057
「お前と顔を合わせるのも、そろそろ終わりにしようか」
朔が言えば、鵠はにやりと笑って返す。
「そうだな。野郎の顔なんて何度も何度も見たいもんじゃない。お前にはこの戦いで消えてもらう」
「これが文字通りの最終決戦だ。決めようぜ。どちらが終わり、どちらが始まるのかを……」
幾度かの戦いで相手の癖を多少は掴んだが、今日はそれでも少し勝手が違う。
桜魔王側は鵠を、退魔師側は朔を狙って攻撃を仕掛け、それを部下や仲間二人がそれぞれ躱したり防いだりするという構図だった。
何かの拍子に距離が離れれば一対一になりそうだが、今のところはまだ鵠、神刃、蚕と朔、早花、夬の三対三となっている。
退魔師側は少し離れた場所で戦う桃浪と夢見、朱莉と祓も含めて、誰かが目の前の敵を倒せばすぐさま他の相手と合流して数の優位を取るために動いている。
桃浪たちの戦いは相手の能力の特殊性が高いために、迂闊に連携に組み込ませたくはない。それよりは桜魔王の側近のうち一人を落としてから一気に桜魔王に仕掛けるべきだと鵠は考えた。
とはいえ、早花も夬も相当の使い手だ。簡単に崩すことはできない。
ならば一時的に鵠が桜魔王ではなく他の相手を倒すために手助けし、二対一の構図に持ち込んで一気に勝負を決めてしまうか。
それをするならば、狙うは早花と夬、どちらにするか。
桜魔王と側近二人の関係は、鵠たちの目からは見えない。だが朔の傍に常にこの二人がつき従い、載陽たちが現れるまで他に部下らしき部下の姿が見えなかったことを考えれば、桜魔王にとって最も親しいのは早花と夬に間違いない。
どちらを先に叩けば、桜魔王の動揺を誘えるだろうか。女性型である早花か、外見では成人男性というだけであの一行の中では一番強そうに見える夬か……否、外見など当てにはならない。
思考を巡らせることができたのはそこまでだった。
小さな爆発により、鵠と神刃、蚕の三人は分断されてしまう。
「何を考えているかなどお見通しですよ。二人がかりでまず私を倒してから、そのまま二対一の構図に持ち込んで陛下を狙うつもりでしょう」
「おや、ばれていたのか?」
朱莉が使うのと似た呪符で爆発を引き起こした夬の前で、彼の相手として選ばれた蚕がぺろりと舌を出す。
鵠と同じことを、蚕も以前から考えていた。大体この二人で練った作戦を、全員が実行できるよう頭に叩き込んでいたのだ。
早花と夬のどちらを狙うかは、どちらが強いかが問題だったのが。
「勇者である鵠を除けば、お前が一番戦闘力が高い。糸の針や布の刃を使った攻撃も厄介だ。だが――」
夬はちらりと、同じように分断から一対一の構図に持ち込んだ早花と神刃に目を走らせる。
「あの坊やでは、早花の剣技に勝てはしない。残念だったな。一人ずつ落とされて死んでいくのはお前たちだ」
「さぁ。それはどうかな?」
ここ数週間の神刃の成長を知らない夬の神刃評に、蚕は不敵な笑みでもって返した。
◆◆◆◆◆
神刃は早花と刀を合わせる。彼女とこうして斬り合うのももう何度目か。
桃浪がまだ辻斬りとして彼らの敵であった頃から顔を合わせているのだから、なかなか長い付き合いだ。
それも今日、この日で終わる。終わらせる。
鍔迫り合いを凌ぎ、一度距離をとって得物を構えなおす。早花が思わずと言うように、ぽつりと呟いた。
「随分強くなったものだ。――こんな短期間で」
「……仲間に恵まれましたから」
「だが、私には敵わないぞ。桜魔王陛下の側近が一、早花だ。そう簡単に仕留められると思うなよ」
ついに神刃を自分と同格の剣士と認めたか、早花が自ら名を名乗る。
