第1章 霊薬の民
prologue 跪いて毒をお舐め
花曇りのその日、昼下がりの王都。
腕の良さと主人の頑固さで評判の都一番の薬屋に、一人の客が駆け込んできた。
「大変なんだ!! どうか女房を助けてくれ!!」
数年前に、夫婦で隣国から移住してきた仕立て屋の夫だった。その妻は、先日から体調を崩していたという。もともと病がちな妻のために気候の良いナヴィガトリアに越してきたらしいが、季節の変わり目に少し性質の悪い病気をもらってしまったらしい。
家に呼んだ医師から薬が足りないと告げられた夫は、必死の思いで薬屋に頼み込む。
しかし夫から妻の様子を聞いた薬師の老人は、無情にも男に告げた。
「それなら、うちじゃなくて通りを二つ先“毒薬屋”に行くんだな」
「見捨てろっていうのかよ!!」
“毒薬屋”の名は仕立て屋の夫も知っている。その冗談のような店名の薬屋は、薬屋というよりは花屋か観光客向けの土産物屋に近いことも。僅かに売っている薬もこの薬屋と違って媚薬や滋養強壮剤、髑髏の小瓶に入れられた玩具などだ。
若い女主人が一人で切り盛りする遊びのような店。彼はそう認識していた。その名を口にした老人が妻の病状を自分の手には負えないと遠回しに告げていることだけはわかり、悪質なからかいに怒りを見せる。
数年前に越してきたばかりの男はまだ、かの店の女主人の異能を知らなかった。薬師の老人が告げたのはそちらの方だ。
王都で一番の薬屋は確かにここだ。だが現在死に瀕しているという妻を救えるのはまともな医師でも、ここにいる薬師の老人でもない。
自分の言葉を見事に勘違いした男を、気難しい老薬師は怒鳴りつける。
「馬鹿野郎! 薔薇の魔女の力も知らねぇのか! いいから早く毒姫のところへ行って、跪いてでも接吻を請うて来い!」