桜魔ヶ刻 05

027

 彼女たちがやって来た時、すでに戦いは終局を迎えようとしていた。
「姐さん、こりゃ一体」
「これは……どういうことだい?」
 一緒に連れてきた退魔師の一人である少年が、蝶々に尋ねる。だが彼女とてまだこの事態を把握できてはいない。
 彼女たちは、朱櫻国の退魔師だ。特に蝶々は正規退魔師であり、以前から国王と面識がある。桜魔対策が実施されるようになってからは、退魔師協会と国王を繋ぐ重要人物の一人である。
 十代半ばの少年に姐さんと呼ばれはしたが、彼女自身とてまだ二十歳を過ぎたばかりの若者だ。
「蝶々、あの連中は?」
 桜魔たちの群れの中、霊力を振るって暴れている一団がいる。退魔師として桜魔を退治しているというべきなのだろうが、あまりに派手すぎて暴れているようにしか見えないのだ。
 だがその連中の中に知った顔を見つけ、蝶々は事態を把握した。
「朱莉!」
「知り合いか? なら」
 男が声をかけ、蝶々は引き連れてきた退魔師たちに聞こえるように返した。
「ああ。あたしの知人だよ! お前たちも聞いたことくらいあるだろう! 嶺家の朱莉お嬢だ!」
「なるほど」
「じゃあ、突っ込んでいいわけだな」
「ああ! あいつらに負けずに派手にやりな!」
 蝶々からの合図で、朱櫻国の退魔師連合も一斉に飛び出した。
 鵠たちが取りこぼした、あるいは取りこぼしそうな雑魚から、後回しにされている厄介な性質の桜魔まで次々に片付けていく。
「来たのか、朱櫻国の退魔師」
「知った顔がいますね」
 神刃が先に蝶々に気づき、朱莉を促す。
 退魔師たちの纏め役の女を見て、朱莉はぱっと顔を明るくした。
「蝶々!」
「朱莉! 元気だったかい? ……なんて、この様子じゃ聞くまでもなさそうだね!」
 元気も元気、朱莉は街中ということを慮って配下の桜魔は出さないまでも、霊符だけで片っ端から雑魚を燃やし尽くしている。
 朱莉の友人である蝶々は薙刀使い。朱莉との連携も完璧で、この二人が揃った場所からは少し手強い大物から雑魚まで、次々に焼かれ裂かれ消し飛んでいく。
「……なんだ、あの物凄く怖い美人は」
「――朱莉様の御友人、朱櫻国の正規退魔師・蝶々さんです」
 鵠の言う「物凄く」が怖いと美人のどちらにかかっているのか一瞬考えてしまった神刃だが、迂闊にそれに触れることは何とか避けて疑問の答だけを口にした。
「おお。さすがにこれだけの人数がいれば楽になるな」
 一人異様に幼い見た目で浮いていることも気にせず、蚕は朱櫻国の退魔師たちの加勢を素直に喜んでいる。
「えー、倒す人数が減るじゃんかよ」
 桃浪の方は相手が雑魚でも自分なりのやり方で楽しんでいたのか、手出しは余計だと言いたげに唇を尖らせた。
「せっかく被害が減りそうなのに変なことを言うな。お前から先に叩きのめすぞ」
 そんな桃浪の不謹慎……とも、彼にとっては当然とも言える態度に神刃が不機嫌になり、睨み付ける。
「……なんでもいいから、とりあえず目の前の敵を倒せ」
 鵠が呆れながらそんな二人を諌めた。だが周囲の退魔師たちを最も驚かせたのは、むしろ鵠のその言葉だった。
 この桜魔の群れは、並の退魔師一人なら手こずる相手ばかりだった。神刃や桃浪が相手をしている中位桜魔は、気を抜けば一人前の正規退魔師でも危ない程の強敵に見える。
 それを鵠は、雑魚と一緒くたにしたのだ。倒せて当然、と言わんばかりに。
 そして彼に応える二人も。
「はいはい、わかったよ大将」
「すみません、鵠さん」
 桃浪は引き続き不真面目に、神刃は生来の真面目さを取り戻して、鵠の言うとおり、目の前の敵に当たる。
 鵠自身は先程からこの集団を率いている頭――群れの中に一人交じっていた高位桜魔を相手しているのだ。
 本来なら戦いながら軽口を叩く余裕などない程の強さなのだが、鵠はまるで問題にしていない。
 伊達に最強の退魔師と呼ばれた過去を持っているわけではない。その辺の一般退魔師と一緒にされては困る。
「何なんだ、貴様は……?!」
 退魔師たちが増援を得て明らかに不利な形勢になった桜魔たちの頭は、目の前の男の強さこそ予想外だと苛立ちを表に出す。
「ああ? なんだ、知らないのか」
 鵠は不愉快そうに舌打ちをしながら、目の前の高位桜魔にこう言いながらトドメの一撃を食らわせる。
「桜魔王に伝えておけ。のうのうとしていられるのも今のうち。次こそ殺す、ってな」
「貴様……まさか、華節を倒したという――」
「お前もここで終われ」
 相手に最後まで台詞を言わせることなく、容赦なく鵠はその胸を貫く。
 あまりの強さに朱櫻国の退魔師たちは自分たちの戦いも一瞬忘れ、その光景に見入っていた。
「あのー、鵠さん?」
 朱莉が一言物申したい、と言った様子で小首を傾げながら声をかける。
「殺してしまったら、桜魔王に伝えるも何もないんじゃありません?」
「……おっと。しまった、つい」
 気の抜けた様子に、ついつい周囲の気も抜けそうだが、まだ戦いは終わっていない。
 一人の退魔師に桜魔が背後から迫っているのに気付き、鵠は叫ぶ。
「後ろだ!」
 すぐさま援護に入ろうとするが、少しばかり距離がある。チッと軽く舌打ちして懐剣を投げようとしたところで、相手の桜魔が崩れ落ちた。
「え?」
 それだけではない。周囲の雑魚が次々に消えていく。消える寸前、その額に刺さった苦無のような形の武器が見えた。
 新たな援軍の登場に、蝶々がほっとしたようにその名を呼ぶ。
「天望殿!」
 ――え?
 鵠が、神刃が、朱莉が、一瞬行動を止める。蚕や桃浪も怪訝な顔をしている。
 鵠の苗字は天望だ。だが蝶々が今呼んだのは、明らかに彼ではない。
 いつの間にかやってきた一人の青年が、武器を投げながらこの場のまとめ役である蝶々に話しかける。
「蝶々殿、それに退魔師協会の皆さんも。御無事ですか?」
「援軍感謝します! 群れの頭は倒されたので、もう後は雑魚掃除だけですね」
「……なるほど」
 青年は一つ頷くと、ますます投擲武器の数を増やし、その一撃で確実に雑魚桜魔の数を減らしている。
 そして鵠たちや最初の援軍である退魔師たちの奮闘もあって、すぐに全ての桜魔が倒し尽くされたのだった。