今までも周囲の桜魔や桃浪の情報から彼女の名を知ってはいた神刃だが、その行動には目を丸くして驚いた。
「退魔師、御剣神刃、またの名を朱櫻神刃。我が父の負の遺産たる貴様ら桜魔を、この大陸から殲滅する!」
そして神刃も名乗る。
封じられた忌まわしい名を。
この情報を持ったまま早花に逃げられては、人間たちの間に悪い噂を流されるだけで神刃は通りもまともに歩けないような危機に陥る。
だが、もういいのだ。ここで勝てなければどうせ次はない。全てを捨ててでも勝つために、あえて名乗りを上げる。
「朱櫻……なるほど、道理で桜魔王討伐に拘る訳だ」
苗字一つで神刃の事情を理解して、早花は苦い笑みを浮かべる。
彼女は桜魔。桜魔にも両親がいる者といない者がいるが、早花は後者だ。彼女は親を持たずそのまま個として発生した。自分一人だけで生きるのは、高位桜魔や退魔師が溢れるこの時代には随分苦労した。
だからこそ、その境遇から拾い上げてくれた朔に感謝している。
早花は朔に拾われた。自分を拾った朔が桜魔王だったからその側近となったのだ。桜魔王という存在そのものに拘りがあるわけではない。
もしも朔が桜魔たちを統べる王の座を降りたいというのであれば、早花はいくらでも協力しただろう。彼女が仕えるのはあくまで朔であって、桜魔王なら誰でも良い訳ではないからだ。
けれど朔はこれまで桜魔王として積極的に破壊行為に勤しむことを拒んでいたにも関わらず、最後は王として戦い散ることを決めた。
だから早花も、朔の選んだ道に付き従う。
「来い、小僧。いや……神刃! 貴様の希望など、この早花がその刃ごと叩き折ってやる」
「負けない。俺は鵠さんと一緒に、この大陸に平和を取り戻すんだ。神の刃の名に懸けて――」
お互いの信じるものをかけて、その意地と意地がぶつかりあう戦いが始まった。
◆◆◆◆◆
祓は苦々しい思いのまま対戦に突入した。
彼の前にいるのは、先日も戦った少女である。見た目の年齢は彼と然程変わらないと言うのに、どこか食えない印象を与える美しい娘。
朱莉は魅了者という大変貴重な能力を持っている。彼女が配下の桜魔を操ることで繰り出す技は、それこそ無限の手札だった。
魅了者は己より弱い桜魔しか配下にできない。だが下位桜魔は高位桜魔のように高い妖力はない分特殊な技を持っている者が多く、その手札を退魔師としての朱莉が活かすことで、恐ろしい程の引き出しを持つ優れた戦士となっていた。
祓は小刀を使う中距離での戦いを得意としていたが、それは朱莉にとっても望むところだった。彼女の霊符と配下の桜魔たちの能力が組み合わさることで、一度の攻撃で無数の効果を付与することができる。
では華奢な少女相手と侮って接近戦に持ち込もうとすれば、朱莉の配下の中では最強の剣士・紅雅が斬りかかってくる。
紅雅は中位桜魔だが、かつて人斬りを繰り返していたという経歴を持つだけあって、その剣の腕は達人級である。
恐らく早花なら、夬なら、夢見なら簡単に捌ける相手。だが祓には、紅雅の剣と真正面からやりあえるだけの実力はなかった。
そのぐらいなら、読み合いの勝負になるが朱莉と中距離戦を続ける方がまだマシだ。
「くっ……」
「惜しかったですわ」
朱莉の仕掛けた霊符の罠を躱しきれず、祓は頬に一筋の傷を作る。
己の攻撃を外された朱莉だが、さして悔しそうな様子でもない。それがまた余裕綽々に見えて祓の苛立ちを煽る。
目の前の敵を倒せればすぐに有利に持ち込めるのに。
載陽を殺された復讐心で戦う祓は、その感情が冷静さを奪うと知っていながらも、しっかりと自制出来るほどには成熟していないのだった。