052
「襲撃です! 桜魔の大群が向かってきます!」
退魔師協会の一報を受けて、鵠たちはすぐさま動き出した。
「噂の広がる速度というものは早いですからね」
この状況はある程度予想していたと、魅了者の能力を活かして王都中に配下による警戒網を広げていた朱莉が言う。
「早すぎて桜魔王陛下にまで届いちまったってわけか」
戦闘狂の桃浪は早くも強敵との戦いに待ち焦がれた顔をしていた。
「向こうは載陽が死んで戦力が低下しているからな。人間たちが盛り上がって戦力増強を声高に叫ぶ前に高揚した士気に水を差しておきたいのだろう」
その載陽を殺した当人である蚕が冷静に述べた。
「鵠さん」
「大丈夫だ。今はこちらの戦力も十分厚い。雑魚散らしは退魔師協会の連中に任せて、俺たちはいつも通り桜魔王とその側近連中を落とすぞ」
「……了解です!」
彼らにとっても今しかない。大分年季の入っていた載陽がいなくなり、桜魔王側の戦力が一時的に低下した今しか。討伐まで何年も時間をかけて長期戦になれば、桜魔側も戦力を増強するかもしれない。だから彼らの準備が整わぬうちに、できるだけ高位桜魔の戦力を削りたい。
「見えましたわよ!」
雲霞のように迫りくる、桜魔の黒い群れが彼らにも目視できるようになってきた。
「うわ! 大群様じゃねぇか!」
「これは……」
「向こうも本気ってことか」
空を埋めつくす大群に、鵠たちは顔を顰める。
「鵠さん、あれ!」
「ああ、やっぱりいたな」
もはや姿を隠すことなく堂々と、桜魔王朔の姿が群れの中心に在る。
「でも、この雑魚の群れはどうします。私のしもべたちを――」
「その必要はありません」
涼やかな声と共に、葦切が退魔師協会の退魔師たちを引きつれてやってきた。
「蝶々! 兵破さん!」
「来たわよ! 朱莉!」
「お嬢たち足速過ぎだぜ! 戦う前から疲れちまうだろーが!」
軽口を叩いた兵破が、次には胸を叩いて、周囲の露払いを引き受ける。
「あの雑魚共は俺らに任せな。高位桜魔に対抗できるのなんて、お前さんたちだけだろ?」
「兵破」
「頼んだぜ、鵠」
兵破たち退魔師協会の人間には、桃浪や蚕の存在などまだ黙っていることが幾つもある。
けれど幾度かの共闘で、彼らも鵠たちの実力を信用してくれている。
「ああ、そっちも頼んだぜ! あんたたちがいてくれるなら、街に被害を出さずに済む!」
「当然だ!」
後方の心配は必要ない。
鵠たちはただ、桜魔王やその側近たちとの戦いに集中すればいい。
桜魔たちの方も迎え撃つ退魔師たちの姿に気づき、俄かに散開して陣形を築く。
「ならば行くか」
「おうよ!」
蚕と桃浪がまずは飛び出して、桜魔王の側近である高位桜魔たちを足止めする。
雑魚は退魔師協会に任せるが、一撃で周囲に広範な影響を及ぼす技を持っているようなこの高位桜魔たちを王都に入れる訳にはいかない。
「桃浪ぉー、ひっさしぶりぃ」
「よぉ、夢見!」
戦闘狂の女と戦闘狂の男は、まるで引き裂かれた恋人同士の再会かと言うように、一目散に相手へと向かって行く。
だが、二人が交わすのは熱い抱擁などではない。桃浪は刀を振るい、夢見はそれを受け止めて即座に反撃に転じる。
「今日こそ決着をつけてやるぜ!」
「こっちの台詞だよぉ」
爛々と輝く獣の目をした桃浪と、名の通り夢見るような口調の夢見が交戦を開始した。
「私はお前に手合わせ願おう」
蚕は夬へと向かって行った。
「やはりこうなりますか。師を殺すほどの凄腕の相手をしたくはないんですが……」
いかにも文官風の雰囲気をした夬は、幼げな見た目に似合わぬ実力を持つ蚕のことをここ最近の戦いで嫌と言う程知っている。元々本人の資質とは裏腹に戦うのが好きではなかった夬は、桜魔王の側近としても早花と違いそれ程戦闘において前に出る性格ではなかった。
「相手をしたくない? それは興味深いな」
本人が望む性質と才能が時には噛み合わないこともある。
「お前は載陽より強い。私を前にして不利という訳でもないだろう? なぁ、載陽の一番弟子・夬よ」
「……!」
蚕は彼の師の名を持ちだして、まずはと揺さぶりからかけはじめる。
そして載陽のことで蚕に恨みを抱いていると言えば、この少年である。
「載陽様の仇……!」
だが、祓の攻撃は全て無数の霊符に防がれた。
「やらせませんわ」
「邪魔立てを……!」
蚕の相手は夬、祓の相手は朱莉。これはあらかじめ決めていた組み合わせだ。
蚕は打ち合わせの通りまっすぐ夬へと向かって行った。だから朱莉も自分の役目を果たさねばならない。この少年姿の桜魔をなんとか抑え込む。
「貴様もあの子どもの仲間、生かしてはおかない!」
「できるものなら、やってみなさい!」
桜魔が仲間を殺されて人間を恨む、その姿を滑稽だと笑えないまま、朱莉は祓との戦闘に入った。
「またお前か……まぁ、そんな気はしていたが」
「……」
神刃は小太刀を手にして、うんざりとした口調の早花の前に飛び出す。他の面々もそれぞれ一対一の相手の前に配置についた。朱莉は蚕を狙う祓を的確に押さえてくれている。
だから神刃も役割を果たす。
桜魔王の側近として、辻斬り事件の頃から存在感を示す女桜魔、早花。彼女は桃浪にも負けない剣の腕の持ち主である。
正面からまともにやり合うのは確かにきつい。だが戦いの相性を考えれば、神刃が彼女を足止めするのが一番いい。
「鵠さんの戦いの邪魔はさせません」
「奇遇だな。私も陛下の邪魔をさせたくはない」
激することも取り乱すこともなく、早花はただ静かに言って剣を抜く。
早花が桜魔王の一の側近であるならば、人間側で鵠の最も傍にいるべき人間は神刃だ。
だからこうなることは、必然だったのかもしれない。
「どちらの想いが強いものか、この剣にかけて試してみるか?」
桜魔王の右腕と呼ばれる桜魔は不敵な笑みを浮かべた。
そして、場は整えられる。
「お膳立ては充分だな」
「ああ。……どいつもよくやってくれている」
雑魚桜魔は王都に入る前に倒し尽くそうと退魔師協会が抑え、鵠の仲間たちはそれぞれ高位桜魔たちを一人で抑えている。
それもこれも全ては、この戦いを成立させるためだ。
「お前との付き合いもいい加減もう長くなっちまったな」
「まったくだぜ。別に好きでそうしたわけでもないってのに」
朔が顔を顰める。打てば響くように返る答は妙に気の合うものだが、それで心を許すわけにもいかない。
彼にどんな事情があろうと、人を苦しめ大陸を滅ぼそうとしている桜魔王に変わりはないのだから。
「そろそろ終わらせようぜ。全てを」
「望むところだ」
戦いが始まる。