがたい表情で答えた。曖昧なその表情のまま、彼は椋の足の間に自分の顔を埋める。
「んっ、んんっ、んーっ!!」
 暴れようとする椋の足を手で押さえつけ、透夜が舌を伸ばしたのは椋の後ろの蕾だった。小さな穴に舌先を捻じ込み、入り口をほぐし、内壁を舐める。
 あまりのことに目を見開いた椋は全力で抵抗するも、ただでさえ腕を拘束されて足を抑え込まれているのだ、びくびくと体を跳ねさせるだけでまったく効果がない。
 じゅぷじゅぷと唾液をたっぷりとまぶした舌で椋の穴を舐めていた透夜は、目の前のそこが十分にとろけたのを確認すると、指を二本いきなり突き入れた。
「んんんんっ、んんっ、んんんんっ!」
 普段よりもいささか乱暴に、容赦なく直腸をかき回す。その力の強さがどうしようもない刺激となって、椋を強制的に感じさせる。
 仰向けにされて無理矢理口を塞がれているので、溢れた唾液がうまく呑み込めず喉に逆流して噎せこんだ。本気で呼吸に詰まった椋のこれまでとは違う痙攣の仕方に透夜は慌てて猿轡を外した。途端、椋は顔を横にして激しく咳き込む。
「椋、大丈夫か?」
「だい、……じょぶなわけ、ないだろ!」
 薄い胸が何度も上下して荒い息をつき、それとは対照的に股間のモノはそそりたってとろとろと先走りの液を垂らす。真っ赤に染まった頬を幾筋もの涙が滑り落ちた。
 透夜は椋の前髪を軽くかきわけ、汗にまみれた額にそっと唇を押し当てた。
「椋……」
「透夜……なんでこんなこと」
「わからない。わからない。けど」
 椋の呼吸が落ち着いたのを見計らって、透夜はその唇に自らの唇を重ねた。これまでの行為の時のように快感を得るためのものではない、けれど深く舌を絡ませあい、お互いの存在そのものを貪るかのようなキス。
「お前を失いたくないんだ」
 ――ただ、それだけ。
 零れ落ちたその言葉と共に、透夜の瞳からも涙が滑り落ちた。
 はじまりは、一つのキスから。
 好奇心と――そして打算から。
 透夜はいつだって、椋なら自分を許してくれると思っていた。愚にもつかない自分の思考を、理解はせずとも受け止めてくれると信じていた。椋もそれを知っていた。だから今まで、透夜を甘えさせるだけ甘えさせていた。
 けれど今はもう、椋は透夜を受け止めることはできない。
 それでも透夜は、椋を手放す気はない。
 その結果がこの暴走だ。
「透夜、透夜、やだ! こんな形で、こんなことするのは……ッ!」
 悲鳴じみた椋の懇願に応じず、透夜は自分のベルトを外す。すでに硬くそそり立ってズボンの前を押し上げていたモノが露わになる。
 椋のように無理矢理刺激を受けて勃起させられたのではない、ただ椋の痴態を見ただけで興奮して十分な硬度を得たモノが、縛られた少年を凶器のように貫く。
「あ、ああっ、あああああっ」
 猿轡からは解放された椋だが、声を張り上げようにもそれどころではなくなった。いつもとは違い今は精神的に透夜を受け入れていない椋は、どんなに中を解されてもそのために体中が張りつめている。
 それが余計に透夜を締め付ける刺激となってお互いに結合部を強く意識させるのだが、もはやどうしようもなかった。透夜は強引に開かせた椋の足を持ち上げ、力任せに腰を使う。
「椋っ、椋……っ、俺……!」
 透夜は夢中になって、幼馴染の体を犯し、貪った。涙目の椋が歯を食いしばり、透夜を睨み付けて快楽に抗おうとしているのを知りながら、容赦なく彼の中に自らを突き入れた。じゅぷじゅぷとぬめる液体が立てる卑猥な水音と肉のぶつかり合う音をさせながら、何度も何度も椋の中に出し入れする。
 根元まで己のモノをしっかりと椋の中に埋め込み、入らない部分は擦り付ける。最も敏感な性器の全てで椋を感じようと、捻じ込み、抉る。
「んぁあ!」
 空いた手で再び椋のモノを掴み、刺激を与える。するとますます中が締め付けられる。
「椋、俺、お前のこと――っ」
 最後まで言い終えることなく透夜は椋の中で達し、白濁をぶちまけた。
 椋の内股を伝う己の精に、これでようやく彼を自分のものにできたのだという、男としての本能的な充足感を覚える。
「ごめん、今、手はずすから……」
 薄い胸を弾ませたまま押し黙る椋の腕をまだ拘束したままだったことに気づき、透夜は慌ててそれを解いた。
 椋がゆっくりと上体を起こす。次の瞬間、固められた拳が透夜の顎を打った。
「てっ!」
 正確には椋は頬を狙ったのだが、透夜の僅かな動きで到達地点がずれた。けれど衝撃を与えたことには間違いなく、透夜はベッドから転げ落ちた。
 呆然とする幼馴染に、椋は涙の中に怒りを湛えた目で睨む。そのまま乱暴に目元をぬぐうと、透夜に脱がされた下着とズボンを身に着け、とるものもとりあえずに部屋から飛び出した。
「椋、待って――」
 すぐには立ち上がれない透夜は、飛び出す椋の背中を見つめることしかできない。揺れる頭で上げた叫びは、彼を拒絶する背中に届くことはなかった。