 ◆◆◆◆◆

「朱莉!」
「蝶々!」
 結構な緊迫感あふれるはずの現場は、仲良く抱き合う女子たちの姿によって緩和された。何がなんだかわからないが、この相手がこれだけ親しそうな相手なら悪いことにはなるまい、と言った感情だ。
「……見慣れぬ顔がいるとは思いましたが、蝶々殿の御知り合いでしたら大丈夫そうですね。私はひとまず先に協会へ戻ります」
「はい。御支援、ありがとうございました。天望殿」
 蝶々が丁寧に頭を下げる。
 先程から天望と呼ばれている青年はそれを受けて自分も礼を返すと、あとの面子はまるで気にした様子もなく去っていった。
「朱莉様、あの人は……?」
「いえ、私も存じません。少なくとも二年前までの退魔師協会にはいなかった御仁ですわね」
 神刃が朱莉に青年の素性を聞くが、芳しい答ではない。彼が「天望」と呼ばれていることを、鵠たち全員が気にしていた。
 しかし今はそれを追求するよりも、朱櫻国の退魔師たちとの顔合わせが優先だ。
「嶺家のお嬢、そっちはあんたの知り合いかい?」
「お久しぶりです、兵破(びょうは)さん。その通りですわ」
 朱莉は退魔師たちに、鵠たちを軽く紹介する。
「神刃様は時折この国にも来ているので御存知の方もいるのではないかしら。そして、こちらの方が鵠様。花栄国で退魔師をされています」
 ざわざわと朱櫻国の退魔師が騒ぎだす。
「花栄国の鵠……?」
「ってまさか、何年か前に最強の退魔師って噂が立った……」
 何年か前は余計だ、と思いつつ鵠は突っ込まない。確かに一時期噂が大きく立ったが、それ以来人と組むような仕事をしていないのでもう昔の話ととられていても仕方がない。
 ……別に鵠の腕が落ちたわけではない。
 だが、ある女退魔師のこんな言葉は気になった。
「葦切(よしきり)様と、どっちが強いのかしら」
 葦切? とはもしかして、先程この場を離れた、天望と呼ばれていた青年のことだろうか。
「こちらの二人は鵠様の仲間です」
 朱莉が桜魔二人についても、何食わぬ顔で自分たちの仲間として紹介する。
「へぇ……ってことは、坊やの執念が実ったわけだね。まさか最強の退魔師を自分の陣営に引っ張りこんじまうなんてさ」
 蝶々の言い方からすると、彼女もまた、神刃が桜魔王を倒すために強い退魔師の協力を求めて行動していたことを知っているらしい。
 神刃は彼女の威勢に押され気味なのか、苦笑しながら頷いていた。
「ま、積もる話は後にしよう。いつまでもこんなところにいたくないだろ? とりあえず移動するよ」
 桜魔は死体を残さないが、戦場となった場所はぼろぼろだ。
「移動はいいが、どこに向かうつもりだ?」
 問いかけた鵠に、蝶々は当然のように言った。
「決まっているだろう? この国の退魔師たちをまとめ上げるお方、国王陛下のところへさ」