桜魔ヶ刻 08

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 神刃はまず自分の役割を果たそうと、早花に攻撃を仕掛けた。今度は剣で斬りかかるのではなく、弓で中距離から狙いをつける。
 ただでさえ蚕の糸針と朱莉の霊符を落としていた早花は、さすがにこれで手一杯になる。もう自分からは仕掛けてこない。
 傷を癒した鵠と葦切が後で加勢してくれるはずだ。それまでには、桜魔王と早花、夬、祓、載陽をこちらは蚕と朱莉と神刃で足止めせねばならない。朱莉の使い魔である紅雅も頑張っている。桃浪は夢見と一対一での戦闘中だ。
 剣での戦い、接近戦だとどうしても桜魔側が有利だ。剣技は早花、肉弾戦は桜魔王と載陽の独壇場である。夬は紅雅が何とか押さえ込んでいるが、いくら相性があるとはいえ、中位桜魔である紅雅がいつまで格上である夬の足止めをできることか。
 神刃は今、自分が一番何をするべきなのかを考える。自分にできることと、できないことを。
 接近戦で勝つのが厳しいので、中距離からの援護に徹する。短弓から自在に曲がる霊力の矢を放ち、少しでも相手の動きを止めようとした。
 祓は朱莉の霊符にかなり苦戦している。早花も危なげなく攻撃を捌いてはいるが、反撃をする余裕はない。夬も同等。桜魔王は余裕の表情だが、元々積極的に相手を倒そうという気が薄く見える……。
 こちらにぎりぎりと殺意を向けてきて、厄介な手練れ。
 狙うは載陽だ。
 祓に放ったと見せかけた矢を神刃は直前で載陽の方へ向ける。
 載陽はあっさりと叩き落したが、そのせいで彼の注意が神刃にと向いた。
「鬱陶しい羽虫が……!」
 倒すなら弱い者からが鉄則。まずは貴様からだと神刃に向かってくる載陽の前に、蚕が飛び込んだ。
「羽虫ならどちらかというと私の方だろう? 何せ名前が蚕だからな!」
 孵化する前の幼虫は、にこにこと笑いながら神刃を庇い、載陽の攻撃に対応する。
「蚕!」
「いい攻撃だったぞ神刃! この男の相手は私がする! お前は他の者たちを援護してくれ!」
 朱莉や蚕より射程のある弓で攻撃していた分、神刃は少し皆より離れていた。神刃を狙うために載陽が離れたことで、桜魔側の陣形が崩れた。
 神刃の戦線復帰を機に、再び蚕と載陽の一対一の構図が復活する。
「貴様……図に乗るなよ!」
 謎の少年桜魔にここまで翻弄されてきた載陽の苛立ちはいい加減頂点に達していた。
 それを受ける蚕の表情も、いつもと同じはずなのに、いつもとは違う戦意を纏っていた。
「こちらの台詞だぞ、載陽。あまり舐めてもらっては困る。だって私は……」
 蚕が操るのは自らが生み出した糸と絹。妖力を通すことによってそれは自在に形状を変える。
 ふわりと白い布が広がったかと思えば、次の瞬間それは鉄よりも硬質化し、巨大な刃となって載陽の体を斜めに切断した。
「……ッ!」
 半身を斬りおとされ、落下する胴体。遺された上半身は最期まで呆然と目を見開いて己の死に様を妬きつけていた。
 その上半身も、蚕は片手に生み出した妖力の炎で鮮やかに焼き尽くす。
「桜魔王を倒すために生まれたのだから」
 桜魔王でもない貴様如きに負けはしない。

 ◆◆◆◆◆

「載陽様!」
 祓が悲鳴のように叫ぶ。
「あらあらぁ……載陽様ぁ、殺されちゃったぁ……!」
 悲嘆する少年とは違い、夢見はいつもと変わらない表情で、桃浪との戦いを続けている。
 飛び出していく祓を尻目に、桃浪は夢見に問いかける。
「お前さんは行かなくていいのかい? 大事なご主人様が殺されたっていうのに」
「うん? 別にいいよ」
 夢見はいつもと変わらない――笑顔で、否定する。
「……何故?」
「だって載陽様が言っていたんだもの。この世は強い者が全てなんだって。載陽様が誰よりも強いうちは従ってた。でも、もう、いいの」
 相変わらず喋り口調は幼いが、普段のべたべたと甘ったるい語尾が今だけは明瞭になる。
「へぇ……」
「負けちゃったあのひとに、もう用も価値もないの」
「そうか」
 桃浪は再び攻撃を仕掛ける。先程とは違う、もっと鋭い一撃。
「なあにぃ? なんで怒ってるの? 桃浪ぉ」
「夢見。お前さんは面白い奴だよ。ひょっとしてちょーっと気が合うかもしれんと思ったが……違ったようだぜ」
 華節を殺された復讐で桜魔王と対立する桃浪と、載陽を殺されても平然としていられる夢見はまったく別の生き物だと。それがわかっただけ。
「心置きなく戦える」
「変な桃浪? 今まで手加減していたのぉ?」
「いいや。俺はいつだって本気さ」
「だよねぇ!」
 夢見と桃浪の戦いがより一層激しくなる。
 一方、祓は載陽を殺した蚕に飛び掛かった。
「待て! 祓! お前の力では――」
 早花が止めようとするが間に合わない。そして一人の相手しか目に入らない相手など、他の人間からすれば格好の餌食なのだ。
 朱莉の飛ばした霊符が爆発し、祓の腕を焼く。二刀流にしろ手裏剣投げにしろ、彼の場合は腕がなければどうにもならないからだ。
「うあっ……!!」
「ちっ! 世話の焼ける――」
 早花が負傷した祓を回収に行く。
 蚕と朱莉の相手には、桜魔王が動こうとした。神刃もまだ矢を番えてそこにいる。紅雅も夬を抑えて善戦している。
「!」
 攻撃を仕掛けようとしていた桜魔王が咄嗟に身をかわすと、霊力の光弾が雨あられのように降ってきた。
「鵠さん!」
「待たせたな」
「これで五対三、さて、どうします?」
 葦切も参戦だ。彼はもともと助けを待つ人質だったはずだが、いつの間にかしっかり戦闘に参加している。
「朔陛下。このままでは」
「わかっている。潮時だな。と言っても、今回は帰るのは俺たちじゃないんだが」
 載陽が撃破されたのも大きいが、祓が負傷してそれを回収した早花も動けない。夢見と桃浪の戦いにも決着がつかないようであるし、数の上で一気に桜魔側が不利になった。
 とはいえ鵠たち退魔師側にもそれ程余裕があるわけではない。蚕はともかく朱莉や神刃が桜魔王に敵う実力があるわけではないし、鵠は完全に傷が塞がっていない状態だ。
「というか、お前はいつの間に抜け出したんだ? 早花、しっかり閉じ込めておいたんだろ?」
「ええ。そのはずなのですが……申し訳ございません」
 しれっと抜け出している人質の姿に桜魔側が首を傾げている。
「……成程ね。裏切り者ってわけですか」
 紅雅を退けて桜魔王たちに合流した夬が不機嫌な顔で言う。彼は葦切を逃がした相手に見当がついているようだ。
「日頃の行いですね。尤も、日頃の行いが良い桜魔という存在も不気味ですが」
 桜魔の母子を囮にした桜魔王側と、それを助けた神刃がいる退魔師側。
 葦切とてまだ桜魔に蟠りはある。あるのだが。
 桃浪と夢見も決着の着かない戦いを中断し、それぞれの陣営へと戻った。
「ま、人質も無事に取り返したことだし、俺たちは帰るとするぜ――決着は、また次だ」
「ああ、そうだな」
 軽い口調で言葉を交わした鵠と朔だが、二人ともその意味を十分にわかっている。次の戦いこそが、本当の最終決戦になるのだと。
 朱莉の影渡りを利用すれば、桜魔王にも追って来れない。
 桜魔たちから姿を消す前に、葦切は桜魔王を――朔を振り返る。そして意味深な一言を送った。
「『朔』殿」
 何故か彼は知っている。滅多に人間の前で呼ばれることのない、桜魔王の名前を。
「――貴方の母上は、あれでも十分貴方を心配していたのですよ」
 早花に伝言を頼んだ言葉を、葦切は改めて桜魔王に伝える。
 桜魔王――朔は息を止める。先日見た夢を思い出した。
「おい、待て!」
 まだだ、まだ聞きたいことがある、あるのに。
 ちゃぷんと葦切の身体が朱莉の影の中に沈み、朔の手はその背に届かなかった。