桜魔ヶ刻 09

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「俺も蚕も桜魔なんだぜ? いつお前らを裏切るとも限らないのに、本当に信用していいのかよ?」
「確かにそういう危惧はあるな」
 打倒桜魔王を掲げていながら、よりによって桜魔を仲間にしている。鵠はこの集団が、傍目から見れば非常に危うい状態であることを知っていた。
 けれど嵐の暴力的な風も雨も、目の中に入ってしまえば穏やかなもの。
 今まであえて相対してこなかった問題に関し、鵠は現在の自分の正直な見解を告げる。
「俺の推測の一つだが、お前と蚕が桜魔だとしても、二人が手を組んで一気に敵に回ることはない」
「お? 俺と蚕が共謀してお前らを裏切ることはないって?」
「お前も蚕も目的のために仲良く手を組んで仲良しごっこをしましょうなんてタマじゃないだろう。お前たちが真摯なのは、その目的が本当に重要なものである時だけだ。俺たちを殺したいなら、お前たちは真正面から一人で来るだろう」
 最初の辻斬りの時もそうだった。ある意味気は合っていたのかもしれないが、桃浪たちの作戦と蚕の行動がたまたま一致してしまったために鵠たちは翻弄されてややこしいことになった。
 だがあの一件があったからこそ、鵠は蚕をある程度信用している。
 桃浪と蚕が共謀して鵠たち退魔師一行に近づくとしても、あんなやり方は不自然だろう。それに何より。
「桃浪。お前は、慕ってもいない相手を殺された復讐のためだと、将来的に敵対する相手と親しげな日常生活を送れる奴じゃないだろう」
 華節を殺した桜魔王に復讐を。桃浪のその感情は本物だと、鵠は感じ取っている。神刃も。
「……ほぉ。俺の見事な対話力を買ってくれるのは光栄だが、その見立てが正しいって保証はあるのかい?」
「当然。俺を誰だと思っている」
「つまりお前の推測だけじゃねーか」
 鵠にとって、根拠など自分が信じるかどうかのただ一点で十分だ。
 否、鵠だけではない。結局世の中、みんなそうなのだろう。
 大事なのは自分が何を信じているのかだ。
「桜魔であり、人間を何人も殺したお前が俺たちを裏切る可能性がゼロじゃないことは俺たちもわかっている」
「だからいざ裏切られたとしても落ち着いて行動できる、俺のことなんか問題にもしていないと?」
「いや、逆だ。お前が本当に裏切ったりなんかしたら、神刃は顔を真っ赤にして怒り狂い、お嬢は問答無用で殺しにかかり、俺はとりあえず殴る。俺たちを裏切るなんてと、全力で詰り、非難する。――それが、仲間ってもんだろう?」
「……」
 鵠はふっと口元に不敵な笑みを浮かべ、真っ直ぐに桃浪を見据えた。
「お前こそ俺たちを見くびるなよ、桃浪」
「……あーあーあー、これだから、勇者様って奴は」
 桃浪は如何にも伊達男らしい仕草で髪をかきあげる。
「わーったよ。そこまで言われちゃ、いくら俺だって戦いの最中にお前らを後ろから撃つなんてできやしねぇ」
「やれるもんならやってみろ。百倍にして返してやる」
「しかもわんわん泣きながらだろう? 最強の退魔師にそこまで頼りにされちゃ、いくら俺でも半端な真似はできねーぜ」
「オイ待て。誰が泣くと言った」
「まったくもう、お前ら俺を愛しまくってるなぁ」
「意図的に人の言葉を変えてるんじゃない!」
 桃浪が鵠の言葉を茶化しにかかったことで、一瞬の真剣な駆け引きはあっという間に崩れて日常が戻ってくる。
「鵠たち、何か騒がしくないか」
「本当だ。何話しているんだろう?」
 わーわーと喚き合う大の男二人を、少年二人が不思議そうに振り返っている。
「気にしないでください。じゃれ合っているだけですから」
「こんな奴と誰がじゃれ合うか!」
 自分たちの未来に待ち受けるものをまだ知らぬ一行は、騒がしさを抱えたまま無事に王都へと戻った。

 ◆◆◆◆◆

 そして数日後、鵠たち一行は朱櫻国王・蒼司に呼び出された。
「皆さん、連日の訓練お疲れ様です。あなた方のおかげで、退魔師協会の者たちもこれまで以上に鍛錬に身が入るようになったとのことです」
「そこまでは俺たちも知らんぞ。あいつらが真面目だったってだけの話だろ?」
「ふふ。そうですね。みんな、この国を……いいえ、この大陸を守りたい気持ちは一緒なのでしょう」
 蒼司は深く頭を下げる。
 国王たる者はそう簡単に頭を下げてはならないと他者は言う。だが今、大陸は滅亡の危機に瀕していて、王の権力もどこまで通用するか定かではないご時世だ。
 これは自分の気持ちの問題なのだと蒼司は言う。
 けれど今日彼らが呼びだされた理由に関しては、もはや気持ちの問題では済まないことだった。
「あなた方の存在を、大陸を救う勇者として発表したいと思うのです」
「!」
 鵠は目を瞠る。一方、こうした話題に動揺しそうな神刃の方は今日は落ち着いている。朱莉はいつもの訳知り顔だ。この二人には先に話を通してあったに違いない。
「蒼司王。俺は――」
「鵠さんの事情を、根掘り葉掘り聞き出してそれをさらけ出すつもりはありません。ただ、この大陸を救う勇者という存在がいること、それがかつて花栄国で最強と謳われた退魔師であることだけでも、皆に伝えたいと思うのです」
「個人名を出すのではなく、『勇者がついに動き出した』という噂だけ公的に流布したいのだそうですわ」
 朱莉が口を添える。
「……なるほどな。世論を操作する策の一環て訳か」
「はい。ここ最近、桜魔たちの首都への襲撃も激しくなって、人々の不安が高まってきています。怯える民の心を安心させるためにも、『勇者』の存在を印象付けたいのです」
 鵠は目を細める。
「……で、その後見に朱櫻国王がいることも民に喧伝するのか。桜魔王を倒す人間は、朱櫻国王のお抱え戦士だと。今、瞬郷に襲撃が増えているのはそのためだと。民衆の不満逸らしと手櫻国の存在感誇示を同時にやりたい訳だ」
「く、鵠さん……」
 基本的には鵠の指示に従う意志を示しながらも、神刃は弟であり国王という難しい立場に置かれている蒼司のことも心配している。
 鵠と蒼司の間で板挟みになっておろおろしている神刃の顔を眺めながら、鵠は長い溜息を吐いた。
「ま、いいぜ。それでも」
「え?」
「本当ですか?!」
「ああ。別に名指しで『天望鵠が桜魔王を倒す!』なんて宣伝してるわけじゃないんだろう?」
「ええ。名を出すつもりはないんです。それに鵠殿には申し訳ありませんが、万が一天望という苗字を聞かれても現在この国で天望と言えば葦切殿もおりますし」
「あえて特定させないまま、ただ『勇者』は確実にいると訴えたいわけだな。わかった。好きにしろ。これも朱櫻国の御大尽方が、俺が桜魔王を倒せそうだとある程度の勝算を見込んだからの決定だろうしな」
「……はい。申し訳ありません」
「何度も謝るな。別に俺は気分を害した訳じゃないぞ? ただ、こっちにも複雑な事情の奴がいるからな。あまり突っ込まれるとまずいだろう」
「はい。そのことについては、僕や彩軌も理解しております」
「頼んだぞ。それさえ気を付けてもらえるなら、俺は別に構わん」
「ありがとうございます。……僕は、あなた方が必ず桜魔王を倒せると信じておりますので」
「ああ。その日まで精々援助を頼むぜ、国王様」
 鵠の皮肉な言葉にもしょげる様子はまるでなく、蒼司はむしろその意図を理解すると、国王としてその年頃の少年として無邪気に笑った。
「その日までと言わず、無事桜魔王を倒した暁には国王として最大限の褒章……願いを叶えると約束いたしますよ。だから、無事に行って帰ってきてください」
「……そんなの、当たり前だ」
 五人は蒼司の前を辞した。
 宮殿内を歩きながら、なんとはなしに口を開く。
「何というか、負けられない戦いになったな」
「俺はちょっとわくわくしてきたぜ。何せ桜魔が桜魔王を倒してご褒美をもらうなんて考えたこともなかったからな」
「気を抜くなよ、お前たちも」
「「もちろん」」
 朱莉と神刃が頷き、蚕と桃浪が言葉を合わせる。

「――やるぞ、神刃」
「はい!